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46-男の娘


 二人は何の躊躇もなく歪んだ空間に入っていく。歪んだ空間を通った先にゴブリンがいるかも?とか考えないのだろうか?


 【気配察知】先生も先に入った二人の気配を捉えることはできない。


 そうこうしているうちに歪んだ空間から顔が出てきた。空間に顔だけ存在しているとそれが女の子の顔でも怖い。女の子の顔だから怖いのか?いや、マユミさんだから…



「何してるの?早く来なさい」



 いきなり手を引っ張られる。どうやら、向こうは安全なようだ。


 歪んだ空間を通りダンジョンの中に入った。この荒れた交差点の中心が地上のスタート地点だ。難易度は”高”らしい。


 アオイちゃんが周囲を見渡している。ここからの主役はアオイちゃんだ。機嫌を損ねると遭難する可能性だってある。



「アオイちゃん、大丈夫そう?」


「何の問題もありません。今日は勘の女神様もこちらに来ています」



 そうか、女神様がいらしてますか… 嫌な予感しかしない。



「それじゃ、アオイちゃん。ビルまでよろしくね」


「わかりました、センパイ。シグレさん、はぐれないようにしてくださいよ」



 そう言ってアオイちゃんはマユミさんの手を取り、いつものリバーストライアングルの陣形をつくりつつ歩き出した。対物ライフルを担ぎなおしトライアングルの形がおかしくならないようについていく。


