36-門
三人であちこちを見て回った。プレハブ以外の大型テントは自由に見学できた。
そのうち傭兵に解放されているのは休憩、医療、仮眠と補給用テントだった。
補給用テントでは銃弾販売の他に魔石やマテリアルの買い取りも行っていた。価格は都市と同じようだ。非常に助かる。死ぬ前に換金できれば安心だ。
小さい柱を見てみたかったが傭兵に解放されている場所にはなかった。
一通り見て回ったあと休憩用テントで昼食をとることになった。
休憩用テントには、おにぎり、巻きずし、サンドイッチといった軽食が置かれている。
そして魔法瓶には、お茶とコーヒー、紅茶が用意されているようだった。魔法瓶、グッジョブ!
兵士さんに聞いたところ節度をわきまえてさえいれば自由に飲み食いしていいそうだ。ありがたい。マユミさんの目が既に輝いている。
活気のあるテントの端の方でおにぎりを食べる。今日は熱いお茶もあるので心強い。
何より良かったのは、隣国が人目を気にしておにぎり戦争が勃発しなかったことだ。素晴らしい。
しかし、問題は二人の目だ。表情こそ美味しそうだったが、目が灰色だった。これは来るぞ、きっと。
買ったおにぎりを早々に食べ終え、巻きずしを追加で食べる。久しぶりのかんぴょうの味に郷愁を感じた。
このゲームの食べ物は恐ろしい。リアルに戻りたくないと思っているのは俺だけではないはずだ。
「つまらないわね」
来た。もう始まるのか。
「そうです。少し物足りないというか」
アオイちゃんもか。
「そんなことありませんよ。露店のおばちゃんのおにぎりは具がちゃんと美味しくつまっていましたし量もいつも通りです。足りないなら、ほら、あそこに」
できるかぎりフォローしてみる。
「シグレ、わかっててやってるわね」
「シグレさん…」
二人の目、こわっ。
「そんな目でこっちを見ない。ほら、熱いお茶でも飲んで落ち着いて。これからのことを考えましょう」
「ま、今日のところはこのお茶に免じて許してあげましょう」
「シグレさん、お茶が美味しくて良かったですね」
どうしてこうなるのか。俺に何の落ち度もなかったはずなのに。
まぁ、いい。お茶を飲もう。落ち着く味だ。
「なるべく戦闘は避けて、あのビルに向かうわよ」
「そうですね。この分だと避けるまでもないかもしれません」
「歩行戦車が作業してるくらいだし。センパイ、ビルまで一直線です」
「それじゃ、さっそく出発しましょう。ここは長居しづらいし」
マユミさんでもそりゃあ気づくよな。周りの視線がかなり集まっていた。女の傭兵が二人もいる上に片方はセーラー服だ。当人は全く気にしてなさそうだが。
テントを出て校門に向かう。作業用の歩行戦車が横を通り過ぎた。
「近いよ、アオイちゃん。手で掴んで足を掛ければヤッターができそう」
「”ヤッターができる”の意味がわかりませんが、鳥脚戦車が歩いているのをこんな近くで、今日もよく眠れそうです」
いつも眠れてるんなら歩行戦車関係ないよね、アオイちゃん。
そこにマユミさんの静止の手拍子が入った。
「はい、二人ともそこまで。行くわよ」
中学校を出てビルを目指す。ゴブリンの巣と呼んでいるビルだ。
「アオイちゃん、ビルまでの道は大丈夫?」
「任せてください。バッチリです。ワタシについてきてください」
アオイちゃんの先導に素直についていった。
放棄車両が道路の端に乱雑に寄せられている。流石に撤去とまではいかないようだ。
交差点を左に曲がる。アオイちゃんに迷いは一切ない。
警戒をしながら進むがゴブリンは見つからない。前回入った細い路地をスルーして広い道を進み続けた。
二つ目の交差点に着くと今度は右に曲がる。ゴブリンには全然遭遇しない。
「この道を真っ直ぐであのビルに着きます」
「やるわね、アオイちゃん。もう皆川ナビって名前にしない?」
「センパイ、ワタシの名前。喋ってます」
アオイちゃんの冷たい視線がマユミさんに向けられた。
またもや、重要情報が。しかもマユミさんからだ。聞こえていない振りをしつつ記憶に刻む。
「あ、ごめん。つい。シグレ忘れて」
「もういいです。シグレさんだし」
そして、しばらく歩くと2階にこもっていた家近くまで来た。簡単な道のりだった。これなら、俺一人でも問題ない。
「あそこが前回こもった場所ですね。家に入って様子を窺ってからビルに行きますか?」
「いえ、このまま行くわ」
強気だ。この強気はどこからくるのか?
