64-二人
いつもの場所で静かに俺の帰りを待っていた対物ライフルを持って傭兵事務所から出る。
この持ち方は腕にくるので建物を出たらすぐに担ぎなおす。隣にはフクヤさんがいた。
情報端末を出して時間を確認する。15時09分。知りたい情報を得るのに随分と油を売っていたようだ。油の在庫なんか特に用意していなかったのにだ。
「今日は何もしてないのに、もうこんな時間に。アントを探すといっても当てはないし帰った方がいいかな」
「あなた、それでしたら私がいい場所を知っています。案内しましょうか?」
「いい場所って、アントの遭遇率が高い場所とかあるんですか?」
「私はアナザーのあなたよりアントとの戦闘経験は多いです。だいたい、どの辺りに出現しやすいとかは経験則的にわかるんですよ」
言っていることは至極真っ当なのだが怪しい。フクヤさんの場合瞳が見えないので何でも怪しく聞こえるから問題だった。
今も閉じているのか開いているのか判断のつかない目が、こちらを窺っていた。
「それじゃあ、フクヤさんにお願いしようかな。期待してますよ、アント。晩御飯のおかずに響きますからね」
アントを5匹倒すだけで10万YENだ。それを考えると自然と顔がほころぶ。ブヘヘヘヘヘ。
「晩御飯に悩むくらいなら薬屋さんのところで食べさせてもらえばいいのでは。家族なんですから」
他人様の家でタダ飯をそう何度もご馳走になるわけにはいかない。そんな簡単に家族になれるわけがない。家族という言葉が安すぎだ。
「だったら、フクヤさんは悩んだら薬屋さんのところで食べさせてもらっているんですか?」
「わ、私は…」
「でしょ?フクヤさんですら頻繁に行かないのに新参の俺なんかが早々食べるためだけに行けるわけないでしょ」
「私は悩みませんから。それに家族に新参とか関係ありません。薬屋さんが家族と言ったら家族なんです。あなたも家族らしく振舞ってください。それでは移動します」
こんなに家族という言葉が出てくると家族という言葉が何なのかわからなくなってくる。
フクヤさんが歩き出した。
傭兵事務所から南へ。
そして西に。
無言のまま道路の脇を歩く。
これは、防衛櫓09-0001に行くようだ。
「あのう、フクヤさん。アントって都市の西側によく出るんですか?」
「あなたは、防衛櫓09-0001を出ると急に瓦礫が続いているのをどう思いましたか?」
「どうと言われても、いきなり景色が変わるなぁ。くらいですか。誰があんなことをしたのかは気になりましたが… って、あれが」
「あなた、見かけによらず察しがいいですね。あれは、アントの群れが都市を掠った名残です」
そうだったのか。あれって理由があったのか。都市の外が荒廃している感じを出すために開発がそういう風にしたのかと思ってた。フクヤさんには言えないが。
「本当に都市に被害が出てたんですね。薬屋さんのお茶目かと思いました」
「もう少し薬屋さんを信じてあげてください。家族に嘘はつきません。隠し事はしますけど」
ダメじゃん。
防衛櫓09-0001に到着した。
「あなた、グループに招待しました。承認してください」
手際がいいな。イヤホンを耳につけて情報端末からグループの承認をする。
「それで、いい場所はどの辺りなんですか?」
「私は、アントが確認されると都市の西から出て北上しながら探しています。いい場所というのは、その途中にあります」
フクヤさんはそう言うと舗装された道を歩き出した。遅れないようについていく。この辺りは俺もよく知っているので迷うこともないだろう。
でも、フクヤさんにいい場所というのは俺にとってもいい場所なのだろうか?戦い方が全然違うことをすっかり忘れていた。うーん、ハンドガンで1発なら問題ないか。対物ライフルには休んでいてもらおう。
交差点に着いた。フクヤさんが進路を変える。ここからは北に進むようだ。
アントの群れの凄さを感じつつ瓦礫の傍を歩く。ひょっとしてアメリカの都市にもアントの群れが出現して、きちんと誘導できなかったがゆえの被害だったのかもしれない。
まさか、アナザーが先導してアントの群れと全面戦争したとかはないだろうな。
演説が好きそうだから。うまいことアース人を巻き込んでいつの間にか戦争してたとか言いそうで怖い。
映画だと、手酷くやられているのに演説して無茶な策で反撃するまでがセットなんだよな。
アメリカのアナザーがそんなお調子者の集団ではないと思いたい。
15分くらい北に歩いただろうか?フクヤさんが進路を変える。舗装された道から西の何もない草むらの中に入り、さらに少し北よりを歩き出した。北西に向かっているのか?
