101-一時、操縦桿
さっきから謎のゲームが始まっていた。
おじいさんの言う”あれ”や”それ”に応えて、望む物をガレージ内から探し持って行くゲームだ。
おじいさんの行動を注視して先を読んでいかないと、おじいさんの渋い顔を拝むことになる。年季の入ったシワが織りなす表情は、どことなく何かの値を削ってきそうだった。
ただ、行動の先を読むといっても簡単ではない。整備の経験なんか全くない上に、整備しているのは歩行戦車の文字通り足回りだ。初見でまともにできるはずがない。
そこに追い打ちをかけるように、おじいさんの他愛もないお話だ。そのお話もアースの情報収集に役立ちそうだからスルーをするわけにもいかない。たちが悪かった。
しかし、それも1時間前の話だ。ようやく飲み込めてきた。正解率も上がってきたと思う。それに必要なものが手元に揃ってきて”あれ”、”それ”が減っているのにも助けられた。一度使用したものを元の場所に戻さなくても良いところが、このゲームの優しさなんだろう。あれ?正解率が高くなるのって当然では…
それにしてもこの機体、脚は二つで腕はなく大きさからしても2脚の歩行戦車なんだろうが戦う気が全くなさそうだ。
周りに散らばっている装甲やカバーみたいなのを考慮しても現状は単座の歩行機械でしかなかった。
後ろが荷台になっている車のその荷台部分がないというのが、この歩行機械の現状に近い表現かもしれない。機械機械しているところは惹かれるのだが、武器、ロマンが不足していた。
今は、思った以上に関節部分が多い鳥脚を見てワクワクするしかなかった。おじいさんのゲームをしながら…
「おじいさん、これって歩行戦車ですよね?戦う気はなさそうですが」
「そうだの。2脚歩行戦車のウォーカーといって、その中でもこれは軽量のライト ウォーカーになる。戦う気がなさそうなのは、この歩行戦車の目的部分を用意しとらんから仕方がないのう。戦闘用だと後ろに回転銃座をつけるのが普通らしい。わしは仕組みを勉強中だからの武装は必要ない」
そっか、後ろに回転銃座とかのっかるんだ。だとしたら12.7mmか7.92の機関銃だな。ロマンが出てきたな。普通の人型モンスター相手なら無双できそうだ。弾代を考えなくてもいいなら。
「このウォーカーって戦闘用以外にも使われているんですか?」
「普通の荷台やクレーン付きの荷台もあるからの。この大きさで小回りがきく分、作業用としても人気がある。車はこの霧でスピードが出せない上に整備された道が必要で活躍の場が限られるようになったからのう。道路輸送の面では、歩行戦車は歯が立たんが」
これも作業用があるのか。まぁ、キャタピラが存在しないところを歩行機械で補っているというか開発者が無理矢理歩行機械をぶっ込むためにキャタピラをなくしたんだろうなぁ。その開発者には俺からグッジョブを贈りたい。ちなみに贈る方法は知らない。
「以前もクレーン付きの歩行戦車を見たことがあります。2脚でしたが、これより大きくクレーンが回転砲塔の代わりについてました。なかなか強そうでした」
「それはミドルかの。車のクレーンはサスペンションのおかげで安定せんからの。踏ん張れるこいつらの出番となるわけだ。大型の作業用では4脚のヤツがこの都市にもあったはずだ。そいつはかなり巨大で強いぞ」
そっか、アースにはあれがないんだな。リアルのクレーン付きトラックに装備されている安定させるための脚みたいなヤツが。
ま、これもグッジョブ開発者のせいだろ。よくやった。
しっかし、この脚、関節の数と規模は違うものの装甲歩兵とたいして変わらないように見えるんだよなぁ。何か雰囲気が同じ?
なのに、おじいさんは合わないとか言ってたよな。素人目には見えない何かがあるのだろうか?か、角度とか。素人には気になる。夜、爆睡するためにも聞くか。
「そういえば、おじいさんは装甲歩兵が合わないと言ってましたが、何が合わないんですか?」
「そーうだの。ちょっとこいつの操縦席を覗いてみんか?」
「え?」
そっち?
