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77-契約


 アズマさんの周りにたくさんの人が集まってきていた。この部屋にこんなに人がいたとは。


 ドキュメンタリー番組の感動シーンのようになっている。


 そして、俺はそんな感動シーンの外でフレームに取り付けられた機械の右腕の6本目の指をプラプラさせていた。


 今、動かしているのが3本目の右腕の小指だ。これに2本目の右腕の指の操作を加えてみる。


 うーん、動くことは動くが思念が散漫になるというか拡散しているというか動きがぎこちなくなっていた。


 でも、練習すれば何とかなるだろう。それに3本目は腕として使うわけではないからメインの2本目さえきちんと意識できていれば問題ないとは思う。


 さっきから視界に入っていたアズマさんの周りがにさらににぎやかになっている。主役は俺のような気がするんだけどなぁ。


 おおお。何か飲み物や軽食まで運び込まれてきた。俺はここですよぉ。


 もう、実験どころではなく祝勝会みたいになっている。機械が多いのでビールかけみたいなことには流石にならないだろう。



「シ、シグレさん。これを、どうぞ」



 俺のところにも飲み物と食べ物が運ばれてきた。覚えていてくれて、ありがたい。



「ありがとうございます」



 機械の指を動かしただけなのに、お腹が空いてきていた。とても助かる。


 食べ物は唐揚げにフライドポテトだった。唐揚げさんの万能っぷりが凄い。


 そんで、この飲み物は何だ?色が黒い。コーヒーじゃ、ないよな?シュワシュワが見える。ま、さ、か、先入観を頑張って捨てて一口飲んでみる。



「コ、コーラじゃん」



 コーラじゃん。コーラ、あったのか。ラムネしか見なかったからないのかと思ってた。え、これ、ここ限定?そんな、まさか。もしそうだとすると、麒麟沼ヤバイ。かなりのヤバさだ。


 唐揚げとフライドポテト、それにコーラ。最高かよ。


 ここにハンバーガーがあれば…


 機械の腕の6本目の指をプラプラさせながら飲み食いしているとアズマさんが喜びを隠せていない表情でこちらにやってきた。主役は俺ですから。



「いやぁ、シグレ君。楽しんでくれているかい?」



 俺は、いつからパーティーに呼ばれていたのだろうか?



「この飲み物と食べ物には満足しています。とくにこの黒いのに」


「お、流石、シグレ君。目の付け所が違うね。ひょっとしてアナザーには額に三つ目の目があったりして」



 それは、それで、どんな視界になるかで楽しそうでは、ある。



「ありませんよ。それで、これはコーラですか?」


「おお、コーラの名前も知ってるんだね。もしかしたらアナザーの世界にもあるのかな?」


「え、ええ。まぁ」



 いろんなコーラがありますね。ウプシやココとか。



「これはね。以前、大流行していた安川コーラっていうのがあったんだけど―」



 安川?そして、コーラ。安川って安川製薬の?



