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43-穴掘り


 少し遅れてしまった。11時か。場所は… 噴水の石像、公園だ。公園。


 無職といってもやることはあるのだ。


 買い忘れていた週刊VRMMO通信をわざわざエイトイレブンまで買いに行って読んだあげく、このゲームの紹介記事すらないことに腹を立てて本を放り投げたら、たまたまお茶の入ったペットボトルにぶつかり、お茶のこぼれた部屋を掃除していたから遅れた。わけでは断じて、ない。


 こんなことをしていたら親の呆れた顔が浮かんで… あれ?来ない。親の顔、親の顔… 去年実家に帰ったはずなのに思い出せない。ゲームにログインしているからだろうか?


 噴水の石像が心配そうに、こちらを見ている。そんな気がした。


 切り替え、切り替え。


 日課をこなしながら今日の予定を考える。


 昨日の稼ぎは0YENだ。自慢できるほど清々しい成果だ。この時期に稼ぎが0YENとか。


 しかも、夕食をご馳走しなければならなくなった。俺に落ち度はない。しかし、結果的にはマイナスだ。


 ショックのあまり手が止まっていた。さっさと終わらそう。


 綺麗になった弁当箱と水を入れ替えた水筒をリュックサックにしまう。ついでにいつも空になっているごみ箱にポーションのつぶれた箱を捨てた。


 新品のポーションをハーネスのポケットから取り出し箱を開けてみる。


 中には綺麗な青いガラス瓶が入っていた。しかし、このままでは割れて中身がこぼれる危険性がある。いくらお金に困っているとはいえ、このポーションを売る気はない。


 スキットルでも買って移し替えた方がいいだろう。今日の予定の一つが決まった。


 バイクの引き渡し予定日まで動ける日は丸三日しかない。生活費も考えるとあと20万YENは必要だろう。一日7万YENか…



『ぐぅぅぅぅぅ』



 お腹の催促も凄い。昨日の晩から何も食べていないからな。


 まずは腹ごしらえだ。気分を変えてカレーにしよう。善は急げだ。




 対物ライフルを持ってカレー屋に入る。今日も嫌な顔一つされない。少し面白い顔になっているようだが、あれも営業スマイルの一つなんだろう。


 角のテーブル席に対物ライフルを壁に立てかけてから座る。



「大盛中辛カレーにイカリングとソーセージ、チーズをお願いします」



 メニューに挟まっているチラシには美味しそうな白身魚のフライが自己主張していた。


 追加で頼むか… いや、我慢だ。この我慢の積み重ねがバイクになるんだ。


 なぜか小銭は出し渋ってしまう。不思議だ。


 注文したカレーがテーブルにやってきた。店員さんに700YENを渡す。


 空腹が極まっているので行儀とか忘れてがっついた。



「ごちそうさまでした」



 美味しかった。美味しいものに美味しいとしかいえない自分の語彙の少なさを恨めしく思いつつ席を立った。これで体の方は静かになるだろう。


 カレー屋を出て対物ライフルを担ぎ雑貨屋を目指す。


 昼前の傭兵通りだ、すれ違う人も多い。


 雑貨屋に入った。スキットルを探す。小さいもので十分だろう。ポーション用だ。


 蓋がなくならないようになっている小さいスキットルが目に入る。便利そう。


 カウンターに持っていきお金を払う。1000YENが懐から旅立っていった。寂しい。



 一度、公園に戻ってきた。スキットルを軽くすすぎ付属の漏斗で青いガラス瓶からポーションを移した。


 少し味見をしたい衝動に駆られる。が、何とか我慢する。あまりにもったいない。怪我をしたときのお楽しみだ。


 そういえばリアルでもゲーム内のポーションが飲み物として販売されたことがあった。こっちはゲーム内だがポーションとは縁がないと思っていたので似たような感覚に笑みがこぼれる。


 空になった青いガラス瓶に栓をして箱に戻す。そして、スキットルの蓋を閉めた。


 これで少しは安心だ。ハーネスのポケットから回復薬を取り出しリュックサックに入れスキットルがポケットに収まった。


 ポーションの箱は… 一応リュックサックにしまう。記念に持っておこう。そして、スキットルの漏斗をリュックサックのポケットへ。


 昨日の戦闘で少し弾が減っているハンドガンのマガジンを交換して準備完了だ。


 お金をくれる知り合いはいないので今日も傭兵事務所に向かう。


 傭兵事務所前では路上駐車が目立っていた。露店の店主と取り合いになるのも、そう遠くはないだろう。近くに駐車場とかあるのだろうか?


