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線路の向こう側  作者: 吉田伊織
2/2

無題

その三週間後ぐらいだろうか、仲の良い同期や、先輩も含めて、会社の女の子達が飲み行こうと誘ってくれたので、待ち合わせをした駅前で、まだ夕方だというのに、どう言う訳なのか、そのお兄さんに出くわしてしまったのだ。


しかも、その時は、いつもの如く。

『Hey!Boy!』

『Your(聞き取れない早口で、オレはとりあえず)』

「I can not Engrish」(スペルさえ思い出せないバカさだから、他をあたれ、という意味も含めて、通じないような英語で返した)

そんなベタな答えをして、分からない、知らん、と言う風に首を振って見せ続けたのに、しつっこく外国からいらっしゃっているらしい、(何の用事だかは知らないが)さかんに話しかけてくれるガタイの良い兄ちゃん二人に絡まれて(?)

少々困惑していたところ、肩を抱かれて無理矢理どっかへ誘われそうになり、結構力仕事をしていたので、(腕相撲でも会社以外の知人の男性達には、連勝だった程度には腕力があったし。休日の時間つぶしが筋トレで、体脂肪率が15%ぐらいしかない、筋肉女だった)振り切れると思っていたが、ガタイ通り二人とも結構な力で、しかも二人して肩を抱いてきて、オマケにずっと

『Boy,(何か言っているが、サッパリわからん。こんな頭脳しかないオレに話しかけるな。どっか行け!!)?』

『Boy———』

(だから、分からん!!放せ!!)

と、話しかけ続けてくる二人を睨んだ。


(ああもう!Boyって、うっさい!ゲイか?!体に触ってても気付かんのか!!失礼な!!?)

すると、二人の腕を掴んで引き剥がしてくれた人がいて、オレをBoy呼ばわりしてきた二人に向かって、英語で普通に穏やかな雰囲気で。


「このこ、女の子だよ?自分と待ち合わせしてたんだけど?」


というようなことを(大嘘だが)言ってくれた。らしい。


二人組は何やら謝って、どこかへ行ってしまった。


どことなく、聞き覚えのある声だと思ったが——オレの足りない脳ミソは、見ず知らずの人、と判断してしまった。


そこで深々と頭を下げ


「助かりました、本当にありがとうございます」


といって顔を上げると


「よかった、無事で。生きてたね。あれから全然店に来ないしさ、おじさんに聞いてみたら、君の事覚えてて。ウチで産まれたハムスター飼ってくれてるって。おじさんも君の事男の子だと思って話してたみたいだけどね〜作業服はなにかの仕事帰りなんだとは思ったけど、普段着も男の子みたいなTシャツにジーンズなんだ。帽子の選び方とかも、いっぱいつけてるピアスもなんか、う〜ん……全体的にストリートキッズみたいだね。だからあんなのが引っかかるんじゃない?眼鏡かけてて色白で、なんて言うか。頭良さそうな顔してる分、不思議な感じ?うん。逆に目が行くかもね?やめれば?その男の子みたいな服」


(この口調、この感じって。うげぇ?!あの人なのかよ?!)


オレはその時も迷わず《逃走する》のコマンドを使って、全速力で走り出したが、お兄さんも、しつっこくて、諦めずにくっついてくる。

人混みでまこうとしてもダメだし、仕方がないから、細い路地を幾つも使って、滅多に人が行かない、知っている人間じゃないとまず入らない図書館の裏へ出る道へ入り、振り返ると、誰もいなかった。

やっとまけたと思い、すっかり荒くなっている呼吸を整えて、


(大分時間をロスしたな。さてと、待ち合わせの場所へ行かなきゃ……遅刻する)


と、駅前へ帰ろうと歩き出し図書館の裏を抜けて、駅に近い出口を曲がった先で、あのお兄さんが壁により掛かって笑っていた。

再び、ムンクの叫び状態である。

思わず『ひっ』っと、言ってしまったほどだった。

「あ、驚かせた?ゴメンね?でも追いかけたら逃げちゃうから、とりあえず先回りしてみようかなぁ、と思って。俺さ、小さい頃この辺に住んでたんだよね〜ほとんどこの辺その頃に開発終わってるから。道とかもそう変わんないし。だから逃げても無駄。ついでに言うと、ずっと聞きたいと思ってたんだけどさ?なんで逃げるの?俺べつに変なことしてないと思うんだけど———って、きいてる傍から、なんで逃げるかなぁ?!」

驚愕の硬直がとけた刹那、オレは踵を返して、全力疾走していた。


「お礼なら言ったじゃないですか〜〜!!あり、がとうござ、いますっ!!』

すでに体力の限界。

だが、立ち止まるわけにはいかない。


「いや、だから、そうじゃなくてね—?」


(何で全力疾走しながら、あの人余裕あるんだ?!)


