78-新しい銃
「あ、失礼しました。私が開けるんですね」
「え?」
アマノさんが自分の方へケースを持っていき何のタメもなくパカッと開けて、すぐにこちらに向けて俺の方に押し出す。
「うわっ。見えてしまう。俺の余韻が…」
「余韻って、シグレさんはケースを見て楽しんでたんですか?これ、普通のガンケースですよ」
「違います。ケースの中の銃を想像していたんです。すぐにケースを開けたら想像を楽しめないでしょ?」
アマノさんの俺を見る目が、どうしようもないモノを見る目に変わっていた。
「そういうのいいですから、早くしてください。ここはいつまでも使用できるわけじゃないんですよ」
そう、だよな。銃のことしか考えていなかった。
「は、はい」
さっきから視界には入っていたが見るのが怖かった俺の新しい銃を正面からちゃんと見つめる。銃の正面って銃口だっけ?
俺の新しい銃を側面からちゃんと見つめた。
色は少しグレーに近いのかもしれない。鈍く光を反射していた。そして、銃が少し長くなっているような気もする。弾が細く長くなった分だけ銃のトリガーより前の部分が長くなったのかもしれない。サービスでバレルを長くしてくれても良かったのだが。
違いはそのくらいだった。大変なことになっているかと思ったが。真面目に仕事をしてしまったようだ。
これだと銃に詳しくない人が見ても気づかないかもしれない。当然だがセレクターレバーなんてない。新しい銃はM714ベースだからな。さよなら、フルオート。
「も、持ってもいいんですよね?」
「ええ、その銃はもうシグレさんのですから」
銃全体というか金属部分は傷一つなく真新しいのだがグリップの木の部分は見覚えがあった。
「もしかして、このグリップの木って」
「そうです。シグレさんのだった持ち込まれた銃の部品でまともなのはそれくらいでしたから」
グリップを握ってみる。お、俺の銃だ。握った感じはどれも同じだろうが、何だか戻ってきた感じがした。とても、しっくりくる。少し涙が出そうだ。
感慨に浸りつつ銃を握ったまま手首を回しいろんな角度から見てみる。
「なっ、リアサイトが。リアサイト周りが変わってますね」
「この銃の一番の謎ポイントです。最初の設計図ではきちんとタンジェントサイトになっていたんです。ですが製造機からは、これが出てきたんです。そして、そこからあまり記憶がはっきりとしていなくて」
「まぁ、いいんじゃないですか?あれを使うこともありませんでしたから」
スッキリとした銃の上部分にちょこんとリアサイトだけがのっかっていた。これで、この銃は本当にハンドガンの仲間入りをしたのかもしれない。
「マガジンはとりあえず三つ用意しました。足りなければ言ってください」
「ありがとうございます。それで、弾は?」
アマノさんがキョロキョロしている。弾を探しているのだろうか?
「す、すみません。忘れました。アズマさんのブースかもしれません。取りに行ってきます」
そう言って、アマノさんが少し顔を青くさせつつ急いで部屋を出ていった。
見つからなかったらアマノさんが大変なことに… って、あれ?契約したから俺の責任になるのか?
いやいやいや、流石に受け取っていないんだから大丈夫だろう。大丈夫だと信じたい。大丈夫だよね?
一人になった部屋で握った銃をうっとりと見つめる。心配事は綺麗に霧散した。
「いい」
(シグレは何をしているのかな?早く【心眼】先生を呼んで)
少しスリムに、そして短くなったマガジンを抜き差ししてみる。
「いい」
(普通、新しい銃を手に入れたら撃ってみたくなるよね?だから、狙う仕草をするはずなんだけど)
バレルはひょっとしたら少し長くなった?
「いい」
(シグレ、シグレ、シグレ。早く、早く、早く)
フロントサイトの形は変わってないな。蓄光や集光加工もない。オリジナルのままのようだ。
リアサイト周りだけか。スッキリとした部分をよくみると文様のようなものが見える。そして、リアサイトは… 普通だ。当然、こちらにも蓄光や集光加工はない。
おもむろに花瓶に照準を合わせてみた。リアサイトからフロントサイト、そして花瓶が一直線に―
(よし、きた!ニイタカヤマノボルヒトハチサンマル。ドラドラドラ)
「え?何?」
(君のアイドル【心眼】先生だよ)
「えーと、呼んでませんけど。花瓶の弱点なんて知らなくても大丈夫です」
(時間遅くするから会話は口じゃなくて思考でね)
(いや、だから、呼んでませんっていうか弾の入っていない銃で花瓶を狙っても【心眼】先生はやって来るんですか?)
