徳川劇場:教えてサドの神!戦国時代は実力主義だと言われているが本当なのか?
戦国時代は実力主義だったという言葉で言い訳している本が結構あります。自分なりの実力主義に関しての考察です。書いていて、いろいろと考えさせられました。
正信先生「戦国時代は実力主義と言われていますが…信長野郎も家康ちゃんも北条早雲も武田信玄も上杉謙信も毛利元就も今川義元も大友宗麟も島津義弘も伊達政宗も長曾我部元親も…みんな血筋がハッキリした家柄の出ですよね(笑)」
秀康「また煽りだしたぞ!」
富正「一人忘れてません?」
成重「天下の極悪人はノーカウントだぞ!」
正信先生「世界史でも『庶民上がり』とハッキリ断言出来る天下人は少数です。前に紹介したローマの大マリウス、中国でも漢帝国初代の劉邦、明帝国初代の洪武帝くらいでしょうか?蒋介石ですら裕福な商人、毛沢東は富農です。ちなみに洪武帝は貧農です。これだけでも洪武帝の凄さが分かりますね。日本史において言えばサルこと豊臣秀吉、初代内閣総理大臣の伊藤博文、日本陸軍の父の山縣有朋、今太閤こと田中角栄と言ったところでしょうかね。」
秀康「養父は凄いなぁ~」
富正「近現代になると多いんですけどねぇ」
成重「サルから成りあがるとか凄いな!」
正信先生「戦国時代が実力主義だと強調すると対となって語られるのは江戸時代でしょうか?ではでは皆様に質問です。江戸幕府の大老として有名な井伊直弼はエリートですか?」
秀康「井伊家はエリートって散々強調していたのでは?」
富正「実際に老中と大老を複数出してますし、エリート家ですよね。」
成重「不公平だぞ!」
正信先生「秀康様は次男坊なので一応ストック(予備)としては一番手なのですが…井伊直弼は十四番手でした。名門の子弟とはいえ、三男くらいまでは大切にされますが…その下くらいからは扱いが雑になり始めます。秀康様や忠輝様が良い例ですが(笑)」
秀康「おい!なんで、そこで(笑)になるんだ!!」
富正「ひどいです!断固抗議します!!」
成重「いや、事実だろ(笑)」
正信先生「秀康様は次男でしたね。まぁそれでも扱いが雑な場合があるので名門に生まれたからと言って皆が幸せとは限りません。有名所だと武田信玄は嫡男なのに冷遇されていましたし、伊達政宗は片目の障害者なので弟が溺愛されていました。徳川将軍家では三代将軍の家光公は竹千代の名前が与えられていたにも関わらず幼少の頃は酷い冷遇を受けていて、春日局という乳母を母親変わりに幼少の寂しい時期を過ごしていたりします。なので十四男ともなると大変だったと思われます。」
秀康「皆大変なんだな…」
富正「長男でも冷遇されていた有名武将は挙げだしたらキリないですよね…」
成重「ぶっちゃけ、秀康の兄の信康様も酷い扱いだからな…仕方がない部分はある。」
正信先生「井伊直弼の話ですが…彼は非常に有能な人だっただけに自らの自宅を埋木舎などと名付けて皮肉っていました。300表の収入が約束されていましたが…江戸時代の後期となるとコメの過剰生産でコメ価格が下がり過ぎており、1表の価値が下手すると一万円以下の場合もあったと思われます。なので井伊直弼の年収は300万円以下だった可能性が高いでしょう…それでも不労所得だから良いじゃないか!と言いたいところですが…働きたくても一応は名門のストック(予備)なので働きたくても働けず…しかも永遠に支給されるという保証は無いだけに…住んでいた場所も長屋(低所得者住居)だったと言われています。これで30歳の頃まで過ごしていました。」
秀康「……」
富正「一応は武士ですし、下手すると部下も一緒に同居していたかもしれませんね。」
成重「ストック(予備)に付き従う家臣も辛いんだぞ!」
