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宣主戦勢!  作者: 黙示
3/3

徒歩登校トホホ遅刻

 20時頃に蓮が帰ってきた。

ベッドに寝転がってスマホゲームをしていた俺に蓮は声をかけてきた。


「六井?大樹?」

「その下」


俺はゲームを止めて体を起こす。


「......わと君?」

「うん。よろしく蓮くん」


笑いかけると、蓮はぱあああっと目を輝かせた。


「よろしく!」


それからベッドに顔を突っ込んでニッと笑った。


「俺蓮蓮実!どっちも名前っぽいってよく言われる!」

「思った」

「和叶君はもうご飯食べた?」

「うん」


このままベッドに入り込んでくるんじゃないかってほど身を乗り出してくる。

パーソナルスペース狭いなあ。

紹介文に『目標 生徒全員と友達になる』と書いてなかったか考えてしまう。書いてなかったけど。


「ここの食堂すごいよね。めっちゃ美味いし種類多かった」

「そうなんだ。今度行こうかな」

「あ、行ってないんだ。テレビつけていい?」

「うん」


急に話題を変えるとすっと頭を引っ込めてテレビをつけて二階に登っていった。

俺はまたゲームを開いて寝転んだ。






 おーい、和叶君?和叶くーん!

耳の近くで呼ばれる。頭に霧がかかったみたいにぼーっとする。

いつの間にか寝ていたようだった。

体が揺れる。

蓮が俺を起こそうとしているらしい。

まだ寝る~~~。

俺は蓮の手を払いのける。

それでも蓮はめげずに声をかけてきた。

俺は布団に顔を埋めて耳を手で覆った。

それでも蓮は俺を起こそうとしてきたが、暫くして諦めたようにため息をついた。


「じゃあ先行くから」


ん~~~。

返事をしたつもりだが届いていないかもしれない。

でもそんなことはどうでもよかった。

それより、戻ってきた静寂に身を委ねて、俺はまた眠りについた。

 目が覚めると朝だった。

スマホで時間を確認すると9時だった。

始業時間は8時30分。


「遅刻だ」


まあ過ぎてしまったものはしょうがないし。

初日なら大体皆遅刻だよね、と寝転びながら向かいのベッドに視線を写す。

しかしそこに人はいなかった。

不良っぽいからまだ寝てるかと思ったのに。

心地よい温もりの籠った布団の中で足をモゾモゾと動かす。

よし、起きよう!と気合いを入れて、布団に両手をついて体を起こした。

あ。

つー、と視界を赤い線が落ちていく。

それは布団に落ちて赤い染みを作った。

マズイ!

直ぐに鼻を抑えて洗面台に駆け込む。

鼻血!!!

