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59-酒


 薬屋さんが製造機を準備している中、その製造機を観察してみた。


 少し大きめのおやま人形を飾るケースのようなそれの底面には操作パネルがあり、その部分が少し前の方にせり出していた。


 電源ケーブルのようなものはどこにもない。この大きさで魔力機関内蔵とは考えにくいので近くの柱からエネルギーを得ているということなのだろう。便利な柱だ。



「まず、ケースにマテリアルを入れてチャージを―」



 どこでマテリアルをチャージするのかと思ったらケースに入れるのか。そして、光の板が上昇するとマテリアルは跡形もなく消えていった。



「チャージはよしっと。ここに、チップを置いて設計図を外部読み込みに― 設定完了」


「薬屋さん、順番は?」


「まず、当然、私が最初で、次がフクヤちゃんだね。そして、君が最後だ」



 一番よろしくない順番だった。先鋒が楽なのに。薬屋さん…



「俺が先鋒で、薬屋さんが大将の方が良くないですか?」


「良くない。私には大将なんて大役、心がもたない」



 俺ももちません。



「君には全責任を負う義務があるからね。私のために頑張って」


「もし、外れたら…」


「そんな縁起でもないことを今言わない」



 家はすぐそこなのに、生きて帰れるのだろうか?


 でも、普通に考えるとくじを外したら”じゃあね”で殺されたりはしないだろう。いくらなんでも、犯罪にならないとしてもだ。


 むしろ当てる方がヤバイか。前科があるしな。死にはしなかったが。



「ヒロコさん、お茶を持ってきました。みなさんも、どうぞ」



 お、この子はどうだろう?トシコちゃんポジションじゃないか。



「アユミちゃん、ありがとね」



 アユミちゃんかぁ。



「薬屋さん、アユミさんに大将の役を交代してもらうのはアリですか?」


「ナシだね。怒りのぶつけどころがなくなるから」



 死んだな。ここなら装備を手放して死んでも家に持ってきてもらえるだろう。ダイイングメッセージは何にしようかな?




「そ、それじゃ、行くよ。不安定な設計図を使うのは初めてだから緊張するよ。久しく緊張なんてしてなかったから、これはこれで楽しいんだけど…」


「よくわからないですけど、ヒロコさん頑張って」


「あ、ああ、頑張るよ。そんじゃ―」



 薬屋さんは緑色に点滅する開始ボタンをゆっくりと押すと見せかけて、見せかけて。開始ボタンに指が触れてからなかなか進まなかった。


 気持ちはわからなくもないが、そんなことをしても喜ぶのはマーフィーさんだけだ。しかし、アース人にマーフィーさんを説明するのが面倒くさいので薬屋さんを生温かく見守る。



「ヒロコさん?」



 アユミさんの声で薬屋さんは我に返ったのか指が動き出した。


 製造機のケースの底から光の板がゆっくりと上昇していく。お、瓶のようなものが下から出現し始めたぞ。い、いきなり、当たりか?それなら後続が楽になる。というか俺が楽だ。



「き、君、これは当たりなのかい?当たりなんだろう。ねぇ、ねぇ」



 そんな子供みたいに言われても。



「一口、飲んでみればどうでしょうか?」


「そ、そうだね。一口だけ、一口だけなら」



 そう言って、薬屋さんはケースの扉を開けて一升瓶を取り出した。ラベルを覗いてみる。



”あさひわし”



 あれ?チップの情報を見たときと少し雰囲気が違う。も、もしや、フェイク?そんな恐ろしいことやめてください。



「この瓶、何だか軽いね。こんなもんだったかな?まぁ、いい、栓を開けて―」



 薬屋さんはお茶を飲み干して湯呑にお酒を注ごうとしていた。


 しかし、いくら傾けても何も出てこなかった。



『ガシャーン』



 薬屋さんの怒りが瓶に向けられたようだ。辺りに瓶の割れた破片が飛び散った。と同時に空気が一気に重くなる。



「いい度胸してるじゃねぇか?ぬか喜びさせやがって、なぁ、シグレ」



 どうして、そこで俺なの?どうして。



「ヒロコさん、今のはその方のせいなんですか?それと、言葉、おかしくなってますよ」



 張り詰めた空気の中、アユミさんの声で空間が和らいだ。アユミ様、ありがとうございます。


 アユミさんが、散らばった瓶の破片を塵取りと箒で片付け始めていた。用意がいいな。いつものことなのだろうか?