 アオイちゃんが道なき道を進む。多少は歩きやすいところを選んでくれているかもしれないのだが…



「アオイちゃん、ちょっと止まって」


「どうかしました?」


「誰かにつけられてるみたい。俺の後方だね。距離はちょっとわからない」



 と言っても【気配察知】で察知できる範囲内だけど。



「わかりました。センパイはここにいてください。ワタシが見てきます」


「アオイちゃん、気をつけてね」


「はい」



 アオイちゃんが茂みの中に消えた。非常に頼もしい。映画の主人公みたいだ。



「シグレのお客さんかしら?あなたは敵が多そうね」


「何を言っているんですか?マユミさんのお客かもしれないじゃないですか?テントの時の…」


「そういえば、そんなこともあったわね」


「誰なんですか?あの美人は」


「昔の相棒よ。今は違うけど。トモミって言うんだけど、昔は二人で銃を持って各地のサバイバルゲーム会場を巡ったものだわ」



 やはり、マユミさんはリアルでもおかしい人だった。安心した。


 そして、トモミって言う人もおかしい人であることが判明した。安心する。



「本当にブイブイ言わせてたんですね」


「何よ、ブイブイって。アオイちゃんがおかしなことを吹き込んだかもしれないけど脚色してるのよ。信じちゃダメよ」



 全く脚色されてるようには思えないんだよなぁ。マユミさんに関しては。



「センパイ、普通に聞こえてますけど。わざとですか?それと、シグレさん。不審者を確保しました」


「確保したって、そんな」



 後ろを振り返ってみると両手を頭の上に上げた少年がこちらに歩いてきていた。その後ろにはアオイちゃんがいるのだろう。



「アオイちゃん、一人だけ?」


「そうみたいです、センパイ。指示には素直に従ってくれました。私達に敵意は今のところないみたいです」


「僕は敵じゃありません。信じてください」


「悪い人はみんなそう言うんです。そう言うのは言うだけ無駄です」


「銃だって素直に渡したじゃないですか?これ以上どうしたら信じてもらえるんですか?」


「続きはあの人達のところでしましょう。あそこのお姉さんなら天国に近いところでお話を聞いてくれますよ」


「アオイちゃん、どういう意味?」


「センパイは普通に尋問してくれれば、それでいいです」


「そう、それなら、そうとわかりやすく言って」


「はい、着きました。この子、どうします?」



 アオイちゃんは腰にサブマシンガンを構え、左手に長い銃を持ってこちらにやってきた。銃剣が刺さると痛そうだ。


 少年はすっかりおびえた小動物のようになっていた。



「それで、君。名前は?」



 マユミさんが指を鳴らしながら少年の前に近づいていった。なぜ指を鳴らすのか?そんなことをしたら、どっちが悪者かわからなくなる。


 それに、この少年はどこかで見たことがある。確か…



「シ、シモンです。この前は、ありがとうございました」



 シモンという少年がそう言って俺に抱き着いてきた。背丈はアオイちゃんより低い。男に抱き着かれても嬉しく、なんて。



「な、なんてことを。ちょっとシモンと言ったかしら、こっちに来なさい」



 マユミさんが姿勢を低くして鋭い踏み込みをシモンの下半身に向けて行う。そこからマユミさんがシモンを掴み… きれない。素早くかわすシモン。


 その動きは…わざとアオイちゃんに捕まっていたのか?


 そこにシモンからマユミさんの胸元を掴みにいく手が伸びる。


 が、マユミさんがそれを素早く払いつつその手でクロスぎみに掴み返そうとしている。


 シモンの表情がさっきとは違い真剣な表情になった。そうなんだよシモン。マユミさんをそこら辺を歩いている美人さんと思わない方がいいね。ここはダンジョンだけど。


 しばらく二人の掴み手の応酬が繰り広げられていた。マユミさんがレスリングっぽいのに対してシモンのは少し奇妙に見えた。何かの武術なのか…


 まぁ、これは見ていても面白いのだがアオイちゃんがそろそろ飽きてきたようだ。



「シモン、君でいいのかな?君の用件は…」


「はい、君でいいです。れっきとした男です」


「スキあり!」



 マユミさんが素早い足払いでシモン君を転がし、左足を取って回転した。



「そんな技、知らな―」



 シモン君の声も空しく、マユミさんが右足をシモン君の交差した右足にのせて技が完成してしまった。これが足4の字固めか。まじかに見ることなんてそうはない。眼福である。特にマユミさんの足が。大丈夫、服はある。


 いやぁ、いいものが見れたなぁ。思わず拍手をしてしまう。



「さて、いつまで持つのかしらねぇ」



 シモン君の表情から痛さが伝わってくる。これって死なないけど足のダメージが半端ないよな。シモン君はここで放置されるのかな?



「シモン君、早く降参しないと足を破壊された上、ここに放置だよ」



 シモン君の表情が一段と苦しくなっていった。何か策でもあるのかな?



「ま、い、った」


「それでいいのよ。最初から素直にしてれば痛い思いなんてしなくて済んだのに」


「最初から素直でした。全くうちの姉さんみたいなのがこんなところにいるなんて」



 シモン君は涼しい顔で話しているが足は動きそうにない。マユミさんがやり過ぎたようだ。


 というのも痛さが抑えられているから”参った”をするタイミングがリアルと違うんだよな。たぶん、リアルでも食らったことがあって同じくらいの痛さで”参った”をしたんだろう。


