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60-アント


 ヤバイ、1時間くらいしか寝てないのに眠くない。


 ひょっとしてゲームにログインしている時は、こちらでは寝ていることになっているのかも。まぁ、ポーズ的には寝ているんだけど。じゃ、ゲームは夢なのか?それとも、症状?


 しかし、空腹はどうにもならないらしい。ゲームの中で食べても全く関係ないようだ。当たり前か。


 支度をしてコンビニに行く。今日の食糧確保だ。ゲーム内との食生活の違いにゲンナリするがゲームとはそういうものだ。


 最近のVRゲームは凄くリアルな上にリアルより居心地が良いのでゲームからなかなか抜けられないプレイヤーが多くいた。


 それによって様々な影響がリアルに出ていた。普段見えない物が見えたり、突然味覚がおかしくなったり人によって症状はまちまちだった。


 単なるVRゲーム障害なのだが、ニュースの中ではどこかの団体だか業界に配慮しているのか原因が判明した今でも言葉を濁して異世界症候群と呼んでいた。



「俺もこのままでは異世界症候群に…」





 贔屓にしているエイトイレブンから帰ってきた。重大な事件が起きていた。



「納豆がない」



 問題だ。俺のコンビニ弁当の友がなかった。


 普通の納豆はあった。問題なのは俺がいつも買っている卵醤油たれがついている納豆がなかったのだ。


 おかしいじゃん。今まで売り切れだったことなんてなかったのに。


 それでも、納豆は必要なので別の納豆を買ってきた。親子丼にその納豆をかけて食べる。



「これじゃ、ないな」



 親子丼をかきこんでお茶を飲み干した。これでは異世界症候群が加速するだけだった。


 切り替え、切り替え。



 トイレには行った。戸締りは確認した。ベッドの上に寝転がりVRギアを装着。


 よし、ログインだ。


 白い世界に包まれたかと思うと次第にチームハウスの俺の殺風景な部屋が目の前に広がり―



「うぉ、危なっ」



 いきなり目の前に苦無が。出待ちがフクヤさんにまで波及している。



「おはようございます」


「おはようございますって、フクヤさん。ここはチームハウスで俺の部屋ですよ」


「存じております。呼び鈴を鳴らしても返事がないので待たせてもらっていました」


「勝手に鍵を開けて家に入ったことはギリギリ許せますが、俺の出待ちをした上になぜ苦無なんですか?苦無があるところに体が出現したらどうするんですか?」


「殺すという目的が達成されるかもしれません。興味があります」



 こんな朝早くからする会話じゃないな。いきなり殺すとか。


 まぁ、いい。ここでこうしていても仕方がない。持っていた対物ライフルを置いて居間に移動する。



「おはよう。お邪魔させてもらってるよ」


「おはようございます。シグレさん、お邪魔してます」



 どうやら、不法侵入はフクヤさんだけではないらしい。薬屋さんはわかるとしてアユミさんまでも悪い道に。


 しかも、お茶まで飲んでる。いやいやいや、お茶はわざわざ持ってきたのかもしれない。不幸にも薬屋は近い。



「お、おはようございます。朝から連日の不法侵入お疲れ様です」


「君、不法侵入とはひどいなぁ。私達は家族じゃないか。人類みな兄弟って言うだろ」


「生物学的には兄弟かもしれませんが、それとこれとは別です。俺にもお茶をください」


「あ、はい、今いれますね。この家、お茶が美味しくて助かります」



 くっそ。家のお茶じゃん。ホントにグイグイくるな。まぁ、俺が用意したお茶じゃないからあまり人のことを言えたものでもないんだが。


 アユミさんがいれてくれたお茶を飲みながら尋ねる。



「アユミさんまで、今日はどうしたんですか?」


「私はヒロコさんがシグレさんの家に行くって言うからついて来ただけです。二人の奥さんにも会っておきたかったし」


「奥さんではありませんが、二人はアナザー世界で忙しいので今日明日はこちらに来れないかもしれません。来れても短時間でしょう」



 二人のためにも”遊び”の部分は伏せておいてあげよう。



「それは、残念です」


「君は忙しくないんだね。いやぁ、アナザー世界でも暇で助かるよ」



