徳川劇場:教えてサドの神!絶対ダメ!!何も知らない人たちを洗脳するテレビと学者達!!
政治的意図で宗教や文化を捻じ曲げている人は多い、私も、そうかもしれないが、テレビや学者が言うほど単純では無い!ということを伝えたい。
正信先生「日本仏教の全てが座禅をしていて、南無妙法蓮華経南無阿弥陀仏と唱えていて、悪人は地獄に落ちると考えていて、僧侶は結婚出来ないと思っている人達が日本には沢山いそうですね。(笑)」
秀康「こらこら煽るなよ!」
富正「開幕から煽るのはサドの神だから?」
成重「そういう小さい違いに一番ウルサイ人だもんな!」
正信先生「何とでも言っていてください。それよりも先ほどの発言を全てしているとエセ僧侶になってしまう根拠を述べなさい!」
秀康「座禅は禅宗という宗派の特徴で主に臨済宗や曹洞宗の僧侶と信者がする。」
富正「何の念仏を唱えるか凄くウルサイ宗派が存在する!法華宗は南無妙法蓮華経、浄土宗と浄土真宗は南無阿弥陀仏が最重要念仏であり、これ以外の念仏を唱えないのが原則になっている。」
成重「浄土宗は悪人でも改心出来ると主張しているし、浄土真宗は念仏を唱えて心から祈れば悪人も救われると考えている。また、この二つの宗派は正式に僧侶の結婚を認めている。開祖が結婚していて子供がいた。」
正信先生「だいたいそうですね。日本仏教といっても宗派によって大分違いがあります。偉そうな寺と優しそうな寺があって、寺によって雰囲気が違うのは寺の宗派が違うからというのが一番の要因です。宗派の違いを意識して寺を見学すると寺の見え方も大分変ってきます。」
秀康「高ピーな寺は貴族よりで非庶民派、オープンで威厳がある寺は武士寄りの宗派の寺」
富正「宗派の違いが大きいのに宗派の違いが無い!と主張するメディアには呆れます!」
成重「テレビでも『どの宗派の特徴を強調』しているかで番組作ってる奴の考えが透けていたりする!」
正信先生「そもそも、日本の仏教の歴史は日本史の大転換期、つまり日本の支配者が変わった時期に大きく変わってきました。日本仏教の最初は馬鹿な教師や学者の中には朝鮮伝来だと教える馬鹿がいますが(笑)現在では朝鮮伝来説は有力な説ではなくなり、朝鮮と日本の仏教伝来に時期的な差は殆ど無いとまで言われるようになってきております。」
秀康「朝鮮伝来では無いのか…」
富正「近いけど激遠い国」
成重「別に、どこから仏教がこようが関係ないだろ!」
正信先生「実は日本史を皆様が習う時に幾つか重要なエピソードがサラりと教えられています。その一つが卑弥呼が中国との国交を結ぼうと外交交渉をした相手選びの話です。実は卑弥呼は当初、日本との関係が最も深かった呉の国と国交を結ぼうとしましたが…当時勢いにあったのが魏の国だったので、仕方がなく魏に朝貢しに行ったという話です。このエピソードが『魏志倭人伝』なのです!」
秀康「邪馬台国の位置を書いただけじゃないのか?」
富正「テキトーな方角とテキトーな書き物ではないのですか?」
成重「何で呉の国と日本が関係深いんだ?」
正信先生「それを解き明かす幾つかの有力な説があります!まず一つ目として日本仏教の伝来ルートとして今最も有力視されているのが南方伝来ルートです。このルートは端的に言うと中国南部から直接仏教が日本に伝来したという説です。このルートを説明するのに極めて都合の良いことに日本人のDNA(遺伝子)を調べると朝鮮や北京周辺の人々とは違うDNAが日本の大半を占めているという事実に突き当たります。その中には世界的に珍しい、東南アジア系、太平洋系のDNAを祖先に持つ人々が大勢いるという事実まで分かってきました。日本は世界的にも珍しい多種多様なDNAを祖先に持っていて様々な人種が共存共栄している国なのです!」
秀康「中国南部沿岸→台湾→沖縄→九州と比較的短い距離で島を経由しながら日本にまで到達出来るな!」
富正「沖縄弁は一見すると日本語と違うように聞こえますが…実は津軽弁よりも日本語寄りで文法や発音方法は日本語と全く同じです。むしろ中国語との方が言語的に断絶しています。DNAに至っては完全に日本人と同祖で朝鮮とかの北方系とは隔絶しています。」