 かわいそうに、もうダメだな。この足。



「いい姉さんを持ったわね。大事にしなさい。銃を贈るならAKよ」



 話がおかしな方向にそれそうだ。もとに戻さないと。



「それで君はどうしてついて来たのかな?姉さんに似た人を襲って憂さ晴らしとかかな?」


「それなら受けて立つわよ。次は腕を破壊してあげるわ」


「だから、勝手に人を危険人物にしないでください。僕はあなた達みたいな女性には興味ありません。えーと、名前を教えてください。以前は聞けませんでしたから」



 ”女性には興味ありません”というところでマユミさんとアオイちゃんの顔が緩んだ。何かいけないことを考えているに違いない。



「シグレだよ。変なことに使わないでくれよ。それとあちらの二人が…」


「あ、あの二人の名前はいいです。口に出すことはありませんから」



 マユミさんがシモン君の痛めた足に足をのせた。そして、少しずつ体重をかけ始める。



「どう?聞きたくなってきたかしら?」


「お、教えてください」


「シグレ、教えて、あげて」



 お、俺なんだ。



「えーと、この足をのせて追い打ちも得意なのがマユミさん。で、セーラーの子がアオイちゃん」


「マユミさんとアオイさんですか。シグレさんだけ、これからよろしくお願いします」



 アオイちゃんの顔にピキッという音とともに何かが浮き出たような気がした。


 マユミさんが足をのせていない方のシモン君の足に、アオイちゃんが足をのせて体重をかけ始めた。



「シモン、君。アオイ”ちゃん”だろっ。アオイ”ちゃん”」



 シモン君はそれを聞くことができたかどうかわからない。もう意識を失っていた。アオイちゃん、キャラが崩壊してるよ。



「二人ともやりすぎなんじゃ、歩けなくなったらどうするんですか?っていうか、もう歩けませんね」


「置いて行くわよ。簡単なことでしょ」


「自殺すれば都市に戻れます、三日後ですけど。問題ありませんね」



 怖い、二人が怖い。こんなキャラでしたっけ?



「そんな無茶苦茶な。放置できるわけないでしょ」


「シグレは、外見が女の子なら男でも大丈夫なの?」


「何の話をしてるんですか?俺に抱き着いただけで両足を破壊されて放置とか、かわいそすぎるでしょ」


「甘いわね」「甘いです」


「甘くはありません。とりあえず意識が戻るまで休憩にしましょう」



 シモン君のズボンの裾を膝までめくる。きれいな足だ。ホントに男か?外傷こそないが腫れている感じがする。



「何をしているの?」


「治療ですよ。マユミさんとアオイちゃんがやり過ぎたから治してあげるんです」


「ほとんどセンパイですけどね。回復薬で治るんですか?」



 ハーネスからポーションの入ったスキットルを取り出す。



「これには、先日死ぬ思いで手に入れたポーションが入っているんですよ」


「その死ぬ思いの部分は居酒屋で聞かせてもらうからいいとして、こんな子にポーションを使うの?私じゃなくて」


「マユミさんは怪我をしてないでしょ。それより、ポーションを知ってるんですか?」


「ファンタジー系のゲームなら一般的だけど、このゲームでは貴重品でどんな傷でも治すことができるホントに魔法みたいな液体だそうね。掲示板で知ったわ」


「そこまで効果があるとは思えませんが回復薬よりは相当凄いらしいです」


「シグレさん、ワタシも飲みたいです」


「だから、ジュースじゃありません。怪我をしないと飲む権利はありません」


「じゃ、怪我してきます」


「そういうのはやめてください。怒りますよ」


「もう」



 スキットルの蓋を開けて、シモン君の両膝にほんの少しずつかける。血のような赤色の液体が足に染み込むように広がっていく。シモン君の表情から苦しさが抜けたように見える。


 スキットルの蓋を閉めてハーネスにしまった。一部始終を見つめる二人の視線が俺に突き刺さる。



「このチームもポーションのおかげで安泰ね」


「そうですね、センパイ」


「アオイちゃん、ドジっ子のマネとかするのはズルだから。メロンパン抜きよ」


「お姉ちゃん、それおかしくない?普通にこけることだってあるんだよ。見て、この周りの光景を。こける可能性大なの」


「大丈夫よ、アオイちゃん。私が何年妹を見てきたと思っているの?それくらいの判断なんて、余裕よ」



 おかしなことで揉める姉妹。バカとアホがおる。水を飲みながら、そんな目で二人を眺めた。



「誰がバカよ」


「誰がアホなんです?」


「何も言ってません」


「いいわ、そのポーション。使う時は私とアオイちゃんの許可を取ってからにしなさい。勝手に使ったらあなたの指が残念なことになるから覚悟しておきなさいよ」



 はい、ここでも許可制が導入されましたっと。



「シグレさん、ワタシ達はチームなんですから。当たり前ですね」



 正しいことを言っているようなのだが腑に落ちない。うん?


