63-独り
メイにああ言った手前、今日中には何とかしたい。
最近、この男シグレとグループを組むことが多くなった。
この男にはマユミとアオイという女のアナザー仲間がいる。メイも気に入っているようだ。ヒロコさんに至っては家族にする始末だった。
この男のどこにそんな魅力があるというのか?私にはわからない。とにかく殺したい。
この男に会うたび殺意が募っていく、他のアナザーは殺せばそれで終わりだった。復活したのを見ても最初驚きはしたが殺意は湧かなかった。リストにあれば、ただ殺すだけだった。
最初に会ったのは普段働いている服屋だった。私にとって衝撃的な出会いだった。なにせ初対面でいきなり殺したくなったのは、この男が初めてだった。
ボロボロになった代わりの下衣を探していたので、似たような下衣はあったが殺す代わりに上衣とセットのものを勧めた。適当に言葉を並べると、この男はよく探しもせずにすぐ私の言うことを信じた。いきなり湧いた殺意が小さくなった気がした。
その次は、薬屋だった。こともあろうかヒロコさんのところだった。
ヒロコさんが楽しそうにこの男と会話をしていた。殺意がすぐ限界になった。そっと男の後ろに近づいた。
チャンスだった。しかし、ヒロコさんの目がそれをさせてくれなかった。
ビスケットを食べて堪えることにした。あまりの殺意にビスケットを落としてしまったが、この男は気づいていないようだった。鈍い男だ。鈍いついでに落ちたビスケットをポケットに入れてやった。どうせ、この男も私のスピードにはついてこれない。
そのあとのことだ。都市の外で標的のアナザーを待っているとこの男が現れた。
チャンスだった。今度はヒロコさんもいない。この男はリストにのっていないが私の殺意はそんなことを気にしなかった。
防衛隊から任務用に支給された対物ライフル、PTRSというそうだ。苦無で処理していたら、これを使えと言われた。私は銃のことはよくわからない。苦しませずに処理できるからとも言われた。私は苦しんで死んで欲しいのだが防衛隊からは苦しませるなと再三指示が出ていた。
斜面の上の茂みで銃の望遠鏡を覗いているとなんと、この男はこちらに銃を向けた。この対物ライフルと同じような銃をだ。一瞬殺意が霧散するくらい驚いた。が、よく見るとあちこちに向けているだけだった。たまたまだったことに胸を撫で下ろす。
過ぎ去っていく男の背中に狙いをつける。これでこの殺意ともお別れだ。引き金に指をかける。すると、この男は振り返ってこちらを睨んできた。恐怖した。本当に気づいていないのかわからなくなった。すぐにその場を去る。任務なんてどうでもよかった。殺意は置いてきてしまったかもしれない。
そして、その次は。忘れもしない。プリンを食べた日だ。美味しかった。いや、プリンの味などどうでもいい。今度はアラモードにする。
会うたびに殺意は限界に達し行き場をなくす。他の任務に支障が出始めていた。しかし、この日はこの男と都市の外に行くことができた。既に都市の外だったが。チャンスだった。
そして、そのチャンスはすぐにやってきた。この男が部屋の中でボーっと突っ立っているのだ。そこにヒロコさんはいない。
殺意が私に苦無を握らせる。まず、苦無2本を際どいところに投げる。その苦無をこの男が見ているところを3本目の苦無が後頭部に沈むということになる。
少々回りくどい気もするがすぐに殺すと私の殺意が納得しないところまできていた。
殺意の籠る苦無を2本投げた。2本目は少し遅らせる。掠らせた方が良かったかもしれない。
すると、信じられないことが起きた。慌ててスキルを発動させる。
なんとこの男投げた苦無に反応し対処しようとしていたのだ。また、初めてのことが起きた。予定を変更する。
あの2本の苦無に対処しているうちに背後に回って… って遅い。いつものスピードが出ていない。なぜ?まさか、この男のスキル?