「あ、そうだった。君、ごめん、ごめん。怖がらせるつもりはないんだ。ふぅ、はぁ、ふぅ。さぁ、次だ。次の準備をしよう」



 少し晴れ間がのぞいた薬屋さんがケースの扉を閉めた。開始ボタンの色が緑色になり点滅を始める。



「それじゃ、フクヤちゃん。行ってみようか」


「はい、それでは失礼して―」



 フクヤさんは、タメも何もなく平然と開始ボタンを押した。閉じているのか開いているのか判断のつかない目からは感情が伝わってこない。


 製造機はそんなフクヤさんにどう応えるのか光の板が静かに動き出した。


 光の板が上昇していくにつれ瓶の形が露になっていく。これは、フェイク?それとも…


 薬屋さんは静観しているが顔のあちらこちらに喜びの片鱗が現れていた。


 そして、完成したようだ。薬屋さんが必死に笑顔を堪えた真剣な表情で大事そうに取り出した。



「それじゃ、一口だけね。一口だけ」



 別に全部飲んでも。そして、そのまま俺を忘れて欲しい。


 薬屋さんはさっきの湯呑に栓を開けた瓶を傾けた。透明な液体が恐る恐る出てくる。こ、これは。



「よし、よし。これだよ、これ。それでは、いただきます」



 一気に飲み干したりせずに、何か噛んだり転がしたりしているように見えた。そして―



「フクヤちゃん、当たりだ。ありがとう。やっぱり持つべきものはフクヤちゃんと決まっているんだよなぁ」



 薬屋さんは満面の笑みでフクヤさんに抱き着いた。しかし、絞め殺す感じには見えない。


 フクヤさんは、きっと喜んでいるのだろう。全然感情が伝わってこないが。



「いえいえ、お役に立てて光栄です」


「それで、フクヤちゃん。このお酒は私が貰うとして、フクヤちゃんは何か欲しいものあるかな?私が持っているものでフクヤちゃんが喜びそうなものはないかもしれないけど」


「それでしたら、あれをいただきたいと思います。あの方の、な、何でもチケットを1枚」


「あ、そういえば、そんなのあったねぇ。じゃ、シグレの何でもチケットをフクヤちゃんにあげよう。こんなのいくらでもあげたいけど今は1枚しか在庫がなくてね。はい、あげました」


「確かにいただきました。ありがとうございます」


「えええええ。俺の了承を得ないで他人に譲るなんてダメでしょう。よりによって、フクヤさんて」


「フクヤちゃんは他人じゃなくて家族だから問題ないよ。フクヤちゃん、上手に使ってね」


「はい、承知しています」


(ちゃんと潜入するんだよ)


(そういう選択もあるかもしれません)



 薬屋さんとフクヤさんが何やら小声で話をしている。女の悪だくみだろう。


 フクヤさんの口角が上がっているような気もする。まずい。



「フクヤさん、それで死ねとか死ぬまで動くなとか俺の命に係わるようなことはきけませんから。そのつもりで」


「フフフ。考えておきます。今日は久しぶりに寝つきが悪くなりそうです」



 ただ、フクヤさんが当たりを出したので俺は随分楽になった。あの薬屋さんの機嫌なら俺が外しても笑って済ませてくれるだろう。たぶん。



「君、準備できたよ。一升瓶1本だと寂しいからもう1本、お姉さんは欲しいなぁ。当ててくれるとお姉さん抱き着いちゃうかも」



 結構です。


 さて幾分か肩の荷も下りたので軽い気持ちで開始ボタンを押す。俺はガチャに無駄なタメとかをつくったりはしない。


 製造機が再び動き出した。製造機は俺にどんな沙汰を下すのか?



