徳川劇場:教えてクソ親父!兵力差が圧倒的なのに多い方より数が少ない方が圧勝するのは何故なのか?
貴方は国のためなら死ねますか?(他人のために死ねますか?)
徳川家康「よく戦国時代を語っているエセ歴史学者の中には『数が少ない方が勝つなどあり得ない!』と語るクソ野郎がいる。これに対する反論は非常に簡単である。」
三兄弟「簡単なのですか?」
家康「そうだな!例えば『ハイジャック事件』や『立て籠もり事件』では犯人の数よりも人質の数の方が圧倒的に多いのに何故人質は勝たないのか?と質問されたらどう答える?」
信康「相手が武器を持っているからでは無いですか?こちらは死にたく無いしな……」
秀康「とは言え兄上や私ほどの実力があれば相手が父上か忠勝殿でも無い限り大抵は返り討ちだと思いますけどね……」
秀忠「話を戦争や戦から人質事件やテロ事件にすり替えると分かり易いな……」
家康「そうなのだよ!人質事件やテロ事件に人質に「なんで反撃しなかったんだ!あんた達の方が数が多いのに!!」なんてことをテレビで大々的に言う専門家などはいるだろうか?いたとしたら間違いなくキチガイ扱いされるはずである。
しかし、例えば『アメリカ同時多発テロ事件』時の『ユナイテッド航空93便』では実際に人質側がハイジャック側に反撃を行って激闘を繰り広げて飛行機が墜落していると事故踏査委員会は結論付けている。
つまり!人質側が犠牲を恐れずに犯人に立ち向かえば!!勝てる可能性は十分にあるのである。
そう考えれば全ての人質事件やテロ事件などは犯人側が勝利するのは可笑しいということになりかねないのである。なのに実際には犯人側が圧倒的に有利である。」
信康「だけど……その場で初めて会ったばかりの人間と手を組んで自分を犠牲にしてまでして犯人に立ち向かうのは大変なのでは?」
秀康「自分が犠牲になって他人を救うのはハードル高いよな……」
秀忠「わが身が可愛いのは皆同じですからね……」
家康「つまりもう答えは分かったのでは無いだろうか!そもそも『数が多い方が勝つに決まっている!』というのは『ゲームのようにつまり将棋の駒のように人間が命令一つで自分の命を投げ出せてこそ実現出来ることなのである。』
それは非常にハードルが高い!例えば第一次世界大戦では国土の99%占領されても降伏せずに徹底抗戦するほど頑強に耐えたベルギー、そしてパリ近郊にまで攻め込まれても降伏せずに莫大な犠牲を出しても耐え抜いたフランスだが……第二次世界大戦ではベルギーとフランスは開戦わずか半年でナチスの攻撃に降伏してしまうという醜態を晒している。
同じように独ソ戦時のソ連は『逃げ出す将兵の後ろに機関銃を置いたり』しているし、ナチスも劣勢になると『簡単に兵士が降伏する』ので『敗北主義者というレッテルを貼って大勢を殺している』のである。ソ連は結果的には勝ったから良かったもののナチスは負けている。そしてどちらも現在も評判が悪いのは言うまでも無いのである。」
信康「フランスとドイツて昔から血みどろの戦争を繰り返してるしな……ナポレオン戦争ではフランスをボコボコにしたので……普仏戦争ではドイツ側がフランスをボコボコにして屈辱を味合わせたからフランスは第一次世界大戦で必死にドイツに戦ったりしてるし……だからベルサイユ条約ではドイツに必要以上に屈辱を味合わせようとしたしな……」
秀康「因果応報なところはありますね……ナチスやソ連の大量虐殺は許せませんけど」
秀忠「頑張ったところで一兵卒の兵士に何の得があるのか?そこは疑問だよな……」
家康「そもそも国家というのは非常に難しいものである。現在だって『日本政府のために死ねます!』という人がどれほどいるだろうか?考えて見れば疑問である。
もちろん、問答無用で外国が日本を侵略して来れば『話し合いの余地なく自分と自分の家族が死ぬという状況』は許し難いので『何かを守るため』に必死に戦うというのは一つの真実ではある。
しかし、そもそも『守る家族が親以外にいない人』や『大人しくしてれば殺されない人』が必死に祖国のためとは言え本当に命を投げ出せるのかに関しては大いに疑問がある。
攻めてくるのが中国やロシアなどの独裁国家で明らかに日本を敵視している国や『日本よりも生活レベルが低い国』ならば『戦う大義が分かり易い』しかし、例えば攻めてくるのがアメリカやEU(欧州連合)だったら?しかもアメリカやEUが「抵抗しなければ殺さないし生活も保障する!」とか言ってきたら?
