50-ハグ
武器屋の奥の工房に集まるアナザー三人とアース人二人。トシコちゃん、お店は大丈夫?
アナザー三人とアース人一人の開始ボタンを見つめる目が真剣だ。
赤く点滅しているボタンが開始ボタンなのだろう。
「シグレ、それは違う。それを押すとお嬢さんにハチの巣にされるぞ。緑色に点滅しているのが開始ボタンだ」
なぜ、わかったのか?まぁ、いい。マスターの謎の鋭さによって一命をとりとめた。
マユミさんの目が魚の目になっている。
アオイちゃんの表情は暗い。
俺は赤いボタンが気になった。
マスターの目がオヤジとは思えない輝きを放っている。
トシコちゃんはコーヒーが美味しそうだ。光学照準器なんかどうでもいいようだ。まぁ、そうだろう。それが正しい女子の反応だと思う。
「受け取る順番で、くじを引きましょうか。マユミさんから、どうぞ」
「そ、そうよね。受け取る順番は決まっているのだから、誰から引いても同じよね。じゃあ、引くわよ。無心、無心、光学」
無心で開始ボタンを押したいようだが煩悩に負けたようだ。
部品製造機のガラスケースの中では光の板みたいなものが下から上へと上昇していき、それに合わせて何かが下から形成されていく。リアルで見たことのあるものとは構造も違っていれば形成スピードも違っていた。素晴らしい。
素晴らしいのは部品製造機だけだった。
出来上がったものは完成品なのに完成品ではない何か。だった。マユミさんの煩悩が表現されたのか、とても銃の上にのせたくはないものがガラスケースの中に存在していた。
マスターが笑いを堪えながらガラスケースの扉を開けて何かを取り出した。開始ボタンの緑色の光が消える。
「お、お嬢さん。ほ、ほら… プッ」
「だから、言ったでしょ。ガチャなんて、ガチャなんて…」
マユミさんは、何かを受け取り椅子を探して力なく座った。そして、何かを見つめながらコーヒーを飲み始める。
マスターが部品製造機のガラスケースの扉を閉めた。開始ボタンが緑色の点滅を取り戻す。
「準備はできたぞ。ほら、次」
「はい、ワタシです。押し、ます」
アオイちゃんは潔かった。光学照準器に対してもそんなに思い入れはないのだろう。それが結果に現れたようだ。
部品製造機のガラスケースの中、光の板が作り出したものは― チューブタイプのドットサイトだった。アタリを引いたようだ。
工房に黄色い声がエコーする。アオイちゃんにマユミさんが抱き着いて叫んでいた。
コーヒーカップの隣に置かれた何かに哀愁が漂う。
「センパイ、やりましたよ。メロンパンは決まりですね」
「アオイちゃん、よくやったわ。メロンパンなんて口に入らなくなるほど詰め込んであげるわよ。ホントに凄い。ありがとう、アオイちゃん大好き」
そこに、ガラスケースから取り出したドットサイトを持ってマスターがやってきた。
「ほら、いらないのか?」
「いらないわけないでしょ。って、あ、ありがとうござい、ます」
マユミさんはドットサイトを持ちアオイちゃんをつれてコーヒーカップのもとへ戻った。
これで、マユミさんの機嫌は確保できたのでメインイベントは終わった感じだな。あとはアオイちゃんの分を確保できればいいんだが… マスターはどうでもいいや。
「次はマスターですよ。頑張って。期待はしてませんから」
「おぅ、わかってる。き、緊張するな、これは。じゃあ、押すぞ」
マスターはボタンの前を行ったり来たりしていた。ブツブツと念仏のようなものが口から出ている。
決心がついたのかマスターが右腕を大きく振り上げた。
と思うと右腕が力なく降ろされる。マスター、マスターのくせに時間かけすぎ。
今度はマスターの左腕が上がった。よし、今度こそ。
マスターは豪快にボタンを押すと思いきや優しくボタンを押した。部品製造機は大切なものらしい。
部品製造機のガラスケースの中、光の板が上昇していく― どうやら、爆発を表現した芸術品ができたようだ。これを銃にのせると標的を見ようとするたび笑ってしまうだろう。爆発しそうだ。
