38-螺旋
「熱くなっているところ申し訳ないんですが。マユミさん、現在の俺達の目的ってなんでしょう?」
「何よ今更。地上への出口でしょ。このビルから地上に出られるんじゃないの?」
「なら良かったです。まさか、この時間にここで大暴れするのかと思って。もう16時過ぎてますからね」
「シグレさん。でも、すんなりビルの2階に上がれるとは思いませんけど」
「そうなんだよ、アオイちゃん。だからこそ、今確認しておかないと。地下の階段を見つけたりするとマユミさんのことだから行くとか言いそうで」
「まさか、センパイだってこんな状況でそんなこと。言いませんよね?」
「も、もちろん。でも、気になるじゃない?美容にも良くないし」
「じゃ、センパイ一人で行ってくださいね。ワタシはシグレさんと出口を探しますから」
「わかりました。出口だけを探しますぅ。アオイちゃん、意地悪しないで」
「シグレさん、これでセンパイは大丈夫です。さっさと入って出口を探しましょう」
「助かったよ、アオイちゃん。それじゃ中に入ります」
マユミさんの地面を蹴るつまらなさそうな態度を横目にビルの入口へと向かった。
ビルの中は暗いと思ったのだが意外と明るかった。光源のようなものが壁や天井、地面の隅に点々と存在しているのが確認できる。
「これ、キノコみたいです。傘の部分が光ってます。不思議です。こんなの初めて見ました」
アオイちゃんが光源に食いついていた。キノコなのか。
「私も初めてよ。面白いわね」
「食べないでくださいよ」
普通のことを言っただけなのだが二人が細目で見返してくる。こわっ。
入口から正面と真横に真っ直ぐ通路が伸びており中心側は部屋になっているようだ。この通路がビルの外周を走っているのかもしれない。
ビルの外壁に当たる壁には一定間隔に窓があるのだが木の根や土により塞がれている状態だ。
このダンジョンの外、ダンジョンの入口があったビルとは入口周辺が似ていたが構造は全く異なっているようだ。
キノコから興味が移ったのか正面の一番近い部屋のようなところに二人は向かっていた。扉はない。
遅れないように警戒しながら追いかける。
「中には何もないわね。隣の部屋とも繋がってない。あるのは、水溜まり?と散乱している壊れた箱かな」
こんなところに…
「離れて!」
水溜まりに足を突っ込もうとしていたマユミさんの肩を強引に引っ張る。女性なら水溜まりは普通避けるよね?
「ちょっと、何?水溜まりなんて踏んでも本人は濡れないものよ」
「シグレさん、どうしました?」
辺りに散乱している瓦礫から少し大きめの石を取ってきた。
「一応確認してみるので下がっていてください」
「何を?」
手に持った石を水溜まりにおもいきり投げつけた。
投げられた石は激しく地面に衝突して少し砕けたようだ。しかし、変化はそれだけではなかった。
「水溜まりが避けたわよ」
「もしかして、スライムとかです?」
「たぶん、そうだね。あれに知らずに突っ込んで取り込まれると助ける手段は基本的にないから十分注意して。襲ってくるなら逃げるよ」
マユミさんの顔から色が抜けていた。アオイちゃんは俺の話を聞いてマユミさんの手を引いて部屋から出ようとしていた。
水溜まり改めスライムは石を避けたあとも避けた位置から動こうとしない。平和的なのかどうか怪しい奴だ。生きた罠というところか。
「襲ってこないみたいです。写真を撮ったら移動しますよ。こういう水がなさそうなところの水溜まりとか安易に踏まないでください」
アオイちゃんが無言で首を縦に振る。マユミさんは心ここにあらずといったところか。
情報端末を取り出しスライムの写真を撮る。どう見ても水溜まりにしか見えない。一応核らしきものも写ってはいるが信じてもらえるかはわからない写真になった。
「え、ええ。助かったわ。あれに取り込まれたところなんて想像したくもない。もし私が取り込まれたらすぐ強制終了するから、その対物ライフルで私を撃ちなさい。遠慮しなくてもいいわ、本当に」
お、マユミさんが復活した。想像しまくったんだな。さぞ苦しみながら溶かされたに違いない。
「センパイ、これって死ぬまでに装備が先に溶かされたら、生き返っても装備は復活しませんよね?シグレさん、そのときはワタシも一思いに撃っちゃってください」
