65-雨過天晴
気持ちのいい太腿を少しグリグリしながら頭の位置を探す。よし、ここがベストポジションだ。そして、心持ち重い瞼を閉じ―
「あなた、ここで寝るのはどうかと思います。すぐに暗くなります。寝るなら都市に帰ってからの方が。枕ならいつでもお貸ししますよ」
フクヤさんの雰囲気が変わっている。なぜだかわからない。太腿もいつでも枕として貸してくれるとは。この枕は快眠が約束されていた。
「えーと、俺は生きてますけどフクヤさんはそれでいいんですか?」
フクヤさんの顔を見上げながら尋ねた。
「ええ、あなたが私に答えを出してくれましたから。今度はあなたを守ります。それと、私のことはナギと呼んでください」
答えを出したつもりはないが【心眼】先生も言っていた”止める”ことを言っているのだろうか?
俺もよくあれを止めることができたものだ。自分を褒めてあげたい。まぁ、胸に穴は開いたが… って、痛くない。傷、治してくれたのか。あの状態の傷も治るのか。
「フクヤさんが傷を治してくれたんですか?ありがとうございます」
フクヤさんの眉が怒りに傾き始める。
「あなた、ナギです。殺しますよ」
優しい”殺します”だった。でも、呼び方を急に変えるのは難しい。
「あ、はい。フク ナギさん。ナギさんが治してくれたんですね。ありがとうございます」
「私はポーションを使っただけです。ポーションはあなたのです。あとで薬屋さんに言ってポーションはお返しします。もう、これにはほとんど入っていません」
そう言ってフクヤさんは俺のスキットルを揺らしてみせた。
よし、よし。ポーションもよくやってくれた。危うく三日お休みするところだった。
「それと、その破れた服とこの壊れた銃も私がきちんとお返ししますので心配しないでください」
おおお、フクヤさん気前がいい。ま、フクヤさんが全部やったんだから弁償するのは当たり前だ。当たり前なんだが少し申し訳ない気持ちに。
「そうですか。ありがとうございます。それじゃ、ハンドガンの残骸を回収して帰りましょうか。ちなみに残骸を何とかしてくれるところとか都市にあるんですか?」
「マテリアル産なら、またマテリアルに戻せます。量は減ってしまいますが。マテリアル産でないのなら鉄くずですから業者行きでしょうか。私は詳しく知りません。武器屋に聞けばわかると思います」
そうだった。マスターに押し付けよう。しかし、マテリアル産ならマテリアルに戻せるのかリサイクルも出来ているとは抜け目ないな。このシステム。
名残惜しい枕から離れて起き上がる。すると、フクヤさんが一瞬真剣な表情になったがすぐにもとに戻った。
(殺意が帰ってきた。この愛おしい殺意は消えたりしないようだ。良かった)
「あなた、私も拾います。それとポーションを探すときに何かを投げた気がするので、それも探します。少しお待ちください」
ホントだ。外した装備が微妙に荒れていた。慌ててポーションを探してくれたのかもしれない。殺そうとしてたのに本当に何があったのか。
外した装備を身に着け散らばっている榴弾を拾いポケットに入れた。
情報端末をポケットに入れイヤホンを再び耳につける。
地面に落ちているハンドキャノンを拾う。また傷が増えていた。ハンドキャノンにポケットから取り出した榴弾を装填してホルスターに入れる。
腰にバッグを装着しリュックサックを持ってハンドガンの残骸を集めた。
「あなた、これを」
フクヤさんが集めてくれたハンドガンの残骸をリュックサックに入れる。もう、リュックサックの中はめちゃくちゃだ。
そして、榴弾を受け取りハーネスのポケットへ。リュックサックを背中に装着すれば準備完了― スキットルを忘れていた。ポーションの入っているスキットルを拾いポケットにしまう。これで準備完了だろう。
「こんなもんですかね。まぁ、足りなくてもハンドガンはもとにもどらないのでいいんですが」
「あなた、今回のことへの謝罪はあとでしますので今日はもう帰りましょう。あなたも帰らないといけないのでしょう?」