 心にぐっさりくるな。



「す、少し前はちゃんと忙しかったんです。それに、俺が忙しかったら薬屋さん達は待ちぼうけですよ。俺が現れなかったらどうするつもりだったんですか?」


「あまり深く考えてなかったけど、昼まで来なかったら帰ってたかな。お茶を飲んで」


「あなた、このお茶を切らさないように注意してください」



 人の家のお茶を…



「それで、薬屋さん何の用ですか?」



 いつの間にかフクヤさんもソファーに座っていた。



「今朝市場に言ったら噂になってたんです。アントの噂」


「アント?」


「君はアナザーだから知らないだろう?そのことを家族に教えてあげようと朝早くからこうしているわけだ。家族愛に感動の涙を見せてもいいんだよ」


「見せません。それで、アントとは?」



 いつの間にかテーブルにビスケットの籠が出現していた。


 これは、もともと薬屋さんがつくったものだガンガン食べてやる。



「アントはモンスターの蟻のことなんだけど、モンスターだけあって大きいんだ」



 蟻かぁ。大丈夫だけど大きいと違ってくるよな。手の平サイズの蟻とか想像したくもない。


 それより、モンスターじゃない蟻もいるのか。もしかして、他の昆虫も…



「どのくらいの大きさなんですか?普通のはこのくらいですよね?」



 指を使って大きさを表現してみせる。



「今、噂になっているアントはスカウトアントらしいから、全長1メートルくら―」


「じゃ、そういうことで。急にアナザー世界が忙しくなったようです。ビビッときました。では…」



 すると対面から薬屋さんが首を掴んできた。そのまま持ち上げながら立ち上がる。


 アユミさんとフクヤさんがテーブルを片付け始めた。息がピッタリだった。


 足が浮いてどうにもならない。薬屋さんを蹴るとあとで酷い目に遭いそうだ。なら、まだ、手が、手が、動かない。後ろ手に何かで括られていた。フクヤさんか。



「君っていうかアナザーは気絶するとアナザーの世界に戻れないようだね。それに、戻るには情報端末を操作しないとできないんだろ?なんなら、納得するまで気絶。するかい?」



 実際そうだった。その上、強制終了も当然できない。気絶ぐらいでシステム側が勝手に強制終了していたら、それはそれで問題だった。


 この問題は他のゲームでも出ていて最近は体の安全を気にする派とゲームの雰囲気を重視する派がいろんなところで議論をしていた。いずれルールができるかもしれない。


 ただ、薬屋さんは通常のログアウトのことを言っているようだ。今なら強制終了すれば脱出できるが… この体と人間関係は犠牲になるな。



「わ、わかりました。下ろして、ください。話は、聞きま、すから」


「神託の像の前で言える?」



 忘れてた。神託の像かぁ。



「い、言え、ます」


「では、下ろしてあげよう」



 ゆっくりと下ろされて足が地面についたところで、首が解放された。


 すると、アユミさんとフクヤさんがテーブルを前に持ってきた。括られていた手も、いつの間にか自由になっている。



「君は本当に往生際が悪いね。私とフクヤちゃんがいるのに逃げられるわけないだろ?」


「そ、そうでした。でも、大きい蟻とか生理的に受け付けないので、つい」



 ゲームではよく見るモンスターなのだが、このリアルさで実際巨大昆虫モンスターには遭いたくはなかった。



「シグレさん、私も最初はダメだったんですが慣れました。シグレさんも慣れると思いますよ」



 慣れたくねぇ。



「え?アユミさんも戦闘する種族の人なんですか?」


「いえいえ、そんな種族の人間じゃありませんよ。私なんかヒロコさんやフクヤさんに比べたら戦闘力なんてないに等しいです」


「それなら―」


「だから、その辺りを君にというか奥さん達にも説明したかったんだよ。ジャイアントアントの特性を」



 どうやら、ジャイアントアントは普通のモンスターとは違うようだ。お茶を一口飲む。



「特性ですか」


「習性でもいいんだが、このアントは群れで行動しているんだ。この大きさでこの霧だろ群れの全貌を把握することは非常に難しい。見渡す限り黒になるからね。そのくらい数も多いんだ」