「あれは、こんな状況になって以来流通していないというか、もうつくられてもいないだろう。そこで忘れられない子達が勝手に味だけ復元して。麒麟の設備でね」



 なければ、つくっちゃう人達か。



「力技ですね」


「そう。だけどね。復元したところで上の連中に見つかって、まんまと麒麟コーラになったわけだ。安川コーラと違ってポーションの成分は入っていないけどね」



 安川コーラはポーションの成分が入っていたのか。爆売れだったろうな。



「これも美味しいですけど、安川コーラも飲んでみたかったですね」


「うん?シグレ君の今後の働き次第では考えてもいいけどね」



 なん、だと。



「あるんですか?」


「シッ。声が大きいよ。ポーション関係はおおっぴらに話せないから」


「は、はい」


「私の秘蔵のコレクションの中にあるんだよ。安川コーラが」



 流石、アズマさん。できる。



「そ、そうでしたか」


「シグレ君はかなりポイントを稼いでいるから。今日のことでもね。ゴールは近いかもしれないよ」



 よし、よし、よし。世の中はコネだな。コネクション、大事。



「それは楽しみです。で、実験の再開は?もう、17時近いですよ」


「実験?」



 ダメだ。アズマさんの頭の中はお花畑になっているのかもしれない。


 悪い気もするが俺も仕事で来ているのだ。機械の腕の6本目の指をプラプラさせながら、それを俺の指で教える。



「あれです。あれ」



 機嫌の良いアズマさんがさらに機嫌が良くなったようだ。



「ああ、あれ。今日の実験はお終いだよ。シグレ君のおかげでいろいろ思いついたし、今日のセッティングもやり直したいから」


「それじゃ、俺の仕事は終わりですか?終わりなら銃を受け取って帰りたいんですが」


「え?二次会には参加しないの?シグレ君は主役だよ」


「参加しませんって。それに主役はアズマさんみたいになってるし」


「それは、残念だね。じゃ、主役は私が代わってあげるとして。ちょっと待ってて」



 そう言うと、アズマさんは再び浮かれている集団に戻っていった。


 プラプラ動かしていた指を止めて思念コントローラを頭から外す。銃を取り付けた機械の腕も用意されていたのかもしれない。


 このサイズだと銃はMG34やMG42なんだろうな。戦闘中はマガジンの交換は無理というか戦闘中じゃなくても機体の腕でマガジン交換は無理だな。戦闘終了時に機体の操作者が予備と交換、もしくは作戦行動中は交換なしとかだろうな。


 次の問題は、その内蔵した銃の狙いはどうやってつけるかだが。こればかりは―



「シグレ君、お待たせ。それじゃ、私のブースまで戻るよ。アマノ君も呼んでいるから」


「わかりました」



 来た道をアズマさんのブースに向けて戻っていく。なんだか行きと違い、すれ違う人がアズマさんを避けているような気がしないでもないが、気のせいということにしておこう。



 アズマさんのブースに戻ってきた。アマノさんが待っていた。そのアマノさんに軽く会釈をして、まず対物ライフルの確認をする。



「おお、無事だ」


「当たり前だろう。ここに置かれたものはなくならないし、動くことさえない。動くとしたら、それは地震が起きたということだよ」


「もし、間違って動かしてしまったら?」


「うん?自首してくれれば許してあげるよ。私も鬼じゃないからね」


「誰も自首してこなかったら?」


「シグレさん、それは」


「そんなこと今までなかったから考えたこともなかったね。この部屋の人間全員で水でも押してもらおうかな」



 視界には真面目に働いている人達が何人もいる。みんな強く生きて欲しい。水も押していると楽しくなって… こないな。


 アズマさんの方に目を向ける。ちょうど引き出しから例のケースを取り出そうとしていた。



「銃はこの中にあるよ。でも、これを渡す前に書類にサインをしてもらうからね。アマノ君、その辺りもよろしくね。書類はこれだから」


「はい、わかりました。任せてください」


「それじゃ、シグレ君。私は二次会に行かないといけないので、これで失礼するよ。また、呼ぶから。正当な理由がない限り依頼をスルーしないように」


「でも、指名ができないなら他の傭兵が依頼を受けることもできるんですよね?」


「その辺りもちゃんと考えてるよ。君の担当にも話をつけてるから。なぜか君には担当がいてやりやすかったよ」



 うわぁ。メイさんも引き込んでいるのか。やることが半端ないな。



「用意周到ですね」


「用意した分のリターンはあったし、これからも期待できそうだし。二次会が楽しめそうだよ。じゃ、アマノ君、あとは頼んだよ。くれぐれもシグレ君を逃すようなマネはしないでね」