さっきからずっと、おじいさんは歩行戦車を自立させたまま脚の魔力シリンダーを外しては付けるを繰り返しているように見えた。
自立しているところで脚の魔力シリンダーを外しているので、最初見たときは激しいツッコミを入れそうになったが、歩行戦車はすぐに残りの魔力シリンダーで現状の姿勢を維持していた。地味に凄いことが行われていた。
そんな歩行戦車は現在少し低い姿勢で踏ん張っている。脚と同じく装甲が外されフレームだけになっている操縦席は少し高い位置にあり観察するには最良の状態だった。
中腰から上体を起こし操縦席を歩行戦車の左側から覗いてみる。
「普通の操縦席ですね。操縦桿があって左手側にレバーが数本、操作パネルは殺風景ですけど、スイッチがいくつか…」
「おまえさん、装甲歩兵は知っとるのかの?」
「ええ、一応。傭兵の依頼で少し」
「なら、話は早いのう。全然違うと思わんか?」
思わんか?どころではなく見たまんま違っていた。
装甲歩兵がほとんど全てを思考、思念で操作するのに対して、歩行戦車は従来の馴染み深い自分の手足を動かして操作するようだ。
「操作、操縦方法が全く違いますね。脚とかの構造は似てるなぁとは思っていたんですが」
「よく見ておるの。脚の構造というか仕組みは装甲歩兵も歩行戦車もほとんど変わらん。2脚の鳥脚が少し複雑なだけで4脚以上はシンプルなのが多い。一番の違いは操縦方法というより目指したところかの」
装甲歩兵の鳥脚を確か思念操作で動かした記憶がある。動かし方は普通の脚と同じだった。
「目指したところですか。俺にはそんな大袈裟なものじゃなく、思念操作に何か問題があって、その問題を目的を特化して手動操作にすることで克服しているように思えるんですが」
「何だ、知っておったのか。せっかくカッコ良く説明してやろうと思っとったのに、残念だの」
「思念操作には向き不向きがあるみたいだし、長時間の操作は疲れます。ただ移動するだけなら思念操作より従来の操作の方が楽だと思います」
「実際、歩行戦車のこの手動操作は一度単純な思念に変換されて制御装置に伝わっておるらしい。制御装置から見たら装甲歩兵も歩行戦車も同じということだな。ところで、おまえさんは思念操作を経験したような口ぶりだの。操作はできたんかの?」
「ええ、できました。さっきも話した依頼のときに。長時間の単純作業が辛かったです」
「ほほう。いいことを聞いたのう。わしは思念操作が苦手で自分で整備したものの確認ができんから歩行戦車を弄っておるわけなんだが。おまえさんが動かせるとはの… シシシ」
あ、おじいさんの顔がどこかで見たような悪い顔に。おじいさんまで、その顔をしてはいけません。やめてください。
「俺のことはいいんです。おじいさんの装甲歩兵が合わない理由もわかりました。そこで疑問なんですが、これが自立したまま整備というか魔力シリンダーを弄ってましたよね?大丈夫なんですか?」
「うん?見ての通り大丈夫だっただろ?魔力シリンダーの一つや二つが外れたくらいで動かなくなったら兵器として脆すぎるからの。その点、こいつはよくできとる。しかし、そういう状態で長時間動かすとどこかに負担がいくから要注意だぞ」
要注意と俺に言われてもねぇ。俺は歩行戦車なんか持ってないし、買う予定もない。ましてや操縦なんて、ねぇ?
「ま、俺には関係ない話ですが、おじいさんのしてくれた話だし一応覚えておきます」
「そんな関係ない話でもないぞ。今から操縦してもらうからの」
「え?」
えええええ。何で?そんな操縦したいオーラは出していなかったと思うけど。どして?
それにだ。アオイちゃんにバレたらまずい。イチゴを独り占めした上に歩行戦車の操縦までも体験してしまっては、合わせる顔がない。伸び伸びになっている教えてくれるはずのマユミさん情報が永遠に宇宙の彼方に旅立ってしまうかも…
おじいさんが俺の後ろを通り歩行戦車の右側に回っていった。
俺の中の天使がアオイちゃんへの言い訳を考えている。えっと、俺はどうすれば。
「こっちに来てくれ」
おじいさんの声がする方に行くのだが、ガレージの周囲を念の為確認する。
もちろん、確認するのは水が大量に入っていそうな何かだ。バイクでお世話になったし大家さんでもある。水が入った何かを押せと言われれば押すしかないだろう。
不吉な考えを胸におじいさんの隣に立った。おじいさんは装甲が外されてスカスカな操縦席の扉を開いて手を伸ばし奥のレバーを操作しているようだった。ちゃんと乗り込めばいいのに。
しかし、歩行戦車は右側から乗り込むことが判明した。扉とかなく真上から無理矢理入ったりするものと思っていたのだが、少し期待を裏切られてしまった。意外とちゃんとしている。