仕方ないので飛んでいる苦無を右手で掴み軌道を変える。これを囮にして本命は左手の―
逸れた。私がこれを外すなんて。そんなことあるはずがない。殺意はあった。今もある。原因を考え続けたがわからなかった。
衝撃的すぎてそのあとのことはあまり覚えていない。私のことだからうまくやったのだろう。
そして、そして、そして、そして…
「今日は何もしてないのに、もうこんな時間に。アントを探すといっても当てはないし帰った方がいいかな」
つい、私としたことが殺意のあまりトリップしていたようだ。
このまま帰らせるわけにはいかない。試してみなければ。といっても私がやることはいつもと同じだ。シグレを殺す。ただ、それだけだ。
「あなた、それでしたら私がいい場所を知っています。案内しましょうか?」
「いい場所って、アントの遭遇率が高い場所とかあるんですか?」
食いついてきた。
「私はアナザーのあなたよりアントとの戦闘経験は多いです。だいたい、どの辺りに出現しやすいとかは経験則的にわかるんですよ」
嘘は言っていない。アントには何回も遭遇しているし倒してもいる。神託の像の前でも問題はない。
「それじゃあ、フクヤさんにお願いしようかな。期待してますよ、アント。晩御飯のおかずに響きますからね」
そう言って気持ちの悪い笑みを浮かべていた。街中でそんな顔しないで欲しい。恥ずかしい。それに―
「晩御飯に悩むくらいなら薬屋さんのところで食べさせてもらえばいいのでは。家族なんですから」
「だったら、フクヤさんは悩んだら薬屋さんのところで食べさせてもらっているんですか?」
ヒロコさんを出したら痛いところを突かれた。
「わ、私は…」
もう私は昔の私ではない。独りでも生きていける。ヒロコさんには今、アユミがいる。
「でしょ?フクヤさんですら頻繁に行かないのに新参の俺なんかが早々食べるためだけに行けるわけないでしょ」
シグレはヒロコさんのことをわかっていない。
「私は悩みませんから。それに家族に新参とか関係ありません。薬屋さんが家族と言ったら家族なんです。あなたも家族らしく振舞ってください。それでは移動します」
そろそろ移動しよう。いい場所とは言ったがアントならどこでもいいのだ。しかし、今日は… そうだ、あそこなら。
防衛櫓09-0001に向けて歩く。シグレはちゃんとついてきていた。
最近、シグレについて調べていたらわかってきたことがある。
シグレはマユミの攻撃は避けないのだ。スキルを使えば対処可能なのに。
最初はいたぶられるのが好きな男かもと思った。たまにいるのだそういったおかしな輩が。しかし、シグレは違ったようだ。
(いや、いたぶられるのが好きなんだよ。特にマユミから。シグレはアホだからね)
うん?何かが耳を通り抜けたような…
仮説を一つ立ててみた。シグレのあのスキルは自身が死の危険にさらされないと発動しないのではないのか?
先日、いろいろ画策して実験してみたら見事にその通りになった。多少私も身体的特徴において犠牲を払いはしたが。
そして、私自身にもわかったことがあった。シグレに膝枕をすると殺意が収まるのだ。最初は戸惑ったが次第に心が安らいでいき、ずっとしていたい気持ちになってくる。
なぜ膝枕とも思ったが、どうでもよかった。殺意から解放されて心安らぐことに比べたら些細なことだった。
ヒロコさんが膝枕のことを言ってくれなかったら、このことには気づけなかっただろう。ヒロコさんは本当に凄い人だと思う。
「あのう、フクヤさん。アントって都市の西側によく出るんですか?」
実にアナザーらしい質問だった。西側の瓦礫がアントの群れの仕業であることも知らないのだろう。
「あなたは、防衛櫓09-0001を出ると急に瓦礫が続いているのをどう思いましたか?」
「どうと言われても、いきなり景色が変わるなぁ。くらいですか。誰があんなことをしたのかは気になりましたが… って、あれが」
「あなた、見かけによらず察しがいいですね。あれは、アントの群れが都市を掠った名残です」
ああいう話し方をすれば誰でも気づくとは思うが少しは褒めておかないとついてきてくれなくなるかもしれない。ヒロコさんにも男は適当に褒めろと言われたことがあった。
「本当に都市に被害が出てたんですね。薬屋さんのお茶目かと思いました」
なっ。また、ヒロコさんのことを…
「もう少し薬屋さんを信じてあげてください。家族に嘘はつきません。隠し事はしますけど」
ヒロコさんは隠し事はする。するが、それは私達のためなのだ。意地悪とかでは… なかったはず…
防衛櫓09-0001に着いた。ここからはグループ会話が必要だ。いつもヒロコさん達と使っているグループにシグレを招待する。そして、イヤホンを耳に。
「あなた、グループに招待しました。承認してください」
きちんと、シグレがグループに入ったことを確認する。そして、イヤホンは― つけているようだ。少しズレているような気もする。直したい。
「それで、いい場所はどの辺りなんですか?」
少し疑われている?