 ケースの中で光の板が上昇する。


 瓶だ、瓶にはなるようだ。第一段階はクリアしたな。


 そして、光の板がケースの上まで上昇しきると一升瓶が1本誕生した。フクヤさんが出したのと少しラベルが違う。


 フェイクじゃないことを信じて薬屋さんの試飲の結果を待つ。



「君も流石といったところだね。でも、一口。私の一口を満足できなければ…」



 薬屋さんがガンガンタメをつくってくる。気が気じゃない。


 フクヤさんの湯呑を覗いて薬屋さんは頷き、それに新たな一升瓶を栓を開けて傾けた。


 トクトクと透明な液体が注がれていく。それは一口じゃないのではと思いながら液体が湯呑に満たされていくのを眺めた。


 薬屋さんはなみなみと満たされた液体の上部分をそっと口にした。


 一瞬目を見開いたような気がした。すると薬屋さんは液体を零さないように丁寧に湯呑を置き、目の色を変えて俺に抱き着いてきた。



「当たりでしたか?」


「大当たりだよ」



 やっぱりというか、どうしてというか、なぜか抱きしめる腕の力が尋常じゃなかった。緩める気もないのだろう。そのまま―



「ちょっと、ヒロコさん。何をしてるんですか?」



 意識を失った。



「いいんだよ、加減してるし。フクヤちゃんも嬉しいでしょ」


「私は、べ、別に」





 気が付くと、やはり世界が90度傾いていた。頭に何か当たっている。


 体を回転させて上を見ると、またしてもフクヤさんだった。


 すぐに飛び起きようとすると頭を押さえられた。



「本日の稼ぎを振り込みますので口座番号を教えてください」


「あ、はい」



 フクヤさんの太腿を枕にしながら情報端末を取り出し口座情報を表示した。このまま寝てしまいそうなのを何とか耐える。



「確認しました。振り込みましたのでそちらも確認しておいてください。それでは」



 と言うとフクヤさんは立ち上がり、俺はそのままソファーから転げ落ちた。もっと優しく。



「君、気分はどうだい。今度はあばら骨は折れてないと思うよ。2回目だからね。君の柔らかさは学習済みだから」


「そうですか。気分はいいです。フクヤさんは良い太腿をお持ちのようで」


「どういたしまして」



 薬屋さんの機嫌が非常に良い。それに比べてフクヤさんは全くわからなかった。



「君のお酒も私が貰うとして、君は何か欲しいものはあるかい?なんなら、私でも?」


「結構です。えーと、だったら、製造機を使わせてください。マテリアルと設計図はこちらで何とかしますので」


「そんなことでいいの?いいよ、いつでも使ってくれて。もう家族なんだし。アユミちゃんも覚えといてね。このシグレ家の人はうちに出入り自由だから」



 また、安い家族が出たぞ。まぁ、でも、これで小さいながらも自由に使える製造機を確保できた。あとは設計図を何とかできれば。自分で設計図の改造とかできたりしないかな。



「わかりました。シグレ家って他にはどなたがいるんですか?アナザー、なんですよね?」


「それ、それ、聞いてよ、アユミちゃん。こう見えて、このアナザーこれで奥さんが二人もいるんだ。それにフクヤちゃんも加えようとしてるし。隅どころかどこにも置けない男だよ」


