二:邂逅と狂夜
改札を出た俺は、大通りから自宅のある中道に入る。昼間は人がそこそこ通る道だが、夜になると通行人がほとんどいないので、少し不気味に感じてしまう。
最近は通り魔とかで何かと物騒だしな。男も女も関係ない上に理由も滅茶苦茶だから尚更タチが悪い。
「……ん?」
チカチカ、と消えかかる街灯が照らしている道を歩いていると、マンションの駐車場に人が横たわっているのが見える。酔っ払いか? なんにしても十一月の寒くなってくる時期に外で寝るのは自殺行為だろ。仕方ない、声かけてみるか。
「……すいません、こんな所で寝てたら───!?」
近づいて声をかけようとした俺は、思わず身を引いてしまった。そう、横たわっていたのは酔っ払いではなく……
「……っ……くぁっ……」
血まみれで倒れている女の子だった。通り魔に襲われたのか? それにしても凄い出血量だ……
「だ、大丈夫か!? そうだ、救急車……!」
スマホを取り出し、救急車を呼ぶため番号を押すが、何故か繋がらない。どうなってやがる!?
「なんで繋がらないんだ!? 」
「そりゃそうだよ、連絡されたら色々と困るのでね、妨害させてもらってまーす」
背中越しに聞こえる不愉快な声に、振り返ると一人の女がそこにいた。手には身の丈ほどある剣を持ち、ニヤニヤと笑みを浮かべている。なんだ、この女……普通じゃねぇな……
「君の後ろにいる子、殺したいからさ。退いてくれないかな?」
女の発言で、一つ確信した。おそらく、彼女がこうなってるのはこの女に襲われたからだろう。
「……逃げ……て……」
「そうそう。逃げた方がいいよー? そうじゃないと君まで殺さないといけなくなっちゃうからねー」
「……逃げない、と言ったら?」
俺は何を言ってるんだ。普通ならこの時点で逃げてるはずだ。なのになぜ俺は今の状況で逃げない選択肢を選んだのだろうか。心のどこかでこの異常な状況を……楽しんでいるかもしれない。最悪だな、俺。
「上からはターゲット以外殺すなって指示なんだけどね。邪魔するならもちろん、君も殺しちゃうよ?」
上から? 組織か何かに所属してるのか? そうだとしても物騒な組織だな……殺し屋稼業とかじゃねぇよな?
「……ダメ……逃げて……!」
「血まみれで倒れてるやつを見て見ぬふりなんて出来るかっての」
「アハハ! 人間って弱い生き物だと思ってたけど、君みたいなのは初めてで面白いねー!」
俺は全然面白くない。面白いどころか怖くて内心ビビりまくってるくらいだしな。あんなバカでかい剣持ってるやつにビビらないやつなんていない筈だ。だから俺がとる行動は───
「逃げるぞ!!」
「きゃっ!?」
女の子をおんぶして全力で女から逃げる。思った以上に女の子が軽いので、すぐに背負えたのは幸いだ。制服に血がべっとり付いてしまったが、そうも言ってられないので気にせず走る。傍から見れば凄い絵面だよな……
「へぇ、面白いね。鬼ごっこってやつかな?」
なぜか笑みを浮かべるだけで追いかけてこないので、住宅街に入り、街灯の光が届かない路地裏に身を潜める事にした。追いかけてこないのも気味が悪いが、とりあえず今は奴に見つからないようにするのが先決だ。
「……なんで、逃げなかったの?」
「いや、現に逃げてるだろ」
「違う、私を置いて逃げて欲しかった。なのに――――」
「死にそうになってるやつ置き去りにするほど、冷血じゃないんでね。それより名前、聞いてもいいか? 俺は住良木 神楽」
いい加減、名前が分からないのは不便なので、名前を聞く事にした。自分の名前を教えるが、彼女が教えてくれるかどうかだけどな。
「アリス……アリス・ラグナロスト」
「アリス、か。なぁアリス、あの女は何者なんだ?」
「彼女はアルティナ。魔族根絶を目指す勇者協会所属の剣士」
勇者協会。これまたファンタジーな名前が出てきたな。いや、待てよ……あいつが勇者なら、アリスはもしかして魔―――「見ーつっけた!!」
「君、なかなか隠れるの上手いね! 思ったより時間かかっちゃったよ!」
お前から逃げて全然時間経ってないけどな。しかしこの状況、非常にマズい。このままだとまず俺が殺され、アリスも殺されて終わり、というオチが待っている。あー、どうっすかな……あんな剣持ってるやつに勝てるわけもないし、逃げ切れる余裕もない。こりゃあ詰んだかもな……
「なぁ、アンタ。一つ聞いてもいいか?」
「いいよ! どうせ死んじゃうんだし、何でも答えちゃうよ!」
「勇者協会ってのはアンタみいたいな過激な連中ばかりなのか?」
そうだとするとかなり危険な集まりだよな。邪魔したとはいえ、人を殺すことに躊躇いがないとか……どっちが魔族か分からなくなっちまうぜ。
「いーや、みんな真面目で場合によるけど基本的には不殺主義だからね」
「不殺主義……アンタを見てそうは思わないけどな」
「まぁねー。アタシは不殺なんて好きじゃないし、魔族は徹底的に滅ぼさないとって思っちゃうタイプだしね。さてと、雑談はこれくらいにして……まずは君から、殺そうかな?」
こいつ、相当ヤバいな。不殺主義が多いって言ったばかりなのに殺す気満々で剣を素振りしてやがる。
「アリス、下がっててくれ……」
「……でも!」
分かってる。俺なんかじゃこいつには絶対勝てないことも、逃げることも!
「その子を助けた事、後悔しなよ! そーれっ!!」
一瞬だった。そう、ほんの一瞬の出来事で、自分の身に何が起きたか数秒遅れで理解した。それは―――
「あ……あぁ……」
自分の右腕の肩から丸ごと、消し飛んでいる事だった……