正信先生「まぁ、それでも三十過ぎた頃に幸運が訪れたんですけどね…さて、この後、彼がどうなったのかは…このタイトルの話と関係ないのと…話始めると長くなりすぎるので(笑)話を途中で切りますが…重要なのことはですね。戦国時代と正反対の江戸時代ですら井伊直弼のようにエリートから外れていた人でも出世する場合があったということです。同じようなパターンで言えば第八代徳川将軍である徳川吉宗の方が有名かも知れません。そもそも、実力というのは『未来から見た過去』から推測されることであって当時の評価とは関係無い場合も多いです。極端な話、『人生で一度しか絵が売れずに極貧のまま死んだクソ底辺画家』であるゴッホが描いた絵が現在最も高い値段で取引されていて…ゴッホは『世界で最も有名な画家』になっていたりする場合もあります。」
秀康「生きている間は『クソ底辺画家』だったのに…」
富正「死んでから大逆転とか…」
成重「死後の世界があったら嬉しいがな…」
正信先生「まぁ人生って分かりませんね…そもそも皆が食べ物に困る時代に食べ物に困らずにいる時点で得られるアドバンテージは強烈です。何故ならば栄養が足りていないと人は死にますし、死ななくても筋力などは当然低いのが当たり前だからです。なので裕福な家に生まれた人間の方が知識も体力も筋力も…何もかもが圧倒的に実力としてあるというのが必然でしょう。」
秀康「戦国時代は格差が強烈だったのか?」
富正「その割に武士の力は弱かったですよね…むしろ村人の方が強かったですし…」
成重「村人が逞し過ぎて武士は弱いんだよな…」
正信先生「そうですね(笑)秀吉サルが行った『刀狩』で大仏が建った!とか言っていますが…逆に言うと大仏が建つほどの大量の武器を村人が持っていたという事実の方が恐ろしいですよね…」
三人「せやな…」
正信先生「戦争ばかりしていると、どんな状況になるか…ということを知りたいのであれば…実は最も確実な証拠が溢れている時代があります。それは第一次世界大戦~第二次世界大戦までの時代です。この時代に幸運に恵まれて一躍日本の総理大臣にまでのし上がったのが今太閤こと田中角栄です。かれは中卒なのに、戦後一貫して東大出だけが総理大臣になっていた中で突然総理大臣になってしまったという人ですね。」
三人「へー」
正信先生「田中角栄本人の実力もありましたが…中卒で入った建設会社の社長に十代でなったお陰でもあります。何故社長になれたかと言うと大人は20超えると強制的に戦争に行かされるので繰り上げ出世しまくったお陰という…まぁ後に角栄自身が徴兵されて満州に行かされて酷い地獄を見させられたということなので…何とも言えませんが…」
秀康「実力主義だったから良かった!というのは平和な時代に生きている人間の世迷言だよな…」
富正「私達も平和な時代に生きたように見えて朝鮮に関ヶ原にと…平和とは程遠いような気がします。」
成重「人生終えてみなければ分からないことを分かった気になって『俺は平和な時代に生きている!』と言っているのも滑稽だな!!」
正信先生「時代の転換点に生きている人は大変です。私なんかは戦国時代生まれですが最後は自らの力で平和を勝ち取って死んだ世代ですけどね。」
秀康「…」
富正「私はマシですが…伊達政宗や宇喜多秀家のように『まだ戦乱の世だ!チャンスはある!!』と思いを抱き続けて死んだ感じがしますしね。」
成重「実力が決まっていて分かっていたら誰も苦労しないだろうな!」
正信先生「実力主義だったから…ということは、まるで実力主義だったら自分は出世出来た!みたいに聞こえますよね(笑)本当に実力あったら、いつの時代でも出世出来るのでは?と言いたくなる部分があります。」
本当に実力があったら…と言ってしまったら全てが終わりますね。実力が無ければ生きれない訳でもないのに実力があるだの無いだので人の優越を決めるのは間違ってますね。




