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耳を疑うとはまさにこのことかもしれない。


「あの…俺、男ですけど……」


「うん、俺はどっちも大丈夫なんだよね。性別って関係ないんだ」


「………」


そんなに驚くことでははず。世の中にはそういう考えの人間だっているのは当たり前だと思うのに、その対象に自分がされるのは言葉に出来ない驚きと違和感が襲う。


「ね、試しに付き合ってみない?」


いよいよこの場から逃げ出したくなった。軽いノリに合わない外見だけは正統派なこの男前を、誰か吹っ飛ばしてくれないだろうか。


机を睨み視界から目の前の男の姿を追い出したその時、ドアのノックの音が鳴る。

入って来たのは先程退出した従業員だった。その手には電話の受話器が握られ、血相の変わった顔で真っ直ぐに俺の方へ歩いてくる。


「颯太郎さん、お電話です」


差し出された受話器を受け取る寸前、結海の顔が薄く笑った気がした。


微かに見たその結海の表情から俺は逃げるように部屋から退出し、恐る恐る受話器に耳に当てる。




「はい……お電話変わりました」


「私だ」


その威厳のある低い声に「あ…」と思わず声を出したのと同時に、電話を持って来た従業員が「お父様からです」と耳打ちしてきた。やはり従業員の顔は覇気が無くて、同じように自分の顔からも一瞬にして血の気が無くなるのを感じた。


「ひ、久しぶりですね…父さん…」


「話は聞いている」


「え…?」


「分かっていると思うが、粗相をした以上、お前はどんな要望でも答えなさい」


「え、あの、」


「そうしなければ今度こそ、お前はこの家から出て行ってもらうからな」


そして受話器からは無機質な通話の切れる音だけが残った。会話という会話もなく、喋ろうとした俺の口は、言葉を挟む事も許されずに不自然に開いたままになってしまった。



まさに唖然とするしかなかったけれど、一つ分かっているのは、既に父は俺が結海にしてやらかしてしまった事を知っている。そしてその責任を、きっちり俺に果たさせようとしている事だ。




「……なんでだ…」


今まで散々やらかした事はあったけれど、父がここまで俺に干渉した事はない。それに幾ら何でも勘当なんて、俺はそこまでの大罪を犯したのだろうか。何か最大の地雷を俺は踏んだのだろうか。



「颯太郎さん…そろそろ…」


「あ、………はい…」


そばで控えていた従業員に背中を押されて、俺は再び結海の待つ部屋へと戻っていく。けれど頭の中では勘当という文字と、そして「どんな要望でも答えろ」という父の言葉に埋め尽くされていて、進んでいた足は歩みを止め思わず手で顔を覆った。一緒にいた従業員が困惑の色で俺の名を呼びかけるけれど、それに答える余裕はない。


俺に残された逃げ道は、もはや一つしかなかった。





再び部屋に入れば、顔色の悪い俺など気にする装いもなく結海は開口一番に「終わった?」と話しかけてきた。その顔は人をからかうような冷たい笑みを浮かべていて、この展開があらかじめ分かっていたような余裕の表情にも見える。電話に出る寸前に見たあの時の結海の薄く笑った顔がフラッシュバックした。


もしかすると、結海はあの時にはすでに、俺にとって都合の悪い電話だと知っていたのだろうか。


何も発さず唇を噛んだ俺に、結海は一層笑みを浮かべて視線を合わせるようにして座り直す。




「で、颯太郎くん」


優しく囁きかけるような結海の声。


「俺と試しに付き合ってくれる?」


まるで映画のワンシーンのように、作られた演出の中にいるような感覚になった。

そして俺が言うべき台詞は、目の前の男の手を取り、ただ一言「はい」と、彼に愛を誓う女になることだった。


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