「謝罪なんて、俺を今後殺さないでいてくれるならいりませんよ。でも、壊れたものはもとに戻してくれるんですよね?」
「心配しないでください。私が何とかします。そして、あなたを今も殺したいのです。が、これの理由がわかりましたので今後はうまくやっていけると思います。しかし、抑えられなくなったら、あなたの手を借りるかもしれません。そのときはよろしくお願いします」
「よろしくって。俺は何をすれば」
フクヤさんの口角が静かに上がる。それを横目に地面で俺を待っている対物ライフルを担いだ。
「フフフ。それは、そのときのお楽しみしておきましょう」
こわっ。
それからは、都市への帰り道を急いだ。結構暗くなってきている。
先導しているフクヤさんが止まった。フクヤさんの横から前を窺う。うーん、よく見えないが、黒いものが動いているようないないような。
「あなた、アントですよ。ここは私に任せてください」
やっぱりアントかぁ。暗いとさらに視認が困難だな。本当に厄介な蟻だ。
しかし、フクヤさんがやってくれるようだ。助かる。フクヤさんがいないときは対物ライフルに頑張ってもらおう。俺は近づきたくない。
フクヤさんはさっきと同じようにアントと進路が交差するように近づき苦無を差し出した。不思議な光景だった。
フクヤさんが戻ってきた。魔石は俺にチラッと姿を見せるとポンチョの下に消えていった。
「少し時間を取られてしまいました。急ぎましょう」
フクヤさんが再び都市へ向けて歩き出す。なぜか足取りが軽やかだ。往きとは大違いだった。機嫌は損ねないようにした方がいいだろう。次にアントが出たら俺が倒すか。
アントが出現しないまま舗装された道に出る。暗くても舗装された道を見ると少しは安心できた。
舗装された道を南に進み交差点に到着。時間を確認。19時を過ぎていた。
「あなた、大丈夫ですか?」
うん?どうした、フクヤさん。
「大丈夫ですよ。フ ナギさん、どうかしたんですか?」
「いえ、何でもありません。それでは」
都市に向けて歩き出すフクヤさんを追った。
防衛櫓09-0001に到着。帰ってきた。イヤホンを外す。いつもの防衛櫓に感慨深いものを感じた。
「あなた、お水をもらえませんか?」
「決闘はしませんよ」
「わかっています」
フクヤさんが微笑んでいるようにも見えた。ガチャガチャ音がしているリュックサックから水筒を取り出しコッヘルに水を注ぎフクヤさんへ渡す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
俺も水を飲もうと水筒を傾ける。口の中を湿らす程度しか水は落ちてこなかった。ビールが恋しくなってきた。
「ありがとうございました。お返しします」
フクヤさんからコッヘルを受け取り水筒に被せたところでフクヤさんが歩き出した。
ちょ、ちょっと。急いで水筒をリュックサックに入れ足早に追いかけた。
傭兵事務所近くまで戻ってきた。ビールが飲みたいしお腹も減った。
「あなた、先に服をなんとかしましょう。店に来てください」
確かに服がヤバかった。ハーネスやポケットで少しは隠れているのだが涼しい風が入ってきている。目立っているかもしれない。
街灯の灯りの下を歩く。時間が時間なので人通りは少ない。
服屋に着いた。フクヤさんが働いている服屋だった。
中に入り適当な場所に対物ライフルを置く。
「あなた、あそこに入って服を脱いでください」
「あ、はい」
試着室に入り、また装備を外す。そして破れた服を脱ぎカーテンのようなものを少し開けて、外で待っているフクヤさんに服を渡した。
「下も脱いでください。早くお願いします」
「下は破れていませんよ」
「同じことを何度も言わせないでください。殺しますよ」
「は、はい」
破れていないズボンを脱いでカーテンの隙間から手を出して渡す。
「少々お待ちください。なんでしたらガン賢でもやってはどうですか?プッ」
既に笑っているようだ。悔しくはない。力を使っているフクヤさんがズルをしているだけなのだ。
