45-三人
まず、ラムネの露店に行き空の瓶と玉押しを返した。
おじさんに心配をさせたことを謝りつつ次回もよろしくと言っておいた。おじさんの表情が面白かった。
「それで、マユミさん。今日の目的は?」
「聞かなくてもわかってるくせに。あのダンジョンの中のビルの探索よ」
「やっぱり。東の方には興味ないんですか?」
「何?私を東に行かせたいの?」
「いえ、そういうわけでは」
「シグレさん。ワタシ達をダンジョンに行かせたくないんですか?」
「い、いや、そういう、わけでも…」
「ハッキリしなさい。男でしょ?」
「シグレさん」
「ほ、ほら、掲示板でもスライムの被害者が出ていることだし、あの先にはゴブリン以外にも強いモンスターがいるかもしれないし。そんなところなんですよ」
「冒険ね。急ぐわよ」
「ワクワクします」
やはりダメか。近くにもダンジョンの入口が見つかってしまった。あれをこの二人が知ったら…
「シグレ、何してるの?行くわよ」
「えーと、おにぎりは?」
「キャンプで食べればいいんじゃない?」
「じゃ、俺はおにぎりを買ってから行くので、先に行っててください」
「この状況でそれが許されるとでも?アオイちゃん、おにぎりを買いに行くわ」
「はい、センパイ。おばちゃんのおにぎりは最高です」
くっそ。
結局三人でおにぎりを買って中学校の前線キャンプに向かった。
道中はすっかり安全になっており、前を歩く二人はリアルでも会っているというのに延々と話をしている。聞き耳を立てるのがうまくなるばかりだ。地獄耳というスキルを覚えるかもしれない。
中学校の前線キャンプに着いた。一段と立派になっていた。前よりテントも増えているようだ。
時間は11時を過ぎたところだ。
「どうします?早いけどテントでお昼にしますか?」
「そうね。この時間なら混んでないと思うから、ちょうどいいわ」
「今日はラムネの日です」
ま、また、ラムネを飲むのか。好きなのだが一日にそんなに飲まなくても。
「アオイちゃん、ラムネはさっき飲んだんじゃ?プリンにしとけば」
「え?プリンあるんですか?早く行きましょう。ラムネにピッタリです」
どうやら、ラムネから離れることはないらしい。
「プリン、プリン」
「マユミさん?」
「な、何でもないわ。よくプリンがあることを知っていたわね。まさか、私達にこれを食べさせないために、さっきあんなことを言ったんじゃ?それだったら、スペシャルコースよ」
非、常、にスペシャルコースが気になる。
「そんなせこいことを俺がするとでも思っていたんですか?するわけ―」
二人の信用ならない視線が刺さる。え?俺ってそんなキャラじゃないと思うんだけど。
「ワタシはシグレさんを信じています。一応」
「シグレの日頃の行いのせいよ。改心なさい」
「ひどい、プリンがあることを普通に教えただけなのに」
「アオイちゃん、行くわよ」
「はい、センパイ」
(お姉さん、シグレさんがかわいそう。やりすぎなんじゃ)
(いいのよ。まだ、何かを隠しているわ。ご丁寧に顔に書いてある)
納得のいかないまま二人について休憩用テントに入った。
まばらに人がいるテントの中に入ると二人は既にプリンのところに向かっていた。
対物ライフルをテントの角近くの地面に置いて俺も食べ物を取りに行く。
今日は何を食べるかな… 唐揚げが山盛りになっている皿を発見した。ナイス!
