表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

7

それからは結海と家の行き来で、仕事にはいけていない。

働きたくても、失態を犯した俺は父からしばらくお店に顔を出すなと言われ、1円の稼ぎもない浮いた生活を送る日々だ。


この出禁状態という深刻な問題の他に、もう一つ俺には重大な問題と言うべき秘密を抱えている。




一方的に謹慎を命じられた数日後に忽然と父から電話があった。


「弁償金は返して貰ってると結海さんは言うが、そんなお金持っていないだろう?兄さんたちに聞いたがお金は誰にも貸りていないらしいな」


「どういう事だ」と問いただすその声には俺を心配するような気持ちは欠片もなく怒りに満ちていて、どう説明するのかを瞬時に考えなきゃいけないのに冷静さを失いそうになる。


狼狽していることを悟られないように、結海とは友達で、個人的に話を付けお金は待ってもらってると慌てて言うも、自分でも白々しく思うほど信憑性に欠けていた。


そりゃ結海と俺が、弁償金を待ってもらえる程の間柄だとは到底思えないだろう。父は相当怪しんでいる。


けれど結海に強制された友達以上の関係というこの最大の秘密を、職場ましてや父にはとてもじゃないが話せる日は来ないと俺は改めて思うしかなかった。




一方で仕事が忙しい結海でも、俺が大人しく奴の家に通えばあまりすれ違う事はなく、一緒にご飯を食べたりゲームをしたりと、家デートのような時間を過ごしていた。


父からの電話の事を話すと、結海は「もう大丈夫だって言ってるのになぁ」と苦笑した。


「そのうち身辺調査されるかもな…父さん怖いし」


「そんなことはあり得ないよ」


父の監視が怖くて半分冗談とも思えない事を呟くも、即座に結海に否定されてしまった。それも少し鼻で笑うように。


「颯太郎が調査されるってことは近くにいる俺もその調査に関わってくるかもしれないだろ?だから尾行とか調査なんか出来はずがない」


「どういうことですか…」


「だから颯太郎みたいな俺と関わる人を調査するって事は俺を調査するのと対して変わらないんだよ。そんな事は絶対にさせないってこと」


結海が言っている真意が分からなくて眉をひそめたけれど、俺が不安そうな顔をしていると感じたのか、結海は「大丈夫、俺が守るからね」と甘い台詞と瞼に優しくキスをしてくる。


謎の根拠の上に自信ありげなようだけれど、結海は一流の芸能人だ。日々週刊誌に追いかけられているだろうくせに、調査なんかされないと絶対的な自信と余裕の表情を見せる様子は正直怪しい。


こいつ、高を括って身を滅ぼすタイプだなと心の中で呟きつつ、俺は静かに結海のキスを受け入れる。


その時の俺は、身を滅ぼしかねないのは自分のほうだとは全く気付いていなかった。





* * *


都内の一等地。人気のない場所。


変わらず結海の家へ向かう道中、突然見知らぬ男性2人に囲まれた。


「私たち、週刊▲◯の者ですが、先月から俳優の結海 薫さんのご自宅に通われていますよね?」


あまり聞いたことの無い雑誌名を名乗り、行く手を阻むように前と後ろに立った記者達。


「顔や名前は勿論出す事はないので、どういうご関係かお話だけでもお聞き出来ませんか?」


差し出された名刺を俺が受けとることも出来ずにいるのに、距離を縮めてズケズケと聞いてくる。


嫌な汗が背筋に流れたのが分かった。


「ひ、人違いです」


咄嗟に出た言葉に自分でも訳が分からない。

結海と初めて身体を重ねた時、初めてじゃないと咄嗟に嘘をついてしまったことと同じように、咄嗟に出た嘘は無意識の自分の防御法だった。


なるべく目を合わせないように俯きながら逃げようとするも、記者たちは追ってくる。その執拗な追いかけに怖くなって、足が強張って走ることも出来ない。


タクシーも捕まりそうになくて父さんでも兄さんでも…結海でも良いから電話をして助けが欲しい。パーカーのポケットに入ってる携帯に手を忍ばせようとした。


けれどその手はポケットに届く前に、不意に強い力で何かに引っ張られた。


「こちらです」


次の瞬間には焦った様子もなく淡々と告げた無機質な声が降る。黒服のスーツを着たガタイの良い男が俺の腕を引き寄せ、そのまま黒塗りの車に俺を押し込んだ。




「だ、誰ですか?!降ろしてください!」


さっきまでの焦りが確かな恐怖に変わった。

俺を押し込み運転する男は間違いなく面識のない男だ。ドアを開けようとしても、ロックが掛かっているのか唯一の出口はビクともしない。ミラー越しに男の目がこちらに向くのが分かったけれど、目を合わすのも怖くて目の前のドアを力任せに必死に開けようとした。


「森喜颯太郎様」


その時、運転する男が沈着でどこまでも落ち着いた様子で、俺の名前を口にした。



「私は結海様の部下です」


「は、はぁ?」


「ご安心下さい。結海様から颯太郎様を安全な場所にお連れするようご命令を受けています」


「結海…?」


「一先ず結海様のご自宅に向かいます」



(どういうことだ…?)


結海の知り合い?いや、部下と言っていた。


そもそも俳優の結海に部下っているのか?


「ぶ、部下ってどういう事ですか?事務所の方ですか?」


「…それは詳しく言えません」


確信のない返答はますます目の前の男が怪しく見えるだけだった。どうしても信じられず、怖くても考えるべきは今はどうやって逃げるかだと男を注視してみる。


不信感を募らせた俺に、男は少し黙ると今度は落ち着かせるように幾分優しい声色で口を開く。


「…詳しくは言えませんが、颯太郎様が働かれているお店に結海様と部下一同で伺った事があります。覚えていらっしゃらないと思いますが、私もいました」


「俺が働いてた時…?」



俺が知っている中で結海がお店に来たのは、時計を壊し恋人になるきっかけにもなってしまったあの初対面の夜しかない。その時に結海とスーツ姿のガタイの良い男達がぞろぞろと入ってきたことを思い出した。


顔はさすがに思い出せないけれと、確かに運転する目の前のスーツ姿の男とお店に来たスーツの男御一行に重なる部分があった。



「…結海のマンションに行くんですよね?」


「はい。間違いなく」


緊張でまだ心臓がドクドクと忙しなく動くのを感じつつも、結海とスーツ姿の男達に確かに繋がりがあると信じて、俺は男が運転する車に大人しく乗ることに決めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