いやいや、それ以上に戦国時代の話で考えるのであれば!そもそも戦国時代というのは内戦状態で戦っている訳だから相手は『話してる言葉も民族も文化も同じ同族』だという真実は大事である。
『仲間同士で戦っている状態』なのだから……と考えれば自分の命を犠牲にしてまで必死に戦う理由など見つけ難くなるのは必然では無いだろうか?」
信康「北朝鮮みたいな国でも未だに金一族による独裁が続いているしな……」
秀康「ソ連にルーマニアでは倒したはずの共産主義が懐かしいと言い出す人がいると聞くからな……」
秀忠「難しい所ですね……三国志でも黄巾の乱が起きて曹操みたいなのが出る一方で劉備のような復古主義が根強かった。」
家康「ゲームと違って駒である一般兵士にも自我が有り!家族や生きる目的が存在しているということを忘れてはいけない!!
そのような状況下で「簡単に人に死ね!」と言えるような鬼畜なことをしていれば……必然的にドイツ革命が起きる訳だし……第一次世界大戦での鬼畜な所業が原因でフランスでは厭戦感情の高まりと『国内での仲間割れ』(権力争い)のせいで世論の戦う気が低くなり過ぎたからナチスに半年で降伏したのである。(結束出来なかった。)
そう考えると戦争というのは非常に難しいのである。国家の総力戦だと言うが!先に攻撃した側の方が敵に先に大打撃を与えられるメリットがある。だが守る側が耐え抜いた場合は先に攻撃した側の方が不利になるというデメリットもあるのである。」
信康「国家同士の戦争ですら当然ながら『自分の命の方が大事』という風になるのだから……我々の戦国時代での戦いなんて当然『自分の命が大事』が大前提ということだな……」
秀康「『自分の命の代わりに他人を救った。』が美談として多く戦国時代で語られるのは逆説的に言えばソレが『普通では無い』から!ということになる。だから称賛される。」
秀忠「現代の戦争でも自己犠牲は称賛されますよね……」
家康「大義名分が十分に有っても国家が崩壊する場合もある。例えばフランス革命である!フランス革命の最大の原因は良く『国王の横暴な統治』だと言う人がいるが……それは大きな間違いである。
現代ではルイ14世(太陽王)の評価がフランスでは急上昇している。理由としてルイ14世の時代は『偉大な時代』だと言うことを裏付けることが盛んになってきているからである。この傾向はルイ16世やマリーアントワネットに対しても行われており、フランスではマリーアントワネットを主役にした映画が製作されて高い評価を得たという実績がある。
現在ではマリーアントワネットの悪行だとされたことは全否定されており、悲劇のヒロインとしての地位が確立しつつあるのである。
ちなみにルイ16世とマリーアントワネットが断頭台で処刑される時の態度は記憶に残っており、ルイ16世は毅然とした態度で「朕は許す」とだけ言っている。マリーアントワネットは「子供達だけは殺さないで欲しい」と必死に懇願していたと言われている。
話は戻るが……フランス革命の真の原因はアメリカ独立戦争にある!
というのもフランスは第二次英仏百年戦争で北アメリカとインドの支配権をイギリスに奪われると言う屈辱を味わったので仕返しということでイギリスからアメリカが独立する時にアメリカを支援したという事実があるのである。このアメリカ独立戦争の支援でフランスは莫大な財政支出をしたから財政難に陥ったのである。」
信康「後に世界の民主主義の最大の擁護者となるアメリカをフランスが支援したというのも面白いな……」
秀康「ブルボン朝(ルイ16世の一族の王朝)て現在もスペインで続いてるからな……」
秀忠「フランスでもオルレアン家というのが今でもいますしね……子孫が強いは歴史の評価において重要ですね。」
家康「要は何が言いたいかと言うと実はフランス革命は必ずしも正義とは言えない部分が多分に含まれていたのである。なのに何故起きたかと言うと……
つまるところ『国民の生活を悪化させてまで戦争をする必要があるのか!』という根本的な問題が有ったからである。
この話で分かると思うがワシが何故豊臣秀吉の明との戦争に消極的で豊臣秀吉が死ぬとサッサと和平を結んで『戦争を終わらせた』のかも分かると思うのだ!」
信康「そこで自分語りとは……」
秀康「そこで自分は偉いと言ってくるのか!」
秀忠「自分の話に繋げてきた……」
家康「事実だろう?戦争で常に不利益を被るのは一般の国民である。不必要な戦争をして多大な人的損害が出たら困るのは結局は国民である。例え戦場で戦うのが『農民や商人では無く武士』であっても!武士が戦うために必要な食料や軍資金は税金という形で『一般の国民から徴収している』訳だから当然ながら戦争が拡大し過ぎて犠牲が大きくなり、泥沼化して長期戦になればなるほど一般の国民が困るのは間違い無いのである。
結局のところ戦争は兵力や国力ばかり重視されるが!それらが例え相手を上回っていても民意が付いて来なければ意味が無いのは間違い無い!!そう考えれば戦争というのはリスクばかりが高くて回避するのが最も良いのは言うまでも無いのである。」
信康「回避出来ればソレに越したことは無いが……回避してばかりだと自勢力が弱いままで大きな他勢力に吸収されることになるよな……」
秀康「問題は戦国時代に周りに負けずに最終的な勝者になった親父殿が言ってるということだよな!」
秀忠「そこですね!ズルいのは!!私などが言えば「だからお前は無能なんだ!」とか言い返してくるのが分かりきってるのが腹立つ……」
家康「そこは勝者の特権というヤツだ!しかし、よく考えるのだ「無能と言われようとも平和を維持してれば有能」という評価を貰うのが歴史である。問題は如何に勇敢で先見の明があったとしても負ければ全てを失うのである。「勝てば官軍、負ければ賊軍」とはよく言うだろ?
