本編 1
1つ、神様に感謝することがある。
それは、生まれながらにして絶対的な力を俺は手にしていたことだ。
頭脳、才能、容姿。
そんなものではなく、もっと大きな社会的な力を俺は生まれた瞬間から与えられていた。
絶大的な力を持つ日本有数の財閥。
それが森喜財閥だ。俺、森喜 颯太郎はそのご子息として、この世に生まれたのである。
けれど残念なことに、末っ子に生まれた俺は跡取りとしての心構えなど微塵もなくその権力に甘えに甘えを重ねて育った末に、大学中退そして無職という社会不適合者と成り下がってしまった。
当然、森喜財閥の恥さらしとして、すぐにでも森喜から追放される身になるはずだった。
なるはずだった…とは言葉の通り、本来追放真っしぐらだったはずの出来事が見事にひっくり返されてしまった。
現森喜財閥のトップである父が、事業の1つである経営していた飲食店に俺を送り込んだのだ。おかげで俺は晴れて無職を免れ、正真正銘、森喜財閥の大事な息子として生きていくことを許されることになったわけだ。
…こんなのらりくらりの人生は駄目だと分かってはいても、森喜財閥の絶対的な力を生まれながらにして持っていた俺は、結局その力を使うことでこそ生かされている。
親のコネで入った老舗の高級感漂う料理店に働いてから1年。
それなりに仕事も覚えて働いてはいるものの、やっぱり他の従業員はご子息の俺に気を使い腫れ物扱いが常だった。仕事仲間というより、小学生の職業体験のような優しすぎる扱いは返って居心地が悪い。
しかし今日のお店の様子はなんだか違っていた。今までにない程のピリピリした様子で、出勤した俺にも気付かずに息をつく暇もない程皆働いている。
開店前の時間なのにお店の中はどこを見ても人が忙しなく動いていて、どうやらこのお店の全従業員が勢揃いで準備しているようだった。もはや遅れ出勤の俺が入り込む隙間もなく、次から次へと料理がシンクにびっちりと並んでいくのをただ唖然として見ているしかなかった。
「あ、坊ちゃん。来てたの?」
「龍樹……!!」
その時、板前の龍樹が俺の横を通った。救世主のように現れた龍樹は自分と年の近いこのお店の料理人で、坊ちゃん呼ばわりをされるけれど唯一俺に気兼ねなく話してくれる存在だ。
「なぁ、今日人多いし何かあるの?」
「え、何も知らないのか?」
目を丸くして尋ねる俺にまた目を丸くして返されてしまった。けれど直ぐに俺の腕を掴んで耳に口を寄せる。
「今日はマル秘ゲストが来るんだよ…!」
「マル秘…?」
「ああ、トップシークレットのお客さん!しかもそれが団体だからこっちも上層部勢揃いで迎えるってわけ」
「そんな凄い団体が来るの?名前とか俺全然聞いてないんだけど…」
「それがトップシークレット過ぎて迂闊に名前出せねぇらしいよ。俺だって聞かされてねぇぞ」
「ふーん…」
経営している父からも何も聞いていなかった俺は、このお店を息子の俺に任せる未来は限りなく遠いものだと思うしかない。それと同時に森喜の名に隠れて、またのらりくらりと生きるんだろうと思った。
けれどこの時の俺は、社会の責任ってものを突きつけられる未来がすぐそこまで迫っていたことに、全く気づかないでいたのだ。