入寮
入学式が終わった頃体育館に戻った。
新入生や在校生がわらわらと揉み合って密集していた。
校舎に入るときに通った受け付けでもらった資料によれば、このまま解散らしい。
といってももう俺は家には帰れないんだけど。
資料の中には寮への地図が入っていた。徒歩3分。近い。
荷物が部屋に運ばれているはずだ。今日は荷解きで潰れそうだ。
ピコン。スマホが鳴った。
見ると、LINEに12も通知が来ていた。
LINEを開いた瞬間電話が来た。
「もしもし」
『バカどこ行ってたんだよ』
「スパーっと」
『LINE見た?』
「見ようとしたら電話来た」
『この学校とんでもないぞ。今どこにいる?』
「体育館の前。けどもう帰る」
『え?おいっ』
「明日学校で」
電話を切るとLINE通知がピコンピコン鳴り続けた。
五月蝿いのでスマホの電源を切った。
荒はこの学校での唯一の同じ中学出身者だ。
学校で、とか言ったけどクラスどうなんだろう。
クラス分けも資料の中に入っていた。あ、別だ。
俺がDで荒はC組。
寮の部屋番号や間取りが書かれた紙もあった。
はやく荷解き終わらせて寝よう。疲れた。
季吹寮、一階、126室。
俺の部屋は角部屋だった。50音順ってことか。
素朴な木造の寮にはぱらぱらと新入生らしき人たちが入ってきていた。
俺はドアを開ける。
小さな玄関で靴を脱ぐと、すぐ左にキッチンがあった。
資料の間取りにはユニットバス、キッチン付きと書かれていた。
キッチンの向かいのこの扉がユニットバスか。
一番広い部屋にはテレビとクローゼットと二段ベッドが二つ。
まあまあ広いじゃん。
積まれた段ボールを避けながらベッドに歩く。
段ボールには名前を書いたテープを貼っておいたので自分の物はすぐにわかる。
俺のはこのタワーだな。
さて、荷解きしよう、と腕捲りをして段ボールを見上げる。
しかし自分より背の高い荷物の山を目の当たりにして一気にやる気が萎えていく。
よろめくように後ろのベッドに腰かけた。
そのまま寝転ぼうと体を倒しかけたとき、部屋に人が入ってきた。
その人は俺と同じように段ボールの山を分け入ってきた。
同室の人か。
資料によればこの部屋は3人で使うことになっている。
俺はわざとベッドに足まで入れて息を潜めた。
同室らしき男はキョロキョロと部屋を見回して、「俺が一番乗りか!」と小さく叫んだ。
「やっぱ上だよなー!」
と俺が寝るベッドの上の段に登っていく。
梯子の格子の隙間から見られないよう奥に移動したが、杞憂だった。男は上しか見ていない。
俺のことなど全く気づかずに上段のベッドに入った。
「ん~!」
気持ち良さそうに延びをする声が聞こえる。
「一緒の部屋の人どんな人だろーなー。いい人だといいなー」
あんたはいい人そうだね、と心の中で返事する。
男はすぐにベッドから降りて荷解きを始めた。
山のような段ボールを次々開けていく。
日用品や消耗品をトイレや洗面台の下、キッチンなど適所に置いていく。妙に慣れた手つきだった。
もしかしたら内部生なのかもしれない。中等部にも寮はあるらしいし。
男は山積みになっている段ボールをぽんぽん開けていく。結局俺の荷物以外ほとんどを開け、開けられていないのは1つだけだった。
荷物多すぎでしょ。
というか、もう一人の同室者の荷物が少なすぎるのか。段ボール1つじゃ着替えしか入らないんじゃないか。
男は自分のベッドをここと決めたらしく、壁や天井にユニフォームを着たスポーツ選手らしき人たちのポスターを貼っていった。
男が荷解きを終えると、部屋が少し広くなった。
男は満足そうに延びをするとベッドに登っていった。
そろそろ俺もやんなきゃな。
のそり、とベッドから起き出て段ボールを開ける。
同室の男が驚きの声を上げるかと思ったが、反応がない。
上から微かに寝息が聞こえた。
なんだ、寝たのか。
俺は音を立てないよう作業のスピードを緩めた。
片付けが残り少しになった頃、ドアが開いた。
背が高く、髪を金に染めた強面の男が入ってきた。
最後の同室者か。
男と目が合った。
が、男は俺を睨んですぐに顔を背けた。
怖そうな人だな。
挨拶をしようか迷っていると、上で延びをする気配がした。
すぐに、
「あれ俺いつの間に寝てた!?」
と叫び声が聞こえ、男が降りてきた。
降りてきた男は荷解きをする俺と、入ってきたばかりの強面の男を交互に見て目をしばたたかせた。
「あ、同室の人ですか?」
笑顔で言うその人に、俺は頷く。
強面の男は無視して俺が座る向かいのベッドに荷物を放った。
寝ていた男はははは、と苦笑いするが食い下がる。
「自己紹介しませんか?これから3年間一緒なんだし」
しかし以前強面の男は返事をしない。
