52-午後のお茶
やっと、帰ってこれた。都市の南端に行くだけなのに無駄に疲れた。俺はずっと側車の中だったけど。これ、本当に俺が運転できるのはマユミさんがいないときだけなのでは。
しかし、収穫もあった。お昼を浜辺近くのカレー屋で食べたのだが、とても美味しかった。トッピングが選べないタイプのカレー屋だ。
俺が注文したのは防衛隊カレーで、いわゆるシーフードカレーだった。この辺りで獲れる海の幸がたくさん入っていたのかもしれない。やっぱり、カレーにはイカだと再認識させられた。
マユミさんもカレーの味に大変ご機嫌で、スキをついて運転を代わってもらおうとしたが却下された。
そのくせ簡単な道なのに迷う。楽しそうに迷ってアオイちゃんに道を聞いていた。もう、わざと迷っているとしか思えなかった。俺だけ仲間外れ気分を味わいながら側車の床の簀の子をふみしめていた。
「シグレ、シャッター開けてくれる?」
「了、解」
どうやらシャッターの鍵は、かかっていなかったようだ。無駄なことをしてしまう。そして、上まで上げると下ろすのが面倒そうなシャッターを上げた。
「おおお」
建物の1階部分が全部ガレージなので当然広いのだが普通に感動してしまった。これなら装甲歩兵とか歩行戦車、置けちゃうよねぇ。部品製造機とかも、欲しくなっちゃうよねぇ。デヘヘヘヘヘ。
「気持ち悪い。そこどいて。轢くわよ。轢くって字は象形文字ではないから字の通りのことは普通起こらないのだけど。変な笑い方をしているシグレを見るとぶつけたくなるわ。不思議ね。予言かしら」
俺のズボンにバイクの前輪をぶつけながら言う長いセリフじゃないな。象形文字がどうとか知らんがな。
「わかりました。でも、もう半分轢いてますよね」
「大丈夫。バイクに傷はついてないわ。それとも続きのゴリゴリする?」
マユミさんにバイクでゴリゴリされる前に場所を譲る。
マユミさんはバイクをガレージに入れて、バイクを降りタンクの蓋を開けると魔力結晶ケースを取り出していた。
「マユミさん、それ、どうするんですか?」
「どうするって、鍵は普通抜くでしょ」
「そ、そうですが。抜いた鍵はどうするんですか?」
「どうするって、普通鍵を抜いたらしまうでしょ」
「どこに?」
「ここに」
え?そこに入れるんですか?いくらなんでも入らないでしょ、それは…
「どこ見てるの?入るわけないでしょ。これは私とアオイちゃんの姉妹部屋に保管するから安心して」
「えーと、俺がバイクを使うときはどうすれば」
「そうね。申請して」
「え?」
「申請。私かアオイちゃんに」
よし、アオイちゃんを懐柔しよう。ガレージにラムネの水槽でも用意すれば簡単だろう。お金ないけど。
「わ、わかりまし、た」
「って、ウソよ。冗談。真に受けないで。そんなことするわけないでしょ。それじゃ、私が鬼みたいじゃない」
鬼ですが。
「ということは、それは、俺の手に―」
「それはイヤなので、これは居間のわかりやすいところに置きます。使用したらもとに戻すように」
よし、よし。これならマユミさんがいないときは普通に乗れる。マユミさんにしては俺よりの着地点だな。何かあったのかな。
「わかりました。マユミさんこそ忘れて部屋に持ち込まないでくださいよ」
「わかってるわ。アオイちゃんはバイクに乗りたくなったら私かシグレに言いなさい」
「はい、はーい。了解です」
アオイちゃんを横に乗せて走るのもいいかもしれない。運転してると話相手が欲しくなるときもあるからな。しかも、ナビができる。
ガレージで今後を左右する重要な話をしているところに危険な二人組が現れた。この物件はいろいろな面で最良の物件だったが一つだけ欠点があった。そこそこ命に係わる欠点だった。
「君、引っ越しおめでとう。お祝いに来たよ。普通はそっちから来るんじゃないのかな」
今日は眼鏡をしているみたいだ。黙っていれば知的に見えたかもしれない。
「ご近所づきあいがなってませんね」
今日は以前とデザインが違うポンチョコートだ。その下には額から血が出る根源があるに違いない。今も血を求めていることだろう。
「あいさつするほど近くはないですよね。薬屋さんのところは」
「そこは私と君の仲じゃないか。距離なんて関係ないんだよ」
いきなりの超理論かぁ。さっそく疲れるぞ。
「シグレ、この方達は?」
「えーと、こっちが蛇で、その隣が服屋の店員さんです」
「ワタシ、服屋さん知ってます。この服のときにお世話になりました。シグレさんと知り合いだったとは」
あれ、セーラー服ってあの店にあったんだ。見なかったんだけど。
「その服は裏商品ですから、似合う人にしかお見せしていません。とても、よくお似合いです」
「それにしても君、その紹介はあんまりじゃないかな。蛇って。お姉さん悲しい」
「俺は、あなた達の名前を知らないので仕方ないですね」
「あれ?自己紹介してなかったのか。そうか、そうか。それじゃ、私はミナイで、こっちがフクヤちゃん。よろしくね。新婚さん」
