71-弟子の師匠
風呂上がりのビールを楽しむ。発泡酒だけど。
この味はそんなにゲームの中と違いはない。だろう。ゲームの中では風呂上がりにビールを飲んでいないのだが。何というかこれは儀式なんだと思う。何のためかはわからないが続けないといけない。そんな気がする。
さて、掲示板でも覗いてみるか。今日は総合スレからだ。
どれどれ―
サービス開始からもうすぐ十日。今週にも第二次大戦が始まるらしい。
そのことについてあれこれ雑談が続いていた。
公式ホームページを確認する。お、マジだ。
やんごとなき理由で第一次大戦から退場させられてアカウント剥奪までいっていない者、スタートダッシュをしないと死んでしまう者、あとは… 何となく人が少ないところが好きな者、この辺りの人間が大喜びしているのかもしれない。
しかし、第一次大戦の方にも新規は入れる。どこにも締め切ったような告知はない。むしろ、今なら被害状況を見て都市を選べるという利点があるし、少し余裕のあるアナザーのお兄さんやお姉さんがいろいろ教えてくれるオマケ付きだ。いろいろ教えてくれるのだ。関節技とか…
まだまだ、第一次大戦の人は増やせると思うのだが俺が思っている以上にこのゲームは好評だったということなのだろうか?このストイックなゲームがだ。
ちょっと、第二次大戦を覗いてみたい気もするが、それは無理そうだ。公式ホームページにも第一次大戦に参加している者は第二次大戦には参加できないという説明がちゃんとある。
サーバーを変える感じでシーズンは移れないようだ。まぁ、そうだろうな。
ただ、第一次大戦で都市セーブポイントを破壊された場合、どうなるかは言及されていなかった。実際に破壊された都市はないのだが、普通に考えれば退場だから大丈夫だとは思う。
これだと第二次大戦に参加したいがため、わざと悪さをする輩が出てくるのでは?
それはないか。アカウント剥奪との境界はペンタ・ユニクスにしかわからない。そんな危険を冒してまで第二次大戦に移りたい者はいないと思う。アサヒ都市では絶対にやめてもらいたい。
それより、退場させられた者は愛国心を疑われ開始の都市を自由に選択できないとかになったら… どうしよう。マジ、どうしよう。
これからも第一次大戦頑張ります。
総合スレに戻ってみる。
アメリカの都市に続いてヨーロッパ、フランスの都市がヤバイことになっているそうだ。アントだろうか?このイベントは世界規模なんだろうか?
えーと、このあとも第一次大戦頑張ります。
総合スレはこのくらいにして都市スレを見よう。もう、俺の世界には晒しスレは存在しない。
どれどれ―
薬屋と服屋の店員をつれまわしていた男が傭兵事務所前でまた別の女…
見なかったことにしよう。タイミングが悪そうだ。俺の小さい心臓では耐えられないかもしれない。
ビールを飲む。少し落ち着いてきた。それにしても、よくこの味を美味しいと思えるようになったものだ。不思議だ。発泡酒だけど。
生産スレでも見てみるか。面白いネタでも―
お、おお、麒麟に入社したプレイヤーがいるらしい。契約社員みたいだが。毎日きちんとした服を着て出社したりするのだろうか?もし、リアルでも働いているのなら… こわっ。考えるのはやめよう。
で、何でもザ・ブラックボックスのノートパソコンにインストールされている設計図関係のアプリケーションの使い方に明るかったのが入社成功の決め手になったらしい。そうか、CADかぁ。
俺も最近銃に困っているからなぁ。オリジナルの銃とまではいかなくても改造、カスタムくらいは自分の手でやりたいんだよなぁ。
限られた条件の中でチマチマ設定を詰めていくのが楽しいんだよなぁ。そして、それが性能に結び付けば言うことはない。