成重「中国と言っても話してる言語が地域ごとに物凄い(日本以上)差があることが有名だよな!文化なんか全く別の国と言われるほど差がある。」
正信先生「そうなんです!実は中国史でも南方系の人々の特徴に切腹と酷似する文化があったり、挨拶の仕方や礼儀作法が日本と酷似するものが多くあります。また春秋戦国時代から秦帝国の頃までは日本と同じで『自ら責任を取る』という意味で首を剣で切るという作法がありました。これで一番有名なのが秦帝国の始皇帝の嫡男扶蘇の死に方です。これらは三国志の頃まで存続していた文化でしたが…三国志以降の度重なる北方系民族の侵略とともに消えてなくなっていきました。」
秀康「三国志と言えば『桃園の誓い』だよな!」
富正「関羽の死を知り『夷陵の戦い』を挑む劉備もカッコいいですよ!」
成重「張飛は口が悪かったから殺されたがな!」
秀康「成重…口には気をつけろよ…」
成重「!?」
※三国志は宋王朝の時代に中国で大人気となり。日本の戦国時代は明時代ですので、遥か未来になります。なので!当時の日本人にとって三国志は今の日本人以上にポピュラーな話題であり、大抵の人が知っていました。
正信先生「話が変わり過ぎましたね。そもそも、DNAの話は危険な話題でもあります。しかし、あえてしたのは某半島系の人達や某自称発展大国様達と信者の人達が信じているほど日本は彼らとは文化や言語が違うだけではなく、DNAを含めて実は繋がりが薄いということを言いたかったのです。むしろ、東南アジアや太平洋諸国に住む人々の方が日本人と近い関係にいます!!(強調)これは重要なことなのです!」
秀康「DNAの話をすると気持ち悪い一方で例の連中と実は繋がっていない!と言われると気持ちがよくなるな…」
富正「何せ朝鮮とは戦争した世代ですしね!というか私と秀康様は朝鮮行きましたし!」
成重「朝鮮など行って楽しいのか?というか悪の権化に協力などしないぞ!豊臣の天下など糞くらいだ!!」
正信先生「話が『魏志倭人伝』から大分ズレた感じですが(笑)話を戻すと…卑弥呼の朝貢の頃の日本人の感覚でも朝鮮、華北系の国に朝貢するよりも呉のような南方系に朝貢するほうが親近感があったのは間違いありませんでした。それでも卑弥呼が呉よりも魏を選んだ事実は、その後の日本にとってプラスとなります。何故ならば魏及び魏の後継国家が中華の統一者となり、北方系の国家が中国の支配者として君臨していくことになるからです。『魏志倭人伝』の記述が後の中国王朝との国交を結ぶ際の生命線となったのです。」
秀康「分かりやすく言えば、西軍にならずに済んだということだな!」
富正「時代の流れを読んで勝ち組の側に付けたのですね。」
成重「もし…呉に朝貢してたら歴史変わったかもな…」
正信先生「話が長くなってきましたので、ここら辺で一度、話を終わらせたいと思いますが…今回言いたかったことは…テレビや学者の中には特定の宗教を持ち上げていたり、如何にも日本が大陸から流れてきた人々で出来た国であるかを強調したい人が多いということです。それは単純に無知からきている場合も無いですが…知っていてワザと何らかの政治的理由で捻じ曲げている人もいると思います。改めて言いたいのは日本の言語や文化は大陸側とは全く異なるものが多く、東南アジアや太平洋諸国から流れてきた人々の数の方が多かった痕跡が多数あるということです。日本は意外と多人種国家であり、それが『八百万の神』の国と言われる由縁にもなっていることを言いたかったのです。」
秀康「どこぞの国々が言うほど日本は『テメェらに近くないぞ!』ということだ!」
富正「地図上の近さだけでモノを語るな!」
成重「朝鮮から日本へのルートは波が激しく、海が深くて嵐が多いので意外と渡るのが大変だしな!それに比べて沖縄ルートの方が遥かに簡単に日本に到達出来るぞ!」
最近、また二元論が世界的に盛り上がってきていますが…現実を二つに割って考える考え方は簡単で分かり易いが…そっれによって生じる争いや犠牲になる人のことを考えない人が正義ということは『絶対に無い!!』ということは言いたいですね。




