44-看板娘
さて、いつもの公園からスタートだ。今日こそはお金を稼ぎたい。
「!」
ログイン早々、ほっぺたが痛い。しかも、なかなかの痛さだ。意味がわからない。
「マユミはん、痛いんれすけろ」
このゲームはおかしい。俺もゲーマーの端くれ数多のVRMMORPGをプレイしてきたが、ログイン早々、ぷにぷにされるわ、つねられるわ、常識では考えられないことが次々と起こる。
今まではオンラインゲームをしていてもボッチオンラインだったというのにだ。
あ、でも、ちょっと嬉しいです。ありがとうございます。でも、もう少し力加減を何とか…
「アオイちゃん、シグレを確保したわ。そっちに連行するからアオイちゃんはそこにいて」
『わかりました、センパイ。ワタシはトシコちゃんとお話してますね』
「ええ、わかったわ。それじゃ、あとで」
マユミさんが情報端末をポケットにしまっている。アオイちゃんはいない。情報端末で通話していたのか。
できることは知っているが使ったことはない。ま、普通のスマホと同じなんだろうけど。そういえば、スマホで通話したのっていつだったか…
それにしても人のほっぺたをつねりながらとは、器用なものだ。
「話は聞いたわね?行くわよ、シグレ」
やっと、ほっぺたが解放された。これは腫れているだろうな。
「何も理解できてませんが、少し待ってください。日課を」
「日課って、あぁ、あれね。早くして」
少し機嫌が悪そうな噴水の石像を横目に日課をこなす。
「こんな出待ちしなくてもメールをしてくれれば」
「したわよ。無視したのは、そっちでしょ」
(少し焦ったんだから… つねったのは罰よ)
「え?い、いつメールしたんですか?」
「昨日の16時くらいだと思うけど」
情報端末を確認してみた。メールアイコンが表示されている。いつの間に。
メールアプリを起動してみると確かにマユミさんからメールが来ていた。受信時間は19時過ぎだ。
防衛櫓02-0103に到着した時だろうか。あの時は都市に急いで帰ることばかりに気がいってメールアイコンが目に入らなかったのだろう。そういうことにしよう。
メールの内容は―
”明日8時公園”
みじかっ。何これ。今時の娘さんのメールはこれでいいのか?一周回って短くすることがステータスになったとか。これは、ポケベルが復活するかも… ないな。
「えーと、随分簡潔なメールですね。今時の娘さんらしく…」
「わかりやすくていいでしょ?時間は少し過ぎてたみたいだけど許してあげるわ」
「ありがとうございます。もし9時とかにログインしてきたらどういうことになっていたのでしょうか?後学のために知っておきたいのですが」
弁当箱と水筒をリュックサックにしまいながらマユミさんの顔を窺う。
「シグレの足が4の字を書いていたわね。試してみる?」
「いえ、これから仕事がありますので。それでは行きましょうか」
ログアウトする前なら4の字もありかもしれない。相手はマユミさんだし。グフフフフフ。
「やっぱりドロップキックの方にするわ。それ用のヒールも用意するから覚悟しなさい」
くっそ。また読まれた。なぜなのか?ヒールでドロップキックとか… 全く癒されない。
「どこに行くかわかりませんが、俺は武器屋に行って弾の補給をしなければハンドガンがメインになりますけど」
「大丈夫よ。行くのは、その武器屋だから」
「あ、はい、助かります」
先を歩くマユミさんの後ろを対物ライフルを担いでついていく。
いつの間にかマユミさんの着ている服が量産型プレイヤーのそれではなくなっていた。カーゴパンツに長袖のシャツ、色も控えめで一見前と変わらないようでさりげに自分をアピールしている。ように見える。
「何か言うことはないの?」
うん?これは何のことだ?服をガン見していたのがバレたのか?後ろに目でもついているのか?
「お尻が大き―」
振り返ったマユミさんが素早くAKを腰だめに構えて銃口を俺のお腹に突き刺す。速い!