少しひきつったぎこちない笑みがこちらを向いたとき、またドアが開いた。
二人で同時にドアの方を向く。
入ってきたのは荒だった。
荒は俺の姿を認めるとずんずん歩いてきて両肩をがしっと掴まえた。
「なんでライン返信しないんだよ!何かあったかと思うだろ!」
そう怒鳴る荒の声音は真剣だった。
「ごめん」
笑って返すと、荒は安心したように顔を緩めた。
「俺の部屋よくわかったね」
「出席番号順だろ?端の部屋から順番に見てくつもりだったけど、一発ビンゴだった」
「荒は何号室?」
「83」
適当な紙にメモしようと辺りを見回したとき、まだ側に立っていた同室の男と目が合った。
あ、自己紹介。
男はいいよいいよ、と手を振ると、部屋に設置されていた机の上に紙を置いた。
それから強面の男にも聞こえるように、
「ここに紙置いとくから名前書いといてよ。漢字知りたいし」
そう言ってから畳んだ段ボールの束を持って部屋を出ていった。
俺が立ち上がろうとすると、荒は手に力を入れて制止した。
「なあ大変なんだよ」
神妙な面持ちで言われる。
俺は荷解きを諦めて荒をベッドに座らせた。
「なに」
「この学校ヤバイ。体育科と普通科の格差がエグい。マジで!」
鼻息荒く捲し立てる。
「どういうこと?」
「ここに来るまでだってさ、道の真ん中歩けなかったんだよ。ガタイがいい体育科のやつらがイキッてて普通科の生徒が歩いてると隅に追いやってさ。そんでそれがさ、受け入れられてんだよ!みんな普通みたいに見てて!寧ろぽ~みたいな?」
まとまっていない話を頭で整理する。
つまり、俺たちは虐げられる立場ってことだ。
「お前知ってた?」
荒の問いに首を振る。
「聞いてない」
「だよな~」
「まあでもクラスは分かれてるし、こういう学校じゃ珍しくもないでしょ」
荒が眉を潜める。
「実際全国レベルの選手がいっぱいいるんだし。俺たちより本当に凄いんだから」
「まあ、そうなんだけどさあ」
荒は唇を尖らせた。
「あともう1つ大変なニュース」
「それ知ってる」
荒が驚いたようにこっちを見た。
「俺たちのクラスが別ってことでしょ?」
「っそ、それー!正解!」
荒は頭を抱えて叫んだ。
「何でだよ!二分の一だぞ!?そういう策略?謀略?陰謀なのか!?」
「なんだそれ」
荒の慌てっぷりが面白くて笑うが、荒は変わらず運を恨む。
「だいたい寮の部屋が離れてるってのも意味わかんないし!」
「落ち着けって」
「そうはいってもさあ......」
荒は言葉を詰まらせる。
「春、一人で大丈夫か?」
心配そうに見つめてくる荒の頭を俺は撫でた。
「荒こそ」
「いや俺は......っ」
はあ、大きく息を吐いて荒は肩を落とした。
「部屋番号とか出席番号とか、いろいろライン送っとくからちゃんと見ろよ」
「はあい」
「じゃ俺そろそろ行くから。今度からはちゃんとライン出ろ。あと何かあったらすぐに連絡、な」
「うん。ありがとう」
荒を出口まで見送って、ベッドに戻る。
まだ片付けられるのを待っている荷物を見て疲労感が湧いてきた。俺はそのまま後ろに倒れて目を瞑った。
目がさめて、時間を確認する。3時間ほど寝ていたらしい。
さあやるか、と気合いを入れて残りの荷物の片付けを済ませた。
やってみると意外と早く終わった。
午後7時。
上には人がいる気配がない。
強面の男もいない。強面男の荷物も片付いていた。
寮の一階に食堂とコンビニがあるらしいから二人はそこに行っているのかもしれない。
俺は夕食と明日の朝食を今朝コンビニで買った。
菓子パンを食べながら、上段ベッドの男が机の上に紙を置いたことを思い出した。
そうだ、名前。
紙を見ると、大きく中央に『蓮蓮実』と書かれていた。少し歪で、ぽい、と思った。
上に平仮名で『れん はすみ』とふりがながふられていた。
下には『内部生 D組 趣味、スポーツ観戦・グッズ集め・映画鑑賞とか 好きな食べ物 プロテイン・ささみ 嫌いな食べ物 コーラ・お菓子 ○○中学出身 ×▽市出身......』とびっしりと自己紹介文が書かれていた。最後に『よろしくお願いします!!!』で結ばれていた。
はは、名前だけじゃないのか、と笑いながら自分が名前を書くスペースを探す。
右下に少しスペースが余っていたのでそこに書くことにした。
ペンを持っていざ書こう、と顔を近づけたとき、紙に書かれたもう1つの名前に気づいた。
『六井大樹』
あの強面の人......。
なんだ、意外にいい人かもしれないよ。
と、俺は心の中で蓮に言った。
六井の下に『和叶三春』と書いた。『わとみつはる』とふりがなをふって、『外部生』とも書いておいた。
最後に『よろしく(^^)』と付け足した。