きっと意味がある
場所は再びクロエ邸。
街からここまでは転移魔法で一瞬だ。
一瞬で色々なところへ行けるのならば旅費はかからないだろうと思ったのだが。
「霊は目的地へ行く過程で遭遇するものでしょ」
とのこと。
呆れた心霊マニアだ。
「実験に必要なものは手に入れたわ。あとは実行するだけ」
「実験といっても何をするんだ? 」
「本当は死体を用意したいのだけど、ユーヤの体は無いしね。今日は簡単なことしかしないわ」
そう言ってクロエは石畳の床に魔方陣を描き出す。
杖でなぞった軌跡が光り輝いている。
「それ、どうやって描いてるんだ? 」
「魔力を込めてるだけよ。杖から魔力を練らずに放出して、その場に滞留させてるの」
「……」
全然わからん。
まあ魔術的な力で描いてるってことはわかった。
「ユーヤ、そこの真ん中に立って」
「はいよ」
俺は言われたとおりに魔方陣の真ん中へと移動した。
すると、クロエは買い物に使ったカバンからとある物を取り出した。
「それ、豚肉、だよな? 」
「ええ、豚の肉よ」
「なんで」
「生贄よ」
「雑! 生贄って食肉でいいのか? 」
「あの街のお肉屋さんをバカにしないことね」
そう言ってクロエは不敵に笑う。
まさか生贄用の肉を売っている? そんな黒魔術的な肉屋が存在するとでも?
「ここのお肉は鮮度抜群よ」
「そういう問題か! 」
クロエの思考はさっぱり理解できない。
「前に言ったでしょう。伝承もないの。それは生贄についても同じこと。生き物を捧げるものだってことは分かっているけど、具体的なことまでは明らかになってないの」
「だからって加工した肉はどうなの」
「アタシは、積極的に動物を犠牲にしたいとは思わないから。勿論必要があるなら話は別だけど。これで足りるなら儲けもんってね」
なるほどな。これでダメだったら徐々に生贄のランクを上げていけばいいわけだ。
ん? ダメだったら?
「なぁ、生贄のパワーが足りなくて失敗しちゃったとき、俺はどうなるんだ」
「さて、実験を始めるわよ」
「無視ですか。そうですか」
わぁい、やばそうだぞぉ!
「今回はユーヤの体を実体化させるというアプローチでいくわ」
「実体化? 」
「ええ、戻す器がないなら魂を肉体に近づければいいじゃないという発想よ」
「ひとまず成功すれば物が持てたりするわけか」
「そうね」
おいおい、他人からは見られずに世界に干渉できるって透明人間ってことでは!
夢が、広がる!
ふふ、何をしてやろうか!
「悪いことたくらんでる最中で申し訳ないけど、あまり悪事は働かないことね」
「なぜ」
「あの街のシスターが浄化しに来るわよ」
聞くと、霊能力を持ち合わせ聖属性の使い手であるとか。悪霊を発見しては滅するという行為を続けているらしい。
これは……。
「おとなしくしてたほうがよさそうだな」
「そういうこと。まあぼちぼち始めるわよ」
「おーけー」
その瞬間、魔方陣が更に輝き始める。得体の知れないエネルギーが俺に集まってくるのがわかる。これがクロエの力か……。
「どんな詠唱すればわかんないわね……。とにかくこう、実体化しろ~」
「そんなんでいいのか」
「詠唱なんてイメージよ。結局頭の中でイメージを固められれば何でもいいってのがアタシの解釈だから」
絶対普通ではないだろう。
魔術に関して天才ってのはどうやら本当のようだな。
常識にとらわれない。
「終わったわ」
「何も変わった感じしないけど」
「いやいや、そんなことないわよ」
そう言われても体が実体化したようには思えなかった。
見下ろしてみても、半透明に視えるし浮遊感は消えない。
「じゃあちょっと目つぶって集中してみて」
「ああ」
俺は目をつぶった。
視界を閉ざしたぶん他のところへ意識がいっているような気がする。
「自分の中のエネルギーを練り固めて、圧縮するような感じ……。眉間に集中してみて」
言われたとおりにイメージする。
霊体である俺はいわば何らかのエネルギーの塊であるといってもいいだろう。自分の体を構成する何かを自分で操る。
固める。
「いけそう? 」
そう尋ねるクロエの言葉に、俺は声を出さずうなずく。
喋ったら集中が途切れそうだった。
「じゃあ検証するわよ」
「え」
その言葉に思わず目を見開くと、眼前には杖を振りかぶるクロエの姿。
避ける間もなく、直撃した。
「いってえええ! 」
「成功! 成功ね! これは偉大なる一歩よ、霊体に物理的に干渉したの」
痛がる俺をよそに、クロエは大はしゃぎだ。
そう、成功したのだ。
俺の顔面はクロエの杖でぶん殴られたのだ。
「いつつ、もっと他にあるだろ……」
「いいでしょうそんなことは! ほらユーヤも喜びなさいよ」
そう言ってクロエは俺の手を取ろうとする。
しかし、その手はすり抜けてしまった。
「あれ、やっぱりいちいち集中しないとダメか」
「そうみたいね」
もう一度、同じ要領で今度は右手に集中する。
どうやらコツはつかめたようで容易に成功した。
「ありがとう、クロエ」
「ええ。でも意外。そんなに喜ばないのね」
クロエは不思議そうな様子で尋ねる。
「未だに実感がないんだ。死んだっていう実感が」
わからなかった。
どうして俺が死んだのか、まるで思い出せない。
おおまかな記憶はある。
しかし、いつの記憶が最も新しいのかわからず、自分の年齢もわからない。
高校での生活の記憶は多少残っているので、恐らく10代後半といったところだろうが。
「死んだ実感ね。できれば味わいたくないわね」
「全くだ。でも、大事なんだろう。生前のことが」
クロエは言っていた。生き返るためには生前のイメージが大事だって。
「そうね。この禁忌も基本的には魔術の応用。だからイメージが一番大事なの。ユーヤはかつての自分を強く思い浮かべることで、その結びつきが強くなるはず」
「うん。だから思い出すよ、俺のこと」
本当は自分が死ぬ直前、もしくはその最中のことなんてあまり知りたくはないのだけど。
「……きっと意味があるわ。視えないはずのアタシとユーヤが出会ったことには」
彼女の声音は初めて聞いたときと同じ凛とした響きを持っていた。
芯のある、なにか決意を秘めたような。
そして二人は約束した。
必ず生き返ると。必ず生き返らせると。
例えそれが許されないことであっても。




