37-地下道
「あそこに入ってみない?」
マユミさんが歩きながら指差す先には1階が地面に埋まっている家の2階部分だった。窓から中に入れそうだ。
「そうですね。ゴブリンの遭遇率も高くないみたいだし」
「何があるのかなぁ。マジックアイテムとかあったりして」
アオイちゃん、このゲームにそんな普通のものなんてないと思うよ。
「中は暗いですよ。マユミさん大丈夫なんですか?」
「何を言ってるの。ちゃんと用意しているわ」
マユミさんはリュックサックから小型のライトをAKのレールに取り付け始めた。レールはリアサイトを挟んで前後にあり、前のレールにはサイドレールもついていた。ライトは右側のサイドレールに固定されるようだ。
次に会う時には木の部分が完全になくなっているかもしれない。
「あれぇ、マユミさんのAKにレールがついているように見えるんですが気のせいなんですかねぇ?」
「AKSよ。つくってもらったわ。いいでしょ、これ。あげないわよ」
いらんわ。だいたい、AK専用のレールなんてもらってもどうすることもできん。
「マスターのとこにそんなカスタムパーツあったんですね」
「いえ、なかったわ。店長さんにゴネたら裏通りの店を紹介してくれて、そこでつくってもらったの。いいでしょ、あげないわよ」
だから、いらんて。それとも、もらって欲しいのか。
「じゃ、そのレールについている小型ライトもそこで?」
「そうよ。レールをつける目的を聞かれて。アースではAKにスコープなんていらないけどドットサイトやライトは必要でしょ?でもドットサイトは流石に無理そうだったからライトって答えたら一緒につくってくれたわ。高かったけど」
「センパイ、銃に入れ込みすぎじゃないですか?女の子なんですよぉ」
「アオイちゃんだって歩行戦車がどうこう言ってたじゃない。そ、れ、で、女の子ねぇ」
「ぐぬぬぬ」
マユミさんのAKのこだわりが有頂天だ。ほっとこう。
いつの間にか赤外線ライトと暗視スコープをAKにつけていそうで油断できない。アースだと魔力電池のおかげで小さくつくれそうだから、ない話ではない。
「アオイちゃんはライト持ってる?」
「ええ、あります。シグレさん」
「それじゃ、行くわよ」
三人がそれぞれのライトを用意して家に向かった。
窓ガラスのない不気味な窓の前で二人が俺を見つめる。
「俺の顔に何かついてますか?まさか、男前が気になっちゃったとか」
「面白くない冗談ね。この状況でそんなことが言えるなら大丈夫ね」
「センパイ、ワタシたちのために余裕があるところを見せてくれているんですよ」
「「さあ、どうぞ」」
どうやら俺から入らせたいようだ。
「レディーファーストとか」
「「さ、さあ、どうぞ」」
あがくのはよそう。全然怖くないし。
「ちゃ、ちゃんとライトで照らしてくださいよ」
まず、対物ライフルを中に入れて立てかけた。そして慎重に窓枠を跨いで入る。床が今にも崩れそうで怖い。対物ライフルのストックがギリギリ地面につきそうなくらいで持って運ぶ。この持ち方は腕の負担が大きい。
俺のライトは右肩辺りから吊り下げているので、こまかいところを照らすのは二人にまかせるしかないだろう。
「一応大丈夫そうですけど、やっぱりやめますか?」
「何を言ってるのよ。すぐ行くから待ってなさい」
「センパイ、ちょっとワタシも行きます」
え?この狭い窓枠を二人同時に通るとか正気の沙汰じゃ…
「なぜ同時に入ろうとしてるんですか?」
二人は仲良く体をくっつけ装備を鳴らしながら部屋に入ってきた。見ていて面白かったが必要性を全く感じなかった。
「待たせたわね」「お待たせしました」
と聞こえたと同時くらいに床が抜けた。二人の黄色い声とともに三人が一斉に1階に落ちる。
「痛たた。二人とも無事?」
すぐに対物ライフルの状態を確認をする。曲がる弾が撃てても嬉しくない。そして辺りを見回した。
木の根が縦横無尽に家の床を食い荒らしていた。マジックアイテムどころではないな。
「アオイちゃん、太った?」
「その言葉そのまま、お姉ちゃんにお返しします。太りましたよね?」
二人の体重戦争が始まりそうだ。このゲームって体重増えるんだっけ?増えないよね?
