5-霧
昼寝終了。時間は16時過ぎ。3時間くらい寝てたのか。
じゃ、さっそくログインするか。朝になっていればいいが…
夜は明けたのか。情報端末で時間を確認する。
画面下部のボタンを押すだけでいい。
うん?時間の他に名前も表示されている。
”シグレ*”
なぜかアスタリスクがついている。つけた覚えはない。
ま、いっか。時間は8時12分。何か暗い。
視界内が白っぽい。霧か、濃霧は晴れていないのか…
辺りを見回してみる。ここは都市セーブポイントがあった施設を出たところだな。
まず、銀行に行って口座をつくった方がいいらしい。
ちょうど施設の出入口に警備の兵士がいたので色々聞いてみるか。
「お疲れ様です。今日もいい天― 霧ですね。この霧は長く続きそうなんですか?」
「おはようございます。この霧ですか。長く続くと思います。かれこれ1年は晴れていませんから」
「え!?」
「アナザーの人は皆驚きますが事実です。私達も霧とは呼んでいますが天候の霧とは違うので正直いつ晴れるかはわかりません。しかも、モンスターの出現は霧と同時期だと聞いています」
「この地域はずっと霧の中ですか。それにモンスターまで。大変ですね」
「この地域だけでなく、たぶんですが世界中が霧の中です」
マジか。この霧晴れないのか。この視界でモンスターと戦うのか。
遠距離武器主体の人類とモンスターとの戦闘バランスを霧で調整しているってことか。なかなか面白いな。ちょっと白っぽいのが気になるが…
切り替え、切り替え。
「えっと、銀行の場所を知りたいのですが、ここからどう行けばいいでしょうか?」
「銀行ですか。この基地を東ゲートから出ると傭兵通りに出ます。その通りを真っ直ぐ歩いていけばすぐです。あちらが東ゲートです」
「ありがとうございます。行ってみます」
東ゲートへと向かう。プレイヤーもチラホラと見かける。そのプレイヤーが何かを見ているので俺もそっちを見てみる。
アレか。プロモーションビデオで見たパワードスーツみたいな何かが歩いていた。
実物を見てみると大きさは2〜3メートルくらいの人型で装甲が本来ありそうな場所は布に覆われていた。武器は装備していないようだ。練習機なのかもしれない。
人型機械の頭付近には、ヘルメットを被った人の頭が出ていた。あの感じだと機械の手足の中に操縦者の手足は入っていないのだろう。
俺の思っていたパワードスーツとは違っていたが乗りたい。欲しい。でも、高いんだろうなぁ。そもそもプレイヤー個人で所有できるのか。プロモーション詐欺の予感が…
人型機械が霧に消えるまで眺めてしまった。
よし、銀行に行こう。
東ゲートを出ると大きい道路が東と南北に伸びている。東側に伸びている道路が傭兵通りなのだろう。道路を渡ってすぐに傭兵事務所があった。
通りを進む。流石、傭兵通り戦闘に関するお店が軒を連ねていた。
しかし、これが1940年代の日本の街並みなのか?俺は当時の街並みに詳しくはないけど何か違うと思う。いや、絶対に違うだろ。
高層ビルこそないがコンビニっぽい店や牛丼屋っぽい店もあるぞ。古いのやら新しいのやらがごちゃ混ぜになった世界ということか。それとも真面目に考えるのを放棄したとか…
そして銀行はすぐに見つかった。ATMすらあった。情報端末さえあれば口座の開設、現金の預け入れは簡単だった。手持ちのお金9万YENを口座に移した。
これで銀行の用事は済んだ。
次はやっぱり武器だろう。武器が欲しい。
武器屋もすぐに見つかる。
武器屋に入ると人がそこそこいる。プレイヤーだけではないようだ。
”いらっしゃい”とか声をかけられたりはしないだろう。
「いらっしゃい」
声をかけられた、謎の気まずさを感じながら店内をぶらつく。店内はかなり広い。
いろんな銃器がケースの中や壁に並んでいる。ナイフはわかるが剣や斧、槍まである。
銃器はやはり古そうだ。1940年代の銃器として見知ったものもいくつかあった。
対物ライフルが欲しいがここはグッと堪える。値段的にも俺が欲しい対物ライフルは買えてしまうのだが運用面で厳しいと予想がつく。弾の値段もわからないし。
ここはプロの話も聞いておこう。これぞ武器屋のマスターって感じのおじさんがカウンターにいるのだから。
「すみません。モンスター相手の戦闘でお勧めの銃とかありますか?」
(また、この質問か…、やれやれ)
「全部だな」
「それだと―」
「それだとあんまりだろうから勧めないのを教えてやろう。弓やクロスボウだ」
「銃より静かに運用できるのに弓の利点はないんですか?」
(そうくるだろうな)
「おまえさん、アナザーだろ?」
「昨日この世界に来た者ですが… アナザーですか」
「じゃ、アナザーだな。で、弓の利点の話だが。この世界を覆っている霧の話でだいたい終わる」