しかし、この状態でガン賢と言われてもやる気がおきない。
落ち着かない。狭い空間にこの薄い布の扉だ。落ち着かない。やはり、ガン賢なのか…
情報端末を拾ってガン賢を起動。しょうがない俺の追い詰められたときの本気ってヤツを見せてやるか。
なかなかウォーミングアップが終わらないまま時間だけが過ぎていった。
今度こそウォーミングアップは終わらせる。体はさっきから温まっているのだ。服はないけど。
よし、調子がいい。これならウォーミングアップは終わったかもしれない。
すると、勢いよくカーテンが開いた。
「ちょ、ちょっと。いやーん」
「あなた、何をしているんですか?本当にガン賢をやっていたんですね。で、スコアは?」
閉じているのか開いているのか判断のつかない目が堂々とこちらを見ている。同じことを俺がやったら両目に苦無が刺さるというのに。
少し恥ずかしがりながら情報端末を見るといつもの煽り画面だった。そしてスコアは… 1134位。これは見せなくてもいいだろう。ウォーミングアップだからな。
と思ったらなぜか覗かれていた。近いって、フクヤさん。
「あなた、もうガン賢をしなくてもいいです。私があなたの代わりにハイスコアを更新しますから」
くっそ。く、悔しくない。フクヤさんが邪魔しなければ、もう少しいけたはずだ。
「フク ナギさん、早く服を渡してそこを閉めてください。は、恥ずかしいかもしれません」
「私のことなら気にしなくてもいいんですよ。なんなら私が着させてあげましょうか?」
「結構です。自分で着れます。早く服を―」
(今は私も我慢しましょう。しかし、あなたに服を着せるのは私の務めですから)
「どうぞ、これです。サイズも調整しています。それと、これで血を拭いてください」
フクヤさんから服と濡れたタオルを受け取る。しかし、フクヤさんが動かない。
服を置いてタオルで胸辺りが意外と凄くなっている血を拭く。フクヤさんの視線が非常に気になる。それに、他の客も。
「あのう、フクヤ ナギさん。それ閉めてもらえませんか?」
「なぜ、です?二人で入るには狭すぎると思いますが」
え?
「じゃ、聞きますが。あなたは自分の着替えを見ている異性がいたらどうします?」
「殺しますよ」
ですよねー。しかも、本気の殺すだったような。
「だったら」
「しかし、あなたは別です。私の着替え、見ますか?」
どうしてこうなった。俺を殺すと言っていたはずなのに。っていうか、まだ、言ってた。
「俺は気にするんです」
早口で言ってカーテンを強引に閉めた。何か調子が狂う。普通の女性らしく振舞って欲しい。
「まぁ、今日はいいでしょう。しかし、早く慣れてください。私とあなたはそういうのを隠す関係ではないということを」
えええええ。俺の知らないさっき殺し合いをしたというのに関係が勝手に進んでいた。こわっ。
血のついたタオルを置き新しい服を取る。あれ?何か違う。素材とかが良くなっている気が。これって。
「フゥ ナギさん」
「あなた、私の名前がさっきからおかしくありませんか?真面目にやってください」
「真面目にしている。つもりです」
「それで、なんですか?」
「この服、さっきまで着ていたのと違いませんか?もう、あれは扱っていないんですか?」
「あなたに相応しいものを用意しました。防刃素材が使われています。私には無力ですが、そこそこ仕事をするのではないでしょうか」
「そ、そんなものを。ですがお高いんでしょう?」
「あなたがそんなことを気にしなくてもいいのです。経費で落としますから」
いつ聞いても経費って、スゲー。お金がないところから湧いてくる響きがあるな。
「それでは、ありがたく」
「あなた、きちんと着れますか?私が着せてあげましょうか?」
「もう、それはいいです。自分で着れます」
高価でも野戦服なんだから一人でも着れるっつうの。
そして、高価な野戦服を着た。落ち着かない。服を着ていても落ち着かなかった。
これが、破れたら安いあの野戦服にしよう。