おじいさんの操作のおかげで歩行戦車の姿勢がさらに低くなった。動物が伏せている感じがして可愛く見え始める。
「これなら、乗り込みやすいだろう。ほら、乗ってみなさい」
「え?俺、初めてですよ。壊しても弁償とか無理なんですが」
「心配せんでもええ。そんなことはわかっとる。初めてでも問題ないし、ちゃんと操縦すれば何も壊れたりせん。思念操作と違って、かなり簡単だからの」
「本当ですか?」
「わしは嘘が嫌いだからの。ま、何か壊したらここで働いて返してもらうから問題ない」
やはり、そういうシナリオかぁ。傭兵から整備士みたいなクラスに変わってしまうということだろうか?こわっ。
「だったら乗らない方が…」
「つべこべ言わんと早く乗れぃ」
おじいさんにケツを蹴られて無理矢理操縦席に押し込まれる。
「ちょっと、おじいさん。手が何かに当たったらどうするんですか?」
「だから、大丈夫だと言っておるだろ」
実は操縦桿に手がぶつかっていたのだが、びくともしなかった。これは、これで驚いた。う、動かないんだ。
「えーと、普通に座ればいいんですよね?」
「そうだの。大丈夫だとは思うがシートベルトは締めてくれ」
「はい。シートベルト、OKです」
「よし、それでは座席の下から伸びておる操縦桿があるな。そして、それには自転車のブレーキのようなレバーがついておる。わかるな」
「はい、これですね」
飛行機とかについていそうな操縦桿だ。位置的にも飛行機と似ていて両足の間からひょっこりと顔を出している。そして、それには自転車のブレーキのようなレバーがついていた。
そして、左手側にも操縦桿というには小さく細いそれぞれ角度が違うレバーが2本、どこからか生えている。これにはブレーキのようなレバーはついていないが、握ったときに親指がくる辺りにボタンがあった。
こっちにこれがあるということは、操縦桿は右手で握るのが正しいんだろう。
「それは操縦桿の位置を固定するものだ。それを引かんと操縦桿が動かんようになっておる。試しに操縦桿を握ってレバーを引いてみろ」
操縦桿についているレバーを静かに引いてみる。軽めのレバーのようだ。
現状がニュートラルな位置のようで、操縦桿が勝手に動き出すということもない。
「操縦桿を握ってレバーを引きました」
「よし、それには少し遊びがあるからの、少し倒したくらいでは歩行戦車が動くことはない。安心せい」
少し操縦桿を動かしてみる。ほんの少しの抵抗を感じるが手の力を抜けば、またニュートラルの位置に戻ってくるようだ。
「遊びを確認できました。次は何をすれば?」
「なら、次は前に倒してみろ。そっとな」
いよいよだ。少しドキドキしてきた。前に倒すということはイメージ的に前進か姿勢が前傾になるかのどちらかだろう。このまま動かして大丈夫なのだろうか?
もし、前傾姿勢になるようだったら、現状の低い姿勢では操縦席の下辺りが地面にぶつかってしまうような…
切り替え、切り替え。
おじいさんがやれと言っているのだから、やるしかなかった。考えすぎは良くないな。
レバーを握ったまま操縦桿をゆっくり前に倒していく。
遊びの部分を越えると少し抵抗が強くなるのを感じた。
しかし、歩行戦車に反応は、ない。
「操縦桿を倒しました。けど、反応がありません」
「それで、いい」
「どういうことですか?」
「今の操縦桿を前に倒すという操作で問題がなければ歩行戦車が前に進むんだが、現在の姿勢では進むことができんから無反応というわけだ。どうだ、安全だろ?」
まず、そこから入るのか。ま、まぁ、安全かもしれませんね。不親切な気がしなくもないが、謎の技術を無理矢理使っているから仕方ないのだろう。
「では、この低い姿勢を上げればいいんですね?」
「そういうことだ。だが、操縦桿を前に倒したまま姿勢を高くすると、最適ではない高さで動き出すからの。今は最適な高さを覚えるためにも、まずは操縦桿を戻す。それから、左手側に上下に動きそうなレバーがある。それを親指でボタンを押しながら上に引けば姿勢が高くなっていく。やってみい」
「はい、やってみます」
まずは、右手の力を抜く感じで操縦桿をニュートラルの位置に。
そして、左手側の2本のレバーのうち上下に動きそうなレバー、これだ、これ。これを左手で握り親指でボタンを押しながらゆっくりと引き上げる。
おおお。動いた。伏せていたような歩行戦車の姿勢が徐々に上がっていく。同時に体にも上昇していく感じが伝わってきた。
「よし、そこで左手を離せ」
「はい」