「霧、ですか」
「この霧は、おまえさんの知ってる霧とは違う。この霧内では音が遠くまで届かない。流石に隣に立って銃を撃てば、銃声は聞こえるがハンドガンなら10メートルも離れれば全く聞こえない」
「えっ!?」
「初めて耳にすると驚くよな。霧のおかげで静音を目的で使うものは、だいたいその利点を失うんだ。そして銃や弓でさえも威力が激減している。有効射程にして10分の1くらいだ」
「あ、だから、剣や斧とかが並んでいるんですね」
「少し違うな。流石に威力が落ちているとはいえ剣よりハンドガンの方が戦闘距離は長い。近接武器が並んでいる理由は、モンスターによっては銃弾より斬撃や打撃の方が有効なことがあるからだ。銃弾はそこを種類で補っちゃぁいるが」
「では、ライフルは」
「アサルトライフルやライフルはハンドガンより値段分の仕事はする。しかし、この霧内では視界が非常に悪い。100メートル先は真っ白だ。誤射には気を付けろよ。とはいえアサルトライフルでも有効射程は最大で40メートルくらいだから心配ないか」
「わかりました。好みで選びます」
「それが、正解だ」
霧がここまで面倒なことになっているとは。いや、よく考えたらゲーム内の銃ってこんなもんだよな。むしろサプレッサーを考慮しなくていいのは助かる。一番の問題点は劣悪な視界だな。
そして俺が選んだ銃は…
「これとこれとあれ、ください。だいたい好みです」
選んだ銃は二つ、M712というハンドガンとカンプピストルというハンドキャノン、それにコンバットナイフだ。
ハンドガンの方はかっこいいしフルオートで撃てる。フルオートの可能性はあると信じたい。フルオートがダメでも装弾数が多いのは利点だ。
ハンドキャノンの方はハンドガンが有効じゃなかった時の保険。手榴弾にしないのは好みもあるし片手で素早く撃てるからだ。リロードに難はあるが。
コンバットナイフは、あると便利かな。使い途は… 思いつかない。
(やっぱ、アサルトライフル辺り勧めときゃ良かったか…)
「ハンドガンにするのか。面白い奴だな、おまえは」
「え?ダメなんですか?」
「ダメとかじゃないが… まぁ、なんだ、頑張れ。それで他には?」
「えーと。ハンドガンの予備のマガジンを二つ」
「弾はどうする?」
「ハンドガンの弾を60発、ハンドキャノンの榴弾を1発で」
「ホルスターは?」
「あ、い、いります。ハンドガンが右、ハンドキャノンを左でお願いします」
(かわいそうなんで、ハーネスはおまけしてやろう)
「左手用はあんまり種類がないが汎用のヤツでいいか。そして、ハーネスをおまけしてやろう」
「ハーネスですか…」
「これだ。このハーネスはちゃんとしたヤツで拡張性が高い。背中や尻にも別々に拡張ができる優れものだ。今回はマガジンポーチ2個と中型ポケット2個もサービスだ」
「そんな高そうなもの大丈夫なんですか?」
「いいんだよ。おまえが心配することじゃねぇ。メーカーが販促のために置いていったヤツがたんまりあるからな。その代わり拡張品はここに買いに来いよ」
「はい、そうします」
「よし、全部で80200YENだ」
「ありがとうございます。情報端末で支払えますか?」
「おう、情報端末で問題ない。口座番号教えるから登録しとけよ」
情報端末の口座管理アプリを起動してマスターの口座を登録し送金する。
「よし、入金を確認した。用意するから待ってろ」
これは、いきなり懐が寂しくなったぞ。残り19800YEN。仕方ない趣味と実益を兼ねた結果だ。
それにしてもいきなりおまけとかしてくれるとは… ラッキーだ。
「よし、持ってけ。装備できるか?」
「たぶん大丈夫だと―」
「なんだか頼りねぇなぁ。ほれ」
はい、手伝ってもらいました。いい歳して子供みたいでした。周りの視線が痛かったです。
だいたいゲームではこういう風に装備しないからわかるわけないんだよ。
右腰にハンドガン、左腰にハンドキャノン、上半身にはハーネスにマガジンとナイフとポケット。なかなかいかつい外観になった。少しにやつく。
「ハンドガンのマガジンに弾を込めてもいいですか?」
「いいぞ、そっちの端の方でな」
ハンドガンのマガジンに黙々と弾を込める。避けては通れない神事である。マガジンに祈りを捧げると弾が込められたりは… しない。
しばらくマガジンと格闘し弾を込め終わった。マガジン一つはハンドガンに、残りはハーネスへと収まった。
「いろいろ、ありがとうございました。また、来ると思います」
(長生きしろよ。化けて出るなよ)
「おう、また来い。じゃあな」
終わった。装備を買っただけで疲れるとか意味わからん。
腹も減ってきた。何か食べたいって… 腹減るのか。