47-新人隊員
問題児が増えたところで探索に戻ろう。散々騒いでおいて今更感が半端ないが。
周囲を見渡してもゴブリンはいない。お金を稼ぎたいのに困ったものだ。たまにはマーフィーさんには仕事を休んで欲しい。
アオイちゃんが歩き出す前に少しお願いをしておこう。アオイちゃんにそれとなく近づきイヤホンのマイクを指差しそのスイッチを切って小声で話す。アオイちゃんもマネをしてマイクのスイッチを切ったようだ。
(アオイちゃん、マユミさんと並んで歩いて。力のことを勘づかれないようにね)
(わかってますよ。シモン君は悪い人ではありませんが何かありますね。勘の女神様も頷いてます)
(それじゃ、よろしく)
マイクのスイッチをさりげなく入れる。
「シグレ、何してるの?秘密話?私は?」
「アオイちゃんに聞いてください。では、先を急ぎますか」
「え、ええ。じゃ、アオイちゃん、おね―」
「センパイ、二人で行くんです。ほら」
アオイちゃんなら、あとは任せて大丈夫だろう。
「シモン君、行くよ。はぐれても探さないからね」
「し、師匠。いきなり厳しいですね。嫌いじゃありませんけど」
いちいちかわいい仕草を見せないで欲しい。男だろう、男らしくして。やりにくいなぁ。デヘヘヘヘヘ。
「師匠、顔がおかしいですよ」
「おかしくはないです。こういう顔なんです」
アオイちゃんとマユミさんが歩き出した。歩く場所が道なき道から少しはマシになった。ゲスト用の道なのだろう。
「それにしても師匠達は凄いですね。こんなところで目的地をちゃんと目指せるなんて。他のグループでは、こんなにうまくはいきませんでした。何か秘訣とかあるんですか?」
「シモン君、スパイを始めちゃったのかなぁ。急にどうしたのかなぁ」
「そ、そんなんじゃありません。世間話です。世間話。だったら師匠が話題をふってください」
「話題って黙って歩けばいいんじゃないの?俺はいつもそうしてるよ」
「二人も美人っぽい女性がいるのに、一人で黙々と歩いているんですか?僕には耐えられません」
「そこは普通に美人て言っておいた方がいいよ。あの二人、地獄イヤーだよ。おかしなことを言うと天国の誰かさんに挨拶することになるから」
「さっき見えたあの人が―」
「シグレ、聞こえてるわよ。イヤーなんて変な言い方しても無駄。素直に天国に会いたい人がいるって言いなさい。会わせてあげるから」
「間に合ってます」
「師匠はいつもこんな… 僕も姉さん達を軽くあしらえるように見習います」
「怖い女性が身近にいると修行にはなるね。シモン君のお姉さんは美―」
頭に木の枝が突き刺さる。痛い。血が出たかも。
「シグレ、額からポーションが出てるわよ。それで安心ね」
「師匠、大丈夫ですか?すみません。まさか枝で攻撃してくるとは思っていなかったので守れませんでした」
(マユミは、姉さんが言ってた通り要注意人物だ。覚えておこうっと)
「大丈夫、大丈夫。気にしないで」
さて、この辺りは見覚えがあるぞ。もうすぐ、あのビルに着くようだ。地上は他に傭兵もいないし、ゴブリンも出ない。どう考えても難易度はこちらの方が低い。アオイちゃんがいれば…
「で、師匠、どこに向かってるんですか?スパイじゃなくても普通に気になるんですけど」
「あそこだよ」
どうやら、目的地に着いたようだ。シモン君のためにビルを指さす。
あれぇ、あのビルあんなに高かったっけ?以前より伸びて―
「アオイちゃん、ここでいいんだよね?このビル、成長してない?」
「ここで間違いないと思います、シグレさん。周りの光景は同じですから。おかしいのは、このビルというか塔ですね」
「俄然、楽しくなってきたわ。宝箱が期待できるかもしれないわね。だいたい、マテリアルは味気なさ過ぎて夢がないのよ。もっとマジックアイテムらしいものを…」
「マテリアルでいいです。呪われたりしないし確実にお金になるし。バイク代だって」
「シグレは現実的過ぎて面白くないわね。それで、現実派のシグレさん、バイク代は貯まったのかしら?」
心に何かがぐっさり刺さる音がする。マユミさんは精神すら簡単にえぐってくる。
「た、貯まっていません。この調子だとバイクが手に入るのは遅れそうです」
「あら、そう。それで遅れたらどうなるかとか現実派のシグレさんなら、おわかりよね?」
マユミさんが脚を高く上げて止める。俺より背が低いマユミさんが大きく見えた。延髄蹴りも余裕で繰り出してくるだろう。
「毎日善処はしています。今日も宝箱をじゃんじゃん見つける気持ちでいっぱいです」
「師匠、大丈夫です」
よし、お金を貸してくれ。
「何が大丈夫なのかな?」
「師匠への攻撃は僕が防ぎます。安心してください」
そんなことより、お金を貸してくれ。
「へぇ、私の攻撃を防ぐんだ。なんなら、今ここで試してみる?」
「師匠、あんな女のいいなりになる必要なんてありません。今ここであの女を倒します」
倒しても問題なんだよなぁ。シモン君が倒したらどうしよう?マユミさんの機嫌を取るのも大変なんだから。お金に余裕なんてないし。
「アオイちゃん、止めた方がよくない?マユミさんが負けると空気がやばいことに…」
「シグレさん、センパイを信じてあげてって言ったでしょ。大丈夫です」
え、信じてって、そういう方向なの?