「誰がフクヤですか。フクタニです」
「誰が新婚ですか。チームメイトです」
「あれ、新婚さんじゃないの?この子は義妹でしょ」
「違います。マユミさん、ちゃんと否定してください」
「ワタシはセンパイの妹でいいんですが、義妹ではありません。強いていうならお嫁さんの方で」
「私が正妻でアオイちゃんが愛人でしょ。おかしなこと言わないで」
「センパイが姑でワタシが姑のいびりを耐えながら夫と貧しいながら強く生きる嫁です」
「えーと、あの二人はほっといて。姑がマユミさんで、いびりを耐えているのがアオイちゃん。んで、俺が―」
「君の名前はいいよ」
「必要ありません」
「え、そんなぁ。聞いたら気分が晴れるかもしれませんよ」
「雨男のくせに。それで、この家庭はお客にお茶も出さないのかな。しかも、こんなところで長話とか」
いきなり、人の家に来ておいてお茶を催促するとは、流石。蛇だ。
「はい、はい。それじゃ、ミナイさんにフクタニさん。家に上がってください」
「それじゃ、フクヤちゃん。お邪魔させてもらおう」
「そうですね。薬屋さん」
「フクヤちゃん、私の名前は?呼んでくれないの」
「普段と同じ呼び方をしているだけですが。何を今更。それと私の名前はフクタニです」
「何を今更、フクヤちゃんのくせに」
「あのう、揉めるなら薬屋でやって欲しいんですけど」
「うん?普通の会話だけど。おかしなところがあったかな」
「普通の会話ですね。いつも通りです」
あっちで昼ドラを繰り広げている二人に声をかけた。そろそろ止めないと2シーズン目に入って夫の不甲斐なさを姑と嫁が結託して責めてくることになる。正直面倒くさい。
「マユミさんとアオイちゃん、お客さんにお茶を出して欲しいんだけど。俺じゃ勝手がわからなくて」
「シグレ、わかったわ。愛人がうるさくて」
「シグレさん、姑のお茶より嫁がお茶をいれますから」
そう言って二人は2階に上がっていった。
バイクから対物ライフルを降ろしてガレージの外に置く。
「君、大変そうだね」
「ホント、大変なんです。それとフクタニさん、あの二人が前に言っていた知り合いの女の子ですから暗殺とかやめてくださいよ。あんなでもチームメイトですから」
「人聞きが悪いですね。選んでいると言ったはずです。それに、あなたへの準備は着々と進んでいます。期待していてください。それと、私のことはフクヤでお願いします」
フクヤの方がいいんだ。変わってるな。紛らわしくないのかな。
「そういうのは期待していません。死んでしまいます。降参するのでやめてください」
爆弾が四人になった。生きた心地がしない。
ガレージのシャッターを閉めて対物ライフルを担ぎお客さんをつれて家に上がる。
「どうぞ、上がってください」
「それじゃ、お邪魔するよ」
「一応、お邪魔します」
一応って。
「ここが居間です。そこに座って待っていてください」
昨日からあった家具が、このテーブルといくつかのソファーだった。お客が十人くらいでも余裕だ。お客さんには適当に座ってもらう。
「これが、お祝いのビスケットだよ。美味しいよ」
「これは普通のビスケットですね。味は美味しいでしょう」
そりゃあ普通のビスケットでしょうよ。台所に貰ったビスケットを届ける。あとは昼ドラコンビがやってくれることを期待しよう。
居間に戻ってお客の対面に座る。
「それで、今日は何の用ですか?メールは届いてませんよ」
「まぁ、まぁ、そんなに急がない。お茶を待とうよ」
完全に長居するつもりだ。用事を済ませて早く帰って欲しい。薬屋さんはマユミさんと揉めそうで気が気じゃない。
「この建物… 中は洋風なんですね。あなたにはもったいない」
「フクヤちゃん、ズバッと言い過ぎだよ。オブラートに包んであげようね」
「大丈夫です。慣れてますから。それより早く帰ってください」
「君も、お客さんにズバッと言うね。でも、大丈夫。こっちも慣れてるから」
ちっ。
「お茶が入りました。遅れてすみません」
マユミさんがお茶を、アオイちゃんがさっきもらったビスケットを器に入れて持ってきた。
「待ったかいのあるお茶を期待してるよ」
勝手に待っておいて、それか。あのお茶に塩でも入れるか…
マユミさんがいれてくれたお茶を飲む。
「お!美味しいですね、このお茶。マユミさん、やりますね」
「シグレさん、大家さんのところで貰ったお茶です。センパイの実力じゃ―」
「アオイちゃん?」
「シグレさん、ホントだけどウソです」
対面の方を窺うと眼鏡を曇らせながらお茶を飲み、うなっているギリギリお姉さんがいた。
フクヤさんはというと湯呑の持ち方が丁寧丁寧というか、そんなにかしこまらなくてもって感じだった。
「待ったかいがある味だね。合格だよ、君」
「ま、合格にしておきましょう」
何様なんだよ、この二人は。適当に合格とか言えば、かっこうがつくとでも思っているのか?
