70-すなはまぁ
ログアウトしようと思ったのだが、腹が減っていたので何かを食べてからログアウトすることにした。
じゃ、どこにしようかな…
「!」
ピコーンと来た。バイクだ。三日前に買ったというのに、まだ一度も運転していなかったのだ。走馬灯のようにマユミさんの暴挙が浮かんでくる。
よし、よし。バイクで、なら、あのカレー屋に行ってご飯にしよう。それだ。
そうと決まれば支度を… って、別にすることはなかった。都市の中へ食べにいくだけだからリュックサックもいらないし、当然対物ライフルの出番があるはずもない。
自分の部屋を出て居間で魔力結晶を確保。そして、チームハウスを出た。一応、鍵はかけたが意味はないかもしれない。
いやいやいや、やっぱり戸締まりは大事っと。
ガレージのシャッターを開ける。
「お、俺のバイク。かっこいいのぅ」
バイクの周囲を回りいろんな角度で眺めて見る。マフラーがないので少し寂しく感じる。
切り替え、切り替え。
タンクの蓋を開け魔力結晶を挿入して時計回りにひねる。そして、蓋を閉めた。
ライトの上部についているスピードメーターのパネルにあるランプに灯りが灯る。
「準備完了っと」
パーキングブレーキを戻してアクセルを開ける。
ガレージの前で一旦止めてシャッターを閉め再びバイクに跨った。
電動バイクになってしまったので内燃機関特有の面白さはなくなってしまったが道具としては扱いやすくなったと思う。なにより、かっこいい。ああ、かっこいい。
よし、堪能した。カレー屋に向けて、いざ出発。
はい、到着っと。カレー屋の真ん前に堂々と路駐である。いやぁ、いい時代になったなぁ。
バイクはかっこいいし快適だし速いし、うーん大好き。
心配なので魔力結晶は取り外して携帯する。
カレー屋に入った。客はそこそこいるようだ。手前のカウンター席に座る。
店員さんがお水を持ってやって来た。
「防衛隊カレーを一つ」
「600YENになります」
手持ちから600YENを払い水を飲んだ。
バイクで旅とかできるともっと楽しいのだが魔力結晶がなぁ。カウンターに置いた魔力結晶のケースを眺めた。
そういえばアントは魔力結晶に引き付けられるのだろうか?
薬屋さ― ヒロコさんからは聞かなかった気がする。まぁ、アントは無視するんだろうなぁ。
魔力結晶のこのモンスターを引き付ける効果を遮断できたりとか、できるといいんだが。そういうのも宝箱からドロップしないかなぁ。
「お待たせしました。防衛隊カレーになります」
ソースを隠し味的に少しかけて。
「いただきます」
相変わらず美味しい。マジ最高。これでハンドガンが元に戻れば言うことはなかったんだが。
「ごちそうさまでした」
魔力結晶を持って店を出る。
それじゃ、帰りますか。
すると、右肩を叩かれた。あれだ、このまま首を右に向けるとほっぺたに指が突き刺さるアレに違いない。
だからといって首を左に向けるのはどうだろう。これでは、もし指がなかったときに気まずくなるのではないだろうか?
だいたい、肩を叩くのが問題だった。声をかけてくれればいいのだ。霧があったとしても。
じゃ、なぜ、声をかけてくれないのか?声をかけると他の人も振り返ってしまうからとかか。しかし、周りに人はいない。かっこいいバイクが目の前にあるだけだ。
喋れない?それなら仕方がない。
「あなた、何をしているの?女をいつまで待たせるの?」
どうやら、喋れるようだ。じゃ、最初からそうしてくれればいいのに。時間を無駄に消費してしまった。もったいない。
振り向かずにいると声の主が俺の前に回ってきていた。
「あなた、ユミカじゃなくてマユミと一緒にいた男でしょ。シグレだったかしら?」
前線キャンプですれ違った人だな。思い出した。
「俺はシグレですけど。どちら様ですか?」
「私はトモミ。マユミと、そうねぇリアルで友達といったところよ」
「で、そのトモミさんがこんなところで俺に何の用ですか?」
トモミさんが魔力結晶を指差す。
「それ、魔力結晶でしょ?ということは乗り物があるかもと思って。持ってるなら傭兵事務所まで送ってくれるとありがたいわ」
この人もグイグイくるな。
「それで俺は何を得られるんですか?」
「美人を横に乗せられる権利?ひょっとすると誰かの情報がポロッと口から零れてしまうかもしれないわ」
そうか、マユミさんの情報か。ま、情報が聞けなくても乗せてあげるか。恩を売っておけば何かあるかもしれないし。
「わかりました。いいですよ。乗ってください」
そう言って目の前のバイクの側車を手で案内する。
「これだったのね。車かと思ってたわ。でも、これはこれでいいじゃない。あなた、センスあるわね」
このバイク、若い娘には人気があると思えないのだが。マユミさんといいこの人といい、できるな。それともお世辞なのか?
