56-石棺
部屋を出ると暗闇が支配していた。地下道と違って差し込んでくる光がほとんどない。貴重な差し込んでいる光が線のようになって明暗を分けていた。
防衛隊の人がランプを置いて回るということもないようだ。まぁ、メンテナンスが大変だから当然といえば当然か。
三人が思い思いの場所をライトで照らしている。俺は右肩辺りにライトを吊り下げているので思うような場所に照らすのが難しいというか面倒くさい。
最近知ったのだがこのライト、光が出る向きを少しだが変えられることが分かった。武器屋のマスターも良いライトを教えてくれたものだ。最初は壊したかと思ったがライトの仕様だったようだ。吊り下げているライトの光の向きを念入りに調整する。
近接戦闘種族の二人はいいとして、イケメン地図も普通にライトを手に持っていた。咄嗟に銃を撃つときはどうするんだろうか?それとも地図に専念するというのか。
「ここは、防衛隊ではほぼ未探索だから。そのつもりで。僕は地形把握と地図で忙しいから戦闘はできないと思うよ」
そう言うと、イケメン地図はリュックサックというかバックパックを下ろしてごそごそし始めた。こんな暗いところじゃなくて、さっきの明るい部屋ですればいいのに。
そして、出てきたのはクリップボードだった。イケメン地図は灯りのついたクリップボードを手に持っていた。それには複数の紙が挟まっているようだ。
「キタサトに最初から戦闘なんか期待してないから。それじゃ、行くよ。まずは、この階層を探索してみようか」
木の根が床や壁を破壊し謎の植物が蔓延っている。部屋もあるようだがちゃんと中に入れるのだろうか?
「病院って感じはしませんね。これなら大丈夫そうです。遺跡、ですかね」
「そうだね。なかなか雰囲気がいい遺跡じゃないか。さて、この部屋はどうなっているのやら…」
三つの光が部屋の中を駆け巡る。そこで浮かび上がったものは無数の長方形の箱だった。
【気配察知】先生は静かだ。最近は先生の活躍の場が少ない。
「モンスターの気配はありませんが、油断はしないように」
フクヤさんの言葉を聞きながら辺りを見回す。大きい部屋の中に規則正しく並んでいると思わせる箱というか石棺があった。しかし、蓋のようなものは見当たらない。
「君、こっちにおいで面白いものがあるよ」
薬屋さんが呼んでいる。もう、そんな奥に。どうせ面白くないものだろう。心構えを一応して薬屋さんのもとへ向かった。
薬屋さんは、少し大きめの石棺を指差していた。それを静かに上半身をそらしつつ遠目で覗く。
なかなか立派なローブを着た骸骨が横たわっていた。これまた骸骨はゴブリンタイプのようだが、これはダメなヤツだろう。すぐに石棺から離れた。
「これ、ダメなヤツじゃないですか。絶対に目の辺りが光る流れです。そして、このダメなヤツのおかげで他の石棺から手下が出てきて、ワーとかウーとかなるんですよ。きっと」
「他の石棺には手下のようなものは入っていませんが」
「君、意外と想像力豊かだね。わざわざ、そんなことをしてお化け屋敷でもするのかい、こいつらが」
「え?ダンジョン… じゃなくて異界には罠がつきものでしょ。侵入者が秘密に辿り着くのを妨害するための異界側の防衛手段じゃないですか」
(ますます面白くなってきた。やはり、フクヤちゃんを送り込んで逃げないようにした方がいいかな。なんなら私が…)
「へぇ、そうなんだ。君はこういうのよく知ってるんだ。それとも君の世界では、これが日常なのかな」
日常といえば日常だけど、ゲームの中で。アース人は知らないのか?ゲームとか映画でそういう知識がって、そもそもアースにはないのか。いや、でも、流石に本で冒険ものとかあるでしょ。あるよね?ね?
