39-ラムネ
ログインを開始した。深夜の部の始まりだ。
白から解放された先は、いつもの公園ではなく大型テントの横だった。これはこれで新鮮なのだが噴水の石像が悲しんでいるかもしれない。あとで公園に顔を出すか。
ログイン前に検証スレを覗いていたのだが面白いことをやっていた。
ステータスの【知力】の上げ方だ。これをスレの住人が躍起になって探していた。
本の場合は本を読むのは当たり前で、その内容にまで言及していた。
哲学的な本ならと読んだようだが【知力】が上がることはなく、現在は都市の図書館の本を時間があるときに端から全部読むそうだ。読書班が担当を決めていた。
勉強班もあった。わざわざゲームにログインして勉強するようだ。リアルでした方が… あれ?こっちで勉強しても無駄にはならない?もし【知力】が上がったら勉強するプレイヤーが増えて学力が上がり、何たら委員会の推奨ゲームになったりして。
しかし、勉強班の成果は芳しくないらしい。
戦闘班は、戦うモンスターの種類、使う武器等いろいろ変え命懸けで試しているようだが、こちらも成果は出ていない。
捜索班によると、現状【知力】が上がった住人は0で【知力】が2以上のプレイヤーを見たり聞いたりしたこともないらしい。アース人に手を伸ばす計画すら出てくる始末だった。
ほんとどうなっていることやら… ま、困ってないからいいけど。これで銃の威力が上がるとかだったら俺も必死に探したことだろう。
(それが銃の威力が上がっちゃうんだなぁ。君はいつ気づいてくれるかな。楽しみ過ぎてサスペンドできないよ)
さて、行動を開始しよう。こんなところで対物ライフルを持って突っ立っていても始まらない。まず、日課をこなしたいが水場がわからないので、パスして腹ごしらえだな。
昨日の晩から何も食べていないことになるからか体がだるい。不思議だ。
もしやと思い情報端末でステータスを確認すると能力が全体的に下がっていた。
「うわっ、マジか」
空腹だとやっぱり下がるのか。この気持ちをどこにぶつけたらいいのか?
とりあえず食べよう。
対物ライフルと一緒に休憩用テントに入りおにぎりを―
「シグレさん、見つけました」
アオイちゃんが入口に近いところに座って何かを飲んでいるようだ。
イヤホン越しにも元気な声が聞こえた。
昨日はここですぐにログアウトしたからグループチャンネルもそのままだったのだが、まだ有効のようだ。というかログアウトしても設定はなくならないのか。
「お、おはよう。珍しいね。今日は深夜も?」
「センパイに先に入ってシグレさんを確保しといてと言われまして」
バツの悪い表情をしながらアオイちゃんが答えた。
対物ライフルの置き場所を探す。
「大変だね、そっちも」
「いえ、ワタシは楽しんでますから問題ないです。シグレさんともお話ができますし」
「ちょっとお腹が空いてるから食べ物取ってくるね」
「それじゃ、ワタシも」
対物ライフルをテントの壁際に置いて食べ物を取りに行く。朝は軽めがいい。
せっかくなのでサンドイッチを食べてみることにした。箱にはラップに包まれたたくさんのサンドイッチが綺麗に整列している。ピクルススキーとしてはピクルスは絶対に外せない。ピクルスが入っていそうなものを探す。
そして飲み物は―
「シグレさん、それ何ですか?」
「え?アオイちゃん、ラムネ知らないの?」
「それがラムネなんですね。聞いたことはあります。どんな味なんですか?」
「もともとはレモネードなんだけど。うーん、そう、サイダーだね」
「炭酸飲料なんですね。ワタシも飲んでみます」
水槽のようなところから氷水に入ったラムネ瓶を二つ取り出し机に置く。昨日の昼にはなかったはずだから誰かがゴネたのか。とてもありがたい。
近くにあるはずの玉押しを… あった、あった。これで。
「何をしてるんですか?」
「瓶の栓を開けるんだよ」
アオイちゃんが物珍しそうに覗いてきた。初めてだから面白く見えるのかもしれない。
ラムネの瓶の口に玉押しを当て押し込みビー玉を落とす。炭酸の音が辺りの気温を下げそうだ。
「これ、ビー玉が栓なんだ。面白いです」
「アオイちゃん、やってみる?」
「はい、頑張り、ます」
アオイちゃんが不慣れな手つきで玉押しを押し込むが問題なく開けることに成功した。
「おもしろーい。もう一つ」
「アオイちゃん、それは開けたのを飲み終わってから」