この辺りはきちんと地形を把握できていないので迷う可能性がある。フクヤさんから離れないように注意してあとに続く。
ま、確かにアントが舗装された道を堂々と歩くとも思えない。こういうところによく出ますと言われたら、そうとしか言えない雰囲気の場所が続いていた。
「あなた、アントです。あれがスカウトアントですよ」
フクヤさんの視線を追うのは難しいのだが、北を向いているようだ。きちんと方角も教えて欲しい。
北の方を見ると遠くで黒い何かが動いていた。これはあれがモンスターだと知っていないとこの距離では気づけないな。というか気づきたくない。
よく見てみる。脚は細い。そしてさらに細い物が上の方で動いていた。草で蟻の上部分しか見えていないがかなり大きい。だいたい、この距離で蟻だとわかるのが既におかしかった。
このタイプの昆虫の何が恐ろしいって関節がすぐに取れそうなところだ。あんなので体を支えられているのが不思議で怖かった。
ゲームなんだからモンスター的にデフォルメとかしても良かったんじゃないかな?
これは、回れ右かな。右脚を上げておもちゃの兵隊のように180度回転してみる。
「あなた、どちらに行かれるのでしょうか?」
「えっと、やっぱり生理的におばあちゃんが危険でビビッとくる感じです」
すると目の前にフクヤさんがいた。右手には苦無が握られている。
「ホントだけどウソです」
「それでは、退治します」
「俺が、ここから撃ちましょうか?」
「その大きい銃の弾は値段が高いと聞いています。腰の小さい銃を使ってはどうです?」
俺もさっきまでは、そのつもりでした。さっきまでは。
「えーと、そんなに近づいたら目が死んでしまいます。目を助けるためなら1000YENくらい」
「しょうがないですね。私が倒します。あなたは早く慣れてください。こんなので目が死んでいたら、この先戦っていけませんよ。それともアナザーは目だけ復活とかできるんですか?」
そう言いながらフクヤさんが俺の横を通りアントの方に向かった。フクヤさんに遅れないようについていく。
アントが動き出した。しかし、ゆっくりだ。フクヤさんはそのアントの進路上に歩いて向かう。俺はフクヤさんから少し距離を取った。
アントとフクヤさんが交差する。アントでかい。まじでかい。これならゴブリンの方が何倍もマシだ。
そして、フクヤさんが苦無を持った右手を差し出すとアントは吸い込まれるように頭を差し出し苦無が頭に沈んでいく。
「え?」
アントはそのまま動かなくなり霧散していった。あまりにもあっけない最後だった。そして、ゴブリンのよりは少し大きい魔石が草の中に落ちる。
フクヤさんがその魔石を手に取り俺に見せるように手を伸ばした。
「この魔石自体の価値はゴブリン以上リザードマン以下といったところでしょう」
そんな感じだった。大きさ的に。
「アントは襲ってこないんですか?」
「敵だと判断される前に倒すことができればまともな戦闘は起こりません。しかし、集団でいる場合は違います。仲間が襲われているとすぐに他の個体が参戦してきます」
「なるほど。このアント、スカウトアントは集団で行動しないのできちんと対処すれば誰でも倒せるということなんですね」
「理解できたようですね。あなたは逃げ出そうとしていましたが」
に、逃げるでしょ。
「いや、誰だって最初にアレを見たら逃げるんじゃ…」
「そこですよ。アナザーの嫌いなところは、その気軽というか気楽なところです。どこか遊びにきているような感じ、とでもいうのでしょうか?」
バレてます。ゲーム感覚なのがバレバレです。耳が痛いです。
「すみ、ません」
「私達はモンスターを発見したら基本的に倒すか倒されるかしかありません。逃げるという選択肢は戦闘前くらいです。さっきのあなたのように。しかし、アントを見逃すことは都市の危機につながるので命懸けで倒さなければなりません。あなたもそれは知っていたはずです」
どこか他人事のように喋るとフクヤさんは、再び北西に向けて歩き出した。