「それじゃ、このまま進みます。シグレさん、いいですね?」
「ゴブリンにも遭遇しないし大丈夫でしょう」
家を通り過ぎるとあのビル全体が視界に入り始める。コンクリート造り3階建ての立派なビルだ。ビルの入口付近には防衛隊の兵士や傭兵が集まっていた。
入口付近を占拠してゴブリンを封じ込めているようにも見える。
ビルに到着した。こんなところに人がかなりいて新鮮な光景だった。
「マユミさん、状況確認が必要ですけどどうします?マユミさんが行きますか?」
「いえ、面倒なことになりそうだから、アオイちゃんとここで待ってるわ。シグレお願いね」
「了解です。マユミさん、他の傭兵に突っかかったりしないでくださいよ」
「わかってるわよ、そのくらい。私をいくつだと思ってるの?」
「いくつなんですか?」
「秘密に決まってるでしょ」
「にじゅう―」
「アオイちゃん!」
いきなり口を抑えられたアオイちゃん。もごもご言っているようだが、それだとわからない。せめてハンドサインとかで。
首に腕が入る。これは… アオイちゃんがぐったりしてしまった。アオイちゃん、そこはマユミさんの腕を手で叩かないと。
凄く惜しい。もう少しだったのに。
アオイちゃんの健闘を称えつつ一番近い傭兵のところに向かった。対物ライフルはマユミさんのところに置いてきた。
グローバルチャンネルに変更して傭兵に話しかける。
「すみません。これはどういった状況なんでしょうか?」
「お、ここは初めてか?」
「ええ、そうです。人がかなり集まってますね。ゴブリンをビルの入口で抑えているんですか?」
「ビルの周辺と入口は防衛隊が抑えたようだ。ビル自体の中も安全を確保している。問題はビル入口の少し入ったところにある入口だ。その中へは防衛隊が1グループ入っていて、他は傭兵が数グループ入ったらしい」
「ビルの入口に別の入口ですか?」
「まぁ、聞くより見てこい。すぐにわかる。おまえ達でいいんだよな。かわいい子つれてるみたいだし。入るなら注意しろよ。地図とかないからな。迷っても助けはないと思うぞ」
「情報どうもです。それでは」
マユミさん達のところへ戻り簡単に説明をする。忘れないうちにグループチャンネルに切り替えた。グローバルチャンネルで話すとここでは大惨事だ。
「マユミさん聞いてきました」
「それで、どうだった?」
「ビルの周辺と中は防衛隊が安全を確保したそうです」
「え?じゃ、もう終わり?ここまで来たのに」
あ、マユミさんの機嫌が。
「センパイ、大丈夫です。シグレさんのあの顔を見てください。特に目じり辺りを。情報を小出しにして遊んでるんです。そうですよね、シグレさん」
復活したアオイちゃんがいきなり敵に回った。なぜだ。
マユミさんの俺を見る目がだんだんほそーくなっていく。
「シグレ、本当なら今後料理ができるようになってもアオイちゃんにしかあげないわよ」
とうとう奥の手を出してきたぞ。このゲームの食べ物は美味い。手料理ならなおさらだろう。アオイちゃんも逆らえないくらいだし。
「ち、違いますよ。一度に全て話しても頭に入らないでしょう?順番に説明しているだけです。小出しだなんて人聞きが悪いなぁ。料理は期待しています」
「それなら、早く話しなさい。何もなかったらアオイちゃんも含めて何もつくってあげないんだから」
「センパイ、ワタシは味方です。お姉ちゃん、そこでワタシを含めないでよ。もう」
アオイちゃんの顔が曇り始めた。まずい。
「あのですね。ビルの中に新たに入口があるみたいです。聞くより見てこいと言われました。きっと、そこが目的の場所です」
「なんだ、あるんじゃない。心配させないでよ。じゃ、行くわよ。ほら、アオイちゃんも元気出して」
「良かった。シグレさんも話し方に気をつけてください。ワタシまで飛び火するじゃないですか」
「ごめん、気を付けます」
アオイちゃんに注意されてしまった。順番に話していただけなのに。俺の目じりが悪いのか。表情の訓練が必要だな。
マユミさんが意気揚々とビルに向かう。もう少し警戒して欲しい。対物ライフルを担いでアオイちゃんとついていった。
防衛隊の兵士が銃を構えている中、ビルに入る。
兵士の人にもさっきと同じような説明をされた。ビルの中の入口のことを仰々しく話しているのが面白かった。”異界の門”という言葉が出てくるくらいだ。アース人には刺激が強すぎたのかもしれない。
兵士と傭兵に何か温度差のようなものを感じた。今までこういうのは発見されていなかったのか?