 傭兵事務所に入り対物ライフルを置く。少し人の少ない中、情報掲示板の前まで来た。


 情報掲示板は… 例のリストから08-0102が外されているようだ。今、気づいた。


 依頼掲示板の方は俺的に変化はない。アズマさんの依頼が腐りそうだ。フフフ。


 今日は防衛依頼だな。依頼窓口に目を向ける。いつものお姉さんと目が合った。


 これは、もう行くしかないだろう。最初からそのつもりだから問題はないのだが、ここで隣の窓口へ行ったらどうなるんだろう?


 すると背筋に冷たいものを感じた。この体は危機察知能力が高いようだ。素直にいつものお姉さんの窓口へと足を運ぶ。



「おはようございます、シグレさん。今日は防衛依頼ですか?」


「ええ、東の防衛依頼を受けようかと思いまして」


「東、ですか。だったら防衛櫓02-0103にしておきますか?前回お願いしたところです」



 あそこか。穴も掘ったしゆっくりサハギンでも待つか。傭兵カードをカウンターに出す。



「じゃ、そこをお願いします」


「はい、少々お待ちください」



 いつものお姉さんが傭兵カードを受け取り手続きを始めた。


 どれだけサハギンがやってきてくれるかだな。0だけは勘弁願いたい。



「傭兵カードをお返しします」



 返された傭兵カードをしまう。



「それでは、行ってきます」


「お気をつけて」



 対物ライフルを担いで傭兵事務所をあとにした。


 時間はもうお昼だが、露店でおにぎりを買うことは忘れない。


 おにぎりを買い防衛櫓02-0001を目指した。


 傭兵通りを東に抜ける途中薬屋の前を通った。中を覗いてみたがギリギリお姉さんはいなかった。ま、そりゃあそうか。



 一度通った道を確認するように進み防衛櫓02-0001に着く。イヤホンを耳につけ都市を出た。


 防衛櫓02-0101を経由し防衛櫓02-0103に到着。時間は12時49分。サハギンやリザードマンに遭遇しなかったことで逆に不安になる。


 防衛櫓の写真を撮り水を飲んだ。そして、前回穴を掘った南の畑の中に移動する。



 振り返ってみた。防衛櫓が霧に隠れて見えなくなっていた。



「この辺りなのだが…」



 穴を掘って土を盛っているから簡単に見つかると思ったのが甘かったか。



「これ、かな?」



 誰かが使ったのかイメージと少し違っていた。土壁が頼りなくなっている。


 リュックサックから携帯シャベルを取り出しイメージに合わせて修正する。



「ふぅ、こんなものかな」



 水を飲みながら修正した土壁や穴を見渡す。警戒はしているが周囲は平和だった。


 モンスターが来ないなら、もう少しここを整備しても問題はないだろう。



「まず、ここは最終防衛ラインとして長さを延長と。深さももう少し深い方がいいだろう」



 南からモンスターが来ることを想定して穴を横方向に伸ばしていく。掘った土は南側に盛る。


 あまり穴を深くすると上がる場所をつくらないといけなくなるので注意した。



 20メートルくらいの最終ラインが完成する。



「よし。防衛ラインを増やすか」



 体が温まってきた。どこまでも穴が掘れそうだ。


 最終ラインから南の防衛ラインへ移動するための穴を掘る。掘った土は左右に盛っていく。


 2本のライン移動用の穴に防衛ラインを掘って繋ぐ。この防衛ラインは30メートルくらいがいいだろうか。


 深さは… 最終ラインより深くてもいいかもしれない。移動用の穴に傾斜をつければ、そこから上がれる。防衛ラインの端を傾斜にしてもいい、長くなってしまうが。


 腰くらいの深さの穴を30メートルくらい掘った。【筋力】の補正?それとも【耐久】?どれのおかげかわからないが携帯シャベルでも防衛ラインを完成させることができた。途中【気配察知】さんが何か騒いでいたが、俺の穴掘りの邪魔はできなかったようだ。



「もう一つラインが欲しいところだが今日はこれくらいでいいだろう。お金、稼がないと」



 畑には敵が何かわからなくなるそこそこ壮大なプチ塹壕が出現していた。


 あれ?サハギンって遠距離攻撃したっけ?こんなの必要?前回、何のために穴掘ったんだっけ?