(あるけど、ないよ)
隙間風だろうか。不自然な音が耳を通り抜けた。不吉だ。
「日常ですけど日常ではありません。そんなことより、今はこれです。これは危険の可能性が―」
「なら、そうなる前にコイツをこうして」
まだ、何もしていない骸骨の頭部を薬屋さんが踏み抜いた。頭蓋骨が粉々に砕け散る。
あ、これは、これで、どうなんだろう。このゴブスケは出番をずっと待ち続けていたのかもしれないのに何もしないまま出番が永久になくなってしまったのではないのか。
これは死んでも死にきれないだろう。いや既に死んでいたのか。ややこしい。成仏しろよ。っていうか、まさか、そっち?
暗い空間の中、目の前を何か白いものが上に上がって行くのが見えた気がする。霧、じゃないよな。
「今、何か見えませんでしたか?白いものとか」
あれ?フクヤさん…
「ゴーストですか?ゴブリンのゴーストでリンゴー。ンゴー。プッ」
一人で楽しそうにしている細目がいた。あの目では笑っているのかどうかわからないが笑っているようだ。目尻が微妙にいつもと違う気がする。しかし、暗い。
すると突然、部屋にある石棺が動き出した。あれ?これが蓋なの?下で何かが続々と動き出したようだ。【気配察知】先生が大はしゃぎである。
「薬屋さん、モンスターです。ゴブリンゾンビといったところでしょうか。リンゾン。プッ」
まだ、楽しそうだ。笑いながらゾンビに苦無を刺している。
「みんな、バラバラはまずいから、こっちに集まって。君は盾なんだから私から離れないの」
盾らしく急いで薬屋さんのもとへ向かう。薬屋さんは、さっきまで隣にいたはずなのにいつの間にか入口近くに移動していた。
その間もゾンビは続々と穴から出てきている。だというのに、イケメン地図は部屋の隅でクリップボードとにらめっこをしていた。この部屋のマッピングにどれだけ時間を割いているのか。しかも、襲われていない。不思議だ。
薬屋さんのところへ戻る途中にハンドガンを抜いてゾンビの弱点を確認してみる。
(よし、ハンドガンを抜いたぞ。今だ。接続開始。これならイヴにも見つからないね)
小さい姿だがおどろおどろしい容姿はゾンビにふさわしかった。
ハンドガンをゾンビに向けてザックリと狙いをつける。
さて、【心眼】先生は―
(繋がったかな?ニイタカヤマノボルヒトゴーヨンロク。ドラドラドラ)
あれ?あれあれあれ。知識が浮かんでくるはずなのに様子がおかしい。
(あのう、どちら様でしょうか?)
(し、【心眼】せ、先生。かな)
間違い電話か?非常識な。
(それで、何用かな)
(えーと、ゴブリンゾンビの弱点を知りたいのですが)
(そんなことね。うーん。あ、頭?)
しかも先生なのに自信がなさげだ。
(頭でいいんですね?)
(いや、し、心臓かもしれない)
(心臓かもって、ゾンビなのに心臓が弱点なんですか?)
(そうだった、そうだった。ゾンビだったねぇ。えーと、弱点は…)
(早くしてください。襲われているんですよ。死んだら責任取ってくれるんですか?)
(そんな、急かさないでよ。慣れてないんだから。って、君のスキルレベル、1じゃん。1なのに、その態度。どうしようかな。別に教えなくても僕は困らないんだよねぇ)
あ、開き直りやがった。これは、いつもの無口な先生ではない。サポートにでも繋がったのか?そんなアホな。
(ゴブリンゾンビの弱点を教えてください。お願いします)
(最初からそう言えばいいんだよ。ゾンビの弱点ってどこだっけ?ま、いっか。弱点は心臓の近くに魔石があるはずだから、それを壊して)
(そんなことして、ドロップの魔石は?)