「俺も二人を撃ちたくないので、そんなことにならないように気をつけてください。ちなみに俺も取り込まれたときはよろしくお願いします」
「ええ、ハチの巣にしてあげるわ」
「ワタシも参加しまーす」
俺はすぐに強制終了するからわからないがゲームの体はかわいそうなことになるな。すまんな。そのときの二人が容易に想像できるところが自分でも恐ろしい。
物騒な約束をしたところで通路を進んだ。
途中の部屋は軽く覗くだけで深入りはしなかった。でも、宝箱だけは見つけたい。あるとは思えないが…
角まで来た。右には、また真っ直ぐな通路があり中心側が部屋のようだ。予想通りの構造だ。部屋の中に階段はないと思うがチェックだけはしておこう。たぶん、階段はこの通路の先だろう。
ここはダンジョンなのだから梯子という線もあるのか。
「シグレ、どうしたの?敵?」
「いえ、ちょっと考え事を。それじゃ行きます」
「センパイ、後ろからゴブリンです」
振り返ってみた。地下に下りてから盾持ちが増えた気がする。
「さっきと同じでいいわね?シグレ」
「了解です」
ゴブリンは前に3匹、その後ろはよく見えない。
中央と右が盾持ちなので、まず右の盾持ちから狙い、撃つ。すぐに次弾を装填。
盾持ちが霧散したところでゴブリンは一斉に走り出した。
右のゴブリンが弓持ちに変わった。
「アオイちゃん、左を。シグレは盾。私は弓をやるわ。前に出るので援護をお願い」
「了解」「わかりました」
中央の盾持ちを倒したところで、少し前進したマユミさんが弓持ちを狙いアオイちゃんが左のゴブリンを撃ったようだ。
マユミさんは弓持ちを倒して、そのまま中央の杖持ちに狙いを定めていた。
アオイちゃんは左の新たなゴブリンを撃つために前に出ている。
これで終わりと思ったら【気配察知】に反応がる。横からだった。
「横からゴブリン追加」
左を見つつ体を起こす。対物ライフルを盾持ちに方向だけ合わせて撃ち、ハンドガンとハンドキャノンを両手に握る。
盾持ちの後ろには既に呪文の詠唱を開始しているゴブリンがいた。盾持ちは霧散したが、杖持ちには貫通した弾が当たらなかったようだ。きちんと並んでいて欲しい。はっきりと魔法陣が見える。
その魔法陣を狙いハンドガンで2発撃ち込み、左の盾持ちにハンドキャノンを盾の上の方を狙い、撃った。
右から迫ってくる剣持ちを意識しつつ左斜め前へ出て、榴弾の爆発で盾を大きくはじかれたゴブリンの顔に2発撃ち込む。
後ろからは誰かが剣持ちを倒してくれたようだ。
倒れかかっている盾持ちの後ろから姿を現したゴブリンの頭部に2発撃ち、何をしているかわからない杖持ち、あ、杖がなくなっているに止めの1発を額に撃った。
「これで、終わりみたいですね。疲れた」
「そのようね。お疲れ様。ちょっと遅れてごめん」
「問題ないですよ」
「シグレさん、危なかったです。剣が迫っていました」
「アオイちゃんが助けてくれたんだ。ありがとう」
「アオイちゃんが間に合わなかったら斬られてたわよ」
「でしょうね。でも、二人に面倒なゴブリンが残るよりいいですよね?」
「そうね。シグレがそれでいいなら」
「センパイ、違います。ワタシかセンパイが倒すことは計算済みなんです、きっと」
「ま、そういうことにしておきましょう。アオイちゃん回収しに行くわよ」
「はい」
ハンドガンをホルスターに入れ、ハンドキャノンに次弾を装填しホルスターへ。
対物ライフルの次弾を装填してからドロップの回収に参加した。
それぞれが回収を行いアオイちゃんに渡す。
「魔石11個にマテリアルが1個でした。ホクホクです」
情報端末で時間を確認した。
「もう17時だから、今日の居酒屋は無理かもね」
「えええええ」
「急いで出口を探すわよ」
やっと本気で出口を探してくれるようだ。
ゴブリンが追加で現れた方へ進む。部屋の確認はしたがスライムはいそうでも他には何もなかった。
また、角に来た。そして右には待望の上り階段がある。
「階段ですよ」
「これで上に上がれるわね」
「そうなんですけど、上を見てください。上にも階段があります」
「ホントです。ということは螺旋構造ですね」
「でも、これって階を移動するにはビルを一周することになるわ。ビルとしてはおかしいけど…」
