104-発熱
無理矢理寝ても悪夢を見るだけで問題は何も解決しなかった。
時間は8時51分。やはり、栄養と薬が必要のようだ。予定通り無理矢理ミッション”栄養と薬”を実行しよう。
頭痛の中、コンビニに行くためのささやかな身支度を整える。マスクも必要だ。コンビニのクジ引きでもらったのをとっておいて良かった。
支度を終えて、いざ部屋を出るとなると思い切りがつかない。コンビニは近い方なのだが、それでも往復には15分くらいかかる。途中で凄く気分が悪くなって動けなくなったらどうしよう。
いや、こんなことをグダグダ考えている暇があったら行動に移そう。今のままでは、体調が良くなる要素がなさすぎる。
よし、気合でいつものエイトイレブンに行くぜ。行きます。行けるといいな。
行ってきた。頭は痛いものの途中で動けなくなるということはギリギリなかった。そして、栄養と薬はちゃんと手に入れることができた。ミッション成功だ。
ジャージに着替えてベッドの上で戦果を確認する。納豆と弁当という黄金コンビはない。あっても食べることができないからだ。納豆が買って欲しそうにしていたが振り切ってきた。いつも見ていたあのラベルが物悲しく見える日が来るとは。許せ。
今日は、こんなときの俺のために用意されているような栄養補給ゼリー食品を買ってきた。バナナ何個分とか鉄分とかがとれる噛まなくてもいい奴だ。ボッチ病人の救済アイテムである。便利な世の中だこと。
それと薬はこれ、バフリンさんだ。あって良かったエイトイレブン。
これで役者が揃ったな。あとはゼリーを食べてというか飲むのかな… チューチューしてバフリンして少し寝る。このコンボがきまれば体調は良くなるだろう。起きてからアースに顔を出せばみんなハッピーだ。
じゃ、さっそく、このバナナを―
『ピン、ポーン』
え?こんな朝早くから何事。通販サイトのアムズンで何かを買った覚えはない。
ま、無視でいいだろう。今日はいろいろ休みだから帰ってくださいねぇ。あぁ、頭痛い。
『ピンポン、ピンポン』
うぅぅ、頭に響く。このチャイムの音、病人にはくるものがあるな。ガンガンくる。
仕方ない、これ以上ピンポンされると熱が上がりそうだ。
インテリジェントなインターホンのない安アパートがここにきて俺に牙をむく。ドアまで移動するのが辛面倒。
「はい、どちらさまですか?」
「お姉ちゃん、やっぱり、いた。ほら、早く」
「早くって、アオイちゃんが喋ってよ。チェックもお願い」
「もう、仕方ないぁ。初対面じゃないのに」
「えーと、打ち合わせならチャイムを鳴らす前に済ませてください。では」
「ちょ、ちょっと、シグレさんですよね?ワタシです。アオイ、ちゃんです」
頭がさらに痛くなってきた。自分をアオイちゃんという、この声。それと、もう一人の女性の声も―
聞き覚えがありすぎる。
どうして、こうなった?
あ、この二人に俺の情報が渡っているんだった。忘れてた。でも、俺のお見舞いに使うとは、使い方としては間違っていない。素晴らしいじゃないか。これって、お見舞い、だよな?お見舞い、だよね?
