9(終)
固まる俺にその主はますます微笑みかけ、俺から取ったスマホの通話を切った。
「口止めすれば良かったかな。出来れば俺の家のことは秘密にしておきたかったんだよ。颯太郎、怖がっちゃうと思って」
そう言いながら俺にゆっくりと近づく主…結海に対して、俺は何も行動を起こすことが出来ずにいた。
ただ「The end」という文字が脳裏を掠め、俺はとうとうゲームオーバーしたんだと思った。
「黙ってないで何か喋ってよ」
「……これから俺はどうなりますか?」
「今まで通りだよ。颯太郎と恋人のままで変わらないし、その為に優しくしてきたし、今更別れるなんて言わないでね」
そう言って俺を追い詰めるように近づいた結海の顔には、少しの悲痛が見える。その表情にツンと微かな胸の痛みを感じたけれど、それが何を意味しているのか俺には解らなかった。
「まぁ、颯太郎は俺の一点ものの時計の弁償代で本当は一文無しになるところなんだから。俺の恋人になる方が幸せだと思うけど?」
揶揄うような声色とテレビで観る端麗な顔の結海に、先ほどまでの暗さと痛みある表情はない。
ゲームオーバーした先には一体何が待っているのか。
ただの俳優ではなく結海が持つもう一つの顔を知った以上、きっと今までのように過ごすことは出来ないんだろう。これから先、俺の運命は結海の思うままに決められていくと悟った。
「どうする?颯太郎」
「…俺は結海さんの言う通りにするつもりです。恋人だって最初は驚きましたけど、今はもう慣れたし」
「うん。じゃあこれからもよろしく」
ぎこちない空気に似合わず、結海はそう言って穏やかに笑う。電話を取られて対面してから、始めて見せる笑顔だった。
きっと、今置かれた状況は、結海が描いた思い通りの結末なのかもしれない。俺は争う事も逃げる事もせず、結海の恋人に収まるだけの結末。
でも不思議と、それで良いと思ってしまう自分もいる。
弁償金で一文無しになるよりも、結海の家が闇に包まれていても、俺は結海の恋人としている方が嫌じゃないんだ。
「じゃあ、ご飯にしようか。颯太郎、おいで」
その気持ちが何を意味しているのか、今は分からない。俺は途中で切ってしまった父さんの電話にかけ直すこともせず、目の前の甘い声に誘われるようについて行った。