しかし、それ系のアプリケーションには明るくないからお友達を探すしかないか。プログラムなら書けるのだがプログラマーとか需要はなさそうだ。
そういうのはブラックボックスが全部担当してるからな。せめて、ノートパソコンや情報端末のアプリケーション開発ツールとかがあれば…
切り替え、切り替え。
その他は、ハンバーガーだった。スレ住人の評判も大変良かった。俺も美味しいと思う。そのハンバーガーの露店の店主をしているプレイヤーの書き込みもあった。
うーん、なになに。薬屋と服屋の店員と一緒の男…
生産スレの調子が悪そうだ。もう、今日の掲示板はこれくらいにしておこう。
ビール、ビール。こういうときこそビールだ。発泡酒だけど。
さぁ、アサヒ都市の防衛を頑張りますか。トイレに行っておこうっと。
ベッドに寝転がりVRギアを装着。ゲームを起動。
ここは、自分の部屋だ。床にはリュックサックと対物ライフルが見える。
そうだ、昨日はバイクを洗ったあとリュックサックと対物ライフルを持たずに、この部屋でログアウトしたのか。ま、自分の部屋だから問題ないだろう。
問題なのは、これからのことだ。ハンドガンがない。適当なハンドガンを買うということもしたくなかった。
だったら、ハンドガンを何とかするまで傭兵を休むというのもアントが出現している現状ではなしだろう。
やはり都市周辺のアント退治をした方がいいな。昨日も南の海辺で遭遇した。南が意外と手薄になっているのかもしれない。それにアントならたくさん遭遇することもないから対物ライフルの弾数でも何とかできる。と思う。
よし、そうと決まればリュックサックを確認する。弁当箱と水筒はある。なら、日課が先だな。
自分の部屋を出て居間に行く。誰もいない。電気もついていない。カーテンのない窓から差す光が部屋を明るくしていた。
テーブルの上には魔力結晶が置かれている。バイクはあるようだ。
マユミさん達は今日ログインしていないのかな?
まぁ、いいか。台所で日課を済ませる。水は公園で入れよう。部屋に戻りリュックサックに弁当箱と水筒を入れて背中に装着。対物ライフルを持って玄関へ。
玄関で靴を… って俺の靴しかない。マユミさん達は出かけているようだ。
靴を履いて時間を確認する。9時を過ぎていた。まぁ、そうだろうな。ディスティニーランド疲れとかないのかな?マユミさんに至っては昨日、リアルでは数時間前にログインしてたからな。元気なことだ。
対物ライフルを持ってチームハウスを出る。一応、鍵はかけた。
公園に寄り噴水の石像に挨拶をして水筒に水を汲む。と同時にお腹が鳴った。朝食は何がいいだろう?
とりあえず、傭兵通りに出て傭兵事務所を目指した。
ハンバーガーの露店の横に見たことのある少年がいた。ハンバーガーを美味しそうに食べていた。なぜか可愛く見えてしまう。あれは男。男。男。
「シモン君、おはよう。ハンバーガー、美味しい?」
「おはようございます、師匠。これ、アナザーの食べ物なんですよね。とても美味しいです。これを考えた人も師匠にしたいです。それで、師匠は食べないんですか?」
「食べるよ。でも、その前にこれを置いておこうと思ってね。ここに置くから見といてね」
「はい、師匠」
シモン君の足元近くに対物ライフルを置いて朝食を買いに行く。朝からなかなかの盛況ぶりだった。
「お兄さん、シングル一つとアイスコーヒーを」
「400YENになります」
露店のお兄さんは400YENを受け取るとすぐに顔を背けた。あ、こいつだな。俺のあることあること掲示板に書き込んでいるのは…
そのまま横にズレて出来上がりを待つ。
「お待たせしました。シングルとアイスコーヒーです」
紙に包まれたハンバーガーとアイスコーヒーの入った紙コップを受け取り、お兄さんに一言残す。