フクヤさんのさっきの言葉が重くのしかかってくる。
さらに20分くらい歩いたのかもしれない。次第に草がなくなり地面が見えてきた。
なおもフクヤさんは歩き続け、ようやく止まったところは霧の白と地面しかないところだった。方向感覚が狂いそうだった。
情報端末を取り出して時間を確認する。16時半前だった。
「あなた、到着しました。それとお水をもらえませんか?」
「ちょっと待ってください」
対物ライフルを地面に置く。リュックサックから水筒を取り出しコッヘルに水を注ぎフクヤさんに渡した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
そして、ついでに俺も水を飲んだ。ふぅ、生き返る。
フクヤさんの方を見るとあの目で水を飲んでいた。しかし、こういうとき目が合ったかどうかわからないというのは気まずい思いをしなくて済むので助かった。
「お、お水、ありがとうございました。美味しかったです。これをお返しします」
「はい、公園の水ですけどね」
コッヘルを水筒に被せてリュックサックにしまう。
「それでは、始めましょうか」
「え?アントですか?」
周りを見渡してみるも変わらず霧と地面しかなかった。
「いえ、私です。これから命を懸けた決闘を行います。あなたも復活するくらいの命でしょうが、それでも懸けないと何もしないまま終わりますよ」
異国の言葉が耳を通り抜けた感じがした。何を言っているのか理解できなかった。
「え?」
「聞こえなかったのですか?イヤホン、壊れていませんか?あなたと私の決闘です。殺し合いです」
「俺にはフクヤさんと戦う理由は全くないんですが」
「あなたになくとも私にはあります。あなたも命を狙う者の始末ができれば行動が楽でしょう?ここなら、私を殺しても見つからないと思います」
最初から戦う気だったのか。まんまとフクヤさんの言葉にのせられたようだ。でも、時間の問題だったのかもしれない。暗殺ではなかったことがせめてもの幸運だろう。
「というか圧倒的にフクヤさんの方が強いのに。フクヤさんは弱い者イジメみたいなことをするんですか?」
「都市を護るためなら、それも仕方がありません。準備をする時間はあげます。そのリュックサックやバッグを外しておいた方がいいと思いますよ。壊れますから。それとも、アナザーは復活するときにそういったものも復活できるのですか?」
どうしても戦いは避けられないようだ。負けるのは確実なので被害を抑えることしかできない。
それにしてもフクヤさんの目的が全くわからない。俺がこちらに来れない間に何かをするということなのか?
ひょっとしてマユミさんとアオイちゃんを?
いやいや、都市を護るためと言いながら戦力を無駄に減らすこともないだろう。
俺は戦力外だから殺しても大丈夫ということだったりして。だったら悲しいなぁ。死なないように頑張ってきたんだが。
あっ。そこかぁ。その辺りの問題?
「何をしてるんですか?始めますよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。まだ、準備中です」
リュックサックとバッグを外して地面に置く。ついでにハーネスも外す。
イヤホンを外しポケットから取り出した情報端末とともにハーネスの横に置いた。
フクヤさんを殺す気は全くないしできないのだが一矢ぐらいは報いて戦力にはなることを知ってもらいたい。が、その方法は全く浮かばない。
ハンドキャノンから榴弾を抜く。苦無をさばくくらいには使えるだろう。
ハンドガンのボルトを一応引いておく。弾は入ってなかったようだ。これで装填完了だな。
ハンドキャノンを左手に、ハンドガンを右手に持ってフクヤさんの正面に立つ。
「準備終わりました」
フクヤさんは、そんな俺から距離を取り始める。10メートルくらい離れたところで止まって、こちらに振り返った。
「それでは、始めます」
しかし、どうしてこうなったのか?どこで選択を間違えたのか?
