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80-逆襲2


「えーと、そこのお二人さん。よく考えてください。なぜ、女性が男の入っているお風呂に侵入しようとしているのかを。普通は逆です。早く頭を冷やしてください。まだ、間に合います」


「あなた、妻が夫のいる風呂に入るのはおかしいことではなく普通のことです。アナザーは違うかもしれませんがアースでは全くもって普通のことです。子供でも知っています。メイは… もうダメですね。あなたがもらってあげてください」


「そうだ、そうだ。もらってやれ」



 くっそ。文化の違いということにするとは。それでは、マユミさんは納得しないだろうな。しかも、おまけがついている。こっちは完全にアウトだった。



「しょ、しょうがないですね。そちらの要求を聞きましょう」


「あなた、私の任務は夫の体を洗うことです。そして、成分を補充、いえ、夫の疲れを癒やすのが務めです」


「私は親友の夫の体を堪能、いえ、親友と一緒に洗うことです。洗う人が多い方がきれいに洗えます」



 やはり、いろいろおかしかった。背中を流す、から体へとシフトしている。交渉のスタート地点を大きくしてきたな。


 妥協点を探っていこう。さっきから俺の中の天使は悪魔と結託して騒いでいるが、そんなのは無視だ。関節技のフルコースを食らうのは俺だけなのだ。



「だいたい、そちらの要求はわかりました。こちらも、ひょっこりマユミさん対策をしないといけないので、そのまま要求を呑むわけにはいきません。理解をお願いします」



 ちょうどいい温度の湯につかりながら要点を吟味する。早く上がってビールが飲みたい。



「そうですね。マユミさんとアオイちゃんへの配慮を忘れていました。特に1号さんはタイミングが読めません。私は他の奥方ともめる気はありませんから」


(ナギ、ここは現地妻カウントでいいのでは?ナギが1号で私が2号。問題はどこにも)


(メイ、いつからあなたは妻になったんですか?)


「もう、妻とか愛人とか親友。どうでもよくなってきたから。早く」


「あなた、メイが制御不能になる前に早くお願いします」



 話をややこしくしている張本人が制御不能になるとか。一度マユミさんのフルコースを味わってもらいたい。そうしたら俺の気持ちがわかるはずだ。



「わかりました。二人はちゃんとタオルでいろいろ隠した状態で俺の背中だけ洗うことを許可します。当然、俺も隠します。背中を流したらすぐに退散してください」


「なっ、それじゃ意味が―」


「メイ!あなた、それで構いません。少しずつやれることを増やしていきましょう」


「ちゃんと決めたことを守ってください。でないと俺はもうアースに来ませんよ」



 嘘だけど。



「わかっています。メイ、バスタオルを巻いて」


「チッ」



 一人不服そうなのがいるが、これでギリギリ言い訳できるラインに落ち着いただろう。なぜ、お風呂でこんな真剣なやりとりをしないといけないのか。さっぱりわからない。しかも、本能に逆らってだ。


 もう、なんだか、気が…


 遠く…… ブクブクブク―



(シグレの反応が小さく… まさか)