マスターがガラスケースの扉を開けて爆発を取り出していた。背中に哀愁が漂っている。それでも、マスターは爆発を机の上に置いて扉を閉めた。
「マスター、もう開始ボタン押せるんですか?」
開始ボタンが緑色の点滅を元気よく繰り返している。
「押せるぞ」
「じゃあ、ポチッとな」
「おまえ、タメとかないのか?そんな、あっさり押すなよ。もったいぶれ」
「こういうのは考えるスキを与えてはダメなんですよ。マーフィーさんも動き出すし」
「マーフィーさんって誰だよ。アナザーのお偉いさんか?」
「いいんです。ほら、出来たみたいです」
光の板が作り出したものは― 本日二つ目のドットサイトだった。さっきのとは少しだけデザインが違うような気もするが使えれば問題ないだろう。
思わずガッツポーズとかをしたくなるが、ここはあえて平然を装う。が、心の中ではガッツポーズを取った1ダースの俺がコサックダンスを踊っているところだ。
マスターが嬉しくなさそうにドットサイトを渡してくれた。
「アオイちゃん、はい。アオイちゃんのドットサイトだよ」
「あ、ありがとうございます。とても嬉しいです」
アオイちゃんがドットサイトを受け取らずに抱き着いてきた。ブホホホホホ。
顔が緩むのを必死に堪える。マユミさんも今だけは許してくれたようだ。暖かく優しい視線を感じる。
「アオイちゃん、みんな見てるよ。はい、これ持ってマユミさんのところへ」
「本当に嬉しいんです」
(今度、マユミさんの最新情報をあげますね。期待してください)
小声で問題発言を残してマユミさんのもとへドットサイトと一緒に戻っていった。長時間抱き着かれると大変なので非常に惜しいが短めでやめておこう。
今日はいい日だなぁ。
「おい、トシコ。おまえの番だぞ。アタリを引いたら臨時で小遣いを出す。この前、店のエプロンがどうこう言ってただろ。それも許す」
「お父さん、そんなこと言っても神様は見てるよ。当たるかどうかは神様にお願いして。私はボタンを押すだけだから」
「わかった、わかった。なら、ボタンを押せ。これだぞ、間違えるなよ」
マスターだけが必死だ。俺はもう大役を全うしたので、正直どうでもいい。
トシコちゃんは餌をぶら下げられていたが、食いつく風でもなかった。良い娘さんだことだ。
トシコちゃんは部屋の灯りをつけるくらいの軽い気持ちでボタンを押す。そのあともガラスケースの中を見るでもなくコーヒーカップのもとへ戻っていった。
これは来るな。
部品製造機のガラスケースの中では、ボタンを押していない人の思惑がぶつけられた光の板が仕事をしていた。
そして、また少しデザインが異なるドットサイトが現れた。マスターが喜んでいる?
ガラスケースの中を見つめたまま動かないおじさんがいた。横から覗いてみる。
な、泣いてるし。あ、振り返った。お、トシコちゃんに抱き着いた。親子だと知っていないと犯罪だな。いや、これもギリギリ犯罪にするか…
「ちょっと、お父さん。やめて、みんなが見てる」
「お父さんはとても嬉しい。トシコを生んだ母さんもよくやった。よしよし」
「頭触らないで。髪が」
犯罪が続くな。犯罪、止めるか。
「マスター、それ犯罪ですよ。それとドットサイトを取り出さないんですか?何かの拍子に壊れたりしたら」
「お、おぅ、そうだな。これは、もう俺のもんだからな。返さんぞ」
「わかってます。そういう約束ですから。そのかわりサービスしてくださいよ」
「そ、そうだな。任せとけ」
マスターが大事そうにドットサイトを取り出し爆発の横に置いた。爆発は何かと一緒に明日は来ないと思うけど今日を頑張って欲しい。
マユミさんがマスターのところへドットサイトを持って近づいた。
「マスター、この大きさの電池ってある?」
とうとう、マユミさんも”マスター”と呼び始めた。これで、アオイちゃんも”マスター”と呼ぶだろう。喫茶店らしくなってきたぞ。
「おぅ、あるぞ。しかも魔力電池の方がな。待ってろ。取ってくる」
「マユミさん、ボタン電池なんですか?」
「そうみたい。単三でもよかったんだけど。嬉しい誤算ね」