今思えば、三度も助けてくれて、親切で善良な人だと思う。


顔面もオレの好みではないが、イケメンと言われる外見だろう。


まぁ、男は嫌いなので、基本的に受け付けない。と言うより、人間が嫌いだったし、怖かったから、あまり接したくないし、親しくなりたくないのも本当だった。


166センチ程度の身長があるオレを、やや覗き込むようにしないと視線が合わないと言うことは、背も高い。


しかし。知られたくないモノは、知られたくないし。

聞かれたくないモノは、聞かれたくないのだ。


『何で電車に飛び込もうとしてたの?』


と、きかれても、こっちが聞きたい。

夢だった仕事に就けて、確かに色々大変なこともあったが、

死にたいほどの何かは、当時のオレにはなかったように思う。

トラウマも全部見ないようにして、上手いこと箱に入れて鍵をかけていたから、今よりも人生が楽しかったと思う。


悪夢のような、夢中遊行中の意識のないオレに、次に遭う時があったら自分で聞いてくれ!

口きかないヤツも居るようだが、知るか!!

オレが知るか?!アイツらの奇っ怪な行動など、こっちが聞きたいぐらいなのに……。



貴方に会いたくないから、わざわざ高いの我慢して、駅前の大きなビルに入ってるペットショップで、ヒマワリの種買うハメになってるんだぞ?!



だって、店のぞいても、タイミングが悪いのか絶対貴方がいるからだよ!マジで、こっちがどうなってるのか聞きたいよ!!


お兄さんが諦めてくれて、私が待ち合わせの場所に汗だくで戻ると『遅刻〜』と皆に責められたうえに、汗だくな理由まで問われたので。

大ざっぱな感じに説明せざるを得なくなった。


「まだ誰もいない時間に来て待ってたら、変な外人に『ヘイボーイ』言われて、ラチられそうになって、逃げてた。ゴメン」


爆笑され、一度同じ様な現場に、一緒にいたために遭遇したことがあり、庇って助けてくれた同期の女の子が。


「また間違われたの?」


と、可笑しそうにしていた。


この同期の女の子が、オレのことを好きらしい。と言うのが分かったのは、社員旅行で同期のヤツから聞いたからだ。

しかもその野郎、さんざんっぱら一緒に飲みに行ったりしてたし、いつもオレのことを男扱いしてきた野郎で、まぁ、男同志の友達程度の感覚しかオレにはなかった。

アイツもそうだろうと。勝手に思い込んでいた。

が、後に迷惑な言動をしてくることになったが。

このお兄さんほどの恐怖ではなかった。


その後も夢中遊行のヤツらは、勝手なことをしてくれていたが、ゴミ捨て場好きのヤツが21歳の頃は、結構暴れていたよう          に記憶している。


アイツも、小学一年ぐらいに現れた、初期からの付き合いだが、雨の夜に何故かゴミ捨て場へ行って、そこで寝てくれる。


人に発見される確率が高い上、風邪引いたりとか、起きると生ゴミの袋の中身とかぶちまけて、その上で寝ててくれるので、オレが片付けさせられるわ。

寒いわ、臭いわ。


夢の中で好き勝手するアイツらは、ロクなレパートリーがないらしい。


多重人格を疑ったこともあるが、医者に相談した所、やはり夢遊病で良いらしい。


最初はただ散歩するだけのヤツしかいなかったのにな。



そのレパートリーは、気分なのだろうか?