「私は、アントが確認されると都市の西から出て北上しながら探しています。いい場所というのは、その途中にあります」
嘘は言っていない。しかし、詮索されても困る。実際アントの群れは北か西、その間から来るようだがスカウトアントは都市の東西南北を探さなければいけない。
南や東の捜索を怠って、もしスカウトアントの生存を許せば都市の終わりだ。アサヒ都市の人間ならほとんどが理解していることだ。
舗装された道を道なりに進む。アントは見つからない。瓦礫の先は【気配察知】のスキルを信じる。
交差点からは北へ。シグレは… ちゃんといる。殺意も教えてくれている。
この辺りでもスカウトアントがいる可能性はあるので気は抜けない。
しばらく歩いたが平和が続いていた。そして、ここから北西に進めば目的地の空き地だ。
草むらの中を歩く。ときどきシグレを確認する。急にいなくなるとスキルの発動が必要かもしれない。シグレはなぜかアントがダメらしい。
そして、数分歩いたところで進路少し右にアントを発見した。スカウトアントだ。
「あなた、アントです。あれがスカウトアントですよ」
今日はこれで1匹目。まだ、数は多くなっていないようだ。さて、シグレの反応は?
なぜか背を向けて逆方向に進もうとしていた。
「あなた、どちらに行かれるのでしょうか?」
「えっと、やっぱり生理的におばあちゃんが危険でビビッとくる感じです」
おかしな理由に私の殺意が困惑している。殺意の籠らない苦無を右手に握りスキルを発動。シグレの目の前に移動する。いつものスピードだ。
「ホントだけどウソです」
どれがホントでどれがウソかわからないが考えなおしてくれたようだ。そんなにすぐ考えが変わるなら最初から…
スカウトアントがどこかに行ってしまう前に退治しないと。
「それでは、退治します」
「俺が、ここから撃ちましょうか?」
スカウトアントを1匹倒すのにそんなことは必要ない。慣れるためにも近くで戦って欲しい。戦闘らしい戦闘は起こらないのだから。
「その大きい銃の弾は値段が高いと聞いています。腰の小さい銃を使ってはどうです?」
「えーと、そんなに近づいたら目が死んでしまいます。目を助けるためなら1000YENくらい」
ときどき、シグレは変なことを言う。アナザーはそんなに人間からかけ離れた生物なのだろうか?
(ほとんど一緒だよ。シグレがアホなだけだから)
「しょうがないですね。私が倒します。あなたは早く慣れてください。こんなので目が死んでいたら、この先戦っていけませんよ。それともアナザーは目だけ復活とかできるんですか?」
目だけ復活するなら今度はこの世界に出現するときに目の位置に苦無を置いてみよう。
スカウトアントが移動を始めた。まずい。驚かせないように慎重に歩みを進める。
これなら間に合う。最悪スキルを使えばいいのだが、それだとシグレにお手本が見せられない。
静かに歩き続けスカウトアントの進路上に出ると同時に右手の苦無をスカウトアントの頭部に合わせる。これなら。
苦無がスカウトアントの頭部に当たると、そのまま苦無を押し込む。
「え?」
すると、そのままスカウトアントは霧散した。草の中に落ちた鈍く光る魔石を拾いシグレに見せる。
「この魔石自体の価値はゴブリン以上リザードマン以下といったところでしょう」
この魔石にはそんなに価値はない。アントの群れの呼び水でなければ1500YENくらいだろう。
「アントは襲ってこないんですか?」
もっともな質問が飛び出す。私も初めてヒロコさんにこれを見せられたときは同じ質問をしたものだ。ま、ヒロコさんは正拳だったが。
「敵だと判断される前に倒すことができればまともな戦闘は起こりません。しかし、集団でいる場合は違います。仲間が襲われているとすぐに他の個体が参戦してきます」
「なるほど。このアント、スカウトアントは集団で行動しないのできちんと対処すれば誰でも倒せるということなんですね」
理解はできているようだ。しかし。
「理解できたようですね。あなたは逃げ出そうとしていましたが」
「いや、誰だって最初にアレを見たら逃げるんじゃ…」
逃げはしない。どうやって倒すかを考える。倒せそうでなくても。アナザーはみなこうなのか?