 ここにきて全てを覆す疑問が次々と湧いてくる。携帯シャベルが手から離れ地面に落ちた。


 リュックサックから水筒を取り出し水を飲む。まず、落ち着こう。


 時間を確認した。16時を回っていた。



「あ、終わった」



 水筒をリュックサックにしまい、ゆっくりと頭を抱えた。一生懸命穴を掘っている姿が走馬灯のように浮かぶ。


 今日の稼ぎは今だ0だ。穴を掘っているときに【気配察知】さんが騒いでいたのを思い出す。



「え?サハギンは俺を無視したの?なんで襲ってこないの?おかしいよね」



 いかん、いかん。こんな時こそ切り替えが必要だ。


 切り替え、切り替え。


 よし、切り替わった。



「まだ、間に合う。今から頑張ればいい」



 地面に落ちた携帯シャベルを拾いリュックサックにしまう。


 辺りを見回すと寂しそうに転がっている対物ライフルを発見した。


 少し土をかぶっている。土を払い急いで担ぎ上げた。相棒の帰還だ。


 サハギンが来ると信じて対物ライフルに弾を装填した。


 プチ塹壕に入り土を踏み固めながら巡回する。南側からだと肩から上、首だけが出て動いているようにも見えるだろう。


 それから1時間、時間は17時を過ぎたところだ。客は今だ来ない。というか稼ぎが気になって索敵が疎かになっていたかもしれない。


 危険でもないのに冷や汗が出る感覚に襲われる。世界の時間がゆっくりになったりもしない普通のヤツだ。



「!」



 今日は防衛依頼を受けてここに来たんだった。依頼料が入るので稼ぎは0ではなかった。


 13時からの計算だと今が17時なので4000YENになる。今日使った分を引くと儲けは2000YENだった。思わず対物ライフルとともに膝を曲げて地面に両手をついてしまった。


 俺も自然とあの有名なポーズが取れるようになるとは…


 背筋が冷えてきた。俺は何をやっているのか?


 暗くなるまでには帰らないとまずい。19時がギリギリのラインか。


 あと、2時間頑張ろう。例のポーズから立ち直り相棒を担ぐ。相棒を握る手に自然と力が入った。


 黙々とプチ塹壕の中を歩いた。地面がいい感じに踏み固まる。



「いいデキだ」


「って、ちがーーーーーう」



 一人ボケツッコミが成功したところで本日待望のお客さんが南から現れた。


 正直握手がしたいほど嬉しい。霧散してもらうけど。


 浮かれて人間を撃ったら一大事だ。モンスターを冷静に観察する。


 どう見ても魚の目だ。殺ろう。


 12の魚の目を相手に、まず撃てるだけ対物ライフルを撃つ。プチ塹壕の土壁がバイポッドの代わりになって楽な姿勢で撃てる。計算通りだ。


 今日は次弾を装填するスピードがいつもより早く感じる。相棒も応えてくれているようだ。


 手動装填のボルトアクションライフルの限界とも思える速度で8の魚の目が白く霧散した。


 4の魚の目と目が合うも、今日の相棒は調子が良い。


 気づくと6匹のサハギンが霧散していた。最後の2匹はこちらに少し近づいているだけだから魔石の発見も容易だろう。


 ドロップの回収のためにプチ塹壕から這い上がる。



「誰だよ、こんなに深くした奴は。出るの面倒じゃん」



 謎の誉め言葉とともに服を泥で汚しながらプチ塹壕から出てドロップの回収に向かった。


 もちろん、相棒も忘れない。


 期待のドロップは魔石6個のみだった。マテリアルさんはいくら探しても見つからなかった。もうすぐ19時になる。これ以上の捜索は危険だ。


 諦めて防衛櫓02-0103に向かった。




 防衛櫓02-0103に戻ってきた。時間はちょうど19時くらいだ。


 貴重な依頼料のため慎重に写真を撮る。なぜか緊張した。


 そして急いで都市へと向かう。辺りは少し暗くなってきている。霧のおかげで新鮮な光景へと変貌しつつあった。



 都市への帰り道モンスターと遭遇することを期待したが見事に裏切られ何事もなく防衛櫓02-0001へと着いてしまう。マーフィーさんが仕事を頑張ったらしい。誇らしげな牧師さんの顔が浮かぶが、これはマーフィーさんではないだろう。