「お茶をいれたのはマユミさんなんだから、マユミさんに言ってあげてください」
なぜか俺を挟むように座った右側のマユミさんが応えた。
「そんなことは、どうでもいいわ。それに美味しいビスケットをいただいたことだし」
「このビスケット、とても美味しいです。高価なビスケットなんですか?」
「それは私の手作りだよ。薬屋にくれば、またあげるよ。たくさんあるからね」
俺には1枚しか、くれなかったくせに。
「それで、お茶、飲んだでしょ。もう帰ってください」
「君、つれないね。まぁ、いいか。それで、明日なんだけど盾を借りたいんだ。どっちが奥さんかわからないけど、いいかな?」
「盾って、この便利アイテムですか?明日なら、構いませんよ。こき使ってください」
扱いのひどさに、やけお茶をしたくなる。
「シグレさんって、あちらでは盾をやってるんですね。流石です。頑張ってください、盾を。ちなみに嫁はワタシです」
「アイツって人の都合がついたんですか?」
「そうそう、アイツはあれでも防衛隊の人間だから難しかったけど何とかしたよ」
かわいそすぎる。たぶん、俺と同じで何かのアイテムなんだろうなぁ。
「それでは、奥様方。盾を明日お借りします。壊れてもお返ししますので、よろしくお願いいたします」
「シグレ、頑張ってね。きちんと体を張って守るのよ」
「シグレさん、頑張ってください」
(私とアオイちゃんは、明日朝から千葉デスティニーランドだから)
(シグレさん、お土産は持ってこれませんが、その分お姉ちゃんと楽しんできます)
こ、い、つ、ら。人が盾をやっているときに…
「で、何時に何処へ行けば」
「9時に薬屋の前で待ってるよ。来なくても迎えにくるから。それに食事くらいは用意してあげる。何でも最近氷河期だそうじゃないか。でも、ご馳走はしてもらうからね」
いろいろ調べているな。俺なんか調べても何も出てこないのに。
「わかりました。9時に薬屋ですね。ほら、帰った。帰った」
「じゃ、君の用事は済んだので行っていいよ。便利アイテムでも自分の部屋くらいはあるんだろ」
「え?俺が行くんですか?」
「だって、私はそこの奥さん達と話をしてないし。これからは女の時間だから。君はいらないよ」
「さぁ、行ってください。邪魔です」
ずがーーーん。
「じゃ、マユミさん。バイクの鍵を」
「早く部屋に戻って」
「シグレさん」
渋々自分の部屋に戻ることに。バイクの鍵も貸してもらえないし部屋で何をしようか。
時間は14時半すぎ。もう、ログアウトするかなぁ。いや、ガン賢をしよう。
自分の部屋なら邪魔も入らない。今日こそはガン賢でハイスコアをアサヒ都市に刻んでくれる。
情報端末を取り出してガン賢を起動する。弱いくせにタイトル時点で俺を煽ってくる賢者君。見てろよ。
時間は15時25分。1時間は頑張ったか。ようやく、1000位以内のスコアが出せた。やったぜ。
「プッ、987位ですか。ランキングは10位以内しかないと思っていました。987位ですか、プッ」
「あのう、ここ俺の部屋なんですけど。いきなり音もなく人の背後に回るのはどうかと思いますけど」
「奥様には許可をいただいたので問題はありません。その他は、あなたが未熟なんでしょう。しかも、987位ですか」
「987位も立派なんです。じゃ、フクヤさんは何位なんですか?そんなに言うなら、さぞ凄いんでしょうねー」
「ランキングを表示してください。そして自分周辺ではなく上位のランキングにしてください」
「し、ま、し、た。1位はナギって人ですね。2位は―」
「そのナギが私です。わ、た、し」
「また、またー。フクヤさんにしては面白くない冗談ですね」
フクヤさんが俺の前に回り情報端末を出して待ち受け画面を表示して見せてくれた。
待ち受け画面には”ナギ”と表示されていた。
その後ろで部屋の扉を開けて薬屋さんが入ってくる。
「いやいや、そんなまさか。胸は確かにナギって感じですけど」