「ダンジョン的にはビルというより塔なんでしょう。入口から一番遠いところに階段ですからね」
「センパイにシグレさん、さあ、行きますよ」
アオイちゃんが後ろから押してくる。
「はい、はい」
階段を上がる。上がった先のビル2階は通路が続いていた。一定間隔にある窓からは、光が溢れている。
近くの窓から外を覗いてみた。
「一応地上ですが、ここから帰れるかはアオイちゃん次第ですね」
「スタート地点の位置はわかっているので物理的な妨害がなければ大丈夫だと思います」
自然と笑顔になる。マユミさんも同じようだ。
アオイちゃんを抱きしめようとするとその手を払われ、マユミさんがアオイちゃんを抱き込んだ。
「私のだって言ってるでしょ」
「一度くらい喜びのハグをしても神様は許してくれると思います」
「ワタシは構わないんですが、センパイの妨害は何とかしてくださいね」
「やらせないわよ」
くっそ。本人がいいって言ってるんだから俺にもハグさせてよ。グヘヘヘヘヘ。
「今、変な笑みを浮かべたでしょ。絶対に守ってみせるわ」
思わず顔に出たか。修行が足りてないな。精進しよう。
「今度はワタシが先頭を歩きます。ほら、センパイ行きますよ」
「俺の隣は―」
「いないわよ」
今度の陣形は前が二人で後ろが一人という、さっきとは逆になっただけだった。
対物ライフルだけが俺に寄り添ってくれている。
ビルから離れる前に写真を撮っておいた。入口の写真はないが、これでも何かの役に立つかもしれない。それにしても、このビル背が高いな。こんなだっけ?
アオイちゃんが脳内地図を頼りにずんずん進んでいく。
このダンジョンにはもともと道なんてないのだが、それでもアオイちゃんが通っているところは謎なところが多かった。もう、俺ではビルに戻ることすらできない。
そうしてアオイちゃんが選んだにしては比較的まともな道らしいところを歩いていると、マユミさんが何かを発見した。
「シグレ、あそこを見て」
マユミさんが指す方を見ると目印のついた木に背中を寄せて座り込んだ傭兵の集団がいた。ひどく疲れているように見える。何をしているのだろうか?
「センパイ、どうします?」
「面倒だし、スルーしよっか?」
そこに男の声が割って入ってきた。あそこの傭兵の誰かがグローバルチャンネルで話しかけているのだろう。
すると傭兵の集団の一人が立ち上がり笑顔でこちらに近づいてきた。微妙に怖い笑顔だ。
アオイちゃんがマユミさんの後ろに隠れる。
「君達は傭兵だろ?外に出るなら連れていってくれないか?迷ってしまって出られないんだ」
傭兵がこちらに来るまでに小声で指示を出す。
「アオイちゃん【空間認識】とか地形が把握できるみたいなことは黙っててね。面倒なことになるから」
「わかりました」
「マユミさん、彼等を案内するのは構いませんね?」
「こうなったら仕方がないわね。困ってるのはホントみたいだし。助けを求めているのを無視はできないわ」
グローバルチャンネルに切り替えて男に返事をする。
「それでは、俺達の後ろからついてきてください。こっちも地図はないので100%出られる保証はしませんよ」
「わかった。でも出口に行く当てはあるんだろう?」
「一度歩いたところを戻るだけですよ」
(アオイちゃん、嘘をついたわよ。怖いわね、男って)
(ワタシを守るためです。シグレさん、かっこいいです)
(アオイちゃん、それも計算の内なのよ)
(お姉ちゃんは、もう、しょうがないなぁ。シグレさんは大丈夫ですって。わかってるくせに)
(……)
グループチャンネルに切り替えて打ち合わせを始める。向こうでは話した傭兵が何かを説明しているようだ。
「アオイちゃんを先頭にして、次がマユミさん、最後に俺で一列で進むようにして。もし、あの傭兵達が撃ってきたらアオイちゃんだけ逃げて、マユミさんは俺を盾にして一矢報いてもいいしアオイちゃんを追いかけてもいいです。俺は死んでるの放置してください」
「わかりました。魔石とマテリアルだけはあいつらに渡さないってことですね」
「そうだよ。重大な役目だからね。俺とマユミさんに構わずにね」
「私もタダでやられたりしないわ。シグレを殺した奴には真っ先に死んでもらうから」