「はい、心得てます」


「シグレ君、またね」



 アズマさんは軽い感じで、この部屋を出ていった。荷物も持っていないようだが、また戻ってくるのだろうか?まぁ、いいや。俺には、この―



「まだ、これは見せられません。先に書類にサインをお願いします」



 ケースを横からアマノさんに取られてしまう。


 早く、サインすればいいんでしょ。サインなんていくらでも。



「早くお願いします。どれにサインするんですか?」


「そんなに慌てていると変な書類にもサインをしてしまいますよ。とりあえず、ここでは無理ですので場所を変えます」



 そうだった。勢いアズマさんの私物の位置が変わってしまうと水を押すことになってしまう。ここは地雷原だった。



「わかりました。早く行きましょう」


「待ってください、シグレさん。ここには戻ってきませんから、装備を」



 どうやら、こことは、おさらばのようだ。逸る気持ちを何とか抑える。もう少し、もう少しだから。



「すぐ装備しますから」



 もう何度も付け外しをしているから装備するのは簡単だった。


 最後に対物ライフルを持てば準備完了っと。



「シグレさんは、本当にそれを持ち歩いているんですね」


「対物ライフルのことですか?」


「ええ」


「最初は持つのにも苦労しましたが、もう慣れました」


「なぜ、PTRSにしなかったんですか?」


「これしか売っていなかったんですよ。売っていたとしても今ならもう一度これを選んでいると思います」



 アマノさんがなぜか真剣な表情で、こちらを見ている。アマノさんの所属している3部は普通に人間が使う銃の研究開発を行っているところなんだろうな。


 こんなマニアックな銃を知っているとは。ちょっと嬉しい。



「なぜですか?」


「PTRSは5発まで簡単に撃てますが、そこからリロードとなると大変だと思うんです。これの弾を5発まとめたクリップなんて携帯するのも面倒ですからね。簡単に撃てる分、そのしわ寄せがリロードに集中しすぎているんです。と思います。実際には使ったことはありません」


「使ったことがないのに、よくそこまで。不思議です。確かにPTRSにはそういうところもありますが―」


「ま、これのことなんていいじゃないですか。準備はできましたので移動をお願いします」


「え、ええ」



 なんだか納得していないようだがアマノさんは動き出した。早く、あのケースの中を。


 部屋を出た。アマノさんの後ろを対物ライフルを持ってついていく。


 3部にでも案内してくれるのだろうか?研究中の新しい銃とかが偶然目に入っちゃったりして、こりゃあ大変だ。研究中のリ、リボルバーなんかが目に入ってきて―


 アマノさんに”これはダメです。忘れてください。目を潰しますね”とか言われたりして。あああ、目が、目がぁぁあ。とか。


 いやぁ、大変だなぁ。楽しみだなぁ。



「ここです。着きました」


「ここ、ですか?」


「どうぞ、ここです」



 個室だった。小さな会議室かもしれない。部屋には机といくつかの椅子があるだけだった。あ、あと、花が生けられた花瓶かな。こういう個室は、どこも似ているようだ。


 部屋に入り対物ライフルを床に置く。そして、アマノさんが案内してくれた席に座った。



「がっかりです」


「何がですか?」


「い、いえ、こちらの話です。進めてください」



 アマノさんはケースを机に置き、一緒に持っていたいくつかの封筒を並べていた。それが終わるとポケットの中からだろうか小さな手のひらに収まるくらいの像を丁寧に机に置いた。


 見覚えのある女性の像だった。しかし、像はアマノさんの方を向いている。体のラインとか、ふ、雰囲気が、いつも見ている像に似ていた。



「それでは、まず書類ですけど。こちらの書類は傭兵事務所の担当の方にそのまま渡してください」


「わかりました」



 書類が入っているであろう封筒を受け取る。今日の依頼の報告とかだろう。



「そして、こちらが新型弾の守秘義務契約書になります。簡単に説明すると―」


「説明すると」


「秘密にしてくださいということです。自分から新型だと言いふらしたり貸したりあげたりしないでください。ということです」


「ま、まぁ、そうでしょうね。もし、契約違反をしてまったら?」


「そうですね。契約書によるとシグレさんは二度とこちら、アースに来られなくするみたいなことが書かれています。どうやってそれを行うかは書かれていませんし私も知りません」



