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102/105

102-のち、曇り


「それでは、次は右脚を弄っていくかの」


「え?今、動かしたのは整備が終わったからじゃ?」


「何を言っとる。おまえさんに向きを変えてもらっただけだ」



 なん、だと。俺は歩行戦車の向きを楽しそうに変えていただけだったのか… ま、いいけど。


 時間は17時前、この時間から右脚を弄り始めるのか。俺はいつ解放されるのだろうか?


 それにおじいさんはさっきから店に顔を出していない。そんなことで大丈夫なのか?泥棒とかが簡単に入ってこれそうじゃないか。



「おじいさん。こんなに店を留守にして大丈夫なんですか?閉店してるわけではないですよね?」


「うん?用があるなら、こっちに来るだろ?」


「いや、泥棒とか」


「おまえさんは心配性だの。わしはそんな心配したことないのう。こんなとこ誰も泥棒に入ったりせんぞ」



 ウハウハのくせに。全く不用心で困る。



「ほら、今はアナザーがいるじゃないですか?」


「おまえさんは泥棒なのか?」


「俺じゃなくて、見知らぬアナザーが悪いことするかもしれないでしょ?」


「おまえさんが大丈夫なら他も大丈夫だろ。そんなことより、あれ」



 アース人が楽観的すぎて胃が痛い。それに謎のゲームも再開してしまった。しょうがないなぁ。


 あれって、これだろうな。おじいさんに謎の工具を拾って渡す。それを受け取ったおじいさんが、また魔力シリンダーを弄り始めた。その行動を注視して俺はさっきと同じように次の予想を立てていく。



「シグレさーーん。帰りますよぉ」



 トシコちゃんだ。しかも、帰るらしい。迎えに来てくれたんだ。トシコちゃん、マジ天使。


 そして、俺はトシコちゃんの護衛だ。天使でも護衛を忘れると少し危険な時間帯だろう。アースでは大丈夫っぽいが。



「ハクシュッっと、ということでおじいさん、これで失礼したいと思います」


「トシコ、もう帰るんか?泊まっていかんのか?」


「ちゃんと長めの昼休みって言ったでしょ。これから帰って仕事するの」



 マジか。働き者がここにも。おじいさんといい、できたアース人だこと。



「なら、助手は置いていっても問題ないだろ?」


「シグレさんは私の護衛なの。帰り道にいないと危ないでしょ?」


「うーん、いつもは一人だったような気がするんだが…」



 トシコちゃんが俺の手を引っ張りだした。おじいさんから解放されるし可愛いし。ゲヘヘヘヘヘ。



「シグレさん、緩んでますよ」



 おばさまがいた。気が付かなかった。自分の気配をトシコちゃんの気配で隠していたとか… ま、まさか、考えすぎだろう。アハハハ。



「う、生まれつきです」


「そうですか。それじゃ、これを。お土産です。みなさんで食べてください」



 何かを包んだ風呂敷を渡された。ま、十中八九イチゴだろう。残りの一二はいつものお茶っ葉というところか。手ぶらで帰るとやばかったので大変助かる。これは流れが来ているぞ。



「ありがとうございます。とても助かります。俺だけ美味しい思いをしたのでバレたらどうしようかと思っていたところです」


「シグレさん、良かったですね。それじゃ、帰りましょう」


「おじいさん、おばさま、また来ます。では」


「いつでも来てください」


「遠慮せんでええからの」


「はい」


「おじいちゃん、おばあちゃん、またね」



 ガラクタの山、もとい宝の山の横を通り、少し暗くなった気がしないでもない帰り道を歩く。横のトシコちゃんは静かだ。疲れてしまったのかもしれない。



「ハ、ハクシュ」



 熱があるわけでもないし寒気もしない。しかし、くしゃみは続いている。噂にしては少し多い。心当たりはそれなりにあるが、今まとめて噂されているとも考えにくい。ひょっとすると―



「シグレさん、大丈夫ですか?風邪かもしれませんよ」


「うーん、でも、くしゃみだけなんだよね。症状的には」


「風邪を引いても得はしませんから気を付けてくださいね」


「そうだね。気を付けるよ」



 全くその通りだった。チームハウスに自分の部屋があるといっても、落ち着いて休むことはできない。風邪を引いたところで逆に追い打ちをかけられそうだ。そうなったらヒロコさんに風邪薬を寄付してもらえばいいのだが…