「そこですよ。アナザーの嫌いなところは、その気軽というか気楽なところです。どこか遊びにきているような感じ、とでもいうのでしょうか?」
ま、別の世界の住人のようだから他人事なのだろう。私もシグレの世界に行けばシグレと同じことを言うのだろうか?
「すみ、ません」
しかし、理解して欲しい。
「私達はモンスターを発見したら基本的に倒すか倒されるかしかありません。逃げるという選択肢は戦闘前くらいです。さっきのあなたのように。しかし、アントを見逃すことは都市の危機につながるので命懸けで倒さなければなりません。あなたもそれは知っていたはずです」
これで、理解してくれただろうか?私達の現状を。殺意が限界に近づいてきている。それを必死に抑えた。
スカウトアントの退治で少し目的地から遠のいたかもしれない。これがあれだから、あちらが正解だ。
草むらの中を歩く。シグレはさっきから何も喋っていない。だが、逃げる気はないようだ。殺意が収まる気配もない。
草がなくなってきた。もうすぐだ。
完全に草がなくなったが、さらに奥へ進む。周りが霧だけになった。
この辺りでいいだろう。少し喉が渇いた。
「あなた、到着しました。それとお水をもらえませんか?」
「ちょっと待ってください」
シグレがリュックサックから水筒を取り出しコッヘルに水を注いでいる。それを見ていると少し殺意が収まってしまう。なぜ、こんなことで。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
コッヘルを受け取り水を飲む。美味しい。
コッヘルを下げるとシグレと目が合ってしまう。気恥ずかしさと殺意がせめぎ合い、どうしていいのかわからなくなってきた。
「お、お水、ありがとうございました。美味しかったです。これをお返しします」
「はい、公園の水ですけどね」
公園というのは、あの公園のことだろうか?寂れていて私達でもほとんど訪れない、あの公園?そんなところの水をどうして…
そ、そんなことはいい。決闘をしなくては。
「それでは、始めましょうか」
「え?アントですか?」
そう言って、シグレがキョロキョロしている。本当にアント退治だと思っているようだ。
それでも戦ってもらわないと、私のために。
「いえ、私です。これから命を懸けた決闘を行います。あなたも復活するくらいの命でしょうが、それでも懸けないと何もしないまま終わりますよ」
シグレが面白い表情をした。理解できていないのか?難しい言葉は使っていないのだが。
「え?」
え?
「聞こえなかったのですか?イヤホン、壊れていませんか?あなたと私の決闘です。殺し合いです」
ようやく、理解できたらしい。シグレの顔が少しだけほんの少しだけ男前に見えた。
「俺にはフクヤさんと戦う理由は全くないんですが」
そうだろう。私が私のためにする殺し合いなのだから。
「あなたになくとも私にはあります。あなたも命を狙う者の始末ができれば行動が楽でしょう?ここなら、私を殺しても見つからないと思います」
とは言ったもののシグレに殺された場合私の死体はどうなるのだろうか?まぁ、いい。シグレが戦ってくれさえすれば。
「というか圧倒的にフクヤさんの方が強いのに。フクヤさんは弱い者いじめみたいなことをするんですか?」
とうとう、シグレに弱い者いじめみたいと言われてしまった。身体的特徴を言われるよりきつい言葉だった。
確かにそうかもしれない。しかし、私はここで答えを見つけなければならない。
この試みが失敗したら私の何でもチケットをシグレに1枚あげよう。それで許してもらおう。私の殺意が簡単にはそうさせてくれないと思うが。それにしても何でもチケットとは、面白い表現だ。
「都市を護るためなら、それも仕方がありません。準備をする時間はあげます。そのリュックサックやバッグを外しておいた方がいいと思いますよ。壊れますから。それとも、アナザーは復活するときにそういったものも復活できるのですか?」
シグレの動きが止まった。復活のための儀式でもあるのだろうか?
