67-別れ
ひらめいた。現在の時間は13時20分くらいだ。アースの8時まで昼寝しようと思ったがアースで寝ればいいんじゃね?
そうすれば睡眠時間は3倍になる。天才じゃん、俺。なぜ、今まで思いつかなかったのか。
よし、そうと決まればログインだ。ベッドに寝転がりVRギアを装着する。
いつもの白い世界を通り、ここは… チームハウスの自分の部屋。たぶん。
暗い。真っ暗だ。慎重に対物ライフルを置く。足元に注意しながら手探りで電気のスイッチを探す。
よし、あったぞ。電気をつける。電気代とかってどうなっているのだろうか?マユミさんから言われるまで黙っておこう。
対物ライフルを隅の方に置き直す。ハンドガンのマガジンの近くがいいだろう。
ポーションの箱とシルバー弾の入ったハンドガンのマガジン、それと対物ライフルしかない部屋で横になった。こっちの体は眠気がマックスだ。快眠が約束された枕はないがぐっすり眠れそうだ。
次第に瞼が重くなっていく―
(引っ越してくる部屋を確認しに来てみればシグレが寝ている。深夜に来て正解だった)
(さて、私も少しシグレ成分を補給させてもらおう。少し殺意が煩わしく感じてきたところだ)
(こうやって膝枕をすると心が落ち着いてなんだか眠く―)
(…)
(…)
(少し眠ってしまったようだ。さて、私は続きを。愛おしいシグレ、またあとで)
―自然と瞼が上がる。窓の外が明るい。しかし、見慣れない窓だ。
一つ伸びをする。うーーーーーん。よく寝た。
トイレ、トイレっと。うん?ここは… ゲーム内だった。なぜか、枕と毛布のようなものが。
それよりログアウト、ログアウト。VRギアを外してトイレに向かう。
ふぅ、スッキリ。冷蔵庫からお茶を取り出して飲む。ほうじ茶、最高です。
こっちで昼寝するより、あっちで寝た方が快適かもしれない。ますます、こっちにいる時間が短くなっていく。まずい。まずいけどやめられない。
ペンタ・ユニクスは何というものをつくったんだ。これじゃ人間がダメになってしまうぞ。まぁ、俺はもうダメだから関係ないけど。
さて、軽く食事してログインしないと…
再びチームハウスの自分の部屋に戻ってきた。
すると扉がノックされる音が。こんな朝から誰って、だいたい予想はつく。
「ど―」
返事を返し終わる前に扉が開く。ノックの意味がない。
「おはようございます」
「おはようございます。俺がいるのに驚かないんですね」
「あなたの部屋にあなたがいて、何に驚くんですか?」
フクヤさんは、朝からいつものフクヤさんだった。フクヤさんは枕と毛布を拾いすぐに部屋を出て行こうとする。
「それって、フクゥ ナギさんのだったんですね。ありがとうございました」
いかん、いかん。いい加減名前を何とかしないと。
「いえいえ、礼には及びません。これは、私が緊急用として保管させていただきますから」
「え?」
意味がわからない。有事の際に枕と毛布は必要ということだろうか? …だろうな。
「朝食はどうしますか?ここでつくるのは現状無理ですからヒロコさんのところに厄介になりますか?それとも外食に?」
「少し考えさせてください」
そう言ってリュックサックを下ろし弁当箱と水筒を持って台所へ行く。
ナギさんはお仕置き部屋に入っていった。あの部屋に何かあったっけ?