「アオイちゃんのも?」
「そうね。基本は同じみたい。シグレ、ありがとね。アオイちゃんのを当ててくれて」
「いえいえ、そういうルールでしたし俺にはドットサイトを生かせそうな銃はないので。それに、こういうのは自分のために引くと当たらないもんなんです」
「そう。そう言ってくれるなら、ありがたく受け取っておくわ」
「おい、持ってきたぞ。あっちの嬢ちゃんの分もあるぞ。こっちが充電器だ。ほれ、これは、サービスだぞ」
「ありがとうございます」
「お、俺にも使い方を教えてくれよ。サービスしたんだからな」
「それじゃあ、あっちで説明するので移動しましょう。シグレも見る?」
「ええ、一応」
マユミさんのドットサイト説明会が始まった。
調整の仕方やドットの形状や色の変え方等を丁寧に説明していた。
「おいおい、これすげえじゃねぇか。アナザーはこんな照準器を銃につけるのが普通なのか?流石アナザーだな」
「いやぁ、それほどでも」
「おまえには言ってないがな」
「シグレさん、ほら、この点が動くんです。これが面白いんです」
「アオイちゃんはレールを何とかしないとね。マユミさん、アオイちゃんのレールを」
「わかってるわよ。近いうちにカスタムショップに行くから待ってて」
「はい、わかりました。トシコちゃん見てこれ、面白いよ」
そこにマスターの奥さんらしき女性が入ってきた。こちらはトシコちゃんのお母さんであることを疑う余地はなかった。マスターはうまいことやったようだ。
「みなさん、お昼はどうします?」
「おぅ、シグレとお嬢さん達も食べていけ。母さんの料理は美味いぞ」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
「お母さん、お手伝いするね」
カンダ家でお昼をご馳走になった。
これぞ、ザ・和食という感じの素朴で深い料理だった。マユミさんがうなっていた。
「「「ごちそうさまでした」」」
「お粗末さまでした」
マスターが情報端末を取り出して何かを始める。そして、財布が出てきた。
「トシコ、ほら、小遣いだ」
「お父さん、ありがとう」
「あなた、人様の前でそんなこと…」
「いいんだ。これは、こいつらの前でした約束だからな。それと、お嬢さんにはマテリアルのチャージの買い取り分だ」
「いつでも良かったんですけど」
さて、これでお暇しますか。これ以上の長居は営業の邪魔にしかならないだろう。
「それでは、マスター。俺達はこれで。今日はありがとうございました。マユミさんも用は…」
「ええ、済んだわ」
「ワタシも大丈夫です」
「おぅ、また来い。アレのことでわからないことが出てきたら教えてくれ」
対物ライフルを回収して店の方から外に出た。
店は閉店になっていた。店の前には客らしき傭兵が何人かいたみたいだ。不思議そうに店から出てきた俺やマユミさん達を見ていた。
「これから、どうするんですか?カスタムショップですか?」
「センパイ」
「アオイちゃん、大丈夫。シグレ、公園に行くわよ」
「日課ですか?それなら、別に」
「いいから、ついてきて」
「ほら、シグレさん。行きますよ」
傭兵通りを進み裏通りに入って、いつもの公園にやってきた。噴水の石像が懐かしい。
せっかくだし日課でもこなすか…
「何してるの?こっちよ」
すると、マユミさんとアオイちゃんは公園を通り過ぎて隣の小さなビルで足を止めた。
「今日から、ここが私達の家よ」
「シグレさん、チームハウスです」
マジか。ここは1階がガレージにできるなら最適な物件だと目をつけていたところだ。すっかり忘れていた。
「1階はガレージになってたわ。さぁ、抱き着いてもいいわよ」
あまりの嬉しさにアオイちゃんに抱き着いた。今日2回目だ。
「シグレさん、ワタシじゃなくてセンパイの方に」
「シグレ、何してるの?関節が曲がらない方向に曲がるわよ」
(シグレさん、早く。タイミングを失うと、それこそ危険です)
「で、では、し、失礼します」
