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セキュリティの頑丈な高層マンションに結海は住んでいた。俺の兄達も都内の一等地にそびえ立つ立派なマンションに住んでいて、見慣れない訳じゃないのに変な緊張が全身を襲う。
「適当に座ってて。お酒出してくるよ」
「どうも…」
促されるまま近くのソファに静かに腰を掛ける。家の座り慣れた感覚とは違う腰の沈みに、いよいよ他人の生活圏に足を踏み入れた気がした。
恐らくこの広い空間に一人暮らしだと思うけれど、デザイナーを雇ったかのように隅々まで洗練されたインテリアは、一流芸能人のイメージを裏切らない。
広い空間のあまり、全てに視線を向けることも間に合わない間に、結海はグラスとお酒を持って俺の隣に腰をかける。
少しでも身動きすれば触れる距離に息がつまりそうで、思わず渡されたグラスを両手で耐えるようにぎゅっと握り締めた。そんな俺を見かねた結海は、「そんなに緊張しないでよ」と困ったように笑う。
「颯太郎くん森喜家の人間だから、芸能人でも何でも慣れてると思ったんだけどな」
「…俺は社交の場とか、そういうのは昔から慣れなくて…今の職場もコネで雇ってもらってるくらいです」
「まぁ、森喜財閥に生まれたらこそ色々出来て良いんじゃない?犯罪揉み消すって程じゃないんだから、仕事の一つくらい家の力使って何が悪いって思うよ」
そう言われたのは初めてだった。
物心ついた頃から俺の出来に反して家柄が良いだけに、周りの目は冷たかった。末っ子の甘やかされたボンボンは世間には受け入れてもらえず、父のコネで就職した今の職場もいつまでたっても余所者扱いだった。
けれど日本を代表する有名人の結海に悪くないと言われれば、初めて自分という存在が認められたような気がした。胸の内がじんわりと温かくなっていく感覚に、緊張で強張った顔も少し緩む。
「颯太郎くん、こっち向いて」
耳元で聞こえた囁き声に素直に顔を上げれば、顔が触れる距離にほくそ笑んだ端正な顔があった。思わず逃げようとした瞬間には肩を掴まれていて、あっという間に重なる。
「…颯太郎くん?」
そして確かに触れたその温もりはいつのまにか消えていて、代わりに気遣うような優しい声がかかる。
「気持ち悪かった…?」
そう問いかけられて率直に「それはないけど…」といいそうになった口を慌てて引っ込める。
相手は出会って間もない人間で、同じ男で、まったく好きじゃなくて普通なら気持ち悪いシーチュエーションなのに、嫌悪感が湧いてこないこの状況に混乱しそうだ。
「…颯太郎くん、もしかして初めてだった?」
「いや…!ち、違う…!」
思わずついた言葉は咄嗟の防御反応のように、恋愛経験の一つもない俺とは全く違う嘘が出てしまう。けれど、結海のその的を得た指摘は俺を混乱から現実に引き戻すのには充分だった。
(初めてだから、か…)
確かにそうかもしれない。
異性とそういうシチュエーションがなかった俺が、男同士でキスしたところで何かと比べようもないし、初めてのキスにただ衝撃を覚えるしかなかった。
率直に嫌悪感がないのは、清潔感のある結海が相手ということもあるのかもしれないけど……
ぐるぐると考えている間に距離はぐっと詰められていて、最早逃げる回路は無いに等しかった。
そして熱くなった俺の頬を結海にそっと撫でられ、顎を掴まれると、そのまま目の前の凪いだ海のような輝きを持った瞳に見つめらる。
「せっかく家に来たんだし、もっと慣れてく?」
喰われそうな危険な香りに、本能が逃げろと言う。
だけど同時に未だ経験のない人間が未知の扉に手をかけたくなるような矛盾した心地に襲われた。
触れたのはまだ唇と手の先の温もりだけ。
そのわずかな温もりの先にどんな快楽が待っているのか、抗えない好奇心が思考を麻痺させる。
俺は微かに震える唇を目の前の男にそっと近づけた。
* * *
そこから先は正体が分からなくなるほどの荒らかさと未知の感覚に何度も意識が遠のきそうになった。
「どう?痛くない?」
そう何度も問いかけて優しく触れてきた結海は、俺の秘部と言うかお尻の穴をほぐし終えた頃には猛烈に仕掛けてきて何度も揺さぶられた。
「可愛い」と何度も耳元で荒々しい息遣いと共に吹き込まれている時は、背筋がゾッとするようで「ふざけるな変態」と目の前の獣を叩きのめしたい衝動に襲われた。
でも奴が2回目を出し終えるときには、そんな反抗心も消えて段々と拾えてきた快楽に身を任せてしまっていた。
結局、眩い朝日に目を覚ました時には広いベッドに2人ぴったりと抱き合う形で朝を迎える。
後悔よりも先に呆然とするしかなくて動けない俺に、隣に寝ていた男は満足そうな顔で「おはよう」と爽やかに囁き、もう一度深く抱きしめられた。