(君が弱点を聞いたから、僕はそれを教えた。それ以外のことなんて知らないよ。だいたい、スキルレベル1なんだよ自分で考えて。【心眼】先生終わり)
あ、どこかに繋がっていた何かが途絶えた。勝手に繋げておいて勝手すぎる。何だアイツは。バイトのGMか?報告してやろうか。
しかも、教えてくれた弱点も一般的なものでゴブリンゾンビ固有のじゃないよね。それともモンスターによって魔石の位置が違うということなのか。まさか、スキルレベルが1だからとか…
「君、さっきから銃を構えたまま何をやっているんだい。なぜ私が盾の君を守らないといけないのかな。まぁ、いい。このゴブリンゾンビがしぶといんだ。何とかならないのかい、便利アイテム君」
どうやら、薬屋さんが俺を守ってくれていたようだ。意外とやさしい。でも、責任は偽【心眼】先生なので俺は悪くない。
薬屋さんのパンチやキックがゾンビに当たるたびに、当たった部位周辺もろとも吹き飛ぶがそれだけだった。何体か行動不能なゾンビもいるようだが理由はわかっていないようだ。
ゾンビは部位がなくなっても体を動かすことさえできれば、敵に向かっていくようだった。頭すらなくなっているゾンビもいるが、なぜかこちらの位置はわかるようだ。イケメン地図を除いて。
強いというより面倒くさい。そんな、ゾンビが次第に周囲を取り囲んできた。
「えーと、心臓近くに魔石があって、それを壊したらいいそうなんですが。こんなの当たり前ですよね。壊すとドロップが―」
「そんなことですか。なら、これで」
フクヤさんは、苦無とライトをポンチョの中にしまい両手の手の平を上に向けて腰に構えた。あれをするようだ。
というか終わっていた。
一瞬で周囲のゾンビに貫手を放ち魔石を抜き取ったようだ。フクヤさんの左右の腰辺りから魔石が一斉に地面へ落ちる。
思わずハンドガンを持った手で自分の心臓を確認してしまう。大丈夫だった。ついでに抜かれたりはしていなかった。非常に心臓に悪い。
フクヤさんの貫手の範囲外のゾンビを薬屋さんが楽しそうに倒していた。心臓周辺にパンチやキックをして吹き飛ばし穴を開けていた。魔石は、もうダメだろう。
「薬屋さん、魔石が―」
「ゴブリンゾンビの魔石なんて、なくてもいいよ。マテリアルがあれば、それで」
そうか、魔石よりマテリアルの方が重要だった。あれは、体の中に埋まっているわけではないようなので壊してしまう心配もない。
「しかし、まだまだ、出てきますね。まだ、戦えますが、このままだといずれ―」
ゾンビから魔石を抜き取っては地面に捨てているフクヤさんが厳しい一言を漏らした。
その間、俺は二人を見守るだけだった。正確な位置もわからないのにハンドガンや対物ライフルは使えなかった。ハンドキャノンは大丈夫だと思うが弾数に問題がある。
フクヤさんが正確に魔石の位置を掴んでいるのが不思議だった。どうせ、スキルなんでしょうね。フクヤさんのステータスはさぞ凄いことだろう。見たら自信をなくしそうだ。
でも、俺には仲間がいる。イケメン地図だ。イケメン地図も俺と一緒に二人を見守って―
「盾君、あそこの白いものをシルバー弾で撃ってみてくれ。あの天井近くに薄っすらとしているヤツだよ」
イケメン地図が手首だけ動かしてライトを天井に向けて何かを教えてくれたが、よく見えない。
「え?どれですか?」
「あの天井の照明みたいなところの傍だよ。僕はちょっと手が離せないから」
いや、それクリップボードでしょ。離せると思うんだけど。
ライトの光が当たっていても動きのない天井を、イケメン地図が言う通り撃ってみた。
1発目。変化なし。あっ、これはシルバー弾じゃないな。
2発目。うん?何か動いたかな。あ、あれか。
3発目。お、何かが下に落ちていったような。
動いているゾンビを片付けた二人がこちらにやってきた。
「ゾンビが出てこなくなりましたね。あなた、何かしましたか」
「君、流石便利アイテムというだけあるじゃないか。便利だよ」
「いえいえ、違いますよ。地図さんがおかしなものに気づいて、言われた通りにしただけです」
「キタサトは、空間の変化、変遷みたいなのに敏感だからね。あいつは、あれで一応仕事はしてるんだよ」
「ミナイ君、相変わらず失礼だね。伊達に地図を描いているわけじゃないんだ」
