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到着したのは、いつも俺が通っている結海のマンションだった。


部屋に入った時には、スーツの男が結海と関係のある人物だと言っていたことが少なからず間違いじゃないとやっと確信する事が出来た。


いつもの定位置のソファに腰を落ち着つかせると、スーツの男が近寄ってくる。


「結海様にはご連絡致しました。お仕事が終わり次第ご自宅に向かわれるようなので、颯太郎様は結海様が帰られるまでまだこちらにいて下さい」


「何かあれば呼んでください」と言うと、リビングから出て行ってしまった。


部下だという男が一体何者なのかがはっきりしないけれど、一先ずここで結海の帰りを待っているしかない。

結海に全てを聞けば分かることだから…


そう思いながら大して動いてもいないのに疲労した身体を心地の良いソファーに沈め、静かに目を閉じた。





美味しそうな匂いと控えめに揺さぶられた肩に、眠りの底から少しずつ浮上する。


「颯太郎、ただいま。ご飯出来てるよ」


どれくらい寝てたのだろう。

まだ半分に開いた目の先にいたのは、ここしばらく顔を合わすもまだ見慣れない美貌の持ち主である結海だった。まだ帰ったばかりなのかもしれない冷たい指先が、俺の前髪を優しく撫で付けている。


「おかえり…俺ずっと寝てたみたい…」


「ふふ、疲れてたんだね。追いかけ回されそうになったんでしょ?知りたがりの記者に」


どうやら本当にスーツの男から結海に連絡がいっているようだった。まだ気怠い身体を起こして、側でしゃがみこんでいる結海に向き直る。



「その話なんだけど…結海さんの部下っていうスーツ着た男の人って誰なんですか?俺、突然その人に助けられてよく分からないままここにきてて…」


「部下だよ。芸能事務所じゃなくて実家が経営してる会社のね。俺は俳優やってるけど、これでも実家の跡取り息子だから」


ソファに座る俺の膝に置かれていた結海の手が、何かに反応するように微動した気がしたけれど、俺を落ち着かせるためか、そのまま膝をさするように優しく動く。


「俺、ここに来て大丈夫なんですか?記者が見張ってそうですけど…」


「ん?大丈夫だよ。それと君のお父さんに仕事に復帰出来るようにお願いしておいたから、これから颯太郎は仕事してそのままこっちに泊まりに来て」


「俺の謹慎を結海さんが解いたってことですか?」


「そうそう。もう働いて大丈夫だよ」



働けていないことに俺が少し憂いていたのを、結海は知っていたのかもしれない。それでもただのお客である結海が俺の父親にお願いをして謹慎を解くなんて、そんな権限が結海にあるのは驚くしかなかった。それほど結海は頭の上がらないビックなお客なのだろうか。


「まぁ、難しく考えないで。颯太郎は前と同じように働いてここに帰って来てくれれば良いから」


正面から抱きしめられてしまい、結海の表情は見えない。このシチュエーションに憧れる女性は多いかもしれないけれど、今の俺には不安を煽るような事態に思えて仕方がなかった。

俺を仕事に復帰させたり、週刊誌から守ってくれたりと俺に有利に動いてくれているのに、俺を好き好んで恋人にさせることは未だに理解が出来ない。それに結海は高貴なお客様らしいけれど、一体どんな立場で俺の父親と接しているのかも分からなくなってくる。


俺ばかり結海の監視下に置かれるようにされているのに、俺は結海のことを何一つ知らないことに俺は不安が胸の内に広がっていくのを、温かい腕の中で無力ながらひしひしと感じるしかなかった。



そして数日後、俺は知ることになる。



* * *



結海が言っていた通り、暫くして俺は仕事に復帰する事が出来た。



「今日から復帰したそうだな」


「は、はい…」


復帰したその日には、少しも許してはいないだろう厳しい声で父さんから電話がかかってきて、結海の部屋で寛いでいた俺は慌てて結海のそばを離れ廊下へと移動する。



「分かっていると思うが、お前の給料は弁償金の分毎月引かれることになっている。結海さんはいらないと言うが、弁償金はお前じゃなくこっちで返すことにした」


「はい」


「結海に借りは作れない」


いつになく固い声でそう言うと、「なんでか分かるか?」と問うてきた。



「あれは政界にも繋がるでっかいヤクザだからだよ。結海自身は表は俳優、裏は代々伝わる組の若頭だな」


「ヤクザ…?」


「薬とか銃とかそんな稼業じゃなくて、いわゆる何でも屋だ。ハッキング、用心棒、証拠隠滅、噂では人を抹消することも出来るってところだ」


「抹消って……」


「詳しくは知らん。

ただ、森喜財閥も過去に手を組んだことがあるが、警察や週刊誌は結海の組織を調べることはタブーだ。森喜財閥が繋がってるように、結海と繋がってる各界の大物に捻り潰されるだけだからな」


言葉を失うとはこういうことかもしれない。

父さんの浮世離れした話に、乾いた笑いさえも出ず唖然としてしまう。まるで漫画にしか存在しないような、各界を牛耳る闇の組織が本当にあるのだろうか。


けれど、この信じられないような話に反応するように静かだった鼓動が嫌な音を立て始めた。


「まさか…あの時お店に来た結海の連中って」


「あれがそうだ。表面にいるほんの一部のだがな。裏で動いてるやつは顔も名も外に明かす事はそうそう無いだろう」


たまたますれ違った赤の他人が実は極悪の犯罪者だったとでも言うような、自分が巻き込まれた訳ではないのに悪寒が止まらないような心地だった。けれど、それはおれの思い違いだと直ぐに思い知らされる。



「お前はよりによってご子息の結海薫に粗相をしたんだ。だがあっちは気にしないどころか、お前を仕事に復帰させて欲しいと言ってくる始末だ。何をたくらむつもりだが知らんが、お前はくれぐれも気を抜くなよ」


それから耳に当てたスマホから「肝に命じておけ」と低く流れたが、もはや俺の思考を父さんとの電話に使える余裕はなかった。


俺は巻き込まれたどころか、もう取り返しのつかないところまで来ている。


恋人の関係になって結海と毎日のように触れ合い週刊誌に追われればスーツの男に守られて、俺の生活はもはや結海ありきのようなものだった。

今更父さんに何を言われようが、俺は結海の手の内の中にいて逃げられる距離にはもういない。



俺はこれから結海に何をされるのだろうか。


結海の考えている事が分からなくて漠然とした不信感を抱いていたけれど、今は凍て付くくらいの不安と先の読めない恐怖が全身を巡っている。

怖くて、もう助けを求める思で全ての事の経緯を父さんに言おうとしたその時、手に持っていたスマホの重みが消えた。





「バレちゃったか」




その声が聞こえた俺の背後には、ここに住む家の主が綺麗に微笑んで立っていた。




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