75-麒麟沼
無意識に手が伸びていた。これはM712?手が銃に触れそうというところでケースが180度回転してその蓋に手が阻まれる。
「あ、そんな」
「シグレ君、仕事の話を始めようか」
少しの間しか見れていないが、セレクターがなかったように見えた。それに、銃のバランスも今まで使っていたM712とどこか違う感じがする。なんかこう違和感が…
しかし、C96は歴史のある銃だ。様々なバリエーションがいろんなメーカーからつくられていた。さっきのもそんな中の一つかもしれない。開発にC96マニアがいるとみた。
映画やドラマでもいろんなところに登場している。あの星間戦争の主人公の銃もベースはC96だ。同人誌即売会ではないのだ。
「シグレ君、起きてるかーい?」
そんなC96に非常に似ていたあれは、M714か。マガジンは挿さっていなかったがC96ではないと思う。C96だと下の部分が少し膨らんでいたはずだ。
まさか、M714を買ったのは… 麒麟重工、アズマさん?
いや、でも、銃のバランスが変わっているから、もっとこう俺の知らない別の―
「えーと、シグレ君。シグレくーーーん。帰ってきて」
「アズマさん、これはどういうことなのでしょうか?」
「私にはわからないよ。ひょっとすると効き目が強すぎたのかもしれない。少しずつお披露目した方がシグレ君の体に良かったということだろう。次からはそうしよう」
もう、ちょっと見せてくれないかなぁ。撃ってみたいなぁ。ちょうどハンドガンを切らしているんだよなぁ…。
「アズマさん」
「あ、復活した。何かな」
「それ、見せてくれないんですか?撃ってもみたいんですけど。まさか、もう終わりってことは、ないですよね?」
「お、話ができそうなくらいまで戻ってきたようだね」
「自動的に復活するんですね、この方は。うちの部にもたまに帰ってこなくなる人いるんですよね。戻すのが大変で」
何の話をしているのか?その銃の話をして欲しい。
「あのう、アズマさん?」
「君がトリップするからいけないんだよ。それじゃ、仕事の話をしよう」
トリップ?それは美味しいのか?そんなことより、その銃を早く。
「トリップより銃の話を」
「し、シグレ君。君はここに何をしに来たんだい?」
何だっけ?辺りをキョロキョロと見回してみる。
そうだ!
リュックサックの中に封筒があったんだ。ヒントになるかも。
さっき置いたリュックサックから封筒を取り出し中の書類を確認する。
「えっと、これには試作兵器のテストみたいなことが書かれていますね。アズマさんも読みます?」
「どうやら、少し壊れてしまったのかな?違うシグレ君のようだ。せっかくの良実験材料だったのに」
「私に任せてください。こういうのを戻すのは慣れています。私、得意なんですよ」
「3部の子は流石だね。それに比べて4部ときたら」
「それでは、行きます。シグレさん、ちょっとこちらへ」
お、美人さんだ。麒麟ともなると美人さんの技術者も多いのだろう。
「何ですか?美人さん」
「失礼します」
美人さんを見つめていると視界の外から何かが…
『バチーーーーーン』
目から星が飛び出してしまったかもしれない。バランスが崩れて右側に倒れそうになるのを堪える。鼓膜は、無事だと信じたい。
なぜか頭の中がクリアだ。モヤモヤはあるが。さっきまで何かに固執していた気もするが思い出せない。
左頬が痛い。でもこれは良い痛み。でもアマノさんを見れない。仕方がないので頬を手で擦りながらアズマさんの方に目をやる。
なぜ、俺はこんなところでアマノさんにビンタをされたのかわからないが。気分はスッキリしていた。
「アズマさん。なぜ俺は仕事をしに来たのに女性にビンタをされているのでしょうか?」
「お、今度こそ本物が戻って来たかな。君がその仕事の話をさせてくれないからだろ」