「何をしてるんですか?始めますよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。まだ、準備中です」
準備中ではなく、やっと準備を始めたようにみえる。
装備を外して地面に置いている。それにしてもたくさん装備しているものだ。銃を使わない私にはよくわからない。任務によっては使ったこともあるが、支給されたものを言われたまま操作していただけだ。
「準備終わりました」
銃を両手に持って私の前に立つシグレ。それを確認してシグレから離れる。いきなり近距離からだとシグレがもっと不利だろう。
10メートルくらい離れたところで振り返る。これくらいなら少しは戦う気が起きるだろうか?私にとっては何も変わらない距離だが。
「それでは、始めます」
シグレにしてみれば、これは事故みたいなものなのだろう。
私が勝手に殺意を抱いてこうして殺し合いをすることになってしまっている。しかも、私が圧倒的に有利だった。
しかし、許して欲しい。この殺意の理由が知りたい。本当にシグレを殺せばいいのか?
そして、もう一つ知りたいことがあった。私のスキル【孤独世界】の問題をシグレが何とかできるかどうかを…
「いつでも、どうぞ」
このスキルは決まった時間だけ超加速して動くことができる私にはもったいないスキルなのだが一つ欠点があった。
それは残り時間が少なくなるにつれ思考がまともにできなくなることだった。
以前かなり使い過ぎたことがあったのだが、そのときはスピードと一つになった感じでどこまでも進んでいけそうになった。気分は良かったがあのままではいけない気がした。なんとかスキルを止めることに成功したが、いつも成功するとは思えない一体感だった。
そこにシグレが現れた。シグレにはおかしな殺意が湧いたし戦ってみてわかったこともあった。
シグレがあのスキルを発動し私がそこに【孤独世界】を発動させると二つが干渉するのかスピードがいつもより遅くなるのだ。
そして、シグレのスピードが上がっている。普通の人間なら私の世界であのスピードで動けたりしない。そう、シグレがいると孤独な世界ではなくなるのだ。
それを理解したとき、私の中でいろんなものが繋がった。そうして今、この時なのだ。
まず、シグレのあのスキルを発動させなければならないが。それは今の私なら簡単だった。しかし、テストがしてみたいので何とか殺意を抑える。
難しい。簡単にできないことはわかっていたのだが。そうだ、膝枕だ。なぜ、今までこれに気づかなかったのか?シグレに膝枕をしたときのことを思い出す。だんだん心が安らいでいく。
今!スキルを発動してシグレの足元に苦無を投げ、すぐにスキルを止めた。
シグレは微動だにせず突っ立っていた。成功だ。やはりシグレのあれには殺意が関係しているとみて間違いないだろう。
「ダメですね。それでは、ハンデをあげましょう。最初に1発撃ってもいいです。私は、そこから攻撃に移ります」
それでは本番だ。シグレは自分のスキルのことを理解しているのだろうか?
