42-盾
手は、案の定切れていた。あの苦無、手入れはしているようだ。
薄皮一枚しか切れていないのですぐに治るだろう。服屋さんが嬉しそうだ。
「それじゃ、ここにはもう用がないので次に行こう」
薬屋さんに対物ライフルを手渡される。不思議な光景だ。
「ありがとうございます。力あるんですね」
「うん?人並には、ね」
これが人並ねぇ…
「薬屋さん、モンスターが家の外に集まっているみたいです。騒ぎに気づいたのかもしれません」
発端は服屋さんですけどね。
「ゴブリンだろ?さっさと片付けちゃおうか」
「それでは、私は家の後ろの方を。前は薬屋さんよろしくお願いします」
「わかったよ」
「薬屋さんも戦うんですね。で、俺は?」
「私に攻撃が当たる前に受け止めてくれ。重要な仕事だ」
あ、本当に盾をするんだ。NPCの盾にならなきゃと思ったこともあったが、盾をやらされるとは。なかなか実感できない。
「一応頑張ります」
薬屋さんが玄関に向けて歩き出した。ナックルのようなものを白衣のポケットから取り出している。特に急ぐつもりもないようだ。対物ライフルを担いで後ろを歩いた。
玄関に着くと薬屋さんが動いた。鋭い踏み込みで前方の剣持ちゴブリンに近づき側頭部にストレートパンチを放っていた。
それを横目に周囲の状況を確認する。薬屋さんが左の剣持ちゴブリン、中央に斧、その後ろに杖、そして右が剣の4匹がいた。
左の剣持ちは薬屋さんによって盛大に吹き飛び空中で霧散する。どうやら、あの白衣の中には獣でも入っているのだろう。拳1発でゴブリンを倒すとは。
それを見た残りのゴブリンが薬屋さんに襲いかかる。俺をフリーにしてくれるらしい。ハンドガンをホルスターから抜く。対物ライフルは担いだままだ。
斧持ちが薬屋さんの横で斧を振り上げた。その斧を持つ手にハンドガンで2発撃ち込む。そして、後ろの杖持ちが何かする前に頭部を狙い2発撃った。
突然斧が持てなくなったゴブリンは驚く顔をする前に顔面に拳をもらい霧散。
薬屋さんは次の獲物を杖持ちにしようとしたところで杖が倒れ苦い顔をこちらに向ける。
そんな薬屋さんに剣持ちが剣を突き刺してきていたが、それを長い脚で剣持ちの顔を蹴って遮りつつ倒した。
「うーん、君の仕事は盾なんだからね。そこを忘れないように。斧を落としたのは良しとしても杖持ちを倒しちゃうのはどうだろう。まだ、攻撃してなかったよね?」
え?薬屋さんも戦闘狂なの?そこは先に倒してくれてありがとう、とかじゃないの?
「いや、魔法を俺が受け止めることになりますよね。それは、ちょっと今後の傭兵活動にも支障をきたしますし」
「杖だけ撃てばいいじゃないか。それなら魔法を使ってきても傭兵活動に支障をきたさない範囲で盾ができるのでは?」
「それじゃ、一度薬屋さんが魔法を受けてみてくださいよ。それを見て考えます」
「結構痛いんだよね、あれ。服もボロボロになるし。だから、盾をお願いしているんだ」
なぜ、俺の周りには超理論を展開する女ばかりなのか?それなら、なおさら魔法を撃つ前に倒して正解じゃないか。
「家の後ろのゴブリンを掃除してきました。魔石も回収しておきましたよ」
そこへ涼しい顔をした服屋さんが戻ってきた。どうやら、薬屋さんと俺が倒したゴブリンのドロップも回収しているようだった。辺りに魔石が転がっていない。
「服屋ちゃん、ありがとう。よく気が利くね。それに比べて、あの盾ときたら…」
「盾が何かやらかしましたか?」
服屋さんの細目がこちらを向いた。細さが際立っている。目で物を見ていない可能性だってあるぞ。
「盾なのに私の獲物を取っちゃったんだよ。盾なのに」
「ちゃんと薬屋さんに攻撃が当たらないようにしただけです。これも盾の範疇です」
服屋さんの目が開かないことを祈りつつ強気で返す。
「薬屋さん、ここは我慢してください。この盾は体で受け止めるのではなく小細工で何とかするタイプですから」