「え?まさか、そんな。俺がアズマさんに仕事の話をさせないとか…」
「アズマさん。トリップしたことを覚えていないのかもしれませんね。トリップ帰還者にはよくあることです」
トリップ?何のことだろうか。
「アズマさん。さっきからそのケースが気になるんですが。仕事に関係あるんですか?」
「アマノ君、これは面白いね。これは、これで研究してみたいが。シグレ君、これは君がとーっても欲しがっているものなんだよ。だけど見せると君がトリップしちゃうから見せずに話を進めることにするね。恨むなら自分を恨んでね」
そんな、ずるい。というか詐欺の手口だ。そんな口車には乗らないぞ。
「アズマさん、そんなこと言って。俺が欲しい物なんて本当は、ないんでしょ?」
「シグレさん!」
アズマさんがアマノさんを手で制しながら少し前に出る。
「私がそんなせこいことをするわけないだろう。疑り深いのに勝手にトリップするんじゃ、やりにくいなぁ」
(シグレ君じゃなきゃ、壊してるよ。私も随分惚れ込んだものだな。不思議なこともあるものだ)
ヤバッ。アズマさんを怒らせたのか。そんなつもりじゃないんだけど。
「す、すみません。言い過ぎました。でも、それが気になって落ち着かないんです。普段ならこんなことないんですが」
「じゃ、君をトリップさせないように少しだけ見せてあげるよ。本当に少しだけだよ」
アズマさんがケースの中のものを少しずつ横にずらしているのだろう。ゲースの蓋の横から銃の先端、マズルとフロントサイトのようなものが見えてきた。
そして、それに続いてバレルが―
「はい、ここまで」
「えええええ」
えええええ。これにはブーイングも仕方ないだろう。少し殺意のような、もしくはそれに似た何かが俺の中で生まれてくる気さえしてきた。
「そんな私が悪者みたいな反応はやめて欲しい。これは君のためなんだよ。私がせこくないことを示せればそれでいいんだ。シグレ君、トリップしないでね」
少しテンションが高くなってきた。あのフロントサイトはC96系?ルガーやワルサーの方かも?いや違うか。ここはまさかのラハティとか。いやいやいや、C96だろ。やっぱり。でも、ボーチャードということはないだろうか…
む、無理矢理切り替えよう。
「そこに銃があるということはわかりました。アズマさんが用意するのですから、銃の先端部分だけということもないのでしょう」
「やっと、信じてくれたようだね。すんなりではないようだけど。しかし、仕事の話ができるようになったのは大きな前進だ。って、もう12時だよ。お昼にでもするかい?」
あ、思い出した。おにぎりを買うのを忘れてた。
「い、いえ、大丈夫です。今日は何も持ってきてませんし。お腹もまだ―」
「そ、そうかい。後で何か用意してあげよう。それじゃ、仕事の話を。やっとだね」
やっと、なのか。なぜか12時だけど。
「やっとなんですね。お願いします」
「君にやってもらうのは試作兵器のテストなんだけど、段階的にテストしていくから心配しなくてもいいよ。シグレ君専用メニューを用意したから楽しみにしてて」
心配するところしかないな。俺専用のところとか。
「はぁ」
「それ、それ。そういうのを改善するためには時給1000YENだけじゃ足りないようだから、これを用意したんだ。会社の経費で」
アズマさんがケースの蓋を閉じたり開けたりしている。き、気になる。少しだけ出ていた銃の先端部分はもう見えていない。蓋に挟まれてはいなかった。
「じゃ、そのケースの中身は俺への報酬と考えていいんですか?」
「そうなるね。君がトリップするから見せられないけど。これには今後の私の依頼も無視できないように細工もしてある」
なん、だと。じ、自爆装置か。依頼を無視するとリモートでドンされるのか?