フクヤさんが本気を出すとプチッて感じで死にそうで全然戦う気になれない。が、仕方ない。
「いつでも、どうぞ」
すると、いつの間にか足元に苦無が刺さっていた。
え?絶対に無理じゃん。
「ダメですね。それでは、ハンデをあげましょう。最初に1発撃ってもいいです。私は、そこから攻撃に移ります」
全くハンデをもらった気がしない。しかし、しかしだ。これで【心眼】先生の出番ができた。
人間相手に【心眼】先生は機能するのか?まぁ、これ以上状況が悪くなることはないだろうから気楽なものだが。
ハンドガンを持つ右腕を上げザックリとフクヤさんを狙ってみた。
助けて!【心眼】先生。
(繋がってる?ニイタカヤマノボルヒトナナマルマル。ドラドラドラ)
(こっちか)
(君、いきなりだね。”こっち”呼ばわりかぁ。当たりなのに)
(当たりって、フクヤさんの弱点がわかるんですか?)
(え?【心眼】先生にわからないことなんてないよ)
(それじゃ、早く教えてください。フクヤさんが待ってるでしょ?)
(あ、それなら大丈夫だよ。前回の教訓を活かして時間の流れを遅くしてあるから)
(もう、なんでもアリですね)
(0.4点)
(え?弱点には聞こえないようなものが)
(あぁ、こっちのことだから気にしないで。それでこの個体は… 005642967298だね。ステータスは… 君はアホだね。こんなのに勝てるわけないじゃん)
(よく言われます。って、それはどうでもよくて。あっちから挑んできたんです。勝てないのは知ってます。だから、弱点を期待してるんでしょ?)
(うん?でも、君はこの個体を倒す必要はないようだよ)
(詳しく)
(でも、君レベル1だからねぇ。【心眼】先生のレベル。これは何か対価を別に払ってもらう必要があるね)
(お願いします。何でもしますから)
(うん?)
(お願いします)
(言ったよね?)
(うん?)
(こちらには神託の像の中の人がいるんだけど)
(言いました。何でもチケットを1枚【心眼】先生に進呈します)
しかし、この【心眼】先生が俺の何でもチケットをもらって、どうやって使うんだろう。
(よし、よし。それでいいんだよ。それじゃ、教えてあげよう。この個体は止めて欲しいみたいだよ)
(何をですか?)
(加速した状態の自分、じゃないかな。この個体のあのスキル、【孤独世界】っていうんだけど。決まった時間だけ超加速して動くことができるんだ)
(【孤独世界】ですか。完全にユニークスキルですね。かっこいい名前だし)
(いやぁ、それほどでも。それで、この決まった時間というのが曲者で残り時間が少なくなるほどスキルを暴走させる可能性を高くするんだ)
(そうなんですか。流石【心眼】先生です。それで、それで)
(いやぁ、それほどでも。で、暴走すると超加速を止めることができず死ぬまで加速した世界で生きていかないといけなくなる。文字通り孤独な世界になるんだよ)
(…)
(そこで、この個体はそんなときのために超加速した自分を止めることができる人間を探しているわけだね)
話が重くなってきたぞ。俺なんて軽い話しかないのに。
(それで、どうやって止めればいいんですか?本人に聞くというのはナシでお願いします)
(わかってるよ。本人も知らないからね)
(…)
(で、その止め方なんだけど。それ自体はとても簡単なんだ。どこでもいいからこの個体に直に触れればいいんだ)
(そうなんですか。でも、無理ですね)
(普通ならここで【心眼】先生は終わりなんだけど。今日は対価をもらったことだし特別だよ)
俺の何でもチケット、スゲー。
(お願いします。【心眼】先生)
(この個体が手の平を返すポーズを取るよね。これは【金剛貫手】というスキルで、手が伸びきるまでは破壊不能属性が付く凄い技なんだ)
どういうことだよ。ユニークスキルが二つもある上に、破壊不能属性とか。フクヤさんってインチキでできてるんじゃ?