防衛隊は良い仕事をするなぁ。助かります。
サンドイッチと唐揚げを持って二人を探す。
二人はもう食べ物とデザートを用意して席で待っていた。ちゃんと対物ライフルの近くの席だ。当然ラムネも見える。しかも3本。
先に食べずに待っているところは褒めたいのだが。
「遅い」
「早く」
これだ。これがなければ。
「遅れてすみませんでした。それでは食べましょう」
「「「いただきます」」」
サンドイッチと唐揚げ、それとラムネが今日の昼食だ。どれも美味しいが、やっぱり唐揚げが素晴らしい。絶対にリアルより美味いぞ。
「そういえば、センパイ。掲示板で読んだんですけど、都市の外でいきなり血が吹き出る怪事件が最近収まっているらしいですね」
「そうね。そんな怪事件が起こってたらしいわね。アナザーの男限定だったからスルーしてたけど。そういえば、ここにもいたわね。血がいきなり吹き出そうな人種が」
あ、これは、服屋さんかなぁ。派手にやってたんだなぁ。
「そんな事件あったんですか。運営もひどいことをしますね。いきなり額から血ですか。俺だったら一撃で死んじゃいます。あぁ、怖い」
(額ねぇ。シグレは何かを知っているわ。また、隠し事。もう少し信用…)
「セ、センパイ」
「な、何?」
「プリン落ちますよ」
「あ、危ないわね。ありがとう、アオイちゃん。それにしても美味しいプリンね」
「ホントです。凄く美味しいです。ラムネも負けてませんけど」
「ごちそうさまでした」
二人が無言で俺を見る。残りを急いで食べだした。そんなつもりでは。
「ゆっくりで―」
「「ごちそうさまでした」」
対物ライフルを担いでテントの出口へ向かう。
出口から出ようとしたところで女性ばかりの傭兵グループと入れ違いになる。
先頭の女性がマユミさんを見ると足を止めた。
「アオイちゃん、先に行ってて」
「わかりました。さぁ、行きますよ。シグレさん」
アオイちゃんに押されて休憩用テントを出た。
マユミさんの知り合いってことは、プレイヤーだよな。女性のプレイヤーって結構いるもんだな。野郎ばかりだと思っていたのに。
「アオイちゃん、あの人知ってる?」
「一度、センパイの大学の学園祭で見たことがあります。二人でブイブイ言わせてました」
ブイブイ言わせるってアオイちゃんは、そんな言葉をどこで仕入れているのやら。ホント、謎だ。
「仲はいいの?そんな雰囲気には見えなかったけど」
「学園祭の時は仲が良さそうでしたけど、今はどうなんでしょう」
そこにマユミさんが一人出てきた。
「マユミさん、知り合いですか?なんなら、今日はここでお開きでも…」
「シグレ、気にしなくていいわ。さっさと行くわよ」
急いで校門に向かうマユミさんをアオイちゃんと追いかけた。
(アオイって子は見たことがあるわ。問題は男の方ね。まさか男をつれてるとは。シグレって言ったかしら。シグレねぇ… このゲーム、ますます面白くなってきたわ)
イヤホンがついていることを確認して中学校から離れる。イヤホンが今では自然すぎて忘れてしまいそうだった。
さて、これからが問題だ。陣形は前がマユミさんとアオイちゃんで、後ろが俺といういつものヤツだ。何か考えないと…
一つ目の交差点を西に進む。二つ目の交差点までに何とか。
前を歩く二人はのん気に雑談タイムだ。人の苦労も知らないで。
しばらく歩くと最初にダンジョンに辿り着いた時に通った路地が目に入った。ここからダンジョンに向かえば新しい方の入口を過ぎたところに出るのでは。
二人の前に出て声をかける。
「今日は、こっちの道から行きませんか?こっちから冒険の香りがします」
「怪しい。シグレのその怪しいやる気の方が臭うわ」
「シグレさん、わざわざそんな細い道を歩かなくても広い道の方が安全だと思います」
あまりに的確な二人の言が俺の精神的ライフを削ってくる。
「ほら、広い道を歩くといきなり血が吹き出るかもしれないし」
「それなら細い道でも同じでは、それとも細い道だと血が吹き出ない理由を知っているとか…」
まずい、こういう時のアオイちゃんは非常にまずい。
「シグレ、見苦しいわよ。もうその辺にしておきなさい」
「こっちの道に行きたいなぁ」
(シグレさん、そういう時には一度引いてみるのも手ですよ)
アオイちゃんが小声で教えてくれた。そうか、そうだな。押してもダメなら… だな。
「なら、もういいです。広い道で行きましょう」