 もしも俺が風邪を引き始めているとしたら、トシコちゃんとこの距離はまずくないか?トシコちゃんに風邪でも引かれたらマスターやおじいさんから… いかん、少し離れよう。


 ゆーっくりと自然な感じでトシコちゃんとの距離を開けていく。少しずつ、少しずつだ。


 しかし、どういうわけか距離が思うように開かない。おかしいなぁ。



「シグレさん、無駄なことはやめましょう。そんなことしても、もう遅いんです」



 やはり、バレていたのか。微妙に鋭いなぁ。



「だからと言って何もしないわけにもいかないし」


「もう二人で風邪を引きましょうか」


「それだと、俺が怒られるの」



 マスターのことだから対物ライフルの弾を2倍の値段で売りつけてくるかも。想像しただけでも恐ろしい。



「大丈夫です。既に遅いんですから。もし私が風邪を引いたら、シグレさんは風邪を移さないように頑張っていたと伝えます。安心してください」



 全く安心できない。安心できないが遅いのも事実だし… もう、いいや。まだ、風邪を引いたのが確定したわけでもない。



「じゃ、せめて急いで帰ろう」


「えええええ」



 それから、武器屋に着くまで二人で早歩きをした。黙々と早歩きをする二人の姿が、他人からどういう風に見えていたかは考えたくない。



「それじゃ、シグレさん。私は仕事に戻ります。今日はいろいろありがとうございました」


「こっちこそ、ありがとね。美味しいイチゴも食べることができて良い休日になったよ。じゃ、またね」



 見送ってくれるトシコちゃんに軽く手を上げ武器屋を離れる。賑やかな傭兵通りを薬屋の近くまで歩き、そこから裏通りに入った。



「ハクシュッ」



 うーん、いよいよ完全に風邪を引いているような気がするが、体調はすこぶる良い。やっぱり、おかしい。



「おや、シグレじゃないか。大丈夫かい?」


「こんばんは。大丈夫です。それより、今帰りですか?」


「そうだよ。ヒロコちゃんとゆっくり話せて楽しかったよ。心配してたことも解決してたみたいで安心、安心。ありがとうね、シグレ」


「いえいえ、別にそんな礼を言われることなんてしてませんから。道案内しただけじゃないですか」



 とても上機嫌なレイコおばさんだった。朝、ヒロコさんにレイコおばさんをプレゼントしたのを思い出す。ヒロコさんの機嫌の方はどうなっているのだろうか?



「えーと、ヒロコさんはチームハウス、案内した家に、まだいますか?」


「そりゃあ、いると思うけど。あそこもヒロコちゃんは自分の家って言ってたからね」



 レイコおばさんにまで、そんなことを。俺が変な風に思われるんだから、少しは考えて喋って欲しい。



「まだ、いるんですね。ちなみに機嫌とかどうでしたか?」


「うん?悪くなる理由でもあるのかい?私にはそんな風に見えなかったけど」


「そうですか。それじゃ、俺、もう行きます。レイコおばさんも気を付けて」


「シグレ、ヒロコちゃんと仲良くね。うちの露店にも来るんだよ。サービスが貯まってるから」


「はい、ありがとうございます。それでは」



 レイコおばさんの笑顔は、こっちまで幸せになりそうで縁起が良い。


 公園の前を通るとき、噴水の石像をちらりと見る。つもりだったのだがガン見してしまった。なぜか難しい表情をしているように見えたからだ。こういう表情は記憶にはなかった。


 レイコおばさんの笑顔から噴水の石像のあの表情だ。少し寒気がしてきた。早くチームハウスに入ろう。


 鍵のかかっていない玄関の扉をそーっと開けて入り静かに扉を閉める。まだ、気づかれていないようだ。息を殺して靴を脱ぐ。



「あなた」


「うわっ!ちょっとナギさん驚かさないでください。ただでさえ気配がないんですから」


「そんなことはどうでもいいのです。それより、不気味に機嫌の良いヒロコさんがあなたを呼んでいます」


「機嫌が良いなら問題ないですよね?レイコおばさんのことも良い方に受け止めてもらえたということじゃないんですか?」


「そうだと、いいのですが。では、装備を置いたら来てください」


「わかりました。それと、これ。イチゴだと思います。お土産にもらいました。マユミさんとアオイちゃんがいるときに、みんなで食べてください。俺はもう食べましたから」


「ありがとうございます。では、後ほど」



 自分の部屋に戻り装備を外す。体が軽くなったところでストレッチみたいなことをやってみた。必要ないかもしれないが、自然と気分が落ち着いてくる。



「よし、行くか」



 なぜ、家の居間に行くのに気合を入れているのか。自分のとった不思議な行動に疑問が湧く。噴水の石像のあの表情のせいなのか?


 居間に入るとダイニングテーブルについてビスケットを食べているヒロコさんがいた。反対側の手には湯呑がガッチリと握られている。ナギさんは台所のようで緊迫した空間が俺だけを待っていた。


 当然、ヒロコさんは俺を見つけると隣の椅子をパンパンする。ここは素直に隣に座っておこう。



「シグレ、おかえり」


「ただいまです」


「何か言っておくことは、あるかい?」



 これは、どういうことなのか?一見機嫌が良さそうなヒロコさんのこの行為。自首するなら今だと言わんばかりだ。


 さっき会ったレイコおばさんは機嫌が良かったし、ヒロコさんも怒ってはいなさそうだ。だとしたら自首するようなことはなかったということになるのだが…



「え、えーと。レイコおばさんと積もる話はどうでしたか?」



 よし、今のは良かったんじゃないか?