水槽からラムネ瓶を取り出そうとしているところを止めた。
「シグレさん、この熱が冷めないうちにもう一つ」
「アオイちゃん!」
「わ、か、り、ました。何だかセンパイみたい」
アオイちゃんは渋々納得したようだが未練は残っているようだ。
そんなアオイちゃんを引っ張り席に戻る。
サンドイッチを食べながらラムネを飲んだ。このレトロなラムネがたまらない。サンドイッチとの相性も最高だった。
「シグレさん、ラムネ、飲みにくいです」
アオイちゃんがラムネ瓶の罠にはまっていた。運の良いアオイちゃんでも運良く瓶のくぼみにビー玉が引っかかったりしなかったようだ。
「アオイちゃん、瓶にくぼみがあるよね?ここにビー玉をひっかけるようにして飲むんだよ。こう―」
アオイちゃんのためにわかりやすく瓶を持って実演する。
「へぇ、これって意味があったんですね。ホントに面白い。シグレさんの冗談より」
「うん?アオイちゃん」
「なんでもありません。しかも、美味しい。ホントだ。サイダーですね」
アオイちゃんから不穏な言葉が飛び出た気がしたが寝ぼけていたのかもしれない。マユミさんじゃあるまいし…
「これでラムネの虜だね。ちなみにリアルでもラムネはあるから探してみたら?」
「ホントですか?探してみます。そんなシグレさんにはお返しにセンパイの情報をあげましょう。何が知りたいですか?やっぱり歳?それともサイズ?」
よし、朝からアオイちゃんの懐柔に成功した。ラムネ様様だ。ありがとう。いるかどうか怪しい神様に礼を言い提供してもらう情報を選択する。
歳もサイズも知りたいが…
「うーん、やっぱりサイズをお願いします」
「へぇ、サイズが知りたいんだ。で、何のサイズなの、か、な」
アオイちゃんの口角が上がっている。やられた。
マユミさんが後ろから俺の首に腕を回していた。これはスリー
「く、苦しい、で、す。もう、かん、べん」
マユミさんの腕を軽く叩く。マユミさんはお約束を受け入れるつもりがないのか首がどんどんしまって―
「センパイ、そのくらいで」
マユミさんの腕から力が抜けて首が解放されていく。助かった、の、か?
「で、アオイちゃんはどんな罰をお望みなのかしら?」
「センパイ、罰だなんてワタシは何もしてません。センパイも食事どうですか?」
「ホントでしょうね?既に何か歳とか住所、教えたんじゃないの?」
「まさか。そんなことありませんよね?シグレさん」
食事中にあんなの食らったら胃から食べ物が…
「何も教えてもらっていませんよ。せっかくのチャンスが」
「なら、いいわ。それで、アオイちゃんはラムネを飲んでるのね。じゃ、私も取ってくるから」
「アオイちゃん、ちょっとずるくない?」
「シグレさん、大丈夫です。今度教えてあげますから」
その今度が訪れるとはとても思えない。
急いだのかマユミさんはもう戻ってきた。ラムネの栓も開けてある。ちゃっかりサンドイッチまで。
「早いですね」
「当たり前でしょ。私の情報が危ないのよ」
「それで、センパイ遅かったですね。おかげでシグレさんと二人きりでお話できましたから文句はありませんけど」
マユミさんが少しムッとした表情でアオイちゃんを見た。
「ちょっと、ログインする前に掲示板を読んでて面白くてつい、ね」
「何が面白かったんですか?」
「シグレ、それがね。検証スレで【知力】の上げ方を探していて。それがかなり大がかりでいろんなことを試しているのよ。バカって思いながらついつい読み込んじゃったわ。シグレも【知力】だけは上がってなかったわよね?」
「ええ【知力】は1のままです。今なら上げ方くらいはわかります。実行できませんが」
「え?何?知りたいかなぁ」
「だったら、サイズを」
「今度は天国の誰かに挨拶できると思うけどそれでもいい?」
天国の知り合いを数えてみた。割に合わない。
「こっちは穏便にしたいだけなのに。わかりました。教えてあげますよ」
「穏便ってデリカシーに欠けてるくせに、それで」
「魔法ですよ。魔法。ゴブリンが使ってるでしょ。あれを唱えることができれば上がると思います」
「そういえば、あったわ。普通に魔法ね。それは上がりそうだわ。検証スレの連中はなぜそれに気づかないの?不思議ね」
「灯台下暗しなのか実行、検証できないからでしょ。魔法だし」
「センパイ【知力】って上がらないものなんですか?」