「服屋の店員さんの印象を悪くすると不幸になりますよ。気を付けてください」
露店のお兄さんの表情が曇った気がした。これくらいでいいだろう。本当に不幸になられてもこっちが困るからな。ハンバーガーが美味しくて良かったな、アナザーのお兄さん。
そして、ハンバーガーとアイスコーヒーを持ってシモン君の傍に行く。
「対物ライフルを見てくれて、ありがとう。もう、いいよ」
「はい、師匠」
「それでは、いただきますっと」
シモン君の隣で立ったままハンバーガーとアイスコーヒーをいただく。
シモン君は既に食べ終わっており手にはくしゃくしゃになったハンバーガーの包みと紙コップが握られていた。
「えっと、師匠。もう一つ買ってきます」
まだ、入るようだ。元気が良くてよろしい。
それにしてもハンバーガーが美味しい。ピクルスが最高だ。
すると、シモン君が新たなハンバーガーを目の前で食べ出す。
俺はシモン君を眺めながら残りのハンバーガーを食べた。
「ごちそうさまでした」
シモン君は、何でこれで男なのか不思議だった。家庭の事情だったりするのか。
「師匠、こっち見ないで― ゴホッゴホッ」
「はい、はい。これ飲んで」
シモン君がむせているので俺のアイスコーヒーをあげた。むせているところも可愛い。だから、男だって。
「あ、ありがとうございます。師匠」
「ゆっくり、落ち着いて食べて」
「はい、師匠」
もう、アイスコーヒーは戻ってきそうにない。まぁ、可愛いから許す。
「師匠、ごちそうさまでした。それは、僕が捨ててきます」
シモン君は俺からハンバーガーの包みを奪い露店のごみ箱へ向かった。
対物ライフルを担ぎシモン君の帰りを待つ。
「師匠、捨ててきました。それで、師匠はこれからどうするんですか?」
「傭兵事務所に顔を出したら、都市周辺のアント見回りかな」
「そうですか。なら、このまま師匠の護衛をします。よろしくお願いします」
ハンドガンがないのでシモン君がいると非常に心強い。
「そ、そう。それは助かるよ。一緒にアントを探そうか」
「はい、師匠」
シモン君は素直だし可愛いし、どこかの連中と大違いだな。見習って欲しい。ゲヘヘヘヘヘ。
傭兵事務所に到着。緩んだ顔を引き締める。それでは、中に。
「し、師匠。僕は外で待ってます」
「え?入らないの?ま、いっか」
まぁ、人それぞれだしアントには専用の依頼もないから。問題ないな。
「師匠、それ、持ちましょうか?」
対物ライフルを持ってくれるのか。ありがたい。
「じゃ、お願いするよ。なるべく早く戻ってくるから」
簡単に対物ライフルを預けちゃったけど、シモン君持って逃げないよね?俺、師匠だから大丈夫だよね?少しほんの少しだけ心配になった。い、急ごう。
傭兵事務所に入り情報掲示板を確認する。新しい情報はないようだ。アントの対応の仕方が目立つように留められていた。
これなら、アントのことを知らないアナザーでも大丈夫だろう。
傭兵事務所の用事は終了っと。
振り返るといつものお姉さんがいた。
「お、おはようございます」
「おはようございます。シグレさん」
「それでは、これで」
いきなり、手首を掴まれる。箸を持たない方の手だ。
「ちょっと、こちらへ」
(シグレさんは無事でした。ナギは結局何もしなかったのね。お願いだから、私の邪魔だけはやめて)
そのまま、手を引っ張られ壁際につれて行かれた。傭兵の視線が集まってきている気がしないでもない。
「な、なんでしょう」
「シグレさんに指名依頼が来ています。麒麟重工のアズマさんからです」
くっそ。指名してくるとは。名前、本当に覚えていたのか。苦い思い出が蘇ってくる。
「え?今からですか?」
