四:常識と非常識
「別世界……?」
時刻は十一時。家族にバレないようにアリスを部屋に上げた俺は、諸々の事情を聞いていた。
「そう、私やアルティナは別世界の住人なの。名前は【エヴァーシング】。魔法で発展した世界で、それを除けばこの世界と凄く似ているわ」
「こっちに来た方法も魔法なのか?」
「えぇ。けれどその魔法は未完成なの……しばらくは帰ることが出来ないわ」
「魔法、か。本当に存在するんだな……。それと───」
別世界。その言葉は平凡な日常を送っていた俺にとって、衝撃的なものだった。放課後、真宮と人気スイーツ店でパフェを食べ、何事もなく一日が終わると思っていたからだ。もしあの時、アリスを助けずに家に帰っていたら、と考えてしまうほどに……。
ちなみにアルティナによってボロボロになった制服はアリスの魔法で元通りにしてもらった。こんなの親が見たら騒ぐじゃ済まないからな。本当に魔法って存在するんだな……便利すぎるだろ。
「そして神楽、あなたは私の血を直に浴びたせいで魔族になってしまった。完全に魔族ではないけれど……。本当にごめんなさい」
「だから気にするなって。けど、魔族になったって実感が無いな……。吹き飛んだ腕も問題なく動くし、何が変わったか全然わからないくらいだ」
「今のあなたは身体能力と再生能力が飛躍的に上がっているはず。ただ、私にも言える事なのだけど、協会が扱う武器や魔法によるダメージは致命傷になるわ。私もようやく傷が治り始めたところなの。あなたの場合、完全に魔族じゃないおかげであの時、腕がすぐに再生したのかもしれないわね」
確かにアリスの傷を見ると、先ほどより塞がっていた。勇者協会……もし俺が殲滅対象になったら、アルティナやもう一人の男にあっけなく殺されるんだろうな……あの時助かったのは運が良かったんだ、きっと。
ただ、俺には一つ気になる事があった。そう、この話を聞いた者なら誰もが疑問に思う一つの点だ。
「勇者協会は何で魔族をそんなに滅ぼそうとしてるんだ? 魔族が悪だからか?」
「……間違ってはいないわ。ただそれは大昔の話で、今は人間と友好協定を結んでいるんだけどね」
「そうなればよ、勇者協会は自分達の判断で魔族を殺してるって話になるぞ」
罪のない魔族を自分たちの独断で殺す。これじゃあ勇者協会が悪じゃねぇか……とんでもないな。
「確かに、協定が結ばれる前は魔族も人間を殺したりしていたらしいけどね……その名残りかもしれないわ。協定が結ばれていても、魔族というだけで差別を受ける事も少なくはないわ」
差別、か。世界が変わっても、人間は変わらないみたいだ。この世で一番恐ろしいのはある意味、人間かもしれない。自分たちと違う存在を認めず、見下し、排除しようとする。そう思うと人間って、最低だな。
「アリス、お前は憎まないのか? 勇者協会を、いや……人間を」
「憎んでいない、といえば嘘になるけど、仕方ないのよ……。私たち魔族が、簡単に許されるはずが無いのだから……」
その言葉に俺は、何も言えなかった。アリスの表情が、今にも泣きそうだったからだ……。魔族と勇者協会の因縁は、どこまでのものなんだろう。
「なぁ、これからどうするんだ?」
「分からないわ……。」
「なら、帰れるようになるまでここにいればいいさ。勇者協会がいつ観察対象から殲滅対象に切り替えるかもわからないしよ。」
「……ありがとう」
こうして、好奇心から始まった俺の人助けは、自分の運命すらも変えてしまう残酷で過酷な非日常の始まりでもあった……