(また凄い名前ですね)
(いやぁ、それほどでも。それでね、この伸びきった手が戻るときに手を触っていればいいんだよ。破壊不能属性が付いている伸びるときだと超加速は止まらないから。戻りのときだよ)
(え?それじゃ、普通にモンスターに使ったときは超加速が止まっているのでは。それともモンスターではそもそも止まらないとか)
(それはね、この技を受けて生きていたモンスターがいないから止まらないんだよ)
ですよねー。
(まさかですけど、この技を食らって生き残り、その手を触れと)
(ま、直に触れるならどこでもいいよ。だた、チャンス的にはこの技の終わりくらいじゃないかなぁ)
確かにチャンスはそこくらいしかないように思えてきた。
(それじゃ、頑張ってね。面白い戦いを期待してるよ。【心眼】先生終わり)
急に意識が戻ってくるような感覚に襲われる。時間がもとに戻ったようだ。
いずれにせよ、勝負は一瞬でつくだろう。
大前提として未だスキルすら現れていないアレが発動してくれないと勝負の舞台にも上がれない。ま、発動条件は何となくわかってきたが。
そんじゃ、始めますか。
もともと100%負けるはずだったのでプレッシャーは感じない。
まず、右手に持ったハンドガンのトリガーを引く。どうせ当たらないので狙いは、このままで。
すると、冷や汗が大量に出る感覚に襲われる。よし、第一段階クリアだ。
フクヤさんは体勢を低くして弾道をかわしつつ苦無を投げたようだ。そして、その苦無が予想通り俺の額に向かって進んできている。
俺はその苦無に左手のハンドキャノンを合わせる。苦無到達には十分間に合うだろう。
2本目の苦無は飛んでこない。俺の足元に転がっているからな。
すると、フクヤさんは2本目の苦無を投げて走り出した。くっそ。苦無は2本だけじゃなかったのか…
フクヤさんの両目がきっちり開いてこちらを見ている。今なら何を考えているかわかる気がする。ま、俺を殺すことしか考えていないだろうけど。
ハンドガンの弾が2本の苦無とフクヤさんの上を通り過ぎた。
2本目の苦無、たぶん心臓辺りに右手のハンドガンを合わせる。あとはフクヤさんの出方を待つだけだ。
1本目の苦無がハンドキャノンにはじかれる。
そして2本目の苦無がハンドガンによってはじかれゆっくりと目の前を飛んでいく。
フクヤさんはどちらの苦無も軌道修正をしなかった。
目の前の苦無が移動していくにつれフクヤさんの体勢が露になっていく。
フクヤさんは既に手の平を返して腰の位置に構えていた。
右手も、左手もだ。
え?両手でできるの?聞いてないんですけど。
そして、フクヤさんの両手が迫ってきた。両方とも心臓を狙っているようだ。
左手のハンドキャノンは間に合わない。
右手のハンドガンを少し前に出してフクヤさんの左手に気持ち合わせて持つ手を放し歯を食いしばる。
みるみるハンドガンを粉砕しつつフクヤさんの両手が心臓めがけて進んでくる。スローモーションでM712が壊れるところが見れるなんて誰得なのか。
そこから、ハンドガンを持っていた右手でフクヤさんの左手を掴みながら軌道を左にずらす。
間に合ってくれ。俺の右手ぇぇ。俺の右指ぃぃぃ。
よし、掴んだ。掴んだが既に胸には指が刺さっていた。
掴んだフクヤさんの左手を渾身の力を込めてフクヤさんの右手にぶつけて軌道を左にずらし続けた。服の裂け目と傷口がどんどん横に広がっていく。
痛みが抑えられているとはいえ痛いものは痛い。
ようやくフクヤさんの手が伸びきったようだ。手の動きが止まった。俺はそれでもフクヤさんの手を放さない。
作戦は成功した。かもしれない。このまま死ななければ。
しかし、限界だった。時間がもとに戻っていくなかで、意識は遠のいていった。
どのくらい倒れていたのかわからない。辺りは少し暗くなっていた。
俺の頭の下に柔らかいものがあり、俺の目の前にはフクヤさんが顔を覗かせていた。少し顔が赤い。そして目は、いつもの閉じているのか開いているのか判断のつかない目に戻っていた。
俺は許されたのだろうか?今、こうしているということは―
「フクヤさん。顔が赤いですよ」
「殺しますよ」
許されてはいないのかもしれない。しかし、もう無理だ。このまま気持ちのいい太腿を枕にして眠ることにした。