「さ、師匠をいじめる悪い女、どこからでもかかって―」
シモン君のセリフを最後まで聞かないでマユミさんが前に出た。マユミさんにとって前口上や変身シーンはスキにしか見えないのだろう。
マユミさんはローキックから入るようだ。右脚の鋭いローキックがシモン君の左脚を襲う。
シモン君はそのローキックの力を殺すつもりなのか左脚を少し上げた。避けないのか?
予想通りマユミさんの右脚はシモン君の左脚を蹴る。蹴ったかと思うと今度はマユミさんの左脚が消えた。かと思うとシモン君が後ろに吹き飛んでいった。
最後のマユミさんは右脚を上げた状態で、ゆっくりその脚を下ろしていた。
「おおお」
思わず拍手をしてしまった。しまったのだがシモン君が未来の自分を見ているようで怖かった。どうやってお金を貯めればいいのか?あれを食らうとお金が貯まるのが、さらに遅れそうで。未来が悪循環だった。
頭を振って悪い未来を払い、吹き飛んだシモン君のもとへ向かう。
「また気絶してる。マユミさんの世界には手加減って言葉はないんですか?」
「あるわよ、そのくらい。一応したわよ。でも二弾目の蹴りをシモンが避けたから三弾目を用意したんだけど調整がうまくできなくて。二弾目が当たっていれば良かったんだけど。変に力があるばかりに損をしているわね、この子は」
もう意味がわからない。AKがなくても立派に生きていけるな。そういう意味では安心した。マユミさんを信じよう。
「それにしても、マユミさん。リアルで格闘家だったりするんですか?いちいち動きがおかしいですよ」
「それは、格闘家に失礼よ。こんなの動画を見てれば誰だってできるわよ。ねぇ、アオイちゃん」
「できません。センパイは昔から、その方面では器用でしたね。ワタシなんて関節技を結構たくさんかけられたし」
「あれは、かわいい妹へのスキンシップでしょう。痛くしてないわ」
「どうだか。意識がなくなることもよくあったし」
「それは、アオイちゃんが”参った”をしないからでしょ」
アオイちゃんも被害者だったのか。妹にまで手をかけるとは。
「はい、はい、わかりました」
「それは、わかっていない顔よ」
シモン君のほっぺたを軽くビンタする。非常に悪いことをしている気分だ。マユミさんが悪いのに。
「そんなので起きるわけないでしょ。ビンタはこうやるのよ」
「師匠、おは―」
『バチーーーーーン』
「痛いです。師匠」
「シモン君はホントついてないね」
「姉さんから、よく言われます」
マユミさんだけが清々しい顔をしていた。
「マユミさん、お腹空いたんでおにぎり食べていいですか?」
「そうね、私もお腹が空いてたところよ。探索の前に休憩をしていきましょう」
「わかりました」
一人を除いておにぎりを食べ始めた。
「師匠、用意がいいですね。それと、僕のは?」
「シモン君、ダンジョンに入るのに何も用意してきてないの?」
「こんなにうまくいくとは… じゃなくて忘れてました。テヘッ」
だから、仕草ぁぁ。
「はい、これ。次からは忘れないように」
「ありがとうございます。これ、美味しいです。どこで買ったんですか?」
「露店だよ。傭兵事務所横の」
「あぁ、やっぱり。おばちゃんのおにぎりは最高です」
「そうなんだよ。最高だよ」
「それだけは同意するわ」
「ホント、美味しいです」
最後に水を飲んで水筒と弁当箱をリュックサックにしまった。
シモン君も水筒はあるようだ。美味しそうに何かを飲んでいる。
「シグレ、行くわよ。アオイちゃんも」
「わかりました」「了解です」
「ちょっと待ってください。置いて行かないで」
さて、やっとビルの中だ。何があったわけでもないのに随分と時間を食った気がする。
「この辺りの窓からでいいですか?」
「ええ、どこでもいいんじゃない?」
「どこでもいいと思います」
「「さぁ、どうぞ」」
「あ、はい」
窓は俺から、なんだ。何か意味があるのか?