「えーと、よく似合ってますよ。一見前と同じようで、でもオシャレというか…」
「そう。それならいいわ。行くわよ」
マユミさんは都市の中だというのに容赦がない。都市警察に見つかったら一晩お世話になるかもしれないというのに。ただ、都市警察のカツ丼が美味しいらしい。都市スレで読んだ気がする。
「あのう」
「何よ?」
「朝ごはんは?」
「あ、そうね。私も食べてないから。合流したら考えるわ」
よし、これで食いっぱぐれることはないだろう。ゲームの中でなら女性陣もダイエットを気にしたりしないからな。というか大食い姉妹だし。
もうすぐ武器屋というところでラムネを売っている露店を発見した。朝からラムネにありつけそうだ。
「マユミさん、ラムネを買ってもいいですか?」
「いいわよ。私とアオイちゃんとトシコちゃんのもね」
いきなり4倍の価格に、知らない名前が混ざっているが仲間外れにはできない。
バイクはもう待ってもらうしかないな。マユミさんから食らうだろう延髄蹴りの対処方法を考えた方が建設的かもしれない。
「おじさん、ラムネ4本ください。それとあとで返すので玉押しも貸してください」
「お客さん。ちゃんと返してくださいよ。予備は何個もないんですから」
「わかっています。そこの武器屋に持っていくだけですから」
おじさんに400YENを渡し、玉押しをポケットに入れラムネの瓶をマユミさんと手分けして持つ。おじさんの対応力に感謝だ。
武器屋に入った。ラムネの瓶に気を取られて対物ライフルを扉の枠にぶつけそうになる。対物ライフルのバレルに傷でもついたら大変だ。
「ちわー」
「おはようございます」
「おい、準備中だぞ。開店時間は9時からだ」
9時からだったんだ。なぜかアオイちゃんもいるし俺達は大丈夫なんだろう。
「シグレさん、おはようございます」
「はい、アオイちゃん。おみやげ」
アオイちゃんにラムネ瓶を渡す。
「ありがとうございます。ラムネですね。栓はっと」
まず、栓を確認するアオイちゃんが恐ろしい。やはり栓を開けてもらわなかったのは正解のようだ。
「はい、玉押し」
「やった。これでコロンコロンできます」
謎の擬音が飛び出した。アオイちゃんの中ではそんな音がしているのか。
「アオイちゃん、こっちにもあるわよ」
マユミさんは持っていたラムネ瓶を弾込めスペースのカウンターに置く。
「今日はなんだかカイカンの嵐が吹き荒れる予感がします」
物騒な予感だ。それは結構です。命を大事にしたいです。
「アオイさ、ちゃんはラムネが好きなんですか?」
「そうなの、トシコちゃん。ラムネの味も好きだけど、この栓を開けるのが楽しくて」
「それ、わかります。わたしも自分で開けてます。お父さんがすぐ開けようとするので大変で」
アオイちゃんより若く見える女の子だ。エプロンをしている。この子がトシコちゃんか。
「アオイちゃん、その子は?」
「そうでした。シグレさんは初めてですよね?」
「カンダ トシコと言います。あなたがシグレさんですね。アオイちゃんが良く話してます」
ここでタイミングを計っていたのかマスターが口を出す。マスターいたんだ。
「おい、シグレ。俺の娘だ。手を出すなよ。それとおまえ達、ここは喫茶店じゃないんだぞ。飲み食いすんな」
このかわいい娘さんがマスターの娘とか。さぞ奥さんが美人なのだろう。あのマスターでも美人の奥さんと結婚できたんだ俺にだって、きっとこの世界なら… ゲームの中だけど。
「シグレです。よろしく」
「はい、よろしくお願いします。それと、お父さん、別にいいでしょ。飲んだり食べたりしても。頻繁に武器なんか売れたりしないんだから、弾を買ってくれるお客さんがくつろげる場所を目指した方がこれからのためよ」
素晴らしい先見の明をお持ちだ。これで、この武器屋は安泰だな。
いつの間にかいなくなったアオイちゃんがカウンターの傍で黄色い声を上げていた。
ラムネの栓を開けるのが楽しそうだ。
いつもの場所に対物ライフルを置いてマスターのいるカウンターに行く。
準備中だったので当然客はいない。今の光景を見て砂糖でも吐かれると面倒だ。
「それで、おまえ。ラムネを飲みにわざわざここに来たとか言わないよな?しかも、準備中に」
「当たり前です。アレの弾を9発ください」
「おぅ、それだけか?トシコに手を出すなよ。手を出したら、この弾の取り扱いをやめるからな。本当だぞ」
「わかってますって。そんなことするわけないでしょ。信用してください」