「入ります!あなた!!メイ、何をしているんですか。夫、シグレを―」


「え、バスタオル、巻かなくていいの?」





 ゆっくり瞼を上げる。ここは―



「居間、か」


「あなた、意識が戻ったようですね。お水でも飲みますか?」


「あ、はい」



 少し朦朧としている上、頭の中にモヤモヤが… あ、これは【気配察知】先生か。メイさんの反応だろう。目の前の寝間着姿のナギさんには反応していない。いつものことだ。


 差し出された水を飲む。美味しい。生き返る。


 だんだんといろんなことが鮮明になってきた。



「お、お風呂。ふ、服」



 いつもの野戦服を着ていた。ま、服はこれしか持っていないのだが。そして、ズボンの中を覗いてみる。


 は、穿いてる。


 そうだろうな。服をそのまま着せたりはしないだろう。しかも、新しい。



「あのう、あれからどうなったんでしょう。確かお風呂で交渉していたような気がするんですが」


「あなたは、湯船に入ったまま私達と長話をしてのぼせてしまったんでしょう。大丈夫ですよ。体は私とメイが丁寧に拭いて服を下着を着せましたから」


「エッチ、ですね」


「妻、ですから」



 なん、だと。俺だけ何も体験できていないではないか。ずるい。ずるすぎる。



「下着、新しいんですけど」


「ええ、あなたの下着は私が常備していますから。安心してください。当然、靴下も」



 安心できねぇ。



「それで、メイさんは?帰ったんですか?」


「いえ、ちょっと、刺激が強すぎたようで私の部屋で横になっています」


「刺激、ですか」



 何の刺激だ。気になる。



「あなた、今度は抵抗せずに素直に私とお風呂に入った方が楽ですよ。マユミさんを気にしているなら、アオイちゃんも合わせて三人で入りましょう」



 破壊力のある恐ろしいセリフだった。ひどく喉が渇く響きだ。コップに残っている水を一気に飲み干す。遠く叶うことのない光景を想像しながら。



「もう、帰ります。おやすみなさい」


「あなた、おやすみなさい」



 自分の部屋に戻りログアウトをする。もう日付が変わる時間になっていた。





 戻ってきた。VRギアを外しベッドの上に転がす。起き上がり、まずはトイレだ。


 スッキリしたら冷蔵庫からほうじ茶を取り出す。大丈夫、きちんと手は洗っている。


 ほうじ茶を飲んで落ち着いたところで、何をしよう?


 2時間過ごしたら、あちらではちょうど朝8時くらいになる。


 テレビをつけてみる。最近はあまりテレビを見ていない。見てもニュース番組くらいだ。そのニュースも怪しく感じてきた。


 今も異世界症候群の話が垂れ流されている。何かを維持するような、何かに誘導するような内容に辟易した。事実だけをお願いしたい。


 テレビを消す。チャンネルを変える気も起きなかった。


 VRギアで異世界に行ったほうが遥かにテレビを見るより面白い。


 テレビがダメとなると、残るはネットだな。


 掲示板に行く前に公式ホームページで都市の戦況を確認する。


 鈍い緑色が増えた気がしなくもないが、日本は元気な緑色だった。俺の知らないところで被害が出ているとかはアサヒでは起こっていないようだ。安心した。


 そして、掲示板だ。総合スレから見ていこう。


 総合スレでは、第二次大戦予備軍が第一次大戦の猛者にあれこれ質問が繰り返されていた。


 質問スレはあるのだが、予備軍の書き込みが秀逸でグレーゾーンを突っ走っている。


 猛者の方もわかっていて自慢気に対応していた。


 やはり、おすすめは何か?系の質問というか話題が多かった。


 銃の場合、固有名が出てくることはなかったが、こういう質問はアサルトライフルで一蹴されていた。


 防具は必要なのか?とか回復はどうするのか?とか、自分で苦労した方が面白いのにとも思ったが、こういうところで躓きたくないという気持ちもわからなくもない。


 俺は、”銃に抵抗ある人は近接戦闘が意外とありだよ”と無責任な書き込みをしてみた。


 これが、また、意外と好評だった。”近接戦闘してもいいの?””俺、格闘極めたいんだが”等とアナザー候補にも近接戦闘種族がいたみたいで面白かった。


 いつの間にか出張質問スレみたいになってしまっていた。まぁ、これも、すぐに終わるだろうから前夜祭気分で許されているようだ。猛者達の温かい目が想像できた。


 総合スレから離れる。次は晒しスレ… 無理だな。何が起きているか想像できないし想像したくもない。


 そして、都市スレなのだが… こちらも傭兵事務所で密かに人気だったお姉さんと服屋の謎の店員さんが俺と風呂に入ろうと画策していたことを知っていると、何だか悪い気がして近づけない。


 まず、この事実が知られると俺の命が危ない。俺は普通にモンスターを倒して生計を立てていきたいのだが、同じアナザーから狙われる始末に。永遠のトップシークレットだ。何とか守り通すことを誓う。