 イヤホンを外しポケットにしまう。相棒から弾を返してもらった。


 報告のために傭兵事務所へ急ぐ。街灯が眩しく感じる時間になっていた。


 傭兵事務所に着いた。入ると対物ライフルを置き依頼窓口へと向かう。


 いつものお姉さんが難しい顔をして出迎えてくれた。


 傭兵カードをカウンターに出して写真を転送する準備をする。



「防衛依頼の報告を」


「お疲れ様です、シグレさん。写真の転送をお願いします」



 情報端末を操作して写真を2枚転送した。


 いつものお姉さんが軽く2枚の写真を眺めた。



「確認しました。依頼料は6時間で6000YENになります。シグレさんの口座に振り込みます」


「お願いします」



 いつものお姉さんが難しい顔を崩さず静かに手を動かす。



「傭兵カードをお返しします。ではこれで防衛依頼は終了です」


「はい、それでは」


「依頼は終了ですが、お話があります」



 傭兵カードをしまって依頼窓口を離れようとすると待ったがかかった。ん?



「何でしょう?」


「何でしょう?ではありません。これを見てください」



 いつものお姉さんがノートパソコンをこちらに向けて1枚の写真を見せてくれた。



「これは?」


「よく見てください。どこかで見たこのある顔だと思いませんか?」



 その写真には、どこかの畑に土が壁のように盛られており、そこから首が出ている光景が写っていた。首の横には先に四角い箱がついた棒もあった。


 どこかで見た光景だった。あの四角い箱がついた棒に見覚えが凄くある。



「この棒は、よく見ている気がしますが…」


「そうですね。誰かの大きい銃の先についているものとそっくりです」


「へぇ、メイさんは銃に詳しいんですね」



 いつものお姉さんの顔が難しい顔から急に笑顔になる。と思うとすぐに難しい顔に。忙しい人だ。



「詳しくありません。シグレさん、とぼけても無駄です。これはあなたでしょ?」


「え?これって俺なんですか?あっ!」



 これは、プチ塹壕で巡回していたときの写真かぁ。撮られたことに全然気づかなかった。誰が撮ったんだ。暇だなぁ。



「人がせっかくシグレさんのためにモンスターが最近少なくなったランドマークの防衛依頼を紹介したというのに。人の気も知らないでシグレさんが遊んでいたとは。これは一歩間違えば新モンスターになるところだったんですよ。わかってますか?」



 ひどい。人の苦労も知らないでいつものお姉さんがひどすぎる。こっちはバイク代で必死だというのに。新モンスターとか… お金になったりしないかな?



「この写真は誰が撮ったんですか?これって広まってます?」


「誰が撮ったかは秘密です。広まってはいません。私がブロックしました」



 思わずいつものお姉さんの手を取って握手をする。



「ありがとうございます。とても助かりました」



 いつものお姉さんは難しい顔をしたいのか笑顔にしたいのかわからない複雑な表情をしていた。表情筋でも鍛えているのかもしれない。こんなときに。



「い、いえ。これくらいお安い御用です。それに変な噂が広まると私も困りますので」


「ん?」


「いえ、こちらの話です」



 いつの間にか両手で俺の手を握っているいつものお姉さん。握手なんだから片手でいいのに。



「それでは、今度こそこれで」


「はい、泥遊びはほどほどにしてくださいね」



 謎の表情で棘を刺してくる。確かに服は泥だらけだったが。


 買い取り窓口で魔石をお金に換える。こちらも6000YENが口座に振り込まれた。


 対物ライフルを担いで傭兵事務所を出て公園に向かった。


 今日はもうログアウトしよう。収支を計算すると頭痛で寝込みそうだ。


 公園のベンチに座りおにぎりを食べる。今日の晩御飯だ。


 明日はお金が稼げますように…



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