「信用できるわけないだろ。あの二人は何だ?おまえ、アホだろ」
「よく言われます。それより、早く弾を持ってきてください」
「お父さん、どうしたの?弾ならわたしが持ってこようか?シグレさんのあの銃の弾は…」
「トシコは何もするな。あいつの銃の弾なんて覚えなくていい。それじゃ、待ってろ」
親バカが極まってるな。娘を持つ父親はみんなあんなことになってしまうのか…
「トシコちゃんも大変だね。面倒なお父さんで」
「面倒なんて、きっと、わたしのためなんです。ただ、店の手伝いをなかなかさせてもらえなくて説得に苦労しました。最近はアナザーさんが増えて女性の客も多くなったので、やっと手伝わせてもらえるようになりました。これもアナザーさんのおかげです」
トシコちゃんが俺の手を取って握手をしてきた。ゲヘヘヘヘヘ。喜んで握手に応じる。
そこに乱暴に弾の入ったトレイをカウンターに置きマスターが割って入る。
「おいおいおい、手を出すなって言っただろ。9000YEN置いて帰れ」
「ちょ、ちょっと、これはトシコちゃんの方から握手を」
「そうよ、お父さん。これは、ただの握手よ」
ただの握手です。グヘヘヘヘヘ。
さて、いい思いはこのくらいにして準備をしよう。
マスターに9000YENを払い弾込めスペースで弾を腰のバッグにしまう。今日はラムネを飲みながらだ。贅沢なことだ。
「アオイちゃん。朝ごはんは、食べた?」
「まだ、食べてませんよ」
「マユミさんもまだみたいだし、どこで食べる?」
「うーん、何がいいかな?」
「アオイちゃん、朝ごはん食べてないんですか?つくりましょうか?」
「え、トシコちゃん、つくってくれるの?じゃ、センパイとシグレさんの分もお願いできる?」
「もちろん。チーズトーストとスクランブルエッグとかでいいですか?」
「センパイとシグレさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
「俺も大丈夫だよ。お金は?」
「お金なんていりませんよ」
「おいおいおい、黙って聞いていれば好き勝手なことを。ここは武器屋だ」
「それじゃ、つくってきますので。少々お待ちを」
「よろしくね」
「それじゃ、椅子を用意して座って待ってようか」
「はい、シグレさん」
三人で弾込めスペースに座って朝ごはんが来るまで雑談をしていた。このゲームの掲示板を読み始めたアオイちゃんの初々しい質問に答えてあげた。
全員にスルーされたマスターの難しい顔が面白い。
”やっぱり娘に手伝いをさせるんじゃなかった”
とか言っている。いやぁ、いい店になったもんだ。特に看板娘が素晴らしい。
しばらくするとトシコちゃんが料理を持って弾込めスペースに来た。辺りに武器屋とは思えない香りを漂わせて。
「どうぞ」
「それでは」
「「「いただきます」」」
三人ともお腹が空いているのでトシコちゃんの料理にがっついた。既に良いお嫁さんの条件を一つ満たしているようだ。
満足顔の三人がフォークを置いた。
「「「ごちそうさまでした」」」
「お粗末さまでした」
「とても美味しかったです。いつでもお嫁さんになれますね」
「もう、シグレさん。お嫁さんだなんて…」
そう言ってトシコちゃんのゆっくりとしたボディブローがお腹に当たる。
「グホッ」
スピードに見合わない威力がこもったボディブローだった。胃の中のものが逆流しそうなのを必死に堪える。そして勢いで数歩後ろに下がったところをマユミさんが止めてくれた。
「シグレ、大丈夫?顔色が悪いわよ」
「だ、大丈夫、です」
「シグレさん。すみません。そんなつもりじゃなくて、つい力が」
「トシコちゃんも、ホントに大丈夫、だか、ら」
どうやら、アース人は近接戦闘種族の線が濃厚になってきた。
マスターだけは、こちらを見て笑っていた。ざまぁを味わっているに違いない。さぞ他人のざまぁは美味しいことだろう。
「トシコちゃん、大丈夫だよ。シグレさんは、かわいい女の子のボディブローが大好きだから」
問題発言だった。当たらずとも大当たりだ。
「なら、大丈夫ですね。安心しました」
「そ、それ、では、マスターまた来ます」
「おぅ、トシコの技のレパートリーを増やしておくから覚悟しとけよ」
「お父さん!!!」
「それじゃ、またね」
「トシコちゃん、また来るね」
対物ライフルを持って武器屋を出た。アオイちゃんとマユミさんが空のラムネ瓶と玉押しを持ってくれていた。
朝ごはんをタダで食べることはできたのだが払った代償が俺だけ大きかった。