(さて、二人?の時間だ。いやぁ、君がなかなか呼んでくれないから銃のモードチェンジを発動させるところだったよ。危ない、危ない。僕の楽しみが…)
(え?この銃に何かしたんですか?ひょっとして、銃が女の子になるとか。とうとう、やったんですね。トランスフォー)
(あぁ、そういうのじゃないから。安心して。そして剣になったり、ましてや九七式波動魚雷が撃てるとか、そういうのでもないから)
(は、波動魚雷って何ですか。ロマンある響きに聞こえます)
(な!君、知らないの?ロマンといえば波動魚雷なのに。宇宙駆逐艦雪風を知らないんだね)
(なぜ、【心眼】先生が宇宙駆逐艦雪風を知っているのかは置いといて。あれには波動魚雷なんて出てきませんよ)
(あっ、そうだった。打ち切りというか出る前に… ゲフンゲフン)
(【心眼】先生、詳しく)
(それで、その銃に細工をしたから個人認証を済ませる必要があるね。誰も彼もが発動できると問題なんだよ)
(宇宙駆逐艦雪風の方を詳しく)
(個人認証は、世界言語の発音をしてもらうことになるんだけど。当然、君には無理だから―)
(宇宙駆逐艦、くわ―)
(こちらで指定した言葉を声に出して喋ってもらって、それを【心眼】スキルを通して僕が再構成するから。よろしく)
(えーと、俺、置いてけぼりですね)
(あなた、シグレが困っていますよ)
(だ、誰?【心眼】先生、回線がおかしくなったんじゃ)
(大丈夫、大丈夫。この声は【心眼】教師ということにしておいて。ど、同僚だよ。シグレ君用の銃の部品に細工をしているのが見つかっちゃって。急遽、細工に混ざってきたんだよ)
(誰が【心眼】教師ですって。私は、し―)
(し、し、教師のし。さっき、合わせるって話になったでしょ?合わせて、合わせて)
(仕方がありませんね。だいたい、あなたがこっそりとポイントを稼ごうとするからです。シグレには私の恩恵こそ必要なんです)
(…)
(大丈夫だよ。バランスが崩れるような細工にはなっていないはずだから)
(私の方もささやかなものですから。【心眼】先生には負けていませんけど)
(僕だって【心眼】教師に負けるはずが。世界言語を埋め込むパズルは久しぶりだったけど)
(えーと、それで、俺は何をすればいいんですか?【心眼】同士でもめないでください)
(そうだね。”アダムス家族にイブプロフェンを明日から暮れにおん届け”って言ってくれるかな。ちょっと訛った感じに)
(なかなかうまくまとめましたね。あなたにしては上出来です)
(え?)
(もう一度だけだよ。ちゃんと覚えてね。”アダムス家族にイブプロフェンを明日から暮れにおん届け”はい、覚えて)
(いろいろおかしいし、最後の方は日本語的にもどうかと)
(覚えたね。じゃ、それを銃を構えたまま喋って。あとはこちらで何とかするから)
(は、はい。えーと”―暮れにおん届け”)
(じゃ、回線は繋いだまま時間を元に戻すよ)
(わかりました)
銃が戻ってきたと思ったら変なことになってしまった。【心眼】先生がらみで教師が増えるし。開発かGMかは知らないけど怒られても俺を巻き込まないでね。俺は被害者であることを貫こう。
さて、それじゃ、この謎の呪文を… 早くしないと忘れてしまう。
「遅れて、すみません。新型弾を取ってきました」
部屋の扉が開くと同時にアマノさんが勢いよく喋りだした。急いでいたのか肩で息をしているようにも見える。
もう少しゆっくりしてくれても良かったのに。なぜ、このタイミングに。
「なっ。いえ、俺は急いでいませんから。水でも飲みますか?」
「あ、はい。いただきます」
銃を机に置きリュックサックから水筒を取り出す。水筒に被さっているコッヘルを外し水を注いだ。
「おん届け。い、いえ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
アマノさんは椅子に座り良い表情で水を飲んでいた。
(【心眼】先生います?)