 でも、ちょっとだけ、ちょっとだけなら都市スレの住人も許してくれるだろう。


 ちょっとだけ覗いてみる。どれどれ―


 うーん、やっぱりアントの退治報告が多い。それになぜか、ハンバーガーの新メニュー投票なんかを勝手にやっていた。


 俺はピクルスバーガーがいいな。ピクルスの間にパテとチーズがあるような… しかし、俺のメニューは超少数派みたいというかピクルスをおしているのは俺くらいか。アホな奴らめ。ピクルスの良さがわからんとは。


 それで、他には廃、廃病院に動きが… これは、パスしてっと。


 ほんでもって、次は発電都市。え?そんなのあるんだ。しかも、意外と近い。


 生き残っている数少ない都市の一つらしい。アサヒ都市に電力の供給をしていて同盟関係というか姉妹都市みたいなところらしい。


 そうか、プレイヤーが降り立つ都市以外に都市って存在したんだな。設定的にプレイヤーがいるところだけしかないと勝手に思い込んでいた。


 アントの件が落ち着いたら行ってみたい。取り扱っている銃が非常に気になる。PzB41とかあったらどうしよう。浮気しちゃうかも。


 あ、ごめんなさい。PTRDさん。浮気はしません。買ってコレクションに加えるだけにします。ただ、あの面白銃を一度は撃ってみたい気もする。


 よし、都市スレはこんなものだろう。危機的な話題はないようだった。安心、安心。


 検証スレは… キタサト。まだ、【知力】関係だった。掲示板終了のサインだな。



 時間は14時半くらいか。あと1時間半。昼寝すると夜が眠れなくなりそうだし、寝るならあっちの方がいいな。今日は爆弾が二人、徘徊しているが… 夜なら平和だろう。


 流石に男の寝込みを襲うなんてことはないだろう。流石に、それは、ね。


 そうと決まれば一応トイレに行っておこう。


 そして、水分をほうじ茶で補給。


 準備完了だ。ベッドに寝転がりVRギアを装着。いってきます。


 白から一転黒に。またも暗くなっている自分の部屋だ。絶対電気消すウマンがいるに違いない。


 電気のスイッチの場所はいい加減覚えたのでサクッと電気をつ、け、なくていいな。そのまま寝よう。そのうち寝袋でも用意した方が良さそうだ。



「メイ、来ました」


「何が?今、何時だと思ってるの?」


「私の夫です」


「え?シグレさんが来たことがわかるの?でかした。でも、どうやって」


「夫が近くにいればわかります。夫ですから。メイには、妻の資格がないようですね」


「キーーーーー!そんなこと、私だって。ナギ、どこに行くの?」


「夫のそばに決まっています。メイは、そのまま一人で寝ていなさい」


「あーん。ナギが行くなら私も行くに決まってるでしょ」


「まぁ、いいでしょう。くれぐれも夫を起こさないように。面倒ですから」


「わ、わかってる」




(ナギ、何してるの?)


(膝枕です。見たらわかるでしょうに。まず、これをしないと落ち着かないんです)


(暗いの。で、私は何をすれば?)


(自分で考えなさい。誰かにやらされているんですか?)


(そうだった。なら、このシグレの手をこうして。それじゃ、おやすみ、ナギ)


(おやすみ、メイ)





 んん。背中が気持ちいい。それにいい香りがする。この部屋にそんなものあったっけ?