「そうみたいだね。私が考えを改めるよ。盾より先に倒せば問題ないからね」
よし、薬屋さんが勝手に納得してくれたぞ。だいたい、こんなに戦えるならゴブリンの数なんて関係ないじゃん。やっぱり薬探し以外に目的があるのでは…
「では、次に行きませんか?」
「そうだね。次は私に許可を取ってゴブリンを倒すように。それでは、行こうか」
許可とか悠長なことはやっていられないのだが。ゴブリンと遭遇しないことを祈っておこう。
それから薬屋さんは特にそれらしくもない家を渡り歩く。目的の家を調べたら次の家へと移動していた。周辺の家とか店には目もくれなかった。おそらく最初から行く家は決まっているのだろう。
時間を確認してみた。
「すみません。16時を回りましたが、あとどのくらい残っているんですか?」
「そうか、もうそんな時間なんだ。でも、次が最後だよ」
助かった。ゴブリンも減っているので今日はもう戦闘はないだろう。
薬屋さんが見知った広い道に入り北上を始めた。このまま行くとダンジョンでは。まさか、ダンジョンが最後の目的地だったりしないよね。こんな時間からダンジョンには入りたくない。
と思ったら、手前の2階建てのビルで薬屋さんが止まった。
「ここが、最後の目的地だ。安川の支社だね。やっぱりあったよ」
「結構広そうですけど、今から大丈夫なんですか?しかも、安川って。もう漁られているのでは」
「そうだろうね。ただ、自分の目で確認しておきたくてね。今日は服屋ちゃんに小細工する盾もあるから大丈夫だろう」
喋って息もする盾です。服屋さんを見ると少し顔色が悪い。どうしたのか?
薬屋さんがビルの中に入っていった。服屋さんと俺も続く。
ビルの中に入ると全員が灯りの準備をした。薬屋さんは左手に服屋さんは右手、そして俺は右肩からライトを吊り下げた。
「薬屋さん、地下にモンスターがいます。ゴブリンでしょう。数も多そうです」
「そうか、じゃあ、服屋ちゃん倒してきてくれる?」
戦闘狂なのに探索優先なのか。
「はい、承知しました。ですが、盾をお借りしたいのですが…」
「盾?あぁ、そういうことね。だったら全員で行こう」
ここなら、俺にもモンスターの気配はわかった。だけど、服屋さんならゴブリンくらい一人で余裕だと思うのだが。
薬屋さんが歩き出した。どうやら地下への階段を探しているようだ。
「あちらですね。モンスターが上がってきます」
服屋さんが気配だけで探っているようだ。モンスターのいる方向をライトで照らした。俺も気配を頼りに階段を探す。
薬屋さんが階段を発見。顔を出したゴブリンはいきなり顔面に拳をもらい下に落ちていった。
「君、許可は取らなくていいから。安全第一に頑張って」
薬屋さんが今日一番まともに見えた瞬間だった。
服屋さんと俺も遅れて階段に入る。薬屋さんは上がってくるゴブリンに端から拳をプレゼントし下りていく。拳で語るプレゼンテーションといったところだろう。凄く楽しそうだ。
対物ライフルを担いだまま、ハンドガンをホルスターから抜いて階段を見下ろす。
階段の下では魔法陣の光が杖持ちの居場所を教えてくれていた。そこにハンドガンの弾を2発お見舞いする。
薬屋さんに続いて下りていった服屋さんがゴブリンに刺した苦無を抜き血を払っていた。それで最後だった。
階段に転がっている魔石を拾い薬屋さんに渡す。
「はい、階段に転がっていた魔石です」
「お、ありがとう。服屋ちゃん、まだゴブリンはいるのかい?」
「ええ、います。あちらの方です」
「探索はゴブリンを倒してからにしよう。でも、地下にゴブリンがいるのは不思議だな」
ゴブリンの生態を掴むチャンスか…
自然に薬屋さんと服屋さんが前で俺が後ろという陣形に。運命を感じる陣形だ。
「服屋ちゃん、無理して奥に突っ込まないでね」
(もう、できないんだろ?)