非常にやりにくいが、これも関節のためだ。マユミさんに恐る恐る抱き着いた。柔らかいです。ゲヘヘヘヘヘ。
「はい、おしまい」
「ありがとうございました」
いや、アオイちゃんもマユミさんも良い体をお持ちです。
「それじゃ、中に入るわよ。これが鍵、渡しておくわ。二つあるけど一つはガレージのシャッターの鍵よ」
シャッターが閉まっているガレージの隣、建物の外の階段から2階に行くようだ。二人の後ろをついていった。
マユミさんが玄関の扉の鍵を開けて入っていく。対物ライフルを置いて土間で靴を脱いだ。
「シグレの部屋はここよ」
案内された部屋は四畳半だったが大満足だ。狭いのがいい。玄関から対物ライフルを持ってきて窓の下に置いた。ついでにリュックサックも置いていく。
「マユミさんは?」
「私とアオイちゃんは、こっちの部屋。シグレより広い部屋だけど二人だから。文句を言わないでよ」
「文句なんて言うわけないじゃないですか?」
「契約はちょうど今日からで今月分の家賃は払っているわ。今月から毎月4万YENを私に払うこと。今月分はサービスしておくわ」
そうか、今日から5月なのか。早いな。しかも、家賃が。
「ここって、そんなに安いんですか?もの凄く高いと思ってたんですけど」
「普通は高いらしいのよ。でも、アナザー優遇施策とかでアナザーに貸すなら安くできるとか言ってたわ」
アオイちゃんがマユミさんの隣にやってきた。
「ワタシとセンパイが探したんですよ。最後に行きついたのが面白いところでしたけど」
「いやぁ、二人が眩しくて直視できない」
「抱き着いていいわよ」
「ワタシも」
二人同時に抱き着いた。デヘヘヘヘヘ。
今日はホントにいい日だなぁ。
「「はい、おしまい」」
「ありがとうございました」
「どういたしまして。それで、最低でも料理ができるようにはするわ。風呂とトイレの掃除はシグレに任せたから」
「頑張ります。というか、風呂ですか…」
「何を考えているの?目、つぶすわよ。銭湯もいいけど、ゆっくり人目を気にせず入りたいこともあるのよ。そして、覗いたら目つぶすから。ログインするたび」
こわっ。白い世界から一転黒い世界に変わるのか。き、気を付けよう。出来心が目を滅ぼしてしまう。
「シグレさん、頑張ってください。ワタシもお風呂大好きです。ここのお風呂はそこそこ大きいですから気合を入れてくださいね」
「ぜ、善処します」
「それで、バイクの引き渡しはいつなの?もうそろそろでしょ?」
「あ、明日になります。お金がギリギリありますが、足りない可能性もあります」
「そう、それじゃあ。明日三人でバイク屋に行きましょうか。アオイちゃんも大丈夫よね?」
「もちろんです」
「シグレ、明日も9時までよ。ログアウトは自分の部屋でしなさい。いいわね」
「は、はい。出待ちはお手柔らかに」
「それは、あなた次第でしょ」
「そうですねー」
「アオイちゃん、今からカスタムショップに行くわよ。シグレはついてくる?」
「あ、はい、一応興味はあるので」
「では、行きましょうか」
対物ライフルは部屋に置いたまま銃のカスタムショップに行った。チームハウスの立地のおかげで、すぐに着いた。場所はいつか覗いた店だった。予想通りだ。
マユミさんは常連なのか一見怪しい店長さんとスムーズに話をしている。アオイちゃんのサブマシンガンのカスタムの話だ。
話を聞いているとリアサイトのついているカバーだかケースをレールをつけたものと交換するようだ。
アオイちゃんも真剣に話を聞いていた。これでアオイちゃんも銃を好きになってくれるとこのゲームをもっと楽しめることだろう。
意外と早くできることにアオイちゃんが驚いていた。俺も驚いたが、さっきその理由を見た気もするので、すぐに納得できた。
カスタムショップの帰りは三人がバラバラになった。
俺は雑貨屋に行って風呂とトイレ掃除の道具を買う。ゲームの中で風呂とトイレの掃除をするとは思わなかった。
バイク代を除くと、一日分の安い食費くらいしかもう残っていない。懐が氷河期に入った。