 いつまでも、こうしていたい気になるこの状況は何だ。一人で寝ているはずでは?右手にも違和感が。


 嫌な予感がする。恐る恐る瞼を上げてみた。



 なっ。メイさんによく似た人間がいる。って、メイさんしかいない。俺の手を握りしめて無邪気に寝ている。この美人、近いなぁ。


 すると、この背中の感触は… 十中八九ナギさんだな。しかも、これは… いや、想像するな。これは、罠だ。


 しかも、大変気持ちいい危険な状況だ。こんなところをひょっこりマユミさんが顔なんか出したら朝から死んでしまうだろう。


 でも、もう少し。このままでもいいのでは?あと、5分だけ、5分だけだから。


 よし、二度寝しよう。二度寝こそ人類最大の誘惑。抗うことなどできるはずもない。





『コン、コン』


「シグレ、いる?」


「センパイ、まだ来ていないのでは」


「そう、みたいね。ノックにも反応ないし。だったら、弁当箱と水筒の回収でも」



 ん?かすかに声がしたような。もう5分経ったのかもしれない。マユミさんがいないうちに起きる、か…



「シグレ、何をしているの?」


「あ、マユミさん。おはようございます。アオイちゃんの目なんか隠して、どうしたんですか?」


「シグレ、その前と後ろの女は何?」



 ヤバイ。非常にヤバイ。平然と答えてみたもののヤバすぎて、ここから言い訳が思いつかない。人類最大の誘惑のおかげで俺最大の危機が。


 このメイさんとナギさん。ど、どうしよう。走馬灯が回り始めていた。その馬の背に天使と悪魔が乗っかっている。非常に悪い顔をしていた。


 と、とりあえず、紹介でも。



「えーと、こちらはメイさんです。傭兵事務所の受付で知ってるでしょ?マユミさんも」


「ええ、知ってるわ。ただ、シグレと寝ている理由を知りたいのだけど」


「そ、そして、後ろは、た、たぶんですけどナギさんです。ナギさん、メイさん、起きてください。朝ですよ。俺が大ピンチです」


「シグレ、誰だかわからない女と寝ているの?随分と立派になったものね」



 全く言い返せない。待て待て待て、知らないうちにこうなっていたわけで。俺は被害者だ。そうだ、被害者なんだ。



「ちょ、ちょっと待って、マユミさん。ここは俺の部屋で、ひと、一人で寝ていたんです。そうして目が覚めたら、こうなっていたんです。マユミさんが想像しているようなことは一切ありません。これは事故なんです。俺は被害者なんです。ナギさん、メイさん、そっちからも説明してください。加害者でしょ」


「あなた、マユミさん、それにアオイちゃん。おはようございます。大変よく眠れました。あなたには抱き枕の才能があると思います。便利アイテムの名は伊達ではありませんね」


「みなさん、おはようございます。どうしました?」


「ナギさん、いつまでくっついているんですか?アサヒナさん、シグレの手を放して」


「メイで、いいですよ。マユミさん、それにアオイさん」



 マユミさんの拳が強く握られている。マユミさんから開放されたアオイちゃんは、冷たく痛い視線で辺りを凍土に。



「アオイちゃんで、お願いします。受付のお姉さん」


「メ、メイ、でお願いします。アオイ、ちゃん」



 おかしな火花を散らしていた。そんな事はいいので何とかしてください。死んでしまいます。



「それで、ナギさんとメイさんは、なぜシグレの部屋で寝ているんですか?」


「夫が寒そうにしていたので、つい。マユミさんも一緒にどうですか?」


「じゃ、アサヒナ、メイさんは、どうして?というかメイさんは、なぜ、ここに?」


「私の親友のナギが私の、あ、いえ、シグレさんと結婚したらしいので泊まりで祝いに」


「そ、そう、それで、シグレは寝込みを襲われたと」


「別に襲われてはいませんけど。一緒に寝てたみたいで。本当にそれだけです」


「わかったわ。私とシグレ以外は部屋から出ていってください。朝食の準備でもお願いします。シグレには話があります。その体に」


「メイ、アオイちゃん。朝食の支度をしましょう」


「わかりました、ナギさん。シグレさんの― 大エッチ」



 だから、俺は被害者で。



「ナギ、目玉焼きお願いね」


「あなたもつくるんです」



 マユミさんを残し、みんながいなくなる。そのマユミさんの貼り付けた笑顔が怖かった。その笑顔が剥がれたとき、その下には鬼が…



「シグレ、覚悟はいいわね」


「えーと、俺は被害者ですけど」


「そうね。そうかもしれないわね。でも、我慢できないから。この私のモヤモヤを晴らさせてもらうわ。行くわよ」



 え?我慢できない?モヤモヤを晴らす?そ、そんな。


 マユミさんの貼り付けた笑顔がゆっくりと俺に近づいてくる。そして、それが剥がれ落ち―



「ああああああああああああああああああああ」



 その日、寂れた商店街に男の絶叫が― 響くことはなかった。霧がかき消したようだ。朝から騒がしくしても問題ない世界だった。


 しかし、一部気持ちのいいけしからん技が―



「そんなのないわよ。死になさい」


「よまれてるぅおうおえおあああううううあえ」



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