「そうよ、上がらないものなの。私も1よ。普通は上がらないわ。どうして?」
「ほら、ワタシなんて今では一番数値が高いのが―」
アオイちゃんが情報端末でステータスを見せてくれた。【知力】の数値が能力の中では飛びぬけて高かった。貴重人物だったアオイちゃんが超貴重になっていた。
「アオイちゃん、このことは誰にも言ったり見せたりしてないでしょうね?命に係わるわよ」
「だ、大丈夫です。けど、こんなことでワタシ死ぬんですか?」
「こんなことって、アサヒのプレイヤーでアオイちゃん一人だけかもしれないんだよ。どうやって上げたのかを知るために拷問されたりとか…」
「シグレ、そんな怖いこと言わないで。アオイちゃんが震えてるわよ。大丈夫。そんなことされてもすぐにログアウトすれば」
フォローになってねぇ。流石マユミさんだ。ログインしたら同じところに戻ってくるというのに。
「せっかく楽しくなってきたのに、ワタシ、このゲーム卒業なんですか?」
当のアオイちゃんは深刻な表情をしていた。脅し過ぎたかな。
「アオイちゃん、ホントだけどウソだよ。秘密にしとけばね。それで、どうやって【知力】を上げたのかなぁ?お兄さんとお話しよっか」
「シグレ!やめなさい。今度は膝が笑うようにしてあげましょうか?」
こわっ。
「ワタシには何が原因なのかはわかりません。勝手に上がっているので」
「え?隠れて魔法を唱えてるとかじゃないのね?」
「ええ、何もしてません。魔法は唱えてみたいですけど」
「勝手に上がる。アオイちゃんしかない力。うーん。ひょっとしてあれかも」
「あれって?もったいぶらずに言いなさい」
アオイちゃんの情報端末に表示されているステータスの一つを指差した。【空間認識】である。
「これですか?」
「これね」
「これだと思うよ」
マユミさんと俺とで納得の表情を浮かべた。アオイちゃんだけは頭の上で”?”を飛ばしているようだ。3匹くらいか。
「ワタシには何の実感もありません。あまりに普通すぎて」
「そのスキルも秘密だからね。気をつけてよ」
あまりキョロキョロしないように注意しつつテントの中を窺う素振りを見せた。
「アオイちゃん、私かシグレがいなかったらログアウトしたほうがいいわよ」
「それは問題ありませんけど、何だか足枷みたいで」
「何を言ってるの。それのおかげで楽しくゲームができてるんじゃない。幸運なことよ。自慢しなさい。私達の前でだけ」
「そうだよ、アオイちゃん。貴重な人間には相応の苦労はつきものなんだよ。大丈夫、マユミさんと俺で守ってあげるから」
よし、今のはいいこと言った。アオイちゃんが机の対面からこっちにフラフラとやって来た。これなら邪魔は入らないだろう。俺は静かに立ち上がり。さあ、俺の胸に―
「させないわよ」
マユミさんが華麗にアオイちゃんをかっさらう。くっそ。あと少しだったのに。残りのラムネを一気飲みした。
周囲の視線が痛い。人がいることをすっかり忘れていた。砂糖を吐きそうな人までいる。そんなじゃないのに。
「ワタシ、頑張ります。あ、シグレさん、ラムネもう一瓶飲みますよね?取ってきます」
マユミさんが席に戻っていく。わざわざ、そこから邪魔をしに来なくても。
「それで、アオイちゃんにどうしてそんなことをさせてるの。シ、グ、レ」
「今の流れがそう見えましたか?アオイちゃんはラムネの瓶の栓を開けたくてやっているんです。マユミさんもラムネ全部飲んでみてくださいよ。そうすればわかります」
「ホントでしょうね。いいわ。飲んであげる」
マユミさんも残りのラムネを飲み干した。サンドイッチは既にない。クシャクシャになったラップをガン見した。
アオイちゃんが栓を開けたラムネ瓶を持って笑顔で俺に差し出す。そして机を見回しマユミさんの空の瓶を見つけたようだ。すぐに動く。
「センパイもおかわり、しますよ、ね?」
「え、ええ。お願いするわ」
「はい」
満面の笑みだった。マユミさんも幸せになったようだ。疑いは天国に召された。
「ホントね。でも、もう、おかわりはできないわ」
「俺もです」
胃の中の勢力図がサンドイッチを押しのけラムネに塗り替えられた。朝からタプンタプンだった。ゲップを堪えるのに苦労する。
瓶を返し机の上を綺麗にして休憩用テントをあとにした。対物ライフルは肩にきちんと担がれている。
そして、俺とマユミさんのお腹はラムネで揺れていた。