 シモン君の意識が戻ったようだ。顔も清々しい。



「おはようございます。待っていてくれたんですか?ありがとうございます。シグレさん」


「おはよう。それで、これからどうするのかな?」


「シグレさんについていきます。足が治るまで待っていてください。って治ってます。シグレさんが治してくれたんですか?」


「このチームの意向よ。それで、あなたどうするの?」



 マユミさんが話しかけてもシモン君の顔はこっちを向いたままだった。



「し、師匠。当然、師匠についていきます。さっきからそう言っています。このダ、ダンジョン、前のグループでは何もできませんでしたから」


「ようやく本音が出てきたようね。誰かのスパイか何かかしら?」


「センパイ、この子から怪しい感じはしませんよ。残念ながら」


「シモン君、君はスパイなのかな?」


「師匠、スパイだなんてそんなのじゃありません。前のグループも異界じゃなくダンジョンの前にいたら誘われただけです。ダンジョン前ではグループの募集とかがあるんです。知らないんですか?」



 知りませんでした。ダンジョン前に傭兵が集まっているのはそんな理由もあったのか。早々に爆弾娘をゲットしてしまったから、そういうことを探そうともしなかったな。



「それじゃ、今日は怪我をさせてしまったし同行を許してあげるけど次からは、マユミさんから許可を貰うように。あの人がたぶん、このチームのリーダーだから」


「たぶんって何よ。そういうわけだから今日だけはシグレに免じて同行を許してあげるわ。アドレスを教えて」


「嫌です。師匠とアドレス交換します。さぁ、師匠」



 かわいらしい笑顔で情報端末を出してくるシモン君。そんな顔されたらしょうがないなぁ。情報端末を出してシモン君とアドレス交換をする。



「はい、マユミさん」



 そして、貰ったアドレスをマユミさんの情報端末へ転送した。



「ありがと。シモン、グループ会話の招待を送ったわ。あとは好きになさい」


「師匠。それはルール違反です。でも、許します」



 ふくれっ面がなぜかかわいく見える。こいつは男。男。



「それと、師匠というのは何とかならないかな?俺、強くないよ。たぶん、シモン君より弱いし。マユミさんとあんな攻防できないよ」


「心の師匠ですから問題ありません。師匠は僕が守ります」



 お、盾の俺に盾ができた。のか?



「シモン、シグレの心に師事するところなんてミジンコくらいしかないわ。ただの色ボケおじさんよ」


「そうです、シモン君。シグレさんは、たいがいエッチです」



 二人の中の俺がどんなことになっているか想像がついた。しかも、おじさんって。



「えーと、おじさんって歳じゃ。お兄さんでお願いします」


「ほら、色ボケを訂正しないでしょ。シモンも気をつけなさい。あなた女の子に見えるから寝ぼけて襲われるかもよ」


「シモン君、あまりシグレさんに近づかない方がいいです。抱き着いてきます」


「師匠。そういうところは、これから直していきましょう。僕も手伝います」



 おかしい。俺だけがおかしいことになっている。心当たりも少ししかない。



「は、はい、お願いします」


「それじゃ、行くわよ。変なところで時間を食ったわ。シモン、スパイみたいなことをしたら、すぐに放置するから気をつけなさい」


「わかってます。シグレさん、今からシグレさんの信用を得られるよう頑張ります。見ていてください。僕のライフル捌きを…」



 マユミさんの冷たい視線を跳ね返しライフルを見せつけるシモン君。かわいい。いかん、いかん。かわいくなんてないな。かわいくなんて。でも、かわいい。


 惜しむらくは、武器が鞭じゃないところかな。もったいない。


 切り替え、切り替え。



「シモン君はモシンナガンを使うんだ。いい銃だよね、モシンナガンって」


「ええ、モ、モシンナ、ガンはいい銃です。ですけど、これはGEW254って名前です」



 なぜ、M1891/30じゃないのか?開発者に聞きたい。問いただしたい。



「そうか、ドイツの… しかも銃剣を付けてるんだね。使えるの?刺した感触とか凄そうだよ」


「問題ありません。だいたい、近接ゴブリンに弾を使うなんてもったいないし。刺して撃って反動で抜くこともできて使い勝手はとてもいいです」



 この子も近接戦闘種族?マユミさんもおかしいし。まともなのは俺とアオイちゃんだけか。


 しかし、だ。抜くときに弾使ってるよね。それ。



「そ、そうなんだ。戦闘では頼りになりそうだな。アハハハ」



 シモン君のライフルのスパイク型銃剣がリアルのものより鋭いというか凄い。モンスター用に手が加えられているかもしれない。かもじゃないな。されている。


 これは俺もうかうかしていられない。対物ライフルを担いでグリップを強く握りしめた。



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