そんな言葉達もマユミさんの耳には届かなかったようだ。既にここにはいなかった。
ビルの中に入ると歪んだ空間が現れた。周りを見てみると歪んでいないので、部分的に歪んでいるようだった。ゆらゆらとビルの中とは違う何かが奥に見える。
歪んでいるところの横に行ってみると普通の光景に戻った。そして後ろに回ってみると、空間が歪み奥の何かがゆらゆらしている。その何かがビルの外の光景でないことだけは確かだった。
「別の空間につながってるようね。もしかしてダンジョン?」
「そうかもしれません。迷ったら危険らしいです。アオイちゃんから離れないでくださいよ」
「わかってるわよ。このアオイちゃんは私のだから、シグレは残念ね」
残念って、どういう意味だよ。
「センパイ、ダンジョンですか。ワクワクします。さぁ、行きましょう」
アオイちゃんはマユミさんの手を取り歪んだ空間に躊躇なく入っていった。どうやら俺の手は引いてくれないらしい。手をにぎにぎしていたのが空振りに終わる。
仕方なく対物ライフルと一緒に歪んだ空間に入る。
歪んだ状態が続くと思ったが、そんなことはなく暖簾をくぐる感じで終わった。
くぐった先は、えーと、これは…
「森ですかね?」
「森みたいね」
「森ですよ」
ダンジョンに入ったというのに霧が晴れることはなく辺り一面背の高い木が乱立していてさらに暗く感じた。
そしてビル周辺の街並みを取り込んだのかポツポツと家や建物が地面に埋まっているのが見える。
遠くには斜めに突き刺さった電柱のようなものまであった。
森に侵食された街が正しい表現かもしれない。
「これは、迷いますね」
「普通に迷うわね」
「全く迷う気がしません」
アオイちゃんを思わず抱きしめようと手を伸ばす。しかし、既にアオイちゃんはマユミさんの腕の中だった。気持ちよさそうに収まっている。
「だから、私のだって言ったでしょ。あげないんだから」
「そ、そんな、少しくらい」
「シグレさん、ワタシは切り売りできませんから。リュックサックをごそごそするのはやめてください」
ちっ、ナイフを出そうとしているところに釘が刺さった。読まれているのか?