対物ライフルを先に中に入れて窓枠を乗り越える。ビルの中、外周部分は光が差していて明るい。
二人と一人がビルの中に入ってきた。なぜ、マユミさんとアオイちゃんは同時に入ってこようとするのか?学習して欲しい。
そして、最後にシモン君が入ってきた。
全員でライトの準備をする。マユミさんが楽しそうだ。シモン君もライトを腰に吊り下げて灯りの確認をしている。
「凄いところですね。傭兵でないとなかなかこんなところに来れませんよ。流石、師匠」
「それで、マユミさん。上ですか?それとも、下?」
「アオイちゃん、どっちに行きたい?」
「勘の女神様によると上らしいです。今日は」
「今日はって、アオイちゃん。本当に大丈夫?」
「大丈夫です、シグレさん。今日は上です」
「それじゃ、時計回りね。出発よ」
中央の部屋を確認しながら通路を時計回りに歩く。今のところ部屋に目ぼしいものはない。中は水溜まりだかスライムだかだ。
「師匠、水溜まりがありますよ。こんなところに」
「そうね。あれはもういいわ」
「師匠に聞いたんですけどね。手癖も足癖も悪い人には聞いていませんが」
「シモン、根性だけはありそうね。でも、それだけじゃ長生きはできないわよ」
「よく言われます。師匠、あの人何とかしてください」
「どうにもなりません。慣れてください。それと水溜まりは危険なので近寄らないように」
「そ、そんなぁ」
通路を歩き階段を上がる。初の3階に入った。しかし、目に入る光景は2階と変わらなかった。
「師匠、ゴブリンです。部屋から出てきます」
「この距離ならシグレはいいわ。盾持ちが現れるまで待機で。私とアオイちゃん、それにシモンで」
「師匠はここにいてください。あの程度、僕一人で―」
そう言ってゴブリンに向けて走り出した。いきなり近接戦闘する気なのか。
「ちょっと、シモン勝手に前に出ないで邪魔よ」
「僕一人で大丈夫ですよぉ」
部屋から出てきたゴブリンを一突きして倒し、そのまま部屋に入っていった。
が、すぐに部屋から飛び出してきた。続いて氷の柱も部屋から飛び出る。
「それでは、みなさん頑張りましょう。マユミ隊長指示を」
「シモン、これが終わったら超デコピンの刑よ」
そして、部屋にいたゴブリンは出たところを撃たれ、出てこないゴブリンは突撃したシモン君に倒された。今度は魔法に追いかけられることもなかったようだ。
そのシモン君は―
『ガチーーーーーン』
「ちょーーーーー痛ーーーーーうい、です」
デコピンとは思えない音とともに、床に転げまわるシモン君がいた。
「次は最初から私の指示に従うように。できないなら腕が十字になるか、足が4の字になるか選びなさい」
「わ、わかりました、隊長。隊長の指示は師匠と姉さんの次に絶対であります」
「わかれば、それでいいわ。それで、ドロップは?新人隊員の仕事でしょ」
「今から行ってきます」
「センパイ、ワタシも行ってきますね」
「よろしくね、アオイちゃん」
アオイちゃんとシモン君がドロップを回収しに行った。シモン君は楽しそうだ。
「マユミさん、だいぶシモン君の扱いがわかってきたみたいですね」
「あのタイプは技で話せば、わかってくれるわ。技には素直なのよ」
マユミさんの言っていることが、わかるようでわからない。もう、マユミさんの住んでいるリアルと俺のリアルが違うのでは?という疑問さえ湧いてくる。
「センパイ、ドロップの回収終わりました。魔石6個とマテリアル1個でした」
まずい。今日はシモン君がいるので4等分だ。お金が貯まらない。
「ありがとう、アオイちゃん」
「隊長、僕には何もないんですか?」
「さっき超デコピンあげたでしょ。まだ、欲しいの?」
「師匠」
「シモン君、お疲れ様。ちなみにこのグループは戦利品を換金して等分だから。何かあるなら今のうちに言っておいて」
「等分ですか。問題ありません。師匠の分も働いて楽させてあげます」
「かわいい弟子ができて良かったよ、ホント」
「シグレ!」
「シグレさん!!」
シモン君の頭を撫でていると、凄い目でマユミさんとアオイちゃんが睨んできた。これは男です。撫でても問題あり、ま、せん。
「シグレ、調子にのっているとシグレとシモンで一人分にするわよ」
「すみませんでした。もちろん、最初から頑張るつもりです」
シモン君を放り出して背筋を伸ばす。対物ライフルのストックを地面につけて真っ直ぐに持った。
「それでいいのよ。バイク代、貯まるといいわね」




