入学式
新しい制服をぎこちなく着た新入生たちの列が体育館に移動していく。俺もその列の一部だった。
背伸びして前方を覗いてみる。
本当に男しかいないんだなあ。
今日から俺は全寮制の男子校に入学する。
体育科と普通科がある学校で、俺は普通科だ。
浮足立ってよそよそしい空気なのにどこか温和なのは、この高校に付属中学があって、新入生の半分は顔見知りだからだろう。
一見して独りの人は多分大体外部生だ。俺も含めて。
入学式の会場である体育館の入り口が近づいてきた。
嫌だなあ。
入り口付近で列が二つに分かれている。
誘導担当の上級生が「体育科はこちら、普通科はこちらに並んでください」と叫んでいた。
分岐に近づくにつれて列が乱れていく。今まで折角並んでいたのに入り口の目前で生徒たちが混雑していた。
俺は入学式とか堅苦しい儀式が苦手だ。
絶対寝るだろうなあ。
辺りを見回すと、少し戻ったところに保護者向けの地図を見つけた。
さささっと列から抜けて地図を見る。
体育館の裏側にタバコマークが描かれていた。
あったあった。教員用の喫煙所だ。
俺はそのマークの反対側を探る。校舎裏に、森と校舎の間に小さなスペースがあった。
うん。ここならよさそう。
俺は新入生の波をぬってその場所に向かった。
校舎裏はこじんまりしていていい場所だった。
人がいないか確認して進む。すると、奥に長ベンチが置いてあった。
あれ、誰か来るんだ。でも今はいないし、いっか。
一応もう一度人が来ないか見回してからベンチに座った。
ポケットから煙草とライターを取り出す。
一本出して火をつけて、吸う。
肺に煙が溜まっていく感覚。頭がおもーくなる。
口から出て上っていく煙を目で追った。今日はいい天気だな。
ぼーっと空を見ていると、入り口あたりで足音がした。
急いで煙草を隠そうとしたらやってきたのは制服を着た生徒だった。
なんだ、ビックリした。
背が高く細身のその男は俺を見て一瞬顔をしかめたが、気にせず歩いてきた。
俺はベンチの端に寄った。男は反対側の端に座った。
そいつもすぐに煙草を出して吸い始めた。
スパー。
他にもいるんだな。もしかしてここって生徒の煙草スポットだったりするのかな。
そういえば地面に煙草の焦げ跡がいくつもある。
「ネクタイ外しといた方がいいぞ」
いきなり男が喋った。
言われて見てみると、男はネクタイをしていなかった。
「ここは3年のたまり場だ」
やっぱりそうなんだ。怖い学校だなあ。
この学校は学年ごとにネクタイの色が違う。
今1年は赤色だ。
俺はネクタイを外してポッケットに突っ込んだ。
「あんたは?」
「1年」
「なんだ、一緒じゃん。俺は普通科」
そっちは?というつもりで男をちらりと見やる。
「体育科のやつは普通来ない。体資本だからな。ま、そうとうグレてたら別だけど」
「じゃああんたも普通科なんだ」
男は答える代わりに煙草を吸った。
スパー。
「色々教えてくれてありがとう。助かった」
遠くから仰々しい音楽が聞こえてきた。
きっと新入生入場の曲だ。入学式が始まったらしい。
「いいの?」
て、俺が言えたことじゃないけど。
男は何も答えなかったが、俺がさっきしたみたいに俺を見てきた。
「俺?俺はいいよ。入学式出たら絶対寝るもん」
俺はもう一本吸った。
爽やかな風が灰を落としていく。
今日は本当に長閑な日だなあ。
なんか眠くなってきた。結局寝るのかよ。
でもぎゅうぎゅう詰めの体育館よりいい夢見れそう。
虚ろな視界の中で空に昇っていく煙が2つ、絡まって消えた。