外した装備をつけて服以外はもと通りになった。
カーテンを開け靴を履く。フクヤさんが靴を履かせようとスタンバっていた。
「自分で履けますよ」
「大丈夫ですよ。私は紐を結ぶだけですから」
大丈夫じゃないな。こんなところを人に見られたら。あっ、傭兵がいる。アナザーかもしれない。
「ほら、他の傭兵さんがみてます。俺がやらせていると思われるんですよ」
「他人からどう思われても問題ありません。これは私とあなたの問題ですから」
「いやいや問題ですから。掲示板とかでチクチク弄られるんですよ。裏で砂糖を吐かれるかもしれない」
「あなたの言っている意味がよくわかりませんが、あの傭兵を殺せばいいんですか?」
「わかりました。履きます。紐をお願いします」
「どうぞ」
靴を履き仕方なく紐を結んでもらった。俺は晒しスレには近づかないっと。
「よくお似合いです。それでは次は武器屋に行きましょう」
よし、ここでのことは早く忘れよう。
「早く行きましょう。早く」
対物ライフルを担ぎ逃げるように武器屋に向かった。武器屋こそ安息の地だ。
すると、トシコちゃんが閉店の作業をしているようだった。時間は21時を回っていた。
「トシコちゃん、もう閉店?」
「そうですけど、用事ですか?シグレさん一人くらいなら閉店後に応対しますよ」
「ホント?じゃ、お言葉に甘えて―」
「トシコ、閉店時間は守れ。それでなくとも時間は過ぎてるんだ。シグレも明日にしろ、明日に」
「マスター、こっちにはこの人がいるんですよ」
「あなた、武器屋に迷惑をかけてはいけません。出直しましょう」
「えええええ」
これじゃ、俺が悪者だ。まずい。反省、反省しよう。
「お父さん、シグレさん一人なら」
「ダメだ」
「トシコちゃん、大丈夫だよ。マスター、明日また来ます」
「おぅ」
そう言って武器屋を離れた。
「それで、あなた。これからどうするんですか?」
さっきからお腹がうるさいのでご飯を食べなければいけないのだが。
「俺はお腹が空いているので居酒屋に行こうと思いますが、フクゥ ナギさんは帰ってもいいですよ。というか帰ってください、お疲れでしょう」
「そうですか。でしたら私も居酒屋に行きます。確かご馳走してくれるはず。でしたよね?」
フクヤさんの細い目の圧が凄い。そういえば、ご馳走なんてあったな。ここで消化しておこう。居酒屋なら懐にも優しい。
「わかりました。居酒屋でよければご馳走します。そんなお金ありませんから、お手柔らかにお願いします」
「はい、それでは居酒屋は私が選びますね」
あ、終わった。高いのが来る流れだ。
フクヤさんが俺の知らない道を歩き、俺の知らない居酒屋に堂々と入っていく。
ここ、居酒屋って言わないのでは。料亭のようなところだった。門がある。
小さくなりながらフクヤさんの後ろをついていく。
料亭の店員さん?仲居さんはフクヤさんが何も言っていないのに案内を始めた。
急に財布が心配になってくる。財布なんて持ってないけど。それに対物ライフルの違和感が半端ない。
「どうぞ、こちらへ」
通された部屋に入り対物ライフルを置く。
「ナ フクヤさん」
「知らない名前ですね」
「ナギさん」
「何ですか?」
「あのう、財布がマイナスになったらお金貸してくれませんか?」
「構いませんよ」
いい笑顔だったが、こっちは気が気じゃなかった。
しばらくすると注文もしていないのに勝手に料理が運ばれてきた。
フクヤさんは美味しそうに食べていたが、こっちは値段が気になってそれどころではなかった。
結局ご馳走を堪能したのはフクヤさんだけだった。俺は何を食べていたのか覚えていない。しかし、お腹は満足しているようだった。
そして、口座払いで勘定を払う。きちんとマイナスにならずに払えたことに感動した。今日一番の感動かもしれない。
対物ライフルを担ぎ店を出る。
「あなた、ご馳走ありがとうございました。ですが、この店には私がいないときには来ない方がいいと思いますよ。あなたの表現を借りるなら、財布が死にます」
ですよねー。