「わかっています」
(ええ、時間切れです。申し訳ありません。あの盾に結構な時間を使いましたので)
「頑張って援護しますから、後ろから刺したりしないでくださいよ」
(できる傭兵で良かったね。服屋ちゃん)
「一応期待しておきます」
(何のことですか?さっきのは薬屋さんのために確認しただけです)
「二人とも仲良くね」
(服屋ちゃんから男の人に”期待”なんて言葉が出るとは…)
「それも、わかっています」
(一応です。一応。深い意味はありません)
本当にわかっているのか?あの時間が遅くなるヤツは勝手に発動しているから、もし発動しなかったら瞬殺されてしまう。24時間もログインできないとか考えるだけで恐ろしい。
前を歩いていた二人の足が止まる。
「あれが本命だね」
「そうなります」
服屋さんの右から前を覗く。長い廊下の奥にゴブリンがいた。数は多そうだ。松明を持ったゴブリンが複数いる。そして、その奥には歪んでいる空間があった。
ここにもダンジョンの入口?
「あ、あれは、まずいですね」
「ゴブリンなんて、私と服屋ちゃんで余裕だよ。魔法も君のその大きい銃があれば問題ないだろう?」
「まずいのは、あのゴブリンではなくその後ろです。話はあとで、俺は遠距離攻撃ができそうな奴を倒します。盾持ちは薬屋さん、何とかできます?」
指示を出しながら、しゃがんで対物ライフルに弾を装填する。
「余裕だよ。ゴブリンの盾なんて私には意味ないから。それじゃ、服屋ちゃんと二人で遠距離攻撃ができないゴブリンを倒すよ。分担は守ろうね。服屋ちゃん、それでいいね?」
「はい、承知しました」
薬屋さんには素直な服屋さん。まぁ、わざわざゴブリンを瞬殺してもスキルの無駄遣いにしかならないからな。
とりあえず見えている杖持ちゴブリンを対物ライフルで狙い、撃つ。すぐに次弾の装填を開始。
ライトの明かりに気づいたゴブリンがこちらに向かってくる中、松明を持った杖持ちが霧散する。
転がる松明を目で追う暇があるなら呪文でも唱えればいいのに、そんな残念な杖持ちも霧散した。床に転がる松明が増える。
対物ライフルの弾に運よく当たらなかった近接ゴブリンは薬屋さんと服屋さんによって倒されていく。
盾持ちは薬屋さんの凄まじい踵落としによって苦も無く処理されていた。服屋さんはスキルを使わなくても動きは速くゴブリンは何もできないまま霧へと変わっていく。
いかん、いかん、ついよそ見をしてしまった。さて、次の標的は… あ、あの盾持ちの後ろかも?動かない盾持ちが非常に怪しい。あれを撃っておこう。
盾持ちを貫通させ後ろのゴブリンを狙うようにして対物ライフルのトリガーを引く。そして、すぐに腰に手を伸ばす。
盾持ちを盾ごと貫いて弾は進むが、ゴブリンはいなかった。盾持ちだけが綺麗に霧散した。
「あっ」
「審議ですね。あれは遠距離攻撃できません」
近接ゴブリンを全て倒した二人が俺を見下ろしていた。そういうのは、さっき終わったんじゃ。
「君、やっちゃったね。また。しかも今度は自覚があるようだ。”あっ”って聞こえたし」
やはり、見逃してはくれないようだ。細かい女は嫌われないのか?