そして、恐怖のお兄さんとは、その後も何度も出会う羽目になった。



———3———

生活圏が同じなので、出会ってもおかしくはないのかも知れないが……。


同期の女の子と駅前のジーンズショップで買い物をしていて、いつものように割引になっている男物のTシャツを漁っていた。


「おお、これ、ちょっと気になってたヤツだ。生地も縫製も良いし、長持ちしそうだよな?やっぱ、ビンボー人には丈夫さが大事。オレ流行とか気にしないしね?農場で着てたさ、褒めてくれたあの緑でプリント柄のシャツなんて、小五の時に知り合いの人にもらったんだよ。物持ち良いだろ?体格があの頃からこのデカさってのも、笑えるけどね。もうちょっといくかなって思ってたら、止まっちゃってさ——どうせデカいなら徹底的にデカい方がよかった。中途半端だよなぁ、なんか」

(オレは仕事帰りに一緒に店に来た、仲良くしてくれていた、例の同期の女の子に話しかけたのである。その日は帰りのバスも一緒で、オレがシャツが足りないから、そろそろセールだから買いに行くつもりだと話したら、荷物になるだろうに、自分も一緒に行って、何か買う。と言うわけで一緒に行ったのだ。彼女はそこから電車で通勤していたが、オレはそのターミナル駅から各停でもひとつ先の駅の、歩いて行ける近くのアパートを借りていた)


「うーん、こっちの方がまだ良いと思うよ?やっぱりメンズ着てたか。そうかなー?とは思ってたんだけど。今日はピアスしてないね。ひょっとして、普段着だけど仕事帰り?ほっそい男の子がアンバランスな大きい鞄しょってるから、着替えか何か入ってるのかな?家出人?とかちょっと思っちゃて目に入った。紙とかノートパソコンとか重い物が入ってる感じじゃないし、学生にも見えないし、ちょっと何してるのか分からない感じだったし?」


突然傍らに現れた、その声の主の顔は、ウスラボンヤリとだが、一応危険人物として、足りない頭にもインプットされていたし。その声の特徴は記憶していて———オレは、ざっと血の気が引くのを感じ、シャツを放り捨てるように戻すと同期の女の子すら置き去りにして、その場からの逃走をはかった。


懲りずに気軽に話しかけてきたお兄さんが


「あっ、また逃げる——」


と、言う声を背中に聞きながら。

(頼む!追ってこないでくれ!!)

と心の中で手を合わせていた。


結構な勢いで店を飛び出し、500メートル程全力疾走した頃だろうか。

後ろからオレの名前を呼ぶ、同期の女の子の声がして、存在を思い出して(酷い話しだが、我が身可愛さに忘れていた)急ブレーキの勢いで止まり、背後の彼女の周囲を確認して、あのお兄さんがいないことを確認。


「ゴメン……一瞬、存在忘れてた」

(バカ正直なので、そのまま謝る)


「どうしたの?いきなり話しかけてきた人見て、逃げたよね?」


「いや……なんて言うか……」


言葉を濁してしまうと、オレの極度の人見知り(仕事では一応、表向き頑張っているので、愛想が良いし人懐こいと思われているが、実際はかなり小心で臆病者なのだ)を知っている彼女は、自分なりの答えを出して、得心がいった様子で言った。


「いきなり話しかけられたから、ナンパか何かかと思って、驚いて逃げちゃったんだね。なんか、嫌な目にしか遭ってないもんね〜?一緒に電車に乗った時も、男の人に男の子だって勘違いされて、その上で痴漢って言うか、先輩が警察行った方が良いって言うような目に遭うし。なんか、いいって言い張って行かなかったけど……」


「あはは、まぁ、なんて言うか、痴漢なんて電車に乗ってれば、誰でも会うし、あの時は顔見知りの人が周りにいたから、気が抜けてて、隙だらけだったんだと思う。つり革に両手でぶら下がったりして、ふざけて喋ってたオレも悪いよ。多分」


「そんな事無い!悪くなんてないよ!」


何故か涙ぐんでまで力説してくれるので、置き去りにしたこっちの方の心が痛い。


「ありがとう。駅前のさ、ファミレスとアイスクリーム屋、どっちが良い?おごるよ。悪い事したから。今日はもうオレ買い物は無理っぽいし。ゴメンね」


まだ震えている手を強く握ったが、震えが止まらなかった。


同期の女の子は、それを見て、手をつないでくれた。


「私、アイスが良いな、本当におごってもらっても良いの?」


「勿論。一応給料日からそう経っていませんので、いつもの金欠病じゃないですよ〜?ボーナスも出たしね」


「一人暮らし大変だよね。私には無理だなぁ」


「うーん。出来る出来ないでは無く、するしか無かった。それが正解だね。やれば出来るよ。たまに会社の人とかも泊まりに来てくれるから、さびしくないしね」


「そうかなぁ?」


一緒に駅前へ向かって歩いていたら、ふと視線を感じた。


あの人が同期の女の子の横を追い越していって、一瞬オレを視たらしい。


何事もなく追い抜いていって、その背中を見ながら、不思議な感覚に陥った。


いつも逃げていたせいで、あの人の背中を見るのは、今日が初めてだな……という、恐怖と同時に奇妙な、追いかけていって、話しかけたらどうなるんだろう?という、想いがわいた。