C96系だとグリップの中はスカスカだから、やろうと思えばできるな。アズマさんなら条件的にも問題ない。やったな。
「自爆装置ですか?」
「シグレ君、君、アホだろう―」
よく、言われます。
「なぜ、今後も依頼をお願いしたい相手を爆破するんだい?そうじゃないだろ」
「あれ、アズマさん。違うんですか?」
「あ、アマノ君まで。君がこれをつくったんだろう。そんなの入れたのかい?」
「あ、そうでした。テヘッ」
(でも、記憶があまりないんですよね。つくっているときの。どうしてかしら)
おお、美人さんのテヘッが見れた。歳はよくわからないが、いいものだ。
しかし、アズマさんは同じ会社の人にも俺と同じように思われていると。まぁ、そうなるよな。あれじゃ。
今は丸い話し方をしているけど、すました顔をして平気で実験材料を壊す狂気みたいなものを感じる。
「それでは、その銃に何が」
「シグレ君、最近愛用していた銃が壊れたそうだね」
「な、なぜ、それを」
「そして、これはその銃や同じような銃を集めて再設計して組み直したものなんだ。私は銃自体にはあまり詳しくなくてね。詳しい話はアマノ君に譲るよ」
な、な、なん、だと。俺のM712があそこに。マスター、いつの間にそんな粋なことを。
「いやぁ、苦労しましたよ。3部にはC96の設計図しかありませんでしたから。それも個人で隠し持っていたものをアズマさんが炙り出して。それは、もう」
「アマノ君、そこはどうでもいいんだよ」
「す、すみません。そして、壊れていないM714もアズマさんが提供してくれました。そこから必要な部分の設計図をつくり、あれが誕生したというわけです」
「再設計して組み直す?」
なぜに組み直し?それに、あのM714はやはりアズマさんの手に渡っていたのか。マスターのところといい、俺の身近に麒麟がいたとは…
「そうだよ。普通に復元しても一度きりでお終いだからね。それじゃ、今後の依頼に支障が出るよね?」
一転、怪しくなってきました。
「そこで、この銃は本来この銃では撃てない弾を撃てるようにしてもらったんだ。当然今までの弾は撃てないよ」
「えええええ」
やりやがった。そこまでするのか。俺を縛るためだけに。アホだな。
「この銃の弾は一般では販売されていない麒麟の銃専用の弾に変えさせてもらったよ」
嬉しいのか悲しいのかわからない。これはきっちりアズマさんの依頼を受けておかないと弾が入手できないということか。
普通はそこまでしないのに。くっそ。俺には非常に効果的だ。
「そこで、私ですね。この銃の弾は5.7x28mmに変更しました。装弾数はシグレさんが愛用していた銃から変わっていません。変わっていませんので銃のバランスが変わっています」
「お、俺の銃がそんなことに」
「シグレ君、あれは武器屋の店主が私に快くプレゼントしてくれたから私のものなんだよ」
くっそ。
「そして、従来の5.7x28mm弾はもともと対人用に開発されたものです。モンスター戦が主流な昨今、もっと適した弾を銃の口径を変えずに実現できないかと模索していました。そして、最近テストにまで漕ぎ着けた新型弾があります。シグレさんにはその弾を使用してもらいます」
「どうだい?凄いだろ。新型弾のテストもできる上にシグレ君を私に麒麟重工に繋ぎ止めるという一石二鳥の、シグレ君も喜んでいるから一石三鳥の案だよ」
新型弾のテストがあるから俺専用みたいな銃をつくるって。そんな面倒なことを。
「え?それなら、わざわざつくらなくても既存の銃を俺に貸してくれれば良かったのでは?」
「それじゃ君を繋ぎ止められないし、既存の麒麟の銃、特にこの口径の銃は私が気に入っているという理由だけでは貸してあげることができないんだ」
だから、つくるのか。この話だとあの銃は存在していないことになるのかな。やることが凄いな。
「シグレさん。会社のルールと戦うよりつくった方が早いんです。しかし、普通はこんなに早くつくれないんですが、なぜかつくれてしまいました。私と有志、本当は凄かったのかもしれません」
「アマノ君の自画自賛はおいといて。新しく銃をつくっても問題はあるんだ。それに新型弾を君に使ってもらうことにもね。で、そこは君に小難しい書類にサインしてもらって解決することにしたから。この銃は君にあげるんだけど、表向きは新型弾をテストするためだけの銃を貸していることになるので注意してね」