少し不審に思いながらも台所で日課をこなす。水は公園で入れよう。同じ水だとは思うが、その方が気分がいい。
日課を終え自分の部屋に戻る。リュックサックに弁当箱と水筒を入れてリュックサックを背中に装着。対物ライフルを持って部屋から出る。リュックサックがガチャガチャうるさかった。
ナギさんは居間のソファーに座って静かにしていた。目はいつもの閉じているのか開いているのか判断のつかない目だった。何を考えているのか全くわからない。
「お待たせしました。やっぱり薬屋さんのところは気が引けるので外食にします。ナギさんは薬屋さんのところで食べてください」
「いえ、あなたが外食をするのであれば私も外食にします。今日はあなたの銃を何とかするまで一緒ですから」
「あ、ありがとうございます。でも、銃は急いでいませんよ。用事があるならナギさんはそちらを優先しても」
ナギさんが一瞬険しい表情を見せる。本当はハンドガンがないと落ち着かないのだがナギさんがいつまでもどこまでもついてきそうで少し恐ろしかった。
「大丈夫です。その銃のせいであなたが死ぬようなことがあれば私の気が狂ってしまいます。これは私のためですから。お気になさらず」
こわっ。ここはナギさんの好きなようにしてもらおう。
ナギさんの中では、俺を殺すのは自分で他人には殺させないという理論が展開されているのかもしれない。
「わかりました。それでは出かけますか」
「はい」
チームハウスを出て公園に寄る。
「公園で水を汲みます。少し待っていてください」
「はい」
(やはり、この公園で水を。いろいろシグレのことは調べたはずなのに。どうして、ここが抜けていたのだろうか)
リュックサックから水筒を取り出し水を汲む。噴水の石像がいつもより真剣な表情に見えた。
「終わりました。さぁ、行きましょうか」
「ええ。あなた、知っていますか?あの噴水の石像の女性は神託の像の女性がモデルなんですよ」
「そうなんですか。初めて知りました。あの噴水の石像には何か励まされているような応援されているような、そんな気がして。いいですよね、噴水の石像」
(私はいつも見ていますよ。ただ、最近アダムがこそこそ何かをしているのが気になります。さっさと調べてシグレの方に集中しないと)
うん?
「ナギさん、何か言いましたか?」
「いえ。私は何も」
うん??
少し水を飲んで水筒をリュックサックへ入れた。
裏通りを抜けて傭兵通りで露店を探す。さっそくアレを食べるのだ。
「あなた、何を探しているのですか?言ってくれれば私も手伝います」
本当に俺を殺したいのかどうかわからなくなるナギさんの言葉に困惑する。
「それはですね。えーと。あ、あれです」
見つけたぜ。ハンバーガーの露店。
「あれは、ハンバーガーです」
「ハン、バーガーですか。初めて聞きました。アナザーの食べ物ですか?」
「そういうわけでもないんですが、そういうことになるかもしれません」
ナギさんは細いのでハンバーガーをたくさん食べて少し膨らんでもいいかもしれない。特に胸とか胸が。あ、やっぱナシで。小さいのもこれは、これで。
ハンバーガーの露店に近づきメニューを見る。ハンバーガーは1種類しかなかった。シンプルでよろしい。しかし、パテとチーズをダブルやトリプルで追加できるようだ。最初はシングルで味を確かめてみることに。
「ちわー。シングルを二つ。それとアイスコーヒーを。ナギさんは飲み物、何にします?」
「それでは、アイスティーをお願いします」
「それと、アイスティーで」
「800YENになります」
対物ライフルを地面に置いてポケットからお金を取り出し800YENを渡す。
「これを」
「少々お待ちください」
「あなた、お金を」
「いいですよ。奢ります」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「あれれ、君。私を仲間外れにしてフクヤちゃんと何をしているのかなぁ?」
どうして薬屋さんが。相変わらずタイミングがいいな。
「ハ、ハンバーガーを食べるところです。薬屋さんも食べますか?」
ここは薬屋さんにも食べてもらって、ご馳走したことにしよう。ナギさんと違って非常に安いが。
「それかい、私も話は聞いていたから食べてみようと思ってたんだ。じゃ、ご馳走になろうかな」
よし、聞いたぞ。
「それじゃ、シングルを―」
「お兄さん、トリプル追加で。それとアイスコーヒーを」
いきなり、ト、トリプルだとぉ。薬屋さんらしいといえばらしいのだが。ここに冒険者が現れた。
「700YENになります」
ポケットからお金を取り出し700YENを渡す。残りは300YENだった。寒い。口座から下ろさないと。
露店の横のテーブルに三人がついてハンバーガーを待つ。さっきから薬屋さんのニヤニヤが止まらない。
「ヒロコさん、あとでお話があります。伺ってもよろしいですか?」
「そんな確認しなくても。いつでも来たいときにおいで。ナギの家だと思って」
何か違和感を感じる。どこがおかしいんだ?