気を取り直して情報端末を取り出す。方位磁石アプリを起動してみた。
「ダメですね。情報端末で方位くらいはどうにかなると思ったのですが」
「まぁ、私にはアオイちゃんがあるから大丈夫よ。アオイちゃん、出口のここはちゃんと記憶できた?」
「意識してするものじゃないんですが大丈夫だと思います」
意地でもアオイちゃんから離れないようにしよう。遭難すると大変だ。
「それで、マユミさん。これからどうするんですか?」
「決まってるでしょ。最深部にある何かを見つけるのよ」
「やっぱり、そうなりますか。でも、ここを闇雲に進むんですか?」
「アオイちゃんもいることだし帰り道を考えずにゴブリンを探せば何とかなるんじゃない?」
ゴブリンを見つけても最深部との関連性が… ただ、ゴブリンを倒すだけになるかも。でも、精鋭ゴブリンが最深部を守る可能性もある。
「俺にはいい案が浮かばないので、ここはマユミさんに任せました。アオイちゃんにくっついてゴブリン狩りに尽力します」
「アオイちゃんは私のだけど、任されたわ。とりあえず今日は最初だからスタート地点の周囲を探索してみましょうか」
「了解です」「わかりました」
マユミさんを先頭に周囲の探索を始めた。アオイちゃんの手はしっかりとマユミさんに握られている。ゴブリンが出るまでは離さないだろう。
スタート地点は交差点の真ん中だった。倒れた信号機や朽ちかけた舗装道路が緑に包まれ、そこに霧が漂い異世界の雰囲気を醸し出している。
スタート地点から離れ、しばらく歩いていると人為的に傷がつけられた木を発見した。
「ちょっと、止まってください」
「何かあった?」
「ええ、この木なんですが」
傷は幹を一周するように複数あるのだが形としては2種類しかなかった。バツ印が一つでそれ以外がノ印だ。高さ的にゴブリンがつけた傷とも思えない。
この目印みたいな傷の意味を考えてみたが答えは出てこなかった。
「シグレさん、どうかしましたか?」
「この木の傷なんだけど、この位置の傷だけ他と形が違うんだよ。アオイちゃん、何だと思う?」
「シグレ、私には聞かないの、か、な?」
マユミさんの圧をスルーしてアオイちゃんの答えを待つ。
アオイちゃんはぐるっと木の傷を見て回り、戻ってきた。
「このバツ印の方向に何かあるんじゃないですか?この方向だとスタート地点ではないようですけど」
「方向かぁ。その発想はなかったよ。ありがとう」
「いえいえ。お役に立てて―」
「ゴブリンよ、戦闘準備をして。盾持ちはなし。シグレは杖持ちをよろしく」
「了解。でも、木が邪魔で数が把握できませんね。みんな気をつけて」
ゴブリンにやっと会うことができた。少し恋しくなってきたところだ。プレゼントも十分用意してある。
視界に入っているゴブリンの杖持ちは1匹。腰を落として対物ライフルに弾を装填して、このままの姿勢で杖持ちを狙い、撃った。
「お見事。あとはもう1匹ぐらいシグレにあげるわ。適当なのを撃って。アオイちゃん残りは私達がやるわよ」
「わかりました。うずうずします」
マユミさんの指示を次弾を装填しながら聞き、終わると同時に一番遠いゴブリンを狙い、撃つ。すかさず次弾を装填。
「じゃ、残りは…」
マユミさんが有効射程に入ったものから次々と倒していく。
こちらに気づいたゴブリンが走り出してきた。遠距離攻撃ができそうなゴブリンを探す。その間もAKの発砲音が軽快に続いていた。
そのままやっちゃうとアオイちゃんのが…
「センパイ、ワタシのは…」
「あ、ご、ごめん。つい、勢いでやっちゃいました」
「アオイちゃん。まだ、残っているゴブリンがいるかもだから」
木に隠れているゴブリンがいないか少し探してみたが、どうやら全滅したみたいだった。
アオイちゃんがふくれっ面でマユミさんを見ている。今日は何度もこの表情を見れて、お兄さんは幸せなんだが。
苦笑いのマユミさんに強烈な一言が突き刺さった。
「センパイ。ワタシ、シグレさんと歩きますから」
「え?」
アオイちゃん、それはマユミさんに効く。というか効きすぎる。
マユミさんが急に動かなくなった。今ならほっぺたをぷにぷにできるかもしれないが空気を読んで我慢した。
小声でアオイちゃんに話しかける。
「アオイちゃん、それはやりすぎじゃ。マユミさんが動いてないよ」
「センパイには、これくらいがちょうどいいんですけど。シグレさんにはまだ早いかな」
普通の声で平然と言うアオイちゃんが怖い。マユミさんは時が止まったままだ。
アオイちゃんがマユミさんのほっぺたをぷにぷにしだした。
ひとしきりやって満足したのかアオイちゃんはマユミさんの手を取って歩き始める。
「センパイ、ウソです。さぁ、ドロップを回収しに行きますよ」
「そ、そう、冗談なのよね?アオイちゃん、びっくりさせないで。一瞬目の前が真っ暗になったわ」
再び動き出すマユミさん。こんなところで動かなくなるとか勘弁して欲しい。
アオイちゃんも、早いとか遅いじゃなくてやる場所を考えて。
二人の後ろを歩きながら爆弾の対処方法を考え続けた。