まあ、理解していなくとも問題ない。シグレのスキルを発動させるのは私なのだから。
問題はあげたハンデだった。いくら私でもスキルを発動させていないと銃弾をかわすことはできない。しかし、発動が早すぎると無駄に時間を消費してしまう。
シグレが右手を上げ銃を撃つ。私は銃の引き金にかけられたシグレの指の動きをみてスキルを発動させる。少しの無駄はしょうがないだろう。それにこの先の勝負は一瞬だ。
シグレの弾道を体勢を低くすることでかわす。まだ、私独りの世界だ。
そして、シグレの額を狙って殺意の籠った苦無を投げた。銃弾の進むスピードが上がる。
シグレのスキルが発動したようだ。それが確認できたところで2本目の苦無をシグレの心臓めがけて投げ、それを追いかけるように走る。
1本目の苦無がはじかれ2本目の苦無がはじかれそうなとき、既に私の必殺の間合いだった。今度は外さない。なぜなら…
両手の手の平を上に向け腰近くに構える。【金剛貫手】の予備動作が完了した。2本目の苦無がはじかれたところに両手で【金剛貫手】を放つ。
いつもより遅い【金剛貫手】にシグレは右手に持った銃で受けるようだ。しかし、それで受けることは無理だ。【金剛貫手】は手が伸びきるまではあらゆるものを貫く鉄ですら例外ではない。
銃を破壊しながら進む私の手の指がシグレに到達した。
やはり、シグレでも…
するとシグレは私の左手を掴み【金剛貫手】の軌道を右にずらそうとしていた。
そんなことが。
そして左手の【金剛貫手】が右手の【金剛貫手】の軌道をずらしシグレの傷口が服の裂け目とともに横に広がっていく。
そんなことをしても、私は【金剛貫手】をまた放つだけだというのに。
そんなことをしても、シグレの傷が増えるだけだというのに。
そんなことをしても…
そうして私の両手の【金剛貫手】が致命傷にならずに終わった。
シグレは私の左手を強く握っている。もう楽にしてあげよう。私は右手で【金剛貫手】を―
!
!!
!!!
スピードが、私のスピードが、シグレのスピードが、もとに戻っている。
私の【孤独世界】の時間消費が止まり回復し始めていた。
私は【孤独世界】の発動を止めては、いない。それなのに。
わからない。わからない。わからない。わからない。
すると私の左手を掴んだままシグレが倒れた。胸からは血が溢れている。
まずい。私のことはいい。あとでシグレに聞こう。まず、シグレだ。【孤独世界】を止めてくれた。こ、答えを出してくれたシグレのことだ。
あれだ、あれ。薬、薬… そうだった。私は薬を携帯していなかった。
なら、シグレだ。あそこにはいつかのポーションがあるはずだ。用心深いシグレが携帯していないはずがない。
早くポーションを早く。意識がなくなった今でもシグレは私の手を掴んだまま放さない。そんな愛おしくも見えるシグレを動かしてはいけないのだが仕方がなかった。
シグレの荷物からポーションを探す。すぐ取り出せそうなところだから、ここ。ポケットの蓋を開けると出てきたのは… 何かの弾?いらない。投げ捨てる。
では、こっち。ポケットの蓋を開けると出てきたのは、スキットルだった。
これだ、きっとこれに違いない蓋を開けて傷口に垂らした。このポーションもあとでヒロコさんに言ってなんとかしてもらおう。
ポーションが頑張って仕事をしてくれている。傷口から溢れる血が少なくなっている。傷口が小さくなっているのかもしれない。
地べたに座りシグレの頭を私の膝の上にのせる。さっきから殺意の欠片も湧かない。そして、この体勢が私の心を落ち着かせていく。水面にできた波紋が次第に小さくなっていくように。
理由はわからないが私の問題が全て解決したようだ。シグレのいろんなものを犠牲にして。
これから私は生き方を変える必要がありそうだ。シグレの顔を見つめる。
もうこのシグレは私のものだ。そして、私はシグレのものだ。
シグレは私の半身だったのかもしれない。いや、半身だ。
私の唇をシグレの唇に重ねてみる。うん、いいデキだと思う。
だから、こんなことをしても恥ずかしくない。顔は少し熱っぽくなったが。
シグレが苦手なことは私がやればいい。そして、シグレなら私を私の力をもっとうまく扱えるだろう。二人で一人なのだから。
そうか。これが、この気持ちが…
私の膝の上のシグレの瞼がゆっくりと開く。傷はもう大丈夫なのだろうか?
「フクヤさん。顔が赤いですよ」
意識が戻ったというのにそんなこと。でも、全てが愛おしい。なのに、なのに私の口が勝手に言葉を放ってしまう。殺意の置き土産かもしれない。
「殺しますよ」