「お待たせしました」
テーブルにそれぞれのハンバーガーと飲み物が運ばれてきた。
さて、アースで食べるハンバーガーの味はいかに…
「「「いただきます」」」
できたてのハンバーガーだ。シングルなので形も崩れていない。
一口齧る。パテとチーズ、それにピクルスだ。この三つが絶妙に絡み合って、美味い。そして、この主張しすぎないソース。あの店主、できる。
これなら、リアルでハンバーガーを食べなくてもいいな。グッバイ、ピエロの人。
「君、美味しいじゃないか。初めてアナザーの料理を食べたけどなかなかどうして。お兄さん、おみやげにシングルを一つ。お金はこっちに」
「300YENになります」
「は、はい」
スゲー。いろんな意味でスゲー。手持ちが0YENになった。こんなことあるのかぁ。うぅ、凍死しそう。
でも、待てよ。これは俺には縁がなくなったということでは… こ、口座にあるから大丈夫だ。縁起でもない。
「あなた、とても美味しいです。これは太ってしまいそうです」
「ナギさんはもう少し膨らんでもいいのではないでしょうか?」
「そうそう、ナギはもう少し太ろうか。そうしたら胸にも」
あ、薬屋さんがそれを言うのか。俺が言うと額に苦無なんだが。
「あなたやヒロコさんが言うのなら、そうなのかもしれませんね。少し食生活を考え直してみます」
おおお、おかしい。ますます、ナギさんがおかしい。
それにしても薬屋さんがトリプルを普通に食べている。おかしい。こっちもおかしい。
「いやぁ、君。ホントにありがとうね。いろいろ助かるよ」
(シグレがうまくやったのか。ナギがうまくやったのか。自然に芽生えたのか。私の出番はなくなったかな)
「ハンバーガーくらいで、そんな。こっちも一応薬屋さんには世話になっていますし」
「ふーん。ナギがこんなになるなんて。で、君はいつヒロコさんって呼んでくれるんだい?」
えええええ。こっちも呼び方変えるの?いいじゃん、薬屋さんで。
「え?薬屋さんじゃ、ダメなんですか?薬屋さんも俺のこと、ほとんど君って言ってるじゃないですか。俺はそれでいいですよ」
「え?ダメでしょう。君が薬屋とか言うから君なんだよ。改めて。ほら、家族、家族」
絶対、薬屋さんの君の方が先だ。それに、また、家族が出てきた。
「あなた、呼んであげてください」
なんで、ナギさんまで。し、仕方ないなぁ。
「ヒ、ヒロコさん」
「うん、それそれ。いいねぇ。何だか心の奥底に眠っている魔物が起きそうな響きだよ。ナギ、そうなったらごめんね」
(出番はないと思ったが、シグレにヒロコさんと呼ばれると何だか不思議な感じがする)
「私は構いませんよ。私も3番目ですから」
この人達は何を言っているんだ。
ハンバーガーの残りを食べる。ピクルス、うめー。ピクルスのダブルとかできないのかなぁ。今度お願いしてみよう。
そして、アイスコーヒーを。うぉぉぉ。これも美味しい。やっぱ水だな。公園の水なんじゃねぇの。
「お客さん、このお持ち帰りはどちらに」
「お兄さん、こっちに」
ヒロコさんは既にトリプルを平らげていた。ナギさんもシングルを食べ終えたようだ。二人とも満足してくれたようで、俺も嬉しい。
「それでは、ヒロッコさん」
「ヒ、ロ、コ。早くこの呼び方に慣れるんだよ。それと、ナギと違って少し安いけどご馳走してもらったことにしてあげよう」
知ってたのか。ナギさんかな。
「ヒロコさん、どうしてそれを。私はまだ…」
「まぁ、まぁ、その話はあとでしてあげるよ。来るんだろ?」
「ええ」
「そのおみやげ、どうするんですか?ヒロコさん、まだ、食べるんですか?まさか、ヒロコさんも胸とか気にしてるんですか?」
「ん?私?私は胸大きいんだよ。これは結果的に小さく見えているだけ。なんなら見てみるかい?」
おおおおお。脱いだら凄い系だったかぁ。ナギさんよりは大きい気はしていたが、それでも体格のわりに小さく見えていた。
何か細工をしていたのか。なぜに、そんなことを。それとも女の世界ではそういうのも必要なのだろうか。
「見せてくれるんですか?」
「あなた!」