つまるところ大事なのは『勝つことでは無く維持すること』なのである。常に維持することが勝つことよりも上位になければならない。実際に武田信玄もワシも常に維持することを勝つことよりも優先しているのは間違い無い。それは信長や秀吉にも言えることだ!逆に負ける今川義元や武田勝頼は維持することよりも勝つことが優先だという振る舞いをしたことが結局は全てを失ったのである。
『何かを得るために何かを失う』のが真実だと言っている小説や漫画が存在するが……現実の世界では『勝った方が総取り』なのが常なのだから……つまるところ『死んでしまえば終り』なのだ。
より詳しく言えば『敵の小城を取ることに夢中になっている間に敵に自分達の本城を取られては意味が無い!!』のは言うまでも無いのである。何かを得るために何かを失うなどというのは本末転倒も良いことなのである。『失わずに取らなければならない』このことを常に念頭に入れながら戦わなければならない。
統治者あるいは指導者というのは常に維持することを勝つことよりも優先しなければならない!つまり戦いに『勝つことよりも引き分けを狙う』のが基本だと考えるのが最も大事なのである。
最も難しいのは犠牲を最小にして退却することである。退却することは負けでは無い。退却しても自勢力が失うものが無い状況を常に作り出すことの出来ない人間に統治者や指導者になる資格は無いとまで言っても言い過ぎどころか当然のことなのである。」
信康「勝つことばかりに固執するとダメということだな……」
秀康「維持することを優先する。しかしソレばかりに固執すると負ける。」
秀忠「『勝つことよりも引き分けを狙う』と言うのはつまるところ『負けるな!』ということですからね……」
家康「さて話をタイトルに戻していくと兵力差があっても少ない方が勝つことがある。しかも世界史は勿論だが日本史においても『兵力が少ない方が勝つ』は『珍しくも何ともない』ということを言っておこう、良く桶狭間の戦いを語る時に『兵力が多い方が勝つに決まっている』ということを主張する歴史学者がいるが!それを裏付ける証拠は歴史的に存在しないのである。そんなことを言ったら世界史は勿論日本史も大前提としていることが『全てぶっ壊れてしまう』からだ。
何せ中国史で言えば、そもそも『史記』が全て大嘘ということになる。そうなると劉邦が項羽に勝てるはずが無いので『三国志』も架空物語ということになる。そうなるとモンゴルが中国を支配したという話も無くなるし、明の創設者の洪武帝の話も大嘘ということになるし、永楽帝が兄の建文帝を倒して中国を支配したというサクセスストーリーも大嘘ということになる。
桶狭間の戦いは大嘘だ!という主張をする人は今すぐに中国大使館に行って「嘘の歴史を教えるな!