面白いので煽っとこう。
「二人ともたくさん飲み食いしてるんじゃないですか?いつかみたいに。ゲームだからといって油断し過ぎなんですよ」
マユミさんとアオイちゃんの強烈な視線がこちらに帰ってきた。光線が出てもおかしくない熱量だ。
「シグレがそれを言うの?今日は面白くない冗談がさえわたってるわね」
「そんなに大きい銃を持ってて、どの口がそんなことを言ってるんですかねぇ」
まずい。対物ライフルを責めないで。
「二人が無事でなによりです。それだけ言えるなら怪我はないってことでいいですね」
「怪我は大丈夫そう。それより出られるか確認しないと」
「ワタシも大丈夫です。お尻が少し痛いくらいです」
アオイちゃんがお尻をさすっているのをマユミさんが鋭い視線で凝視している。
「やっぱり太ったわね」
「成長です」
「二人ともこれはゲームです。もし、太っていると感じるなら、それはリアルで―」
と言ったところで二人から強烈なボディブローを食らった。息ができな…
「シグレ、今非常に危険なことを口にしようとしたわね。ここは都市の外だから人が死ぬなんて珍しくないのよ」
「シグレさん。これは死人を出さないための親切の一撃です。次はありませんから」
もう、そこまでしてるなら意味は通じてるじゃん。理由をつけてストレス発散したいだけじゃん。こっちの体が持たん。あ、でも【耐久】が上がるなら。いや、いかんいかん。
キャラメイクの時に体型が弄れなかったのはリアルの体型をトレースするためだったのかも。残酷な仕様が明らかになったのかもしれないな。確証はどこにもないが。
水を飲みながらお腹の痛みが治まるのを待つ。
マユミさんとアオイちゃんは崩れた天井から差す光の下で水を飲んでいた。黙っていればかわいいのに。
水筒をリュックサックにしまい2階に上がる階段を確認しに行く。
「階段を見てきます」
「だから、一人で行かないで」
「シグレさん、団体行動を乱さないでください」
結局全員で行くことに。日本の家なんて広くないんだし一人でも十分だというのに。ま、ここはダンジョンの中だけど。
階段はすぐそこにあった。一応健在だ。一応。
「一番軽そうなアオイちゃんから登ってみます?」
「えーと、センパイどうぞ」
「シグレ、その銃を預かってあげるわ。最初に行っていいわよ」
「じゃ、俺からで」
「「どうぞ」」
流れ的におかしい気もするが、これが普通か。
階段に一歩、踏み出す。
大丈夫だ。
二歩目を踏み出す。
全体重が片足に移ったところで階段が崩れ落ちた。
「予想通りね」
「ふぅ、危なかった」
「それって、残念なんですよね?安心しているように聞こえましたが」
「あぁ、残念だわ。冗談が面白くない男とかわいい妹でこんなところに」
「残念です。デリカシーに欠ける男の人と面白いお姉ちゃんでここに暮らしていくのは」
「アオイちゃん?」
微妙に納得のいかない表現が混ざっている。無理にそんな形容しなくていいのに。
「肩車とかして上に登ってみますか?」
「それは最終手段で、どこも壊れそうに見えるわ」
「じゃ、家の中で何か探してみますか?役に立つ何かがあるかもしれません」
「そうね、そうしましょう。アオイちゃん行くわよ」
二人の視線が俺に集まる。どうやら手分けして探す気はないようだ。
家の中を三人で移動しながら探したが家具のようなものはなく足場にできそうなものも見つからなかった。どこに繋がっているかわからない穴はあったが。
それだというのに、二人は楽しそうだった。
「冒険してるわね」
「VRMMORPGって凄いです。やっぱりお姉ちゃんの言うことは間違ってませんでした。最初は少し疑ってましたが…」
「でしょ、かわいい妹にナビをしてもらうためだけに呼んだりするわけないじゃない」
いいや、ナビだけをやらすために呼んだんだぞ。結果的に良い方に転んだだけで。今は悪い方に転んでいるように見えるけど。
「俺に仲睦まじいところを見せつけても事態は好転しませんけど。どうします?」
「シグレさん、さっき見つけた穴というか道ありましたよね。あそこに行きましょう。どこかに繋がってるかもしれません」
「未踏の地を進むみたいで面白いわね。それ採用」
時間を確認した。15時を回っている。家から上を目指すのをやめて地下道?のようなところに入ることになった。
「もうわかってるでしょ」
「わかってます。先頭は俺なんでしょう」