「えーと、後ろに杖持ちがいると思ったんです。近づかない盾持ちは、今まで後ろの杖持ちを守っていましたから」
「あなたは、守られている杖持ちをその目で確認したんですか?」
閉じているのか開いているのか判断のつかない目をしている服屋さんが俺に質問してくる。
「いえ、見えませんでした。しかし―」
「もういいよ。君には罰として今日の報酬のビスケットはなしだ。これは服屋ちゃんにあげることにする」
なんだ、良かった。ビスケットで済んだ。危ない、危ない。
「ありがとうございます。そして私からの罰は、夕食をご馳走してもらいましょうか」
あれぇ、便乗した人がいるぞぉ。
「それ、いいねぇ。私もぉ」
増えた。バイク代が。
「意義あり!それは、あなた達の私利私欲ではありませんか?」
「そうだよ。じゃ、貸しにしといてあげるから今度よろしくね。服屋ちゃん、あれを見に行くよ。君はドロップをよろしく」
「はい」
くっそ。神様助けて、バイク代が貯まらないんです。
(……)
返事は当然なかった。渋々二人の後ろをドロップを拾いながら歩いた。
「服屋ちゃん、これ何だと思う」
「初めて見ました。何でしょうか?そこの盾の方、これを知っていますか?」
「はい、お金に苦しんでいる盾です。もちろん知っています。アナザーではダンジョン。アース人は異界の門とか呼んでいるかもしれません」
薬屋さんに回収した魔石とマテリアルを渡す。
「回収、ご苦労様。これが、異界の門なんだ。じゃあ、この歪んだ光景は中の様子なんだね?」
「そうです。さぁ、もう帰りましょう。17時になります」
「服屋ちゃん、行こっか?」
「はい」
「”はい”じゃ、ねぇ。いかん、言葉が。”はい”って、これから入る気なんですか?」
「うん、そのつもりだけど。まずいの?」
「目的はダンジョンじゃないでしょ?薬探しでしょ。さぁ、帰りましょう」
「目的なんて目安なんだから、面白そうなものがあれば変わるでしょう?違う?服屋ちゃん」
「違いません」
服屋さんに聞かないでよ。基本的に薬屋さんに反対しないんだから。
「時間は遅いし、中は迷うし、たぶんゴブリンは多いです。二人の興味を否定できませんが今日はやめて出直した方が…」
「君がそんなに言うなら折れてあげよう。なら次は、時間は何とかなるとして迷うのはアイツを呼ぶか」
「ふぅ、助かります」
「服屋ちゃん、次回はアイツを引っ張ってきて」
「はい。ゴネましたら、どうします?」
「私の名前を出していいよ。それでもゴネるなら私が何とかするから呼んで。拳で話せばわかってくれると思うから」
「承知しました」
そのアイツとかいう人、ご愁傷様です。
「それと君、服屋ちゃんに情報端末のアドレスを教えておいて。って、もうアドレスは大丈夫だった。じゃ、次回も参加だから」
「えーと、そのアイツとかいう人がいたら俺は必要ないのでは」
「アイツは迷わないための人。君は盾。ほら、役割が違うでしょ」
ダメだ。何を言っても待っているのは超理論だろう。俺はこのグループでは盾。俺は盾と。
「それじゃ、帰ろうか」
「はい」「了解、です」
帰ると決まれば二人の行動は早い。遅れずに対物ライフルを担いでついていく。
ビルを出た。二人の勢いが止まらない。
「すみません。写真とか撮っておかなくて大丈夫ですか?」
「何の?異界の門?大丈夫、大丈夫」
薬屋さんの謎の自信を信じて写真は撮らずにビルを離れた。
中学校に戻ってきた。二人に遅れないように歩くのにかなりの体力を使った気がする。
「それじゃ、二人ともお疲れ様でした。では、これで」
「君、つれないね。何か予定でもあるの?都市まで送っていってあげようと思ったのに」
「え?車とかあるんですか?」
「車とかあるんだよ。どうする?」
「お願いします。送ってください」
「素直でよろしい。服屋ちゃん、よろしく」
「はい」
服屋さんが前線キャンプに併設されている駐機場だか駐車場に向かった。
少しして、一台の車が走ってきた。シープだ。服屋さんがシープを運転してきた。
そして、このポジションだ。まぁ、これは仕方ないだろう。助手席は薬屋さんだ。俺は後部座席に対物ライフルと一緒に乗り込む。そして、シートベルトをした。スピードが出なくてもシートベルトは必要だろう。
「君、シートベルトはしたかい?」
「大丈夫です」
「では、服屋ちゃん都市までよろしく」
「はい、承知しました」
車は防衛櫓09-0104経由で都市へ向かった。初めての道が新鮮だった。それに楽ちんだ。
傭兵事務所の前で車を降りた。対物ライフルと一緒だ。
「それでは、ありがとうございました。では、これで」
「君、つれないね。それじゃ、次回もよろしく。連絡は服屋ちゃんからいくと思うから。絶対参加ね。もし拒否したら…」
「拒否したら…」
「服屋ちゃんが―」
「あ、はい、わかりました。なるべく予定は何とかしますが、急に連絡されても無理ですから」
「それくらいわかってるよ。じゃ、またね。服屋ちゃん、挨拶、挨拶」
「では、盾の方、次回もよろしくお願いします。さようなら」
やっと、終わった。イヤホンをしまいながら走り去っていく車を見送る。忘れないうちに対物ライフルから弾を抜いて腰のバッグにしまった。
これは、ちょっとお祓いにいった方がいいだろう。
きっと、女難の相が出ている。はずだ。