「あら、そう。じゃ、そうするわ。変な芝居で時間を使わせないで」
「そうですね、センパイ。広い道が安全です」
アオイちゃーーーーーん。この裏切り者。
第一作戦が失敗して路地に入ることなく二つ目の交差点まで来てしまった。そこを何の躊躇もなく北に進む二人。
第二作戦なんて俺にはない。あとは、安川の支社に人が集まっていないことを祈ろう。
もうすぐ沙汰が下る。マユミさんの後方左側から前方を窺う。白い霧から次々と世界が吐き出されていった。
「アオイちゃん、あれは?」
「センパイ、人、ですね。あんなところに何かありましたか?」
思わず対物ライフルとともに例のポーズを取りそうになる。が、対物ライフルのために必死に堪えた。
なおも歩き続けビルの手前に防衛隊の兵士や傭兵達が集まっているのが鮮明に見えてきた。結構な数の人がいる。
やはり、薬屋さんが報告したようだ。ま、当たり前というば当たり前だ。
マユミさんとアオイちゃんの責めるような目が俺に向けられた。
「シグレ、ひょっとしてこれを私達から遠ざけようとしていたのかしら?こんなに、あのダンジョンの近くにあるというのに」
「シグレさん、白状してください。もう、言い逃れできませんよ」
「ここのダンジョンのことを知ったら、すぐに飛び込んで行きそうで。情報が集まるまでは近づかない方がと思ったんです」
「ここにもダンジョンがあるの?まさか、一人で入ったとか言わないでしょうね?」
「入ってません。歪んだ空間があるのを確認しただけです」
「それじゃ、アオイちゃん。行くわよ」
「はい、センパイ」
「だから、その前に… 俺が話を聞いてきますね」
「いえ、シグレはここにいて。私が聞いてくるわ。シグレは、また隠し事をしそうで信用できないわ」
二人のことを考えているだけなのに信用をなくしてしまう。難しいなぁ。
マユミさんが少しご機嫌斜めな表情で防衛隊のところに向かう。状況確認でへまをしなければいいんだけど。
「シグレさん、もう少しセンパイを信じてあげてください。センパイもシグレさんのことを考えているんですから。もちろん、ワタシも」
「二人のためと思って行動してるんだけどなぁ」
「それですよ、シグレさん。それ。二人じゃなくて三人なんです。ワタシ達チームですよ」
アオイちゃんの言葉に反論できなかった。三人なのか…
でも、俺を便利アイテム扱いするくせに。
しばらくして、マユミさんが戻ってきた。表情は少し柔らかくなっていた。
「シグレ、話を聞いてきたわ。どうやら、ここは新しいダンジョンじゃなくて、あのダンジョン”ゴブリンの巣”の地下道に繋がっているみたい。私達が家の2階から落ちたところの道ね」
「あぁ、あの分かれ道のどこかに」
「そして、ここからが重要なんだけど、地下の方が道がハッキリしてるから迷いにくくてアオイちゃんみたいな子がいないグループは、ここからダンジョン探索を始めてるらしいわ。地図も作成中みたい」
「そういうことですか」
「前回のビルに行くなら地上からの方が確実です」
「それで、どうするんですか?マユミさん」
「もちろん、行くわよ。あのビルに。地上からね、アオイちゃん」
「任せてください。余裕です」
「シグレもそれでいいわね。それと、もう少し私達を信じて。考えているのはあなただけじゃないのよ」
「はい、わかりました。アオイちゃんにも言われました。気をつけます」
「そう、じゃ、この話はおしまい。ダンジョンに突撃よ」
「了解です」「突撃!」
アオイちゃんの明るい声とともに安川支社を離れ広い道を北に進んだ。
ダンジョンの最初の入口があるビルに到着した。防衛隊の兵士は相変わらずだが、傭兵の姿はない。自然とダンジョンの難易度ができていた。もちろん、こちらの方が難易度は高い。普通なら。
防衛隊の兵士にお疲れ様と声をかけながら涼しい顔をしてビルに入る。
ビルの中には、いつかと変わらない歪んだ空間が待っていた。
「それじゃ、入るわよ。準備はいい?忘れ物はないわね?」
「あっても取りに行かせてくれないくせに」
「お約束は踏襲するものなの。伝統を甘く見ないで」
「ワタシは問題ありません。シグレさんは?」
リュックサックをハーネスから外して中を確認する振りをする。問題がないことをアピールしてリュックサックを元に戻した。
「準備はできてます。忘れ物はあっても今はわかりません」
「はい、よくできました。それでは、いざ、ダンジョンの深部へ」