「非常に聞き覚えがある声ですが、どちらさまですか?」
「シグレさんが風邪を引いていると聞きました。が、本当に風邪ですか?」
俺の問いが華麗にスルーされたな。
「風邪を引いていますが、引いてなかったらどうするんですか?」
「ナギさんに報告して重い罰をお願いします」
くっそ。こんなところにまでナギさんの手のものが。恐るべしナギさん。
「えっと、普通に風邪を引いて今も頭痛がひどいんです。こんなことをしている暇は―」
「じゃ、ドアを開けてください。確認します」
ど、どうやって?こっちは頭が痛いというのに悠長な。
頭をおさえながら鍵をかけていたドアをゆっくりと少し開ける。すると、その隙間から服は違うがアースとほとんど同じ姿のアオイちゃんが顔を覗かせていた。
「これでいい?」
「ちゃんとシグレさんのようですね。じゃ、これ」
「あ、はい。って、何?」
アオイちゃんの中の人が俺に体温計と思しきものを渡してきた。どうみても体温計だが。うん、体温計だ。間違いない。
「で?」
「で?じゃなく早く測ってください。わきに挟むんですよ。熱がなければナギさんに報告ですから」
「しょうがないなぁ。こんなことをしなくてもちゃんと熱はあるのに」
「熱があるなら測っても問題ないですよね?15秒ですし」
もっともな言い分だった。しかし、場所は選んで欲しかった。
「早くお願いします」
「じゃ、測ってくるから待ってて」
「今、ここで、このまま、お願いします。ズルは許しません。15秒ですし」
ズ、ズルなんて考えもしなかった。が、過去にはやった記憶があるようなないようなあるようなあるな。
「はい、はい、わかりました。初対面なのに相変わらずグイグイくるね」
「初対面じゃありませんから」
こっちでは初対面じゃん。あのゲームの仕様が初対面じゃないように思わせているだけで。
しょうがない、早く体温を測って、測って、測ったらどうなるんだ?
まぁ、いい、測ろう。寒気がする。それにしても体温を測るのなんて久しぶりだ。わきに挟めばいいんだな。アオイちゃんのドアの隙間から覗かせる視線がどことなく厳しい。
『ピーー』
うん?もう終わりかな。体温計をわきから取り出し体温を見ようとしたら素早い何かが体温計を奪っていった。
「お姉ちゃん、熱はあるから本当に風邪みたい。風邪なら襲ってこないから安全だよ」
聞こえてるんですが。近所迷惑なんですが。そして、誰が誰を襲うんでしょうか?そこにいるのがマユミさんなら体調が良くても余裕で返り討ちにあう自信があるんですが。あ、頭痛い。
「そう、確認ありがとね。アオイちゃん。それじゃ、中に入ろっか」
「はい、はーい。じゃ、シグレさん、遠慮なくお邪魔させてもらいまーす」
「あ、ちょっと待って。部屋汚いから、掃除を」
「シグレさんは病人ですし、汚いのは理解してますから大丈夫です。では」
「お邪魔します」
「あ、はい、どうぞ」
ボッチを極めた俺の部屋に爆弾とはいえ女の子が一度に二人も… これは、そう、あれだ。夢だな。ほっとこう。あ、また、少し熱が上がったかも。ほっとこう。
「それでは、始めます。アオイちゃんは、この汚い部屋を食事ができるくらいには掃除をしてあげて。私は料理をするから」
「はーい」
「そ、そこまで汚くないし。物が散らばってるだけだし」
「シグレさんは邪魔なのでベッドで休んでてください。台所を借りますから」
「あ、はい。今日はわざわざ来てもらってありがとうございます。でも、俺は普段自炊しないから何もありませんよ」
「火がつけば問題ありません。他は用意しています」
「そうですか。それにしてもよくここに来る気になりましたね」
「ナギさんの心配そうな顔が辛いし、私も興味がありましたから気にしないでください」
「ワタシもシグレさんの生き様には興味がありました。予想通りでしたけど」
予想通りって何がどう予想通りなのか気になるなぁ。ちょっと教えてくれないかな。後学のために。
「あぁ、それと。迷ったりしませんでした?ここ、少しわかりにくいと思うんですけど」
「迷ってませんね。私にはアオイちゃんがいますから」
「余裕です。いつも通っているかのように来ることができました。ちょっと不思議ですけど。ワタシにかかれば、こんなものです」
流石だな、アオイちゃん。その力、風邪みたいに移ったりしないかな?移して欲しい。代わりに、この風邪をあげるから。
ベッドに戻りすっかり忘れていた戦利品の入ったコンビニ袋をずらして座る。依然として体調が悪いのだがさっきから何かの違和感が俺につきまとっていた。
女の子が二人もいて部屋にいい香りが漂っているとか、そういうことではない。
この二人がおかしい。確かにおかしいんだが。何というか、この二人のどちらかが特におかしい。アースでもこんなだったっけ?
