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天才に常識は通用しない

ところ変わってクロエ邸。


「でっか……」


西洋風の大豪邸だ。

現代日本ではちょっとお目にかかれないようなレベル。

しかし、年季は大分入っていそうだ。

白だったであろう壁面は汚れが目立つし、雑草も生い茂っている。

でかいの次に来る感想は、怖いだろう。

肝試しのセットになりそうだ。

というかお仲間がいそう。


「ここはアタシの師匠の家だったの。亡くなったときにもらい受けた」

「もうちょっと綺麗にはできないのか? 」


師匠と呼ぶような人から譲り受けたのであれば、大事に綺麗にするのが筋ってもんだろう。


「やろうと思えば」


一番やらないやつのセリフだ……。


「いやいや、理由があるのよ。汚いのには」

「どんな? 」

「霊とかでそうな感じにしときたいのよ。エンカウント率を上げるために」


「それにしても広いな」

「流すのね……。まあいいわ、部屋も空いてるし好きに使っていいわよ」

「おっけー」


そう言って一番近くにあったドアノブを回そうとする。

回そうとしたら触れなかった。

不便すぎる。

さっきは森だったからあまり気にならなかったが、文明のあるところに来ると物に触れないというのは中々に致命的だ。


「ドアノブが回せないので部屋に入れない」

「そのまま通過できるんじゃない? 」

「その手があったか」


あまりにも常識から外れた状態だったのでその発想にはたどり着かなかった。

よく考えてみれば創作上の幽霊ってやつは壁とかをすり抜けがちだ。

ドアに突っ込んでみると激突せずに部屋へ侵入できた。


「すげえええ! 霊体すげえええ! 」


新たな扉を開けた感じする!

開けてないけども!

調子に乗って壁をすり抜けまくる。

しかし、ひとつの壁をすり抜けることができなかった。


「クロエ、ここどうなってるの? 」

「そこはダメ! 」

思った以上にクロエは焦っていた。

「お、女のプライベートルームよ。男子立ち入り厳禁の結界を張っているの」

「……」


申し訳ない。


「そういえば、どうしてクロエはあの森に? 」

「露骨に話逸らしに来たわね。まあいいわ。大体さっき言った理由と同じ。霊とか出そうな場所に積極的に行くことにしてるの。今日は偶然あそこだっただけ」


やたらと肝試ししたがる学生みたいな行動してるな。


「結構遠出もするからお金がすぐなくなるのよ。だから街へ出てお金を稼がないと」

「冒険者ギルドみたいなやつ? 」


ファンタジー的な物語にはよく出てくるやつだ。

きっとそこでクエストを受注してお金を稼ぐに違いない。

魔術の腕前はいいようだし。


「いやいや、あんなとこ行かないって。効率悪すぎ」

「えぇ……」


夢がないなぁ……。


「そんなに行きたいなら今度行ってもいいけど、明日は別のことするわよ」



「……で、するのがこれですか」


日が変わり俺たちは街に繰り出していた。

中々に賑わっている街だ。

クロエが陣取ったのはマーケットに面する広場の一角。

観衆の目を引くために少し露出度の高い服を身に着け、そこで集客を始めた。


「えー、国一番の大天才魔術師クロエさんによる魔術ショーを始めます! 是非観ていってください! そしてお金をください! 」


クロエが簡単なショーを始めると次々と客が集まった。

彼らの反応から、どうやらリピーターのようだ。

待ってた! だの今日もかわいいね! だのという声があちらこちらから聞こえる。

だが、クロエの力は本物のようだ。

どこからともなく水を発生させたかと思うとそれを自在に操る。

そして次の瞬間その水は氷へと変化し、精巧な氷のモニュメントが完成していた。


「今日は水が調子良かったので水主体のショーでした! 今日はこれで終わりです! 」


クロエがニッコリと微笑み終わりを告げると、すぐにお金が集まった。

とんでもない。


「ほら、効率いいでしょ」

「効率とかいう次元を超えてると思うんだけど……」

「さて、撤収しますか」


「クロエ殿! またこんなことを」


不意に初老の男性に声をかけられた。

身につけている服飾品からして身分は高そうだ。

その男性は怒り半分呆れ半分といった様子だ。


「議長には関係ないでしょう。アタシの勝手です」

「関係大ありです。クロエ殿は我が国きっての魔術師、その力を災厄から世界を守るために使わなくてどう使うというのです! 」

「こう使うんですよ」


クロエは金の入った袋を見せつける。

自分にとって魔術は金稼ぎの道具だと言わんばかりに。


「はぁ……。かつての神童が頭をおかしくしてしまった」

「よく言われます」

「……あの日の敵討ちをすると誓っていた、かつてのクロエ殿はもういないと考えてよろしいのですか? 」

「復讐したって、誰も帰ってきませんから。自己満足に使う時間はないです。それより、今はやるべきことがありますから」


クロエは行こう、とアイコンタクトをする。

議長と呼ばれた男性を残してその場を立ち去る。

その背後から彼は声をかける。


「禁忌に触れようというのなら、今すぐやめなさい。成功してもそれは誰も幸せにできない」


クロエは振り返り、答える。


「天才に常識は通用しないわ! 」

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