洗面台の鏡の前で、無様に顔を伝っていく血を見つめた。

おかしいな。そんなに疲れた感じは無かったのに。

思ったよりはじめての環境が負担になっていたのかもしれない。

......シーツ新しく買ったのにな。

血塗れになった手を洗いながらため息をついた。

 シーツを洗剤に浸けて、鼻の穴に突っ込んでいたティッシュを抜いて俺は部屋を出た。

1限目には間に合うつもりだったが無理そうだ。どうせなら2限目もサボりたいのでゆっくり歩くことにした。

昨日はあんなに賑わっていた正門も体育館への道もひとっこひとりいない。

夜中の学校に潜入したような高揚をおぼえながら昇降口に入る。

自分の下駄箱を探していると、どこかから怒鳴り声が聞こえた。


「んだテメエ遅刻してんじゃねえよ!」


一瞬自分に言われているのかと思って顔を上げたが違うらしい。近くに人はいない。

俺は靴を手で持って校舎に入った。


「初日からとはいいご身分だなあ!」


嘲笑が混じったその罵声は、聞いているだけで気分を害した。

声がしている方に歩いていったらすぐに主は見つかった。

マッチョの大男の生徒が堂々と廊下の真ん中で小さい生徒につっかかっている。


「いいのか?勉強しか取り柄がないお前らが遅刻なんてしてよお」


小柄な生徒は俯いて言われるがままになっている。

俺は大柄な生徒の腰をつついた。

大柄な生徒は俺を振り返る。


「んだテメエ」


ネクタイの色は二人とも赤色だった。


「俺も遅刻したから怒ってもらおうと思って」


はあ?と男は訝しげに眉を潜めた。

俺はその後ろで身を縮める生徒に笑いかける。

生徒は頷いて走っていった。


「あっおい!」


追いかけようとする大男のネクタイを俺は掴んだ。


「なんだお前!」

「普通科の生徒です」


男の顔に血管が浮き出た。


「そんであんたと同じ一年で遅刻者です。あ、もしかしてあんたは遅刻じゃない?」


こんな時間に鞄持って廊下にいるのに?


「このチビガリが!触んじゃねえよ!」

「否定しないってことは遅刻したってこと?」

「だからなんだよ!」

「自分のこと棚上げしてんじゃねーよ」


肩を押されて後ろにつんのめる。

力強っ。

あっさりと手を振り払われた。


「うるせえなあ」

「遅刻したあんたが他の人に怒る権利ないでしょ」

「普通科が口答えしてんじゃねえ!!!」


普通科......この話には関係ないでしょ。

男の怒りは沸騰寸前で、今にも手を上げそうだった。

とは言っても力じゃ到底勝てないし、ここまで会話が成り立たないと口でも勝てない。

どうしよう。

キーンコーンカーンコーン。

そのとき鐘が鳴って、授業の終わりが告げられた。

うわ、ラッキー!

近くのドアから続々と生徒や先生が出てきて、廊下はすぐに人でいっぱいになった。

人混みに紛れて逃げようとすると大男が「テメエ逃げるな!」と怒鳴った。

こんな人が多くなってもやめないのか。


「俺は高跳びで全国大会7位だぞ!」


公衆の面前でよくその高慢ちきを披露できるな。

その愚かさに呆れたが、回りの生徒の呟きには目眩がした。


「普通科?」

「藤堂に楯突いてんぜ」

「あのチビが悪いよ。大人しくしてればいいのに」


普通科と体育科に格差があるとは言っても、ここまでとは。

しかも普通科の生徒も混じっている。

俺を気遣う声も聞こえるが、どこか仕方ないという諦めが含まれていた。

誰もこの騒ぎを止めようとしない。

むしろ見世物のように囲んで見ている。

さてどうしようか。

思案していると、昨日一緒にタバコを吸った人が登校してきた。

いいこと思い付いた。

その人は人の波をぬって廊下を通ろうとしている。

地図で見た。

一年はここを通らなければ教室に入れない。

俺はタバコの人が近くに来たところでその人に近づいた。


「おはよう。待ったよ。行こう!」


驚く男の腰に無理矢理腕を回してその場を去った。

藤堂は追ってこなかった。

後ろで生徒が悲鳴レベルにざわめいていたが俺は振り向かなかった。


「体育科の人間が全員ああいう風な訳じゃねえから」


タバコの人が言った。

今度は俺が驚く顔をする番だった。まさかそんなことを言われるとは。

タバコの人は読みにくい無表情だったが、その眉は申し訳なさそうに下がっているように俺は感じた。

謝るのはこっちなのに。


「そんなのわかってるよ」


タバコの人は、安堵したように息を吐いた。

タバコの人が立ち止まる。どうやら教室についたようだ。

D組。俺とは別。


「ごめん。助かった、ありがとう」


タバコの人は頷いた。


「俺靴戻さないとだから戻るね」

「だったらそっちから回れ」


タバコの人は安全なルートを教えてくれた。

昨日から助けられてばっかだな。今度ちゃんとお礼しなきゃ。

俺は手を振って昇降口に向かった。

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