「マユミさん。俺のことはナギさんに聞いたんですよね?」
「ユミカです。ナギさんに聞いたというか、怒られたというか。アナザーの世界では私とアオイちゃんがしっかりとシグレさんの面倒をみてくださいと念を押されました」
「ナギさんの目が怖かったです。開いてませんでしたが」
そっか、やっぱりナギさんか。うん?アオイちゃんには違和感がない。アースと同じに思える。これはこれで凄いことなのだが、今はいいだろう。だとしたら、おかしいのはマユミさんか?
「アオイちゃん、アオイちゃん」
俺の部屋を掃除という名目で物色しているアオイちゃんを小声で呼ぶ。
「なんですか?シグレさん」
「マユミさんてこんなだっけ?何か違和感があるんだけど」
「普通ですけど… あっ。そうか、シグレさんの普通はアースの方でしたね。今はユミカで喋り方が違うんです。本来はこの喋り方で、マユミの方が普通じゃないんです。ちなみにマユミの方が強いです」
そうか違和感の正体はマユミさんの喋り方か。”強い”というのが意味がわからないが。
「マユミさん。その喋り方、何とかならないんですか?アースと同じでいいのでは」
「ユミカです。こちらでマユミの喋り方はできません。諦めてください」
「え?アースとこっちで喋り方変えて疲れませんか?」
「全く疲れません」
「シグレさん、オンラインゲームだとだいたいマユミですから、今に始まったことじゃないんです。無駄に器用なんですよ、お姉ちゃんは」
「アオイちゃん!」
「ホントだけどウソです」
なぜ、喋り方を変えているのかは突っ込まないでおこう。いろいろあるんだろう。
それにしても、この二人、俺の部屋によく来れたよな。
俺なんてオンラインゲームのフレンドにリアルで会いたいとか思ったのは、オンラインゲームを始めたころ以来だ。いろいろあって今はオフで会いたいと全く思わないからな。ましてや、相手の住んでいるところに行くなんて。俺には到底無理だ。
それに距離の問題もある。近かったのかな?いくらナギさんに言われたからといっても物理的に無理なことがある。しかも、この時間に来れるということは、無理もしてなさそうだし比較的近い距離に住んでいるのかもしれない。
いろんな好条件が重なって二人は今ここにいるのかぁ。ちょっと感動する。
「アオイちゃん達って、近くに住んでるの?」
さらっと聞いてみた。他意はない。
「駅二つってところです。秘密にしてましたけど意外と近いんです」
マジか。駅二つって方向はわからないが、お嬢様の可能性があるのかぁ。ま、爆弾姉妹だけど。
「へぇ、オンラインゲームの中の人が意外と近いって、ふ、不思議な感覚だね」
「シグレさんも、そう思います?ワタシも知ったときは内心びっくりしました。お姉ちゃんなんて―」
「アオイちゃん!!掃除は?」
「とっくに終わりました。この部屋意外と物が少ないんです。楽勝でした。いかがわしい物もありません。そこは予想が外れました」
今日日、いかがわしい物を現物で持っているわけないし… まだ、あそこは大丈夫のようだ。ふぅ。それに掃除だって隅に持っていっただけじゃん。ま、それは、それで、ありがたいが。
「じゃ、アオイちゃんは、これでも食べてて」
も、もしかして…
「もしかして、梅メロンパンとかじゃないですよね?マユミさん」
「ユミカです。なぜ、そんな危険なもののことを覚えているんですか?食べたいんですか?上級者用ですよ」
「お姉ちゃん、ありがと。これは、普通のメロンパンです。梅はシグレさんには早いですね」
「えーと、俺には?」
「病人はメロンパンを食べなくてもいいです。シグレさんは、こっち」
お見舞いにメロンとか持っていくじゃん。メロンパンだって、おかしくないし。
しかし、マユミさんが俺に用意してくれたのは、おかゆと雑炊の中間のような胃に優しい料理だった。バナナゼリーを食べそこねてのやっとの食事が、こんなにいいものになるとは。ナギさん、グッジョブ!