瞬間、冷や汗が大量に出る感覚に襲われる。やっちまった。この人には言動に気を付けないと命を狙われているんだった。
フクヤさんのポンチョの中から苦無が俺の額に向けて進んできていた。
それを情報端末を手放して両手で白刃取りする。
間に合え、間に合え、間に合う、間に合った。
何とか白刃取りには成功した。が、フクヤさんの左手は既に腰の位置で力を溜めているようだった。どこを狙っているかわからないが、どこにでも当たるだろう。
これで死にそうになったら、ダイイングメッセージに”胸はナギ”って残してやる。
「はい、そこまで!」
ゆっくりとした世界に奇妙な音が響き、それが次第に声となって聞こえてきた。時間がもとに戻ったようだ。
助かった。
「薬屋さん、この不届き者は始末した方が」
「君、今度は何をしたのかな?」
今度はって前回は何もしてないのに襲われたんだが。しかし、まずい。今回はやっちまった。
「胸がナギって感じと言いました」
「あーあ、それはいけないねぇ。やっちゃったねぇ。奥さん達、旦那をどう思います?」
あ、マユミさんとアオイちゃんまでいる。終わったかもしれない。
「シグレ、あとでどうなるかわかってるわね。でも、まずナギお姉様に謝って」
「シグレさん、お姉様に謝ってください」
凄い流れだが、しょうがない。
「す、すみませんでした。次から気を付けます」
「ここは奥様方に免じて許しますが、次はありませんから。マユミ奥様、あとはよろしくお願いします」
フクヤさんの口角が静かに上がっていく。
「ありがとうございます。この人にはあとできつく言い聞かせますので」
「シグレさん、覚悟してください。センパイはやる気です」
「ただ、フクヤさん。あの順位は使ったでしょ。力を」
「私が私の力をどう使おうと問題はないはずです」
「ぐぬぬぬ」
なぜか、マユミさんとアオイちゃんはすっかりあの二人と仲が良くなっていた。もう、味方はシモン君しかいないのかもしれない。
ほどなくして薬屋さんとフクヤさんはチームハウスを去っていった。玄関であの二人の帰りを見送るとき、マユミさんから何か恐ろしいものを感じた。
「ふぅ、やっと帰りましたね。散々人の家で好き放題して。それにしてもマユミさん助かりました。あのとき、うまく収めてくれて」
「シグレ、装備を外しポーションを持って空き部屋に来なさい。いいわね」
「え?ホントに何かやるんですか?さっきのは二人の前での方便では」
「シグレさん、お姉様を裏切るようなことするわけがありません。覚悟して部屋に行ってください」
終わった。いや、既に終わっていたのだろう。
自分の部屋で装備を一つずつ外していく。走馬灯のようにフクヤさんのこれまでの行動が浮かんできた。
ハーネスのポケットからポーションの入ったスキットルを取り出して右手に持ち自分の部屋を出る。
こんなことに使われてはいけない部屋の扉をノックする。絶望の音がした。
「どうぞ」
「あのう、さっきは言い聞かせるって」
「まず、扉を閉めてそれをこっちに。あなたの体に言い聞かせるのよ」
言われた通りにする。時間が遅くならない強烈な冷や汗の感覚が襲ってきた。時間が遅くならなくて良かった。もし遅くなっていたら苦痛の時間だけが…
し、しかし、そ、そんなに悪いことをしたのか。
なぜ、こんなことに。もしかして、フクヤさんは最初から、これを…
「それじゃ、覚悟はできているわね。行くわよ」
マユミさんが鋭い踏み込みで俺に近づき―
「ああああああああああああああああああああ」
その日、寂れた商店街に男の絶叫が― 響かなかった。霧がかき消したようだ。霧すら味方ではなかった。もう、助けは来ないだろう。
しかし、一部気持ちのいいけしからん技があったことを後世に伝えておきたい。
「まだ、終わりじゃないわよ。今夜は関節技のフルコースだから」
「ぐぅおああああああああおおおおおおええお」




