ここはあの世ですか?
幽霊は実在するのか。
俺は普段からそんなことを考えるほどイタい人間ではなかったし、見えるなどとのたまう怪しい人間でもなかった。
かと言って全く信じていなかったかというと、そうでもない。
夜中に墓地へ行けば怖いし、ホラー映画なんかも怖い。
いないと思うけどいたら怖いなぁくらいの認識だ。
ではなぜこのような話をするのだとお思いだろう。
答えは簡単。
俺が今、幽霊になっているからだ。
「どう考えても幽霊だ……」
俺は自らの透けた両手をみて呟く。
しかしその声は不自然なほどに反響しなかった。震える声帯が存在しないからだろう。
「死んだのか、俺は」
身に覚えがない。トラックに轢かれた覚えもないし、謎の空間で神様と名乗る怪しいじいさんか女とも喋ってもいない。
今いる場所にも覚えはなかった。木が生い茂ってて日差しが気持ち良い感じなのできっとあの世とかなのだろう。
「死にたくないなぁ……」
「でも死んでるじゃない」
凛とした声だった。声の主を確認すると可愛らしい少女だった。日に照らされて輝く黒い髪と、燃えるような赤く鋭い瞳が印象的な美少女。いや、とてつもない超絶美少女だ。
この世のものとは思えない。
「……やっぱりここはあの世なんだな」
疑惑が確信に変わった瞬間である。
「あの世ってなんのことよ。もしかして生前の記憶が無くて混乱してる? 」
「記憶……確かに鮮明ではないかもな」
俺の返答に少女はなるほど……と少し考えた後に答える。
「生き返りたいなら生前のイメージは大事にして。特に名前は大事ね。あなたの名前は? 」
「北原裕也。流石に名前は覚えてる」
「ユーヤ、変わった名前ね。それで生まれた国は? 」
変わってるか? まぁあの世は多国籍なんだ。きっと言葉も自動翻訳的なやつで通じてるんだろう。
「日本生まれ日本育ち。日本から出たことは一度もない」
「ニホン? そんな国この世界にはないけど」
「え? 」
「あなた、相当混乱してるのね。さっきもあの世とか訳わからないこと言っていたし」
「ちょっとまってくれ! ここがあの世、いわゆる死後の世界でないっていうなら、ここはどこなんだ? 」
「死後の世界? 違うわよ。ここは『ユニオール』。正真正銘、生きた生物たちが暮らす世界。勿論あなたのような死んだのもいるけど」
「ユニオール? 聞いたことがない」
どこかの国名だったか? いや、そんな名前の国はなかったはずだ。
「ユニオールを知らない? 違う世界から来たってこと? 」
少女が訝しげに尋ねてくる。
違う世界。すなわち異世界。
そんなことがあるわけ……
「面白い! 」
「え? 」
少女は爛々と顔を輝かせている。
「異世界から来た霊ね。うんうん。私にも視えるっていうことはやっぱり何か事情がありそうよね! 」
少女は続ける。
「あなた、アタシについてきなさいよ。きっと生き返らせてあげるから」
「生き返らせる? そういやさっきもそんなことを……。でもそんなこと」
「できる! この天才であるアタシならね」
そう言って彼女は胸を張る。
人間を生き返らせるだなんて、この娘は一体……
「キミは、何者なんだ? 」
その問いに彼女は待ってましたと言わんばかりに口角を上げる。
「アタシはクロエ! 天才魔術師にして近い内にネクロマンサーになる女よ! 」
「……クロエ」
「よろしくね、アタシの実験体くん」
「待て待て! 色々と突っ込みたいところが多すぎる! ネクロマンサー? 魔術師? そんなものが存在する世界なのか? 」
「ええ。そして私は魔術のエキスパート! ネクロマンサーとしてはまだ未熟だけど。あ、わかる? ネクロマンサー」
「いや詳しくは知らないけど、何か死体を操ったりするイメージだ」
そして基本悪そうなイメージである。
しかしこれは口には出さない。
「大体間違ってないわね。そもそもこっちの世界でも定義が曖昧なのよ」
クロエは困った様子で頭を掻いた。
「実際にネクロマンサーの人はいないのか? 」
「いないわ。人の命に触れるのは禁忌だから」
そう呟くクロエから悲哀を感じた。
「じゃあクロエは一体どうして」
「……燃えるじゃない」
一転、彼女はそう言って笑う。
「え? 」
「禁止されてるものはやりたくなるのよ。ほら、アタシには有り余る才能があるわけだから」
「理由かっる! 」
「軽くて結構! やる気はあるし! 」
クロエは自信ありげだが、大丈夫か?
確認しておいたほうがよさそうだ。
「今まで生き返らせた生き物は? 」
「ゼロよ」
「えぇ……。理由は? 」
「だってアタシ霊とか視えないもの」
「致命的! 」
ネクロマンサーとして致命的すぎる! 本当に大丈夫なのか?
「いけるって! ユーヤのことは視えてるんだし、コイツは生き返らせてやれって神みたいなのが言ってるんじゃないの? 思し召しってやつ? 」
「おいおいマジか」
……これは、思ったよりもポンコツっぽいぞ。
ポンコツネクロマンサー。
いやそもそも自称ネクロマンサーだ。
「他をあたってもらおうかな」
「いやちょっと待って待って! お願いお願い実験させてよ! 霊と初邂逅なんだって初めて訪れたチャンスなの分かって! 」
「いやでも……」
「……わかった」
「わかってくれたか。じゃあ俺は」
「実力行使しかない」
そう言って彼女は懐から杖を取り出した。
「どうしてそうなる! 」
「魔術。見たことないんだよね? 見せてあげる」
にっこり。クロエは笑った。
写真にして切り取ってしまえば、それだけで芸術品となってしまいそうなほど整った笑顔だ。
しかし、現物は殺気がすごい。
「聖属性の魔術。ユーヤ、霊のキミが受けたらどうなるかな。きっと痛いよ、どうする? 」
疑問形ではあるが、選択の余地がない!
杖の先に集まっているエネルギーが恐ろしい。
これは霊の勘ってやつだ。
痛いどころじゃない、受けたら消える。
そう確信した。
「暴力はよくない。協力するからそれを下げてくれ」
「うんうん。そうしたほうがいいよ」
にこにこ。
初めて知った。
笑顔って怖いんだなぁ。
「大丈夫よ、貴重なんだから手痛なマネはしないわ」
「だといいけど」
もう笑うしかないや。
こうなりゃ身を任せるしかない。
そもそも自分ひとりでいたって解決策などないのだから。
「……これでやっと、……て……」
クロエが嬉しそうに呟いていたが、風の音にかき消され聞き取れなかった。
「何? 」
「技術の進歩に犠牲は犠牲はつきものだって」
「失敗する前提はやめてくれ! 」