トモミさんは側車に銃を膝に抱えて乗り込んでいた。
魔力結晶をバイクにセットし俺もバイクに乗る。
「トモミさんもマユミさんと同じでAKなんですね?ひょっとしてAK使いなんですか?」
「え?AK使いとかそういうのがあるの?ただ、AKは私の体の一部みたいなものだから」
体の一部、ねぇ。AK使いの元祖とか老舗争いが起こるかと少し期待してみたが、そんなことはなさそうだ。
「それじゃ、AK使いのマユミさんの方がAKをうまく扱えるってことなんですか?」
「あら、それは聞き捨てならないわね。AKの使い方をマユミに教えたのは私よ。あの子がAK使いなら私はAKマスターになるわね」
またまた、面白いものが爆誕した。AKマスターか、マユミさんが聞いたら何て言うだろう。楽しいことが起きそうだ。超AK使いとかにクラスチェンジでもしたりして。
「AKマスターですか」
「そうね、AKマスターよ。それで、あなたは… 銃を携帯していないの?いつ何が起こるかわからないのに銃を携帯していないなんて… シグレ、銃はどこかに置いているの?」
しまった。これは、情報を手に入れるというより守らないといけなかったみたいだ。
「ひ、秘密です」
「ま、すぐにバレそうだけど。いいわ。しかし、銃は常に携帯しなさい。マユミだって銃を手放さないはずよ。マユミに言われてないの?」
言われてはいないけど。言われるものなのか?ただ、銃は今ちょっとなぁ。
「今まで使っていた銃が壊れてしまってちょうどないだけです。それじゃ、行きますよ」
「そ、そうなのね。マユミの男ならきつく言われているはずだから、携帯していないとかあるはずがないわね」
俺は、マユミさんの男に見えているのか。やっぱり傍から見ると、そう見えるのかぁ。便利アイテム扱いなんだけどなぁ。
海辺の道をゆっくり走る。霧の中でも砂浜が見えるところだった。
「シグレ、砂浜を走って。きっと気持ちがいいわ」
「えええええ」
「ほら、早く。こっちでハンドルを触るわよ」
本当に手が伸びてきていた。危ないなぁ。
「わかりました。わかりましたから、手を引っ込めて」
「わかれば、いいの」
ちょうど、砂浜に下りれるところがあったのでそこから下りる。こんなところに下りれるところがあるせいで。もう。
そして、波が寄せてくる横をバイクで走った。まぁ、気持ちは良いかもしれない。
「そういえば、今日はお仲間さんはいないんですね」
「ええ、毎日時間が合ったりしないわ。シグレだって、一人じゃない」
それにしても、喋り方が似ているなぁ。声は全然違うけど。
砂浜を漂着物を避けながら走る。だんだん面白くなってきた。
すると、前方で白い霧から黒い大きなものが出てきた。
「トモミさん、あれ!」
「まずいわね。やるわよ。バイクを近づけて」
「わかってますよ」
スカウトアントだった。南のこんなところにまで現れるとは。このイベント、本当は都市を潰しにきているのでは…
アントとは進行方向が同じようだ。近づいても進路をこちらへ向ける素振りもない。まだ、気づかれていないのかもしれない。
バイクは波打ち際を静かに走る。潮の香りが気持ちいい。
AKの射程に入ったようだ。アントの頭が狙えるまで撃たないかと思ったらそんなことはなかった。
タン、タン、タンと3発の銃声が鳴り、アントがまた霧に帰っていった。
頭でなくともAKくらいだと簡単に倒せるようだ。それとも、ああ見えて防御力は意外と低いのか?