もし、あの時一人だったら、危なかったかも知れない。


あの子が手をつないでいてくれたお陰で、その背中を直視出来たのだろう。


そうでなければ、あのまま店から飛び出して、逃げ去っていたことは言うまでもない。


彼女とアイスを買って、そのまま駅前の公園の噴水の縁に腰掛けて、アイスを食べていたら、また声をかけられた。


ここはそう言う場所なのか?と疑って、ここで待ち合わせたりしたこともある仲の良い同期の同じ年の男に聞いてみたが。

『え?なんだそりゃ?俺はそんな目にあったこと無いぞ?女から声かけられたこともねぇしな……あ、俺がそこ行く途中の駅前で見かけた女の子、ナンパしたことはあるな。ついでだと思って、飲みに誘ったんだ。お前も居たけど、女の子だと連れてってもそんなに嫌そうにしないから、いっかなーと思って。失敗したんだけどな』


と言う返答だった。


思わず、

『それ、どこ?』


と、聞いてしまうと。


『あ〜たしか。高架下って言うか、ホラ、通れるようになってるじゃん?北口から南口に。あの半地下っぽい通路だったと思うけど』


『そこ。オレ、あんまり通らないようにしてる場所だ。人なんてロクに歩いてないのに、わざとぶつかってきて、ケツ掴んでくる野郎とか、何かしらに出くわす確率が高いから……』


心底嫌そうにソイツがオレを見た。


『お前って、なんでそんなのばっか引っかかんだよ?』


『こっちが知りたいよ。目が悪いから、目つきが悪いとか、ガンつけたって、子供の頃は喧嘩になってたけど、今はそうでもないと思うんだけど……睨んでるか?』


『いや……逆なんじゃねぇの?』


『逆って?』


ソイツは考え事をする時のクセで、右手で髪をグシャっとかきあげてから、上を見上げているので……待っていたら、オレを見てきた。


『な?今でこそ普通に俺とも、目ぇ合わせて話せるけど、それも長時間は無理。逸らしてるのが基本だ。まぁ、ずっと因縁ふっかけられてたから、そうなったのかも知れねぇけど……まぁ、そういう事をしたいヤツらには、マトになりやすいんじゃねぇの?とは言え、お前って気が小ぃせぇからなぁ。まぁ、一見そう見えない所が、すごいのかもだけど。基本ビクビクしてるよな、内心……なにがあったのかなんて聞かねぇし?べつに人それぞれだし。あんな一見明るい俺の車の先輩主任だって、チラッと話したことあるけど、結構家族関係あってな……で、あの人中卒なんだよ』


『ふぅん?中卒なのは聞いてたけど、仕事出来るし、頭良いし。問題ないんじゃない?』


『……ま、お前らしいっちゃ、お前らしい回答だな。けどさ、世間って俺等高卒にだって、厳しいだろ?大学出の同期のヤツも、すんげー威張ってたじゃん。俺等のこと見下して。仕事もロクに覚えないで、素人のお前以下で、そんでもってソッコーで辞めやがった』


彼が何が言いたいのかがよく分からなかったし、こっちの言いたいことも混乱したが、とりあえず、その時に、次にこういう手合いが来たら、容赦しないと決意していた。


「ねぇ。きみ。女の子じゃないよね?デート中?同じ年ぐらいの彼女?それとも友だち?あれー?女の子なのかな?なんで何も答えてくれないのかな〜?下ばっかりむいてて〜ちょっと顔良く見せてよ」


オレの顎に手を伸ばそうとソイツがしてきた。

もう決めていたオレの反応は素早かった。


持っていたアイスを放り捨てて立ち上がり様に、伸びてきた手を掴んで内側にひねりあげ、一瞬怯んだソイツの腹に思いっ切り拳を入れてから。組み付いて足払いをかけた。


相手の体重が上回っていても、かけられるのが柔道技の良い所だ。喧嘩の時にさんざんっぱらかけられて、一発で技を覚えて、かけ返してくる。と有名になり。

そのうち警察の柔道場に通っている上手い、ちゃんとしたヤツから、柔道に誘われたぐらいだ。

だが、その時のオレは柔道に通えるだけの金なんて無い状況だったし、喧嘩は売られるから買っていただけで、基本は自己防衛したに過ぎない。が、毎度勝ってしまうために、こちらが保護者を校長室に呼び出されることになった。