「まぁ、そんなに。シグレさんはモテるんですね」


「違います。奥さんでもないただのチームメイトです。実際モテてもいません」


「私は、ここでバイトをしているアユミです。よろしくお願いします。なんなら私も」



 この子もノリがいいな。アオイちゃんみたいだ。



「加えません。ですが、シグレです。よろしくお願いします」


「それじゃ、アユミちゃん。ご馳走の準備、よろしく」


「わかりました。フクヤさんにシグレさん、ごゆっくり」


「お腹はペッコペコですが、もう22時ですよ。俺は問題ないですがフクヤさんやアユミさんは家に帰らなくていいんですか?」


「アユミちゃんは、バイトといっても一緒に住んでるから問題ないよ」


「私も天涯孤独の身ですから問題ありません」


「あ、そう。なら、いいや。で、薬屋さんお酒の味はどうだったんですか?いつものお酒と違っていましたか?」


「君はその身で味わったじゃないか。今更何を」



 骨が折れそうな味か。全く理解できないな。



「じゃ、不安定な設計図の方が美味しいんですね」


「そんな一言じゃ表現できないな。格別だったね。もう普通のお酒は水っぽくて飲めないよ。争いになる理由がわかったかもしれない」


「フクヤさんはアサヒワシを飲ませてもらったんですか?」


「いえ、私、お酒は」


「フクヤちゃんはお酒が飲めないわけじゃないんだけど… まぁ、君の奥さんになったら飲ませてみるといいよ。面白いから」


「薬屋さん、余計なことを言うとあの一升瓶を破壊して逃げますよ」


「君、本当だけど冗談だよ。気にしないでくれ」



 うん?どこかで聞いたことあるようなないような。


 お茶がなくなったので魔法瓶から新たなお茶を湯呑に注ぐ。お茶請けが欲しい。そういえば、机にはビスケットが。



「薬屋さん、あのビスケット食べてもいいんですか?お茶請けが欲しいんですが」


「あ、あ、あれは、実験中のヤツでお茶請けには適さないから、こっちを」



 薬屋さんは、机の引き出しという引き出しを開け閉めしてビスケットを探していた。どの引き出しにもビスケットが入った籠があるように見えた。いろんなところにビスケットがあるようだ。しかし、目的のビスケットではないらしい。じゃあ、あのビスケット達はいったい…



「これ、これ。これならお茶請けにピッタリだと思う」



 フクヤさんはビーカーにお茶をいれて飲んでいた。違和感が半端ない。


 薬屋さんがビスケットをつまみながらお酒をアサヒワシを噛みしめていた。



「このお酒には、これじゃないな。こっちか」



 別のところから、また、ビスケットの入った籠を持ってきた。なぜ、こんなにビスケットが。


 俺はお茶請け用のビスケットを食べながらお茶を飲む。どちらも美味しい。お腹も空いているので素朴なビスケットが凄く深い味に感じられた。



「みなさん、ビスケットを食べ過ぎて私のご馳走が食べられないとか言わないでくださいよ」


「それじゃ、上に移動しよっか。散らかっているけど君も家族だから問題ないね」



 さっきからお腹がグーグーうるさかった。やっとたらふく食べることができそうだ。



「ヒロコさん、刺身はお願いしますね」


「任せときなって。今日はお酒のために凄いのを用意するから」


「いや、すぐに食べたいんです。お腹が。簡単なもので」


「また、また。本当は刺身、食べたいんでしょ?遠慮しなくても」


「遠慮とかじゃなくて刺身も食べたいんですけど別に今日じゃなくても」


「食べられるときに食べる。こういうのは後回しにするもんじゃないんだ。さぁ、居間に移動するっ」



 居間に移動するとフクヤさんもいなくなった。どうやら料理を手伝っているらしい。


 全然散らかっていない落ち着く居間で料理ができるのを待った。




 やっとか。食事にありつけたのは0時前、もう日が変わりそうだった。


 何だかんだ言ってた割にはビールも大量にあった。俺はそのビールをフクヤさんは麦茶、薬屋さんとアユミさんがアサヒワシを飲んだ。



「ヒロコさん、このお酒は人間をダメにします。危険な味です」


「それは私も思うよ。じゃ、アユミちゃんはそれでお終いね。私はもう一合いくから」


「ヒロコさん、それはそれこれはこれです。私ももう一合」



 こうして、二人のダメアース人が誕生した。もう、不安定な設計図からつくられるお酒しか飲めないだろう。


 そしてそれもそのペースで飲んだらすぐに… ざまぁ。


 俺はそれを横目にいつでもどこでも飲めるビールを飲み続けた。やっぱり、ビールだった。



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