「この辺りが、この歩行戦車にとってもっとも地形に対処しやすい高さだ。これは体で覚えるしかないからの」
「了解です」
姿勢上下のレバーは、まだ上に引けそうな感じだった。もう少し姿勢を高くできそうだが、低いときと同じで歩けなくなるのだろう。
「次は、前進だの」
「はい」
右手でレバーを引きつつ操縦桿を握り前に静かに傾けていく。
操縦桿の抵抗が少し強くなったところで歩行戦車が動き始めた。
まず、歩行戦車が左足に体重をのせるように左に動きつつその足で機体を押し出す。と同時に右足を前に出し地面に接地。そして、今度は右足に体重をのせて―
「おじいさん、歩きました。歩きましたよ、おじいさん」
あ、そうか、歩幅の問題でこれだけでも結構動いているのか。
すぐに操縦桿を戻す。すると歩行戦車の両足が接地したところで動きが止まった。戻したときにいきなりピタッと止まったりしないようで安心する。
開いたまま固定されている操縦席の扉に左手をかけて上半身を操縦席から出す。操縦桿は固定されているので、少しくらい当たっても問題ない。
えーと、おじいさんは… あっ、すぐ近くにいた。全然おかしなところを見ていたようだ。
「どうだ。簡単だろ?急には止まらんから、それを見越して操作をする必要はあるが。ま、車も似たようなもんだがの」
「そうですね。よくできてます。思念操作より大雑把な動きにはなりますが、その分操作は凄く簡単です」
「そうだろう。ではの、向きを変えてガレージのさっきの場所まで持ってきてくれ。向きの変え方は、おまえさんなら想像つくと思うが操縦桿を左右に倒せばできる」
「向きは前に進まなくても変わりますか?」
「全く動かずに向きは変わらんぞ。それでも十分小回りがきくがの。それとも、操縦桿を前後に倒さずに向きを変えることができるのかと聞いておるのか?」
「そう、そっちです」
「できる。が、足の位置によって必要な前後移動が勝手に始まるからの、周囲には細心の注意が必要だぞ」
周囲の安全確認は乗り物に乗る以上当たり前のことだからな。それは問題ない。それに、アース人を事故に巻き込んでしまっては都市の損失だ。気を付けないと。それがプレイヤーなら、まぁ、その、なんだ、ごめんで何とかなるだろう。いや、ちゃんと気を付けるけども。
しかし、バックミラーやそれに代わるものが全くついていないので安全確認は非常に難しい。たぶん、後ろに後退しても音なんか当然鳴らないだろう。
今はおじいさんしかいないし、おじいさんはちゃんと避けてくれるだろうから大丈夫だが都市の中をこれで移動するとなると胃が痛くなりそうだ。
はい、切り替え、切り替え。
操縦席から体を乗り出して周囲を確認。まぁ、後ろに何ものっかっていないのでここまでしなくてもいいのだが、あるという仮定で安全確認を頑張る。
歩行戦車で、こんなことをするのは非常に新鮮で楽しいが緩い表情は見せられない。真剣にやらないとおじいさんの渋い顔が下から生えてきそうだ。
安全確認、よし。操縦席に座り直しレバーを引いて操縦桿をゆっくりと左に傾ける。
歩行戦車の判断のもとゆっくりと左に向きが変わる。おじいさんを前方に捉えることができた。
左に傾けていた操縦桿を戻し、今度は前にゆっくり倒す。
装甲がないことも手伝って前方への視界は極めて良好だった。しかし、これに装甲がつくと隙間から覗くような視界になるんだろうなぁ…
おじいさんのそばに近づき頃合いをみて操縦桿をニュートラルに戻す。歩行戦車は、そこから少し間をおいて停止。停止を確認したところで操縦桿から手を離した。
「おじいさん、このまま降りていいんですか?何か必要な操作とかありますか?」
「姿勢の操作は覚えておるかの?今度は低くするんだ。このときも脚を揃える動作が勝手に入るから注意をするんだぞ」
「了解」
そっか。脚の位置によってはそのまま姿勢を低くできないのか。そして、その調整は自動で行われると。でも、安全は考慮してくれない。
歩行戦車は、この勝手にというか自動で動く分を把握し、それを見越した操縦をすることが大切なんだろうな。
姿勢上下用のレバーを探しボタンを押しながらゆっくりと下へ。
すると、そのまま少し低くなったところで、歩行戦車が脚を揃える動きを見せ始めた。レバーの操作を一旦止める。操作を止めても歩行戦車の動作は続いている。
「よし、もう大丈夫かな」
左手の親指でボタンを押しながらレバーをさらに押し下げる。
このくらいだっただろう。乗り込んだときと同じくらいの高さでレバーから手を離し歩行戦車から降りる。
おじいさんのもとに戻り改めて見る歩行戦車は、何だかさっきよりさらに可愛く見えた。