「あ、ありがとうございます。病気になったときに、こんなのをつくってもらえるなんて。もう何年ぶりのことか。感動します」
「はい、はい、わかりました。それを食べたら、この薬を飲んでください。よく効きますから」
「お姉ちゃん、ワタシには?」
「メロンパンがあるでしょ。これは病人にならないとつくってあげません」
「こんなのつくってもらった記憶ないし。シグレさん、うつして」
アオイちゃんが無邪気に近づいてくる。うぅ、やめて、本当にうつしてしまうから。
「アオイちゃん、バカしないの。シグレさんは、温かいうちに食べてください」
「はい、いただきます」
マユミさんのつくってくれた謎の雑炊を食べる。
メインの具は卵のようだ。美味しい。中央に盛られいる緑のネギが食欲をそそる。そして、かなり溶けているようだが肉のようなものもある。鶏肉だろうか?素晴らしい。アースで食べたヤドカリを思わせる薄めの出汁もきいていて食欲があまりなくても自然と体に溶けていく。
噛む必要があまりない雑炊を黙々と噛み締めて食べる。頭痛なのにとても幸せな気持ちに。目から汗がこぼれてきそうだ。
アオイちゃんは何個あるかわからないメロンパンを食べていたが、マユミさんはずっとこちらを見ていた。
「マユミさん、そんなに俺を見ても面白くありませんよ」
「ユミカです。十分楽しませてもらってます。美味しいですか?」
「それは、もう」
「また、病気になったらつくってあげるかもしれませんよ」
「じゃ、今日の昼や夜とかは?」
「あとは気合で何とかしてください。私は家の手伝いで忙しいので。でも、それと薬ですぐ治ると思います」
「ワタシは午後に授業があります。シグレさん、これちょっと借りますね」
みんな忙しいのにありがたい。お兄さんは頭痛いけど嬉しくなってきたよ。
そんな俺を無視してアオイちゃんが俺のVRギアを装着しだした。生体情報で認証するから問題なくログインはできるのだが。
「いいけど、どうするの?」
「ナギさんに本当に風邪でしたって報告してくる。心配してたから」
「俺もちゃんと風邪だって言ったのに」
「シグレさんは、いろいろと逃げようとした過去があるからじゃないですか?」
「なぜ、マユミさんがそれを?」
「ユミカです。いろいろ聞きましたから。おばあちゃんがよく危険になるそうで」
心当たりはある。あれは、おばあちゃんの危険がキラリンと頭をよぎったわけで。ちなみに本当のおばあちゃんは、たぶん元気です。
「ごちそうさまでした。大変、美味しかったです」
「お粗末さまでした」
病人をさしおいてベッドの上で寝転がりアースに旅立ったアオイちゃんを眺める。グフフフフフ。非常に良い眺めである。
「シグレさん、何を考えているんですか?」
「な、何も」
「ふーーん」
「あ、そういえば今日は第二次大戦の開始日ですね」
「そうみたいですね。私には関係ないですけど」
「いや、同時にアップデートがあるかもしれないじゃないですか。AKが弱くなってたらどうするんですか?」
「公式ホームページには、その辺の情報はありませんでした。が、もし、AKがナーフされていたら誰かにかける技の力加減ができなくなるでしょうね」
なんだ、ちゃっかり調べてるじゃん。興味がない振りして。
開発の人、AKだけは触らないでお願いします。
「それで、マユミさんは『Another Earth Online』を楽しんでますか?」
「ユミカです。なぜ、そんなことを聞くんですか?」
「ちょっと前にアースで迷ってたみたいだから」
「私はずっと楽しんでます。ただ、それが周りを振り回しているとしたら?どうなのかなって思っていただけです。でも、もう気にしないことにしました」
「へぇ、吹っ切れたんですね」
アオイちゃんの方に顔を向けていたマユミさんが、俺を真っ直ぐに見るように顔を動かした。普通に美人さんだから困る。ちょっと気まずい。
「そうかもしれません。なので、シグレさん、これからもいろんな関節技をかけると思うので楽しみにしていてください」
やだ!