(いるよ。早くあれ喋って)
(えーと、アマノさんいますけど大丈夫なんですか?)
(君がその個体にどう思われようが僕には関係ないから大丈夫だよ)
(あなた、言い方があるでしょう?シグレ、その個体はシグレのことをおかしな人だと思っていますから。この際おかしなことを重ねても問題ありません)
(…)
余計なことを知らされる。俺はあれを喋ることによって銃が光ったりとかおかしな現象が起こるのを危惧していただけなのに。
(ちゃんと、銃を構えて喋ってね)
(わかって、います!)
「シグレさん、これ水ですよね?とても美味しいです」
「みなさん、そうおっしゃいますがただの水です」
水を飲んでいるうちにと思ったがそうもいかないようだ。
しかし、【心眼】先生達もいるから早くしないと。机の新しい銃のグリップを右手で握る。
でも待てよ。俺は普通に銃として使えればいいんだから。こんな変なこと必要ないのでは。何のため誰のためにやるんだ?
(いいから、早く)
(あ、はい)
立ち上がり部屋の隅の方の台の上に鎮座している花瓶に銃を向ける。
「シグレさん?」
「アダムス―」
(はい、やり直し。声が小さい)
(い、今ので小さい?)
(シグレ、もっと自信を持ちなさい。その子におかしく思われてもあなたを慕っている女性はちゃんといますから。問題ありませんよ)
だから、余計な情報!
「シグレさん。アダムって何ですか?」
「シ、シグレ家に代々伝わるおまじないです。新しい道具を手にしたときに唱えないといけないんです。俺はやりたくないんですがしょうがないんです。それでは、気を取り直して。”アダムス家族にイブプロフェンを明日から暮れにおん届け”」
最後の方はどこの地方かはわからないが何となく訛って喋ってみた。北の方かもしれない。ぎこちなく首だけを動かしてアマノさんの方を向く。
アマノさんは呆然としていた。だろうな。俺も呆然としたい。
あの言葉は銃に変化を起こさせるのかと思ったが何も起きな―
っと思ったら、銃全体に文字のようなものが浮かび初め、文字自体も光を放ち― 急いで椅子に座り銃を机の下に。
「シグレさん、今のは?」
「今、何か見ました?」
(よし、成功だ。これで、この銃は君が握ったときにしか世界言語が反応しないようになったよ)
(そうですか。それは良かったですね)
「シグレさんがおかしな言葉を喋ったら銃に文字のようなものが」
「まさか、そんなことは」
机の下にやった銃を確認してみる。もう文字は消えて普通の銃に戻っていた。
「シグレさん。もしかして―」
「ほら、見てください。何もありませんよ。いたって普通の銃です」
そう言って、机の下から銃を出してアマノさんに見せた。
アマノさんは何かを疑っているような雰囲気で銃と俺を見ている。
俺は必死に頭の中で円周率を数えて平静を装った。
「あれ、普通ですね。昨日の夜も似たようなものを見たような」
「きっと疲れているんですよ。徹夜でこの銃を仕上げたんでしょ?お疲れ様です。今日は早く寝た方がいいですね」
(それじゃ、認証も終わったことだし僕は、これで)
(あなた、もう終わりですか?まだ、シグレと話を)
(銃の細工とかの説明は、また今度で。【心眼】先生終わり)
(え?まだ、何も)
あ、終わったようだ。回線というか何かが途切れた感じがした。アマノさんは依然として不審な目を俺に向けている。
「シグレさん、さっきは何て言ったんですか?」
「何って、シグレ家の秘密ですから。忘れてください」
「でも、アダムという言葉、どこかで…」
話題を変えないと。早く。
「で、新型弾はどれですか?」
「あ、はい。こちらになります」
アマノさんが箱から1発新型弾を取り出して俺に渡してくれた。
「これですか。細長いですね」
「ええ。小口径高速弾ですから。それに、これはモンスター用に弾がいろいろと―」
「あ、それ以上は結構です。余計なことは知らない方が身のためですから」
危ない。危ない。聞いてしまうところだった。楽しみが減ってしまう。