 地雷を自ら踏んでいくように踏み込み、俺がしたことは悪気のない普通のことをしたとアピールしたわけだ。アピールしたつもりだ。わかってもらえてるよな。全ては親切心からきたことなのだ。



「ふーん、そう来るんだ」


「いつもお世話になっている人が困っていたら当然助けますよね?ち、ちなみにお土産にイチゴを用意しました。とても美味しいイチゴですよ」


「でも、お土産があるんだね。しかも、イチゴとは。調べてるじゃないか」



 あれ、ヒロコさんってイチゴ好きなの?大好きなの?お、やはり流れは、こちらに。噴水の石像はきっと別の考え事をしていたんだろう。きっと、そうだ。



「それじゃ、後は晩ごはんを食べて終わりということで。ナギさん、晩ごはんを食べたいんですが大丈夫ですか?」


「ええ、もちろん大丈夫です。ヒロコさんは、こちらで食べますか?それとも、あちらで?」


「シグレと話があるからね。こっちで食べていくよ。いいだろ?シグレ」



 こちらに顔を出していたナギさんに晩ごはんをお願いした。ただ、ヒロコさんがねっとりと絡んできているのが気になってしょうがない。



「俺に聞かなくても、いつものように好きにしてください」


「そうだね、そうするよ。それで、レイコおばさんとの話なんだけど。積もる話はかなり解消できたよ。親切な誰かのおかげでね。解消できなくても良かったんだけど」


「そ、それは、良かったですね」


「だけど、合間合間に聞かれるんだよ。結婚はどうするのか?とか、良い相手はいるのか?ってね」



 そういう歳なんでしょうね。俺も最初はギリギリお姉さんだと思ってましたから。今は少ししか思ってません。



「そこは華麗に流せば問題ありませんよね?」


「今まではそうしてきたんだけど、シグレはレイコおばさんの露店の常連みたいだし、これからも会うたび言われるのは正直面倒。その上あろうことか写真のようなものを持ち出そうとしてたから、きっぱりと良い相手がいると言ってやったんだ」



 俺が知り合ってからヒロコさんにそんな人がいるようなことは聞いてないし聞こえてもこなかったけど。イケメン地図は違うとして… あれ?嫌な予感が。



「俺は知りませんでしたが、ヒロコさんにはちゃんといたんですね。そういう相手が。ちなみに俺のことで恐縮ですが、俺には一応ナギさんが、一応いますから。セーフということで」


「私が言った相手のことは、レイコおばさんもとても気に入ってくれて、親切な人をよく捕まえたねと褒められたりもしたよ。なぁ、シグレ」


「えっと、俺には一応ナギさんが―」


「あなた、私のことなら別に気にしなくてもいいんですよ。それに、現在のこの都市ではおかしな話でもありませんから」


「そういうことだから、シグレ。四人目にも優しくな。これで、堂々とレイコおばさんや知り合いに会えると思うと、肩の荷が下りた感じでとても気分がいいんだ。今ではもう見ることのないどこまでも続く吸い込まれるような青い空が、今の私だよ。わかるだろ?」



 表現自体は理解できる。が、俺の場合は対岸の火事を見ていたら、”あの盛大に燃えている家、あんたの家だよ”って言われたばかりだ。あるはずのない現実の衝撃で人のことを考える余裕はない。



「ヒロコさん、独り占めだけは止めてください。他に三人いるんですからね」


「わかってるって」


「いや、俺にはわかりませんが。どう考えても二人もいたら俺の風当たりがやばくなるでしょ?」


「君も言ってたじゃないか。そういうのは華麗に流せば問題ないんだろ?」



 ぐぬぬぬ。くっそ。そんなに華麗に流せるわけないじゃん。というか、こっちが流したとしても相手がどう思うことか。


 ヒロコさんの清々しい表情が俺に敗北感を植え付けてくる。だいたい、普通の日本人にはお嫁さんが複数とか無理です。許されませんから。あ、精神的に胃が痛くなってきた。



「ただいまです、シグレさん。とその愉快な仲間たち。何の話をしてるんですか?」


「ば、晩ごはんの話です。おかえりなさい、メイさん」


「そうですか。ナギ、私も食べるから」


「だったら、手伝いなさい」


「えええええ。私は仕事で疲れているの」


「あなた、メイは夕食はいらないようです」


「わかりました。やればいいんでしょ」



 とりあえず、結婚みたいな話は積極的に変えていこう。メイさんまで増えたら大変だ。それにヒロコさんの場合も言うだけなら、まぁ、いいだろう。問題ない、言うだけなら。




 夕食を終えて自分の部屋に戻ってきた。電気を点けて静かに部屋の扉を閉める。


 晩ごはんを食べた気があまりしない。メイさんを巻き込まないよう話題に細心の注意を払っていたからだ。そこに、ヒロコさんが面白がって爆弾ワードを投下してきていた。ヒロコさんは意外と根に持つタイプなのかもしれない。


 しかし。



「どうして、こうなった?」



 情報端末を取り出し今日のことを思い出しながらログアウトボタンをタップする。


 白い世界に包まれ意識がリアルの自分の体に戻ってきた。



「ハ、ハッキュッシュン」



 VRギアを外し少し動かすのがだるい手を額に当ててみる。


 どうやら、こっちの体が風邪を引いていたようだ。


 いろいろ、頭が痛い。



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