「テスト終了したら銃は返さないといけないんですか?」
「それだと君が離れてしまうかもしれないから大丈夫だよ。紛失することになっているから。なぜか始末書は私が書くことになると思うけど。これは秘密だからね」
いろいろ面倒なことになってきたな。でも、俺の手にM712が帰ってくるのなら多少は面倒もやむを得ないだろう。M712ではなくなってしまっているが。ま、フルオートなんて飾りだったから問題ないけど。
「あ、はい、テスト、頑張ります。もしかして、今日の仕事はその銃でテストですか?」
「まさか、そんなことがあるはずがないだろ。新型弾のテストは君にその銃をあげるための口実。ま、そのテストもちゃんとやってもらうけど。今日の仕事はちゃんと装甲歩兵の試作兵器のテストだよ。さっきも言ったよね」
「ですよねー」
「麒麟にも新型弾をテストしている部署はあるのですがフットワーク的に問題がありまして、自由がききそうなシグレさんのような存在はありがたいのです。弱みも握りましたし。その銃のカスタムも受け付けますから新型弾のテストお願いしますね」
新しい銃は俺の弱点でもあるのか。ま、カスタムもしてくれるなら。それもいいかな。俄然、モチベーションが上がってきた。
「アズマさん。何だかやる気が出てきました」
「いいねぇ。それだよ。その目。そうでなくては実験が捗らないからね。それで新型弾は他に預けておくことは無理なんだ。依頼の形でここに呼ぶから、そのときアマノ君とやりとりしてくれるかな」
「え?それだと弾切れになった場合、困るんですけど」
「緊急の場合は私か、アマノ君に連絡してもらうしかないね。ここには君のタイミングでやってこられても対応できない面倒な問題がまだまだあるんだ。そこはおいおい何とかするし君が麒麟のために実績を積んでもらえれば問題も早く片付くと思うよ」
アズマさんとアマノさん、二人とアドレス交換をした。麒麟の沼にズボズボ沈んでいくのを実感した。もうこの沼から抜け出せないのかもしれない。少し居心地が良い沼だった。
これも何かのめぐり合わせだと考えるしかないのだろう。俺のM712はこのために壊れていったのだと良い風に受け取ろう。でないと夜が眠れない。
「なんだか、麒麟の沼に落とされたような気がします」
「大丈夫ですよ。ここにいる人達も皆落ちてますから」
「シグレ君。ルールさえ破らなければ良いところだよ、ここは」
スタートが既にグレーなんですけど。本当に大丈夫なんですよね?
捕まったら二人の名前を出して道連れにでもしよう。
「それじゃ、アマノ君は戻ってもいいよ。ありがとね。あっと、また後で呼ぶから。テスト用の弾を用意しておいて」
「はい。あ、それとアズマさん。これからの実験はあそこですか?」
「第一実験棟だけど」
「でしたら、シグレさんのお昼を休憩室にでも手配しておきます」
「忘れるところだった。お願いするよ、アマノ君」
「はい、任せてください。それでは失礼します。シグレさんも4部のテスト頑張ってください。油断すると壊れますよ」
不穏な言葉を残しアマノさんが部屋から出ていった。アズマさんの微妙な表情が怖い。
切り替え、切り替え。
さぁて、気合を入れるか。まだ見ぬ俺の新しい銃のために。
「シグレ君、この書類は私が預かっておくよ。帰りにサインして返すから」
「わかりました」
アズマさんが銃の入ったケースの蓋を閉め、近くの机の下の方、大きな引き出しに入れていた。鍵はかけないようだ。そして書類の方は机の上に雑に放り投げられた。
「大丈夫だって。ここにあるものは安全だから」
俺がケースを目で追っているのに気づいたらしい。俺はまだ、銃の先端部分しか拝んでいない。さっきの話でどんなものかは想像できるのだが、やっぱり生で見たかった。
このままいくと、アズマさんのテストが終わるまで見ることはできないのだろう。
俺のやる気メーターの針が元気を失っていく。
「それじゃ、シグレ君。移動するよ。今日も楽しい実験にしようじゃないか」
「あー、はい」
歩き出したアズマさんについていく。顔はギリギリまでケースの入った机の方を向いていた。