「お疲れ様です」
「シグレもね。それにしても、ここにもアントって出るのね。このイベント、かなり危険だわ」
「そうみたいですね。油断できません」
そのまま走り続けアントが霧散した場所まで行く。
そして、トモミさんは側車から身を乗り出して魔石を拾った。
「それじゃ、帰りますよ」
「そうね」
砂浜から道路に戻り傭兵事務所を目指す。砂浜を走りすぎて少し迷いそうになったがトモミさんの指摘もあり無事に覚えている道路に戻れた。
トモミさんはマユミさんと違って方向音痴とかではないようだ。
「トモミさんは方向音痴じゃないんですね」
「うん?ああ、マユミね。道を全く覚えられないのは、ここでも同じようね。あの子はすぐ迷子になるから目を離せなかったわ」
しかし、方向音痴だったから出会えたんだよなぁ。凄く懐かしく感じる。リアルだと十日も経ってないというのに。
トモミさんとたわいもないことを話しながらバイクを運転した。バイク自体は静かなので少し大きな声を出せば会話はイヤホンなしでも問題なかった。
傭兵事務所前に到着。ここで女性を降ろすのはまずいのではないのか…
「着きましたよ」
「そのようね。今日は助かったわ。意外と楽しかったし。報酬は美人を乗せるだけだと足りないかもしれないわね」
「別にいいですよ」
「それじゃ、この魔石をあげるわ。それとアドレス交換ってところね」
ちょっとログアウト前にバイクを乗ろうと思っただけで思わぬ収入が。しかも、アドレスまで。グフフフフフ。俺のアドレス帳が成長していく。
トモミさんから魔石を受け取りアドレス交換をした。
「それと、最後に一ついいですか?」
「いいわよ」
「マユミさんと仲、悪いんですか?」
「いきなり直球ね。嫌いじゃないわよ。で、私の方は悪いとは思っていないのだけど。あの子はどうかしらね。ただ、本当に仲が悪くなっているなら、あんな喋り方しないと思うわよ。あれ、私のマネだから」
「え?そうなんですか?」
「そうよ。リアルではあんな喋り方をしていなかったわ。私の知る範囲でだけど」
「へぇ、ちょっとイメージできませんね」
「それは、もう可愛かったわ」
そうだったのか。想像が全くできない。
「それでは、俺はこれで」
「そうね。それじゃ。まぁ、また、会うと思うわ」
え?なんで。って同じ都市にいて傭兵をやっていれば会うこともあるか。
そして、俺はバイクでチームハウスへ戻った。
ガレージの前で一旦バイクを止めてシャッターを開ける。
バイクをガレージに入れてパーキングブレーキを引き魔力結晶を外す。ガレージの外に出てシャッターを閉めて2階に上がった。
チームハウスに戻り、まず居間に魔力結晶を―
「おかえりなさい」
「マユミさんこそ、おかえりなさい。どうしたんですか?こんな時間に」
マユミさんがソファーに座ってお茶を飲んでいた。アオイちゃんはいないみたいだ。
「ちょっとね。シグレはバイクで何をしてたの?」
トモミさんのことを話してもいいのだろうか。
「バイクで海辺のカレー屋でご飯を食べてきました。帰りは―」
「あのカレー屋ね。美味しかったわね。で、帰りは?」
もう、いいや。言ってしまえ。隠すことでもないだろう。
「トモミさんを乗せてスカウトアントと戦って戻って来たところです」
マユミさんの顔が急に真剣なものへと変わった。何か重大なスイッチを押してしまったのかもしれない。
「詳しく」
「え?」
「まず、カレーね。トモミと一緒にカレーを食べたの?食べてないの?」
な、なんだ、これ。
「カレーは一人で食べましたけど。でも、トモミさんもカレー屋にはいたみたいです。それが何か」
「そう、カレーは一人だったのね。それで、ス、スカウトアントとの戦闘ね。初めて聞くモンスターだわ。トモミは何をしたの?」
「走っているバイクの側車からスカウトアントっていう大きな蟻のモンスターをAKで倒しました」
「そう、流石トモミね。それで、トモミは何発撃ったの?AKで何発撃ったの?」
そ、そこ気になるんだ。
「3発、かな」
「かなって何?3発撃ったの?それとも4発?」
3発だったはず。
「3発です」
「そう、バイクが移動しているなか3発撃ったのね。それで、どこを走っていたの?」
「波が打ち寄せてくる砂浜です」
「す、な、は、まぁ」
なぜか、息が荒くなっているマユミさん。忙しそうだ。
「あ、潮風に当たったのでバイクを洗わないと。じゃ、俺はこれで」
すると、いきなり足を払われこかされた。まさか…
と思っている間に技が完成してしまった。足4の字だった。
「なぁあああああ」
「で、蟻と戦闘したあとどうなったの?トモミと二人だけで、そのあとどうしたの?」
マユミさんは床を手で叩きながら足を。ちょっと、ちょっと。
「どうにもなっていま、せ、ん。足、解いて。傭兵事務所まで戻ってきただけです」
「戦闘が終わったらすぐに戻って来たのね?どこにも寄ってないんでしょうね」
あ、足がこのまま、だと。
「どこにも寄って、い、ません。道に、す、こし、迷った、だけです」
「わかったわ。迷ったのは少し気になるけど」
足が解放された。ギリギリだったかもしれない。この一連の流れが理不尽すぎて頭が痛い。正直に言ってもダメなようだ。教訓にしよう。
「それじゃ、行くわよ。まず、カレーね」
えええええ。
それから、バイクにマユミさんを乗せてあのカレー屋に行った。なぜか、カレーを食べさせられた。奢りだったから許そう。
そして、砂浜を走りスカウトアントが見つからなかったことにマユミさんは腹を立て、それを宥めながらなぜか傭兵事務所前まで行き戻ってきた。
バイクをガレージに入れて魔力結晶を外す。
すると、マユミさんは笑顔で魔力結晶を取り上げた。
「これは、私が戻しておくわ。シグレはバイクを洗って。それじゃ。 あ、ドライブ楽しかったわ」
そう言うと、マユミさんはガレージから出て行った。
一応、マユミさんの機嫌は元に戻ったようだ。あの人は何をしにログインしていたのだろうか?他にすることがあったのでは…
そして、俺は今バイクを洗っている。早くログアウトしたい。