」と抗議して来れば良いのである。『史記』と『三国志』を嘘だと言うことは中国だけでは無く日本をも侮辱する行為になるので日本と中国両方から猛攻撃を受けることになるはずである。
つまるところ『兵力が少ない方が勝つ』は世界の全ての国の歴史を前提から『ぶっ壊すほど威力がある』のである。アメリカ独立戦争だって圧倒的に強いのはどう考えても大英帝国の方なのは誰がどう見ても当然の結論だったのに勝ったのはアメリカということになっているのも大嘘ということになる。
日露戦争も大嘘ということになるが!そうなると『血の日曜日事件』の正義も無くなるのでロシア革命の正義が失われ『ソ連建国の正義』も無くなることになるので話は日本だけの話には留まらないことになるのである。そもそも日本が負けていたら『朝鮮併合も出来ない』はずなので朝鮮史も大嘘ということになる。」
信康「オーバーキル過ぎるな……」
秀康「一国の問題では済まないことになるのか……」
秀忠「凄いなぁ……」
家康「最初の話に戻るが、結局のところゲームと違って現実は『駒の一人一人が現実に生きている』以上は当然ながら駒の一人一人が『わが身可愛い』で動いている以上は数が多くても不利になれば『戦わずして逃げる』可能性は決して低く無いどころか当然不利なほど大きくなるのである。
そもそも『自分が戦いで死ぬのを極力抑えようとする』のが当然なので皆がソレをすればするほど負ける可能性は当然高くなるのである。つまるところ『兵力差があるにも関わらず少ない方が戦意を維持している』ということが起きている時点で考えて欲しい!
『兵力差が大きいのに戦わざる負えない状況』に追い詰められた側は『自分が死ぬ可能性が高いのに戦う』のである。何故そうなるかと言うと『戦わざる負えない』からである。『自分が死んでも戦わないといけない!』という覚悟を決めてる人間が多いから兵力差があっても戦場に出てきているのである。
つまり『覚悟の度合い』で行くと『兵力が多い方よりも少ない方が強い』のは分かりきっている真実である。だから兵力が多い方よりも少ない方が必死だ。」
信康「窮鼠猫を嚙むと言うからな……」
秀康「追い詰められているのに戦うのには理由がある訳だな……」
秀忠「必死に頑張る人間が多い方が有利という訳だな……」
家康「数が多い方は油断しがちである。これは三国志の『赤壁の戦い』でも分かる。少ない方は必死で多い方は気楽な分覚悟が弱くなる易いのである。
どんなに強い人間でも、いやむしろ強い人間ほど「こんなクダラナイことで死にたくない!という気持ちが強いものである。」勝ちが決まって来てる状況だったからこそ曹操軍の兵士達は「次もある」という気持ちが強かったので必死さに欠けていたとも言える。
このような状況は『桶狭間の戦い』にも当てはまる。残念ながら有利な方が不利な方に負けることがあるのは……現実的に油断大敵という言葉の重みを表しているとしか言えないということになる。
ワシが結局最終的に勝者になれたのも勝ち続けたというよりは『油断する回数が他の人間よりも少なかったから!』という方が正しいと思うのだ。」
信康「品行方正を求められるのもそのせいですね……」
秀康「上の者は常に下の者に監視されている訳だな……」
秀忠「この人のためなら死ねる!と思わせないとな……」
家康「『三方ヶ原の戦い』の時に夏目吉信がワシの『身代わりとなって戦死してくれた』のも鳥居元忠が姫路城で『死ぬまで戦った』のも平岩親吉が毒饅頭を食ったのも全てはワシが素晴らしい君主だったからだ!」
三兄弟「言いやがった!!」
家康「なぜそうなるのか!と言えば結局はワシが『奉公に御恩で報いる』と思ったからである。鳥居と平岩の逸話は後世にしっかり記録されており、美談として江戸時代は勿論現代まで残っているのはワシが必死に宣伝して回ったお陰である。夏目吉信の子孫は大変優遇されて江戸時代に高い身分として丁重に扱われたし、なによりもその子孫が後の日本の大文豪となる夏目漱石だという事実は重要である。
お前たちが幾ら否定したところで事実は変わらないのである。実際に仕えてくれる人間が「コイツのためには死ねない!」と思わせた時点で倒されたり殺された君主の数は数えるのも馬鹿らしいほど大勢いるのが何よりの証明となっている。」
信康「そういう意味では俺も親父殿のために切腹したからな!」
秀康「私も弟に譲りました!」
秀忠「私も我慢しましたよ!」
家康「皆不満があるかも知れないが!徳川家の繁栄のために一人一人が我慢してくれたからこそ250年もの平和が続いた訳だし!!我が徳川家は偉大な家ということで現代まで続いているのである。そう考えれば『決して綺麗ごとを言っているのは偽善だけが理由では無い』ということを理解出来るだろう?
皆の我慢がなければ戦国時代が現代まで続いていたとしても何も可笑しく無いはずである。そのようなことになっていたら今この文章を読んでいる貴方の祖先はいなかったかも知れないのだ。
そう考えると怖いことであり、重要なことなのである。」
我慢することが大事!というのは勝者の理論と言えます。しかし実際に我慢つまり忍耐力は大事だと思います。成功することも大事だが失敗で何もかも失うことほどくだないことはありません。
失わずに成功する。失わずに失敗するというのは非常に難しい……天下人て凄いな!と思います。