「そうかい、じゃ、そのクリップボードを見せてみな。どうせ、ろくなものを描いてないんだろう」
「またまた、失礼だね。ほら、これを見て文句を言えるのかい」
イケメン地図がクリップボードを見せてくれた。確かに、今まで歩いたところの地図が描かれていた。
「地図ですよ」
それを薬屋さんが取り上げて2枚目以降をめくっていた。
「君、これは何に見える?」
しかし、3枚目は、この部屋の絵だった。なぜか端には薬屋さんやフクヤさんも出演していた。フクヤさんの目が細い。
「こ、こうやって絵を描いているから変化に気づけるというか」
「それじゃ、ドロップを回収するよ」
イケメン地図を除いた三人でドロップを回収していく。ハンドガンをホルスターにしまい吊り下げていたライトを手に持って床を探した。
辺りには淡い光を放つ魔石が点々としている。大漁の予感。というか大漁だ。
せっせと魔石を回収し黒いマテリアルを見落とさないよう注意深くライトを照らした。
「フクヤさん、はい、魔石10個とマテリアル1個です」
「フクヤちゃん、これ」
「全部で、魔石36個にマテリアル4個になります」
「なかなかの出だしじゃないか。さっきのゴブリンスケルトンのローブも持って帰ろう」
そう言って、ゴブリンスケルトンのローブをフクヤさんに渡していた。フクヤさんは、当たり前のようにそれを戦利品袋に入れていた。
「そういうのもお金になるんですか?」
「君、そんなことも知らないで傭兵をやっているのかい」
「アナザーの傭兵は知らないかもしれません。薬屋さん」
「そうだ、そうだ。全然知りません」
「それじゃ、教えてあげようかな。こういうのを専門に鑑定しているところがあるんだ。特殊な効果がある装身具もあるからね。この飾りもそうだがローブ自体にも何かあるかもしれない。鑑定した結果、お金にするのも自分で使うのも自由だ。人間産のものは防衛隊で一旦預かるルールもあったりするが、モンスター産のものは基本的に拾った人のものだからね」
な、なんと、実にファンタジーっぽいものがこのゲームにもあったとは。
今まで全部、スルーしていました。気にも留めていませんでした。走馬灯のように、走馬灯のように… あれ?そんなにスルーしたものってなかったかな。安心した。今日もゆっくり寝れそうだ。
急に薬屋さんやフクヤさんの装備がマジックアイテムのような気がしてきた。
あのポンチョが怪しい。非常に怪しい。見た目以上に収納できるポケットとかついてたりして… フクヤさんのポンチョを凝視する。
「これが気になるんですか?着たいんですか?店の新商品ですけど。私が着ていないときに着るのならお売りしますが。買います?」
「いえ、大丈夫です」
違ったか。やんわりペアルックも否定してきたな。じゃ、薬屋さんの白衣が―
「これは、ただの白衣だよ。薬屋っぽいだろ?」
紛らわしい。普通、白衣で格闘しないだろ?格闘が薬屋っぽくないんだからな。
「なんだい、盾君。特殊な効果がついた物を探しているのかい」
「やっぱり、マジックアイテムは貴重なんですか?」
「盾君の世界ではマジックアイテムって呼んでいるのか。確かにそんな物だ。タネはないんだがね」
「君は、マジックアイテムって呼ぶのか。そうか、そうか」
(マジックアイテムねぇ。言い得て妙だね)
「それで、盾君。マジックアイテムは貴重なんだが、あるんだよ。ここに」
「どれですか?そのアサルトライフルのマガジンが無限に―」
「このクリップボードが、そのマジックアイテムだよ」
あ、そう。リュックサックからおもむろに水筒を取り出す。
喉が渇いたので水を飲む。お茶でした。とても美味しい。
「このクリップボード、絵や文字を描くと下に新たな白紙の紙が生まれるんだ。凄いだろう。物理法則完全無視だよ」
「薬屋さん、次行きましょう」
「そうだね。行こう、行こう。その前に」
水筒を取られた。全部飲んだらグレる。
薬屋さんはお茶を一口二口飲んだところで返してくれた。水筒を丁寧にリュックサックに入れる。
「それでは、キタサトさん失礼します」
さて、次は何が待ち構えているのか。いないのか。未だ見ぬマジックアイテムに俺は出会えるのか。ワクワクする気持ちを抑えて薬屋さんのあとを追った。