「ワタシがいれば、この家にも戻れますからガンガン進んでください」
「でも、アオイちゃんが進む方向を決めた方がいいと思いませんか?」
「大丈夫です。後ろからでもできます」
「はい、そうですね」
家の玄関近くの壁が壊れている。その先には木の根でできたような道が左右に続いていた。道の側面の一部が家と融合していて壁が壊れたために繋がったようだ。
地下道に入る。時折木の根でできた天井から光が差し込んでおり意外と明るかった。ヒカリゴケのようなものも、この道を明るくするのに一役買っていた。
側面の木には謎のキノコが生えており絶対食べるなという意志をその色で表している。
天井は高く対物ライフルを担ぐのに十分で、幅も人が二人並んで歩いても問題ないくらいにはあった。俺が一人先頭を歩き、マユミさんとアオイちゃんは並んでついてきていた。予想通りの陣形だ。
マユミさんがAKのライトであちこちを照らしている。助かるのだが気になってしょうがない。
天井が低くなっているところを屈んで通り、根が張り出しているところは乗り越えて進んだ。
分かれ道がくるとアオイちゃんが方向を決める。
「アオイちゃん。また、分かれ道だけど。どっち進む?」
「ちょっと待ってくださいね。あ、でも、シグレさん後ろは見ないでください。約束ですからね」
さっきからすっぱく言われていた。気になる。うーん。我慢できずに振り返ってみた。
「あっ」
アオイちゃんは棒きれを地面に立てて手を放そうとしていた。倒れた方向を見て進む方向を決めるつもりだな。また、古典的なことを。マユミさんが笑顔でそれを見ている。
「シグレさんはホントにダメな人ですね。約束も守れないなんて」
「約束って言ってもそれはアオイちゃんが一方的に決めたことで」
「シグレ、世の中には知らない方がいいことなんてたくさんあるのよ」
どうやら、どこに辿り着くかは神のみぞ知るということらしい。しかし、神は教えてくれたりしない。
(えーと、このまま行くとビルに着くよ。アオイちゃんって子は凄いね。地上への出口は他にもあるのに、そこを選ぶとは)
ささやきのような何か理解できない音が耳を通り抜けた気がした。
不安だ。アオイちゃんはあれで何処に連れて行く気なのか…
「みんな、ゴブリンです」
前方のゆるやかに曲がっている道からゴブリンが現れだした。しゃがんで対物ライフルに弾を装填し始める。
「任せて。シグレは盾持ちか杖持ち以外は撃たなくていいわよ」
「センパイ、ワタシのを残してくれなかったら。わかってますよね?」
「も、もちろん」
二人が後ろで話している中、担当のゴブリンが現れるまで待った。
3匹目が盾持ちだ。そして、4匹目が杖持ち。5、6匹目は剣と斧だった。
ゴブリンはこちらに気づいたのかすぐさま距離を詰めてきた。
マユミさんが射程に入ったゴブリンを1発で仕留める。さらに近づいてくるゴブリンはアオイちゃんに譲るようだ。
邪魔になっていたゴブリンがいなくなったので盾持ちの頭部を狙い、撃つ。そして、すぐに次弾の装填を始める。
盾持ちは盾を構えて杖持ちの射程まで近づこうとしているところを盾ごと撃たれ何もしないまま魔石に変わった。
アオイちゃんが2匹目のゴブリンを軽快に撃ち込み自分の仕事をアピール。
5匹目と6匹目が杖持ちを両側から追い抜き近づいてくる。
これで真ん中の杖持ちを安心して倒すことができる。貫通して倒してしまったら、あとが怖い。
杖持ちを余裕をもって狙い、撃った。呪文の射程まで近づくことはさせない。
そして、5匹目をマユミさん。6匹目をアオイちゃんが倒して戦闘が終了した。
三人で2匹ずつ倒して、これでみんな笑顔のはずだ。
「お疲れ様。回収しましょう」
「ええ」「わかりました」
全員で回収を行いアオイちゃんに渡す。
「全部で魔石6個、マテリアル1個です。これで今日の居酒屋代は稼げました」
「今日も居酒屋行くんだ」
「居酒屋は晩御飯を食べるところ。毎日行くのよ」
「そうです、シグレさん。そして量を決めるのが稼ぎ次第なんです」
「あ、はい、そうでした。失念していました」
絶対、この娘達はリアルの分をこっちで食べてるな。ストレス発散も兼ねて。
回収を終えて地下道を進んだ。
10分くらい進むと見たことのあるビルの入口が口を開いていた。
「このビルは…」
「面白くなってきたわね」
「これはカイカンの予感」
もう物騒なことが起こるのは決定事項のようだ。