「ま、そんなことにならないように祈っておきましょう。これは最悪の事態を想定しておきたかっただけですから」
傭兵側の話がついたようだ。集団が集まってきていた。
グローバルチャンネルで一言だけ声をかけて案内を始める。時間は18時少し前だ。
チャンネルがグループなのを確認してアオイちゃんに指示を出した。
「それじゃ、アオイちゃんよろしくね。なるべく最短で戻るより目印になりそうなところを経由する感じで」
「わかりました。できるだけやってみます」
森に侵食された街の中を進む。アオイちゃんは目印になりそうな家や木を見つけて進む方向を変えていた。
30分くらい歩いたところで歪んだ空間が視界に入る。
すると、後ろから飛び出してくる傭兵が現れた。
ここで?一瞬身構えそうになるが、その傭兵はそのまま走って歪んだ空間に向かっていった。
びっくりさせないで欲しい。
再びグローバルチャンネルに切り替えて傭兵達に話しかける。
「無事に着くことができました。お疲れ様でした」
「おお、本当にありがとう。この借りはいつか返すよ。それじゃ、みんな疲れているから」
「借りなんて別に気にしなくても」
傭兵達は俺達に礼を言い歪んだ空間から次々と外に出て行く。最後のライフルを持った少年だけは俺をしばらく眺めてからきちんと頭を下げて礼を言い出て行った。
危険なグローバルチャンネルからグループチャンネルにすぐに切り替える。
「シグレさん、いまの子は知り合いですか?」
「いや、初めて見た顔だよ。今時あんなに礼儀正しい子がいるとは、どこかの娘さん達に見習って欲しいものだね」
「シグレ、まだ女の知り合いがいるの?誰?」
あんた達だよ。アオイちゃんがやれやれといった顔をしてマユミさんを見上げる。
「シグレさん、ワタシ達も帰りましょう」
「そうだね」
「あの傭兵はただ困っていただけのようで良かったわ」
「ホントです」
歪んだ空間から外に出ると防衛隊の兵士達がいた。外の警備は万全のようだった。
ダンジョンとは違い外は少し暗くなっていた。ダンジョンでは時間経過で暗くなるようなことはなかったので夜にダンジョンに入るというのはありかもしれない。新事実だ。
夜も防衛隊はここを警備するのかを疑問に思いながら中学校へと向かった。
「マユミさん、中学校に着いたらどうします?」
「うーん、居酒屋には行きたいんだけど都市に着くころには20時半ってところよね。アオイちゃんはどうしたい?」
「ワタシは一度ログアウトしないと親が怒ってるかもなので、機嫌とらなきゃ」
「そう、なら今日は残念だけど中学校でログアウトね。シグレはどうするの?」
「二人がログアウトするなら俺もログアウトしますよ」
「中学校で換金して終わりにしましょう」
「了解」「わかりました」
2個目の交差点を曲がり二人の会話を後ろで盗み聞き、いや、警護をしていたら中学校に到着した。
全員で補給用のテントに向かいアオイちゃんが換金を終えるのを待つ。
アオイちゃんが戻ってきた。
「すみません。ここでは口座払いのみだったので一度ワタシの口座に全額振り込みました。一人が37000YENで二人が38000YENになります。センパイとシグレさんはワタシに口座番号を教えてください」
情報端末を出して口座情報を表示してアオイちゃんに見せた。
「アオイちゃん、俺が37000YENでいいよ」
「はい、そうします」
「シグレ、私が少ない方で」
「1000YENくらいいいですって。どうせ、1000YENくらい我慢しなさいとか言うんでしょ」
「そんなこと」
「センパイ、いいじゃないですか。ここは1000YENもらっておきましょう。今度居酒屋でサービスしてあげればいいんですよ」
何のサービスか非常に気になる。教えて欲しい。今すぐ。
「そ、そうね。じゃ、ありがたくもらっておくわ」
「ちなみに、そのサービスっていうのは」
「センパイ、シグレさん。お金を振り込みました。確認してください」
「確認したわ」
「確認したよ。でもサー」
「では、お疲れ様でした。また、よろしくお願いします」
「お疲れ様。またね」
「あ、またー」
アオイちゃんにしてやられた気がする。サービスのことを考えながら休憩用テントの近くでログアウトした。デヘヘヘヘヘ。