「そうなんですか。この弾頭は重心が―」
「アマノさん、喋りたいんですか?」
「い、いえ。そんなことは、ないんですけど。研究の苦労のようなものをわかってもらえるかなぁ。なんて思ったりして」
早く切り上げないと聞きたくないことを聞いてしまうような予感が。
「ところで新型弾は何発用意してもらえたんでしょうか?」
「とりあえず200、用意しました。どうぞ」
さっきの1発を箱の中に戻し、すぐさまリュックサックに入れる。
「それじゃ、アマノさん。今日はありがとうございました。出口まで連れて行ってもらえると助かります」
立ち上がり新しい銃をさっそく右のホルスターに入れる。大丈夫だ、ちゃんと収まってくれた。
「え?まだ、さっきの話が」
「さっきの話に続きなんてありませんよ。どこにでもありそうなおまじないです」
アマノさんは腑に落ちない顔のまま立ち上がり部屋の扉を開けて待ってくれた。
よし、よし。アマノさんもさっきのことは早く忘れた方がいいだろう。
リュックサックの中を確認する。書類の封筒はある。新型弾もある。水筒も入れた。忘れ物はない。はずだ。
リュックサックを背中に装着して対物ライフルを持ち上げる。
「では、ロビーまでお願いします」
「あ、はい」
「それでは、シグレさん。こちらから用事があるときは依頼の形で呼びますので、よろしくお願いします」
「はい、わかりました。弾が切れそうなときは連絡しますので。では、また」
広いロビーで挨拶をして、やっと自由になった。早く帰ろう。
時間は19時を過ぎていた。飲食店の多い通りでは街灯の灯りが人影をたくさんつくっている。
その中を喜びを隠せていないだろう表情で傭兵事務所を目指していた。
今日はアズマさんの依頼ということでどうなるかと思ったが、結果は大変素晴らしいものだった。ちょっとおかしな人達も口を出してきたが…
早く撃ちたい。しかし、弾が簡単に手に入らないので試射をするわけにもいかない。
くっそ。アントには、こんな弾は必要ないし。ひょっとしたら当分出番はないのか?
傭兵事務所に着いた。新しい銃のことを考えていたら着いていた。
傭兵事務所に入り対物ライフルを置く。メイさんを探すも窓口にはいないようだ。
空いている窓口に行き傭兵カードと書類の封筒をお姉さんに渡した。
「シグレさん、これはお返しします。メイに直接渡してください。シグレさんを応対するとメイがうるさいんですよ」
「え?じゃ、メイさんをお願いします」
「それが、メイは今席を外しています。朝からですけど。シグレさん、何か知りませんか?」
あっ、知っているかもしれないが知らないことにした方がいいかなぁ。
「し、知りません。では、失礼します」
傭兵カードを情報端末のケースに入れ、封筒をリュックサックにしまう。
対物ライフルを担いで傭兵事務所を逃げるように出た。
メイさんは、まさか朝からチームハウスに行ったままだったりして…
いやいやいや、流石にそれはないだろう。社会人なんだから。まさか、ねぇ。
何も食べずにチームハウスに戻る。べ、別にケチったわけではない。た、たまにはナギさんの手料理を食べてもいいかと思っただけだ。
空腹のお腹に想像の晩ごはんを与えているとチームハウスに到着した。玄関で靴をぬ、ぬ、脱ぐ。履物が多い。
自分の部屋に戻る前に居間に顔を出す。二つの目がこちらを見ていた。
ナギさんは閉じているのか開いているのか判断のつかない目なので、この二つの目は― メイさんだった。
「あなた、おかえりなさい」
「シグレさん、お話があります。装備を外してきてください。夕食でも食べながらお話しましょうか」
「えーと、夜はあちらの世界に戻らないと」
「大丈夫です。時間ならたくさんありますから」
「あなた、私もあなたとたくさん話ができるのならメイの意見には賛成です」
どうやら、最良な一日で終わらしてはくれないようだ。
最後に針のむしろを歩くことになるとは…