 想像したくねぇ。



「銃や歩行戦車は?」


「1対1で勝負すれば問題なく勝てはするんだが、数にはどうすることもできないんだ。無限に弾を撃ち続けられるわけじゃないからね。過去に一度防衛隊が集められる戦力を結集させて進路上で待ち受けたことがあったけど、惨敗だったらしい」


「惨敗ですか」


「惨敗だね。他の防衛があるから全戦力というわけじゃなかったけどね。助かったのは歩行戦車の中にいた兵士だけで、随伴兵士や装甲歩兵は無残だったようだよ。霧散したけどね。歩行戦車の装甲もボロボロだったらしい。ソルジャーアントの顎は薄い装甲だと簡単に穴が開くからね」



 貴重な防衛戦力が。公式ホームページの戦況を確認できるページではアサヒは痛手を受けている風でもなかったから、この損失はゲーム開始前になるのか。ということはアサヒ都市の戦力は少ない状態からスタートしたのか…


 えええええ。



「っていうか、アントの群れって何回も来るんですか?」


「そうなんだ。それも特性の一つなんだが、アントの群れは移動しているんだ。新たな巣をつくるためともいわれているが確かではないらしい。防衛隊の斥侯が気づかれないように後を追いかけたことがあって、そのときは深夜に忽然と群れが消えたと報告が残っている。ただ、不思議なことに報告書しか残っていないんだよね」


「ということは進路が都市になったらどうするんですか?」


「そこなんだよ。まだ、都市には危ないことはあっても直撃はされていない。何回かのアントの群れの襲来でわかったことがあるんだ。群れは移動する前に斥侯のようなものを先行させて、その斥侯が無事な方向に進む」



 そういうことか。遠くで斥侯が死んでも本隊には何らかの方法で伝わるんだな。何でもアリだな。



(1点)



 ん?



「都市の中にアントの侵入を許さない限り大丈夫ということですね」


「理解が早くて助かるけど都市の中にアントが侵入することなんて、まずないんだ。あの大きさの群れの進路は急には変わらないから都市周辺でもアントが存在していると危険なんだよ。都市にも被害が出ているんだ。防衛櫓も無事で済まないからね。特に上の部分が」



 えええええ。



「アントの群れが都市を掠るとその周辺に野次馬が集まるんです。私は野次馬として何度か見たことがあるんです。アントの群れは危害を加えるか進路を妨害しなければ襲ってこないので。でも、ゾワッとしますね。スカウトアントなんて触覚が特に長いので、こう背中の辺りが」



 そりゃあ、ゾワッとするよね。長くて黒い触覚が動いていると…


 これは、フクヤさんに殺されてログイン制限状態になるというのもアリかもしれない。



(しつこい。0.5点)



 んん?



「たぶん、傭兵にも都市周辺のアント退治の依頼というかアントの魔石を高く買ってもらえるキャンペーンみたいなのがあると思うよ。そうでなくても、スカウトアントの魔石なんて普通に高額だから」