「いえ、明日です。明日の10時までに指定の場所に来るようにとあります。前日から依頼を出すとは、どうしても明日来て欲しいのかもしれません」
「え?そういうのってアリなんですか?」
(0.3点)
「こういうことは今までなかったのでルールのようなものはありません。本来なら断ってもいいのですが。ただ、ポイントは高いです。こちらの話にはなりますが」
いつものお姉さんが真剣だ。俺のことなのに。アナザーの傭兵にも親身になって考えてくれるとは。
「じゃ、受けた方がいいんですね?」
「そうなります。断ったら引っ張って来るように注意書きがありました。シグレさん、何かしたんですか?」
全く心当たりは、ない。あれ?おかしいなぁ。本当に心当たりがないんだけど。
「いえ、まだ、何も」
「とりあえず、明日の朝9時までにこちらに来てください」
「わ、わかりました。では」
「はい、お気を付けて」
「…あのう、手を」
いつものお姉さんはずっと手首を掴んだままだ。
「あ、私としたことが。ですが、私の勘がシグレさんを疑っているのです。まさかとは思いますがお姉さん呼び、してませんよね?」
す、するどい。いつものお姉さん、メイさんするどい。
「し、してません、メイさん。それでは、これで」
「お気を付けて」
今までアズマさんの依頼から逃げてきたツケが回ってきたようだ。しかし、指名はされていなかったのだから罪はないはずだ。
少し重い足取りで傭兵事務所を出る。
「師匠、お疲れ様です。これを」
シモン君がちゃんといた。少し嬉しい。当たり前のことだけど、何だか嬉しかった。
「ありがとう。おにぎりを買ったら都市の外に向かうから」
「はい、師匠。だったら、このまま待ってますから行ってきてください」
「わかった。行ってくるよ」
久しぶりな気もするおにぎりの露店に顔を出した。
「ちわー」
おばちゃんはいつものようにおにぎりを握っていた。
「久しぶりだね。少し心配したよ」
「やっぱり、そうなりますか。最近いろいろありまして。今日は唐揚げ二つにいくらを二つ」
「400YENだよ」
「はい」
手持ちからお金を払う。リュックサックから弁当箱を取り出しおにぎりを詰めてリュックサックに戻した。今日は平和なおにぎりタイムになりそうだ。
「アントを見つけたら退治頼むよ」
「な、なんとかします」
「何だか頼りないねぇ。しっかりしておくれよ」
「頑張ります」
おばちゃんに景気よく背中を叩かれる。大丈夫だった。おばちゃんは近接戦闘種族ではないらしい。
対物ライフルを持っているシモン君の元へ戻る。肩にかけているライフルのスパイク型銃剣が痛そうだ。鞘みたいなものがあった方がいいのではないだろうか。
「お待たせ、シモン君。それじゃ、行こうか。都市の西から出て南に向かうから」
「はい、師匠」
まず、防衛櫓09-0001に向かう。馴染みの防衛櫓だ。
「師匠はアント大丈夫なんですか?」
「いや、あんまり大丈夫じゃないかな。でも、遠くから銃で撃つなら大丈夫だから。シモン君はどうなの?」
「僕ですか。大丈夫ですよ」
「へぇ、アナザーなのに大きい蟻大丈夫なんだ。凄いね」
「そう言われると少し不安に。でも、気合で何とかします」
「やっぱり気合だよね」
「そうです。気合です」
気合かぁ。気合で慣れよう。昆虫型のモンスターが他にもいるかもしれないからな。
少し人通りが多いような気もする道路沿いを西に歩き、いつもの防衛櫓が霧から現れた。
イヤホンを耳につけ、グループ会話の準備をする。
「シモン君、招待したからよろしく」
「はい、師匠」
「それじゃ、アント退治頑張ろう」
「はい、師匠は僕が守ります」
いやぁ、盾がいると安心感が違うなぁ。ヒロコさんの気持ちが少しわかったような気がした。
しかし、俺と違ってあの人に盾は必要ない。