 守秘義務契約書とペンを渡された。このペンはボールペンなのか?これも存在が怪しい気がしないでもないが、あるからあるんだろう。



「わかりました。それで、どこにサインをすれば?」


「ここです。アナザーの場合は署名だけになりますね。現住所とかも必要ないようです」



 契約書的にそれでいいのかと思うが、アナザーの場合はしょうがないだろうな。アナザーは基本ホームレスだからな。俺にはチームハウスあるけど。



「こんな感じでいいんですか?」



 名前のところにカタカナで”シグレ”と書くだけだった。



「それでは、それをこちらに」


「はい」



 サインした守秘義務契約書を返す。


 アマノさんがその書類に目を通し、チラッとあの像を窺う仕草を見せた。



「大丈夫のようです。それでは、次は―」


「あのう、1枚しかサインしてないし、こちらに控えのようなものはないんですか?」


「ありませんよ」



 な、ないのか。それじゃ、契約書を勝手に改竄とかし放題なのでは。



「それだと、契約書を改竄とか…」


「そういう心配は必要ありません。神様の前での契約にそんなことをしても意味がありません。これを書き換えると契約が無効になるだけです。そして契約を侮辱した者には不幸が訪れます。契約が無効になればシグレさんには得しかありませんね」


「え?神様なんてどこにも」


「ここにありますけど… あっ、シグレさんは正式な契約が初めてなんですね。神様というのは、この像のことです」


「えええええ。そんな像が、ですか?」


「シグレさん!神様になんてことを… 不幸になりますよ」


「あ、すみません。そんなつもりでは」


(許します。シグレは知らないだけですからね)



 まさか、あれが神様だとは。そういえば神託の像があるとか聞いたな。あれがそうなのかも。


 この神様というのはアースの住人の神なのか?それとも、ペンタ・ユニクスが雇った中の人がいて、その人達がGM、ゲームマスター的なことをしているのか?それとも、社員?うーん、気になる。


 ま、いっか。控えもないならないでいい。書類を常に保管とか無理だからな。普通のゲームみたいにインベントリがあって大事なものとして保管されたりしないのだから。



「それで、こちらが銃の貸与契約書です。こちらも難しく書かれていますが、さっきの契約と内容はあまり変わりません」



 書類を受け取り名前の欄にサインをする。さっきもここだったし、ここでいいんだろう。


 そして、書類をアマノさんに返す。



「できました」


「ありがとうございます。確認しますね」



 アマノさんは、さっきと同じように書類に目を通すと、あの像を窺っていた。



「契約に何かあると、その像に変化があるんですか?」


「ええ、表情が変わります。声が聞こえることもあるそうです。私は神様の声を聞いたことはありませんが」


(シグレは私の声を聞きたいのでしょうか?シグレに声をかけてもいいのですが、この子を驚かせてしまいますね)


「凄いんですね」



 確か、あれはブラックボックスじゃないらしい。像のことは気になるが、やっぱり銃だ。早く。



「それでは、契約は無事成立しました。こちらがシグレさんに貸与する銃です。表向きは貸与ですが、シグレさんの銃ですから大事に使ってください」



 よし、やっとだ。やっとだが、一つだけ質問があった。



「これ、人に聞かれたら何て答えればいいんでしょうか?」


「依頼で借りているので、詳しいことはわからない。とでも答えてください」


「その依頼が麒麟の依頼であることは言ってもいいんですか?」


「いいですよ。問題ありません。守秘義務契約にも会社の名前を出してはいけないとはありませんので」


「ありがとうございます。スッキリしました」


「それでは、こちらが銃になります。ケースは回収しますので銃とマガジンだけを持っていってください」



 目の前に銃のケースがやってきた。ドキドキしてきた。俺の小さい心臓に悪いかもしれない。本当の体じゃないけど。


 喉も乾いてきた。リュックサックから水筒を取り出し水を飲み、すぐにしまう。



「あ、すみません。気づかなくて。飲み物用意しますね」


「いえ、そんなつもりじゃないんです。大丈夫ですから」


「そう、ですか」



 ケースを見つめる。透視能力とかなくて良かった。中が見えたりはしていない。


 ケースを見つめる。さっきと同じ形だ。変化はない。


 ケースを見つめる。心の中で声をかけてみた。返事はない。



「シグレさん。開けないんですか?」



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