 これは、定期的なイベント?になるのか。



「私は、スカウトアントが見つかるとアント退治のために都市周辺を見回ることが多くなります」



 おお、フクヤさんの防衛隊らしい仕事だな。どうせ普段はアナザーの暗殺なんだろうけど。



「だったら、俺は別に逃げる必要なんてありませんね」



 でも、黒い触覚はダメだろう。一人では都市の外に行きたくないなぁ。



「君が話を聞かずに勝手に逃げようとしたんだろう。せっかくの家族愛に水を差すようなことをさせて」


「す、すみませんでした。反省してます。でも、ジャイアントアントはちょっと」


「まぁ、こんなときじゃないと見れないモンスターだからお金にもなるし探すといいよ。黒くて長い触覚がポイントだよ」



 そのポイントが問題なんですよ。



「あ!でも、フクヤさんならアントの群れを倒せたりするのでは?」


「君はフクヤちゃんを何だと思ってるんだい。無限に使える便利な力なんてないんだよ」


「そう、ですよね。できるならやってますよね。わかりました。ありがとうございます」


「あなた、私の力の秘密、知りたいですか?」



 細い目がこちらに向けられた。少し開いているのかもしれないが、何を考えているか予想はできない。



「いえ、世の中には知らない方が良いことがありますから。フクヤさんは俺を殺すことを諦めてもらえれば、それで」


「そう、ですか」


「薬屋さん、話は終わったんですよね?だったら、帰ってください」


「君、つれないねぇ。家族なんだから、ここは私達の第二の家。アユミちゃん、お茶のおかわり、お願い」


「はい、今すぐ」



 くっそ。自由だな。



「えーと、俺もお願いします」


「シグレさんも家族ですから遠慮なさらず」



 安い家族連発だな。でも、お茶は欲しい。


 俺ですら台所を把握していないというのにアユミさんがなぜか使いこなしている。おかしい。アユミさんの力か…


 とりあえず急いですることもないので監視の意味も含めてハンドガンの弾の整理をする。


 部屋に戻ってと思ったら置いてきたのは対物ライフルだけだった。リュックサックからハンドガンのマガジンを取り出す。


 ハンドガンに入っているのを含めるとマガジンは九つになる。多いな。


 我が家のようにくつろいでいる薬屋さんにシルバー弾のマガジンの確認を取る。



「薬屋さん、昨日受け取ったシルバー弾のマガジンは本当に貰ってもいいんですね?」


「いいよ、自由に使って。マガジンもサービスだ。けど、次は自分で買って。昨日の分け前で貧乏じゃなくなったよね?」


「わかってます。でも、薬屋さんには近づきませんから」


「君、本人の前で言わない。ま、何かあれば引っ張ってでもつれて行くから問題ないよ。君は軽いからね。今度は奥さん達と一緒に行こうか。奥さんにも秘密がありそうだ」



 アオイちゃんの秘密がバレるのも時間の問題か。


 マガジンのバネのテンションの違いで弾の少ないマガジンを探す。


 ノーマル弾のマガジンで一つだけあるはずだ。



「うーん、これかな?」



 そして、弾を抜いてみる。14発だった。よし、よし、意外と判別できるな。すぐに抜いた弾をマガジンに込めてリュックサックに入れる。


 あとはハンドガンから弾とマガジンを抜いて、抜いた弾をマガジンに入れる。昨日はあれだけ大変な日だったが弾はハンドガンのシルバー弾2発、ノーマル弾1発に対物ライフルの弾2発だけだ。


 まずいな、最近、俺、撃ってないじゃん。これじゃ成長が…



「シグレさん、何してるんですか?」


「え、あ、残弾の確認です。こうして弾の少ないマガジンを探して弾を補充するかマガジン自体をすぐに取れないところに置いてます。そうしないと肝心なときに弾の少ないマガジンを使ってしまって残念なことになるんです」


「へぇ、大変なんですね」


「銃なんて使うから、そんな面倒なことすることになるんだよ。私やフクヤちゃんに弟子入りするかい?鍛えてあげるよ」


「結構です。一朝一夕で強くなったりはしませんから。それに二人だってナックルや苦無の手入れはしてるんでしょ?」


「私はしてないね。しても汚れを取るくらいかな。フクヤちゃんは?」


「してませんね。薬屋さんと同じく汚れを落とすくらいです。手入れなんて必要では、ありませんから」



 はい、はい。さぞ立派な武器なんでしょうね。



「羨ましいことです」


「ヒロコさんに手入れとか無理ですものね」



 自分の部屋にシルバー弾のマガジン四つを置いてきた。



「それじゃ、俺は朝食がまだなので食べに行きますね。ちゃんと戸締りしてくださいよ」


「君、つれないねぇ。お姉さんに朝食お願いって言えば済むことじゃないか」


「お姉さん、朝食をお願いします」


「アユミちゃん、朝食の準備よろしく。朝食はここじゃなくてうちで食べるから」


「わかりました。シグレさん、残り物でつくりますのであまり期待しないでくださいね」


「残り物で十分ですよ。強いていうなら早く食べたいです」


「わかってます。腕によりをかけてつくりますから」



 あ、そんなに張り切らなくても…


 そして、朝食にありつけたのはそれから1時間後だった。



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