思い出しても、溜息しか出ない。


人を殴るのが嫌いなはずなのに。

関係ない世界に来たと思っていたのに、結局コレが思いつく手っ取り早い方法だというのが、情けなかった。


自分が臆病なハリネズミだと知っていても、どうしようもなかった幼い自分を、見たくはない……。


今だって、たいして変わらないのだから。



ソイツが地面に転がるまで、きちんと服も放さない親切も忘れなかった。空中で放された場合、受け身をとっていないと、衝撃がモロに来る。


やられてオレは何度息が止まったか知れない。


やられて嫌なことは、他人にするのはやめましょう。

保育園児でも先生に言われて知っているだろうが、実行出来る人間が、果たしてどれほどいるのだろうか……。


地面に転がしてからソイツを見下ろすと、なぜか怯えたような目をして言った。


「ご、ごめんね!彼女に手ェだそうとかしたんじゃないんだ!」


逃げ去っていく背中を見ていたら、一緒にアイスを食べていた女の子が立ち上がって、オレの前に何かを差し出してくれた。


(ああ。眼鏡……足払いかけた時に、勢いで飛んだか。喧嘩ばっかりしてた頃は、授業中しか眼鏡かけてなかったからなぁ。一回喧嘩で壊した時に、安くないのにって、スゴい怒られたから……)


「だ、大丈夫……?」


「え?何が?」


「だって、スゴい怖い顔してあの人のこと睨んでたから。私、大丈夫だよ?何ともなかったし!自分で何とか出来たよ?」


「ああ、ゴメン。睨んでるつもりもなくて、いつも通りだって自分では思うんだけど……ダメだね。目が悪いから、つい焦点合わそうと思っちゃって、睨んじゃうみたいになるらしいんだ。それにオレ、もう決めたから。降りかかる火の粉ははらわないとやっぱりダメなんだな、って。なんか、迷惑かけてたりもするみたいだし。電車の痴漢とかさ。一緒にいた先輩の方が、真っ青な顔してて、こっちが心配になったしね。まぁ、さ、うん。諦めた」


「なにを?」


「……なんだろうね……」


眼鏡をかけて空を仰いでから、喧嘩騒ぎになると思ったのか、立ち止まったり、人垣のようになっている人通りに気付いて、同期の子を連れてさっさと立ち去ろうとした。

(お巡りさんとか呼ばれたら嫌だ。傷害じゃないか……。)


その行動に出ようとした時に、人垣の中から。


「お見事!すごいね——?ビックリした」


という、どこかで聞いたことがある声がした気がして、オレはまた、急いで今度は忘れず彼女の手を取って走り出した。


「あ、アイス……」


「ああ、オレのはいいよ。べつに。自分で放ったんだし。それよりとりあえず、お巡りさんが嫌いなので、他で食べよう」


二度も遭遇したのはその日だけだから、もしかしたら、つけられていた可能性もあるが———恐ろしくて、あまり考えたくない。




その後、


記憶にあるだけでも、まだあの人とは会っている……。


仕事帰りにゲーセンの前にある、クレーンゲームで遊んでいた時だ。


「ああ!もう、どうしても欲しいって言うわけじゃないのに!おのれ〜〜!!コレが最後だ!貧乏人のオレにここまで金を使わせるとわっ!良い度胸だ!覚悟しろ!」


500円いれて、また性懲りもなくリトライしていた時だった。


隣のクレーンゲームで遊びはじめた人がいたが、べつに気にしていなかった。


よくあることだ。


何とかいい位置にアームを入れようと、横からケースを見て、オレは固まった。


なにしろ、隣で普通の顔で遊んでいるのは、あの人だった。


《逃げる》のコマンドを使いたかったが、今入れた金が惜しい。超欲しいというわけでもないが、クレーンゲームの景品も欲しい……。


葛藤の中、固まっているオレに、その人が、多分いつもそうしてくれていたのだろう、至極自然に、穏やかに笑いかけてきた。


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