速い。既に背中がチクッとしていた。防刃素材の服なのにだ。それとも背中のいつもの場所には既に穴が… 確認する必要があるかもしれない。。
「まぁ、機会があればね。ナギのいない」
「ヒロコさん」
「え?さっきいいって言ってたじゃないか、ナギ」
「だったら正式に4番目になってください。それでしたら文句は言いません」
「正式に、ねぇ。まぁ、考えとくよ。それじゃ、これが温かいうちに」
3番目とか4番目とかひどい会話が繰り広げられていた。もう、晒しスレがどうとかの次元じゃないな。アナザーには見られていませんように。
あ、店主はアナザーだった。でも、大丈夫だろう。忙しそうだし。いちいち客のことなんか覚えるわけがない。
「あなた、武器屋に行きますよ」
「あ、はい」
対物ライフルを担ぐ。この露店にはこれからもお世話になるだろう。次は、マユミさんとアオイちゃんを連れてこよう。変装して。
ヒロコさんの大きさを考えながら傭兵通りを武器屋に向けて歩く。
「あなた、あなたは大きい方がいいんですか?」
「え?」
「胸です」
いや、大きいのはもちろん好きだが小さいのも好きです。
「ああ、大きいのも好きだし小さいのも好きですよ」
「ありがとうございます。しかし、努力はしてみます。それで、ダメなら神様にお願いということも」
「いやいや、そこまでしなくても。自然にしてください」
大きいと近接戦闘に邪魔だとかそういう弊害があるのかもしれない。軽はずみなことは言うべきじゃないな。
武器屋に到着した。対物ライフルが傷つかないように店に入り、いつもの場所に置く。
店内にはそこそこ客がいるようだ。傭兵はいつものことだがフードを被ったコート姿の怪しい人間もいた。この時期にコートって。マスター、客は選ぼうね。
などと考えつつマスターのいるカウンターに向かう。
「ちわー」
「おはようございます」
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃい。おぅ、シグレか。昨日は悪かったな」
「いえいえ、我儘を言ったのはこっちですから」
「それで、今日は何だ」
「マスター、これを見てください」
まず、リュックサックから弁当箱と水筒を取り出してカウンターに置く。
「遠足にでも行くのか?」
「ちょっと待ってください」
そして、回復薬、ライト、コンバットナイフ、タオルを取り出したあとに静かにリュックサックをひっくり返す。
ハンドガンのマガジン一つと残骸になったハンドガンとその部品、マガジン、それに銃弾がカウンターに広がった。
「おいおい、いったいどうしたらこんなことになるんだ。壊れるにしてもおかしいだろ」
「店主、それには―」
「ナギさん、大丈夫ですよ。で、ハンドガンが仕事の結果こうなってしまったので、これをどうにかしたいのですが」
「これは、もう、修理も無理だからマテリアルに戻すしかないが。これは古いからマテリアル産じゃないかもしれん」
「この残骸、引き取ってもらえますか?」
「おぅ、仕事の結果じゃしょうがねぇだろ。これも持ち主のために頑張ったんだろう。任せとけ」
弁当箱と水筒、壊れていないハンドガンのマガジン、残骸以外のその他もろもろをリュックサックに入れる。
「それで、新しいこれが欲しいんですが」
「うん?なんだって」
「新しいM712が」
「おまえ、またこれにするのか。しかし、残念だったな。このM712は、もうないんだ」
「え?」
「さっきも言った通り、このハンドガンは古いし、それにハンドガン自体人気がなくてな」
「だって、あそこに、ほら」
「あれは、C96だぞ。あれでいいのか?C96もあれで最後だが」
「え?最初にこれを買ったときは確かにM712だったはず」
「それは売れた。そして眠ってたC96を置いたんだ」
ガンガーーーーーン。俺の中では、頭でピンボールが行われている。
「同じ弾を使うハンドガンはTT33だが。おまえは使わねぇだろ?」
少し目の前が遠くなってきた。画角が広がっていく感じに。
「あなた、大丈夫ですか?あなた」
「シグレさん」
「シグレ、おい」
走馬灯が回っていた。いろんなバリエーションのM712が灯りを背に回っていた。




