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徳川劇場:教えてサドの神!絶対ダメ!!日本の宗教と戦国時代の関係を解き明かす!

宗教怖いです!


正信先生「絶対ダメ!でも先っちょだけなら(笑)こんな過疎小説ならしても平気だよね!!」


秀康「そうだな!」

富正「自虐ですか?」

成重「確かにな!」


正信先生「徳川家の菩提寺と言えば大樹寺ですね!←これは常識です!日本国民なら誰だって知ってます!!言い過ぎ?でもないと思います。」


秀康「言い過ぎだろ!(笑)」

富正「日光東照宮や増上寺もありますよ?」

成重「寛永寺や久能山も忘れるなよ!」


正信先生「はい、確かに…そうですが…大部分は天下統一後に菩提寺になりました。←これは定説です。しかし…」


秀康「しかし?」

富正「大樹寺は天下統一前からですね…増上寺は江戸入府後ですかね?」

成重「天下統一すると菩提寺が増えるな!」


正信先生「話は変わりませんが(笑)浄土宗の総本山と言えば知恩院です!大樹寺は浄土宗です!!」


秀康「話変わってないの?」

富正「大樹寺の話だから?」

成重「大樹寺は知恩院から分寺フランチャイズしたのか?」


正信先生「そう思うでしょ?大樹寺の元締めは…実は増上寺です!」


三人「!?」


正信先生「そうなんです!大樹寺を創建したのは安祥松平家初代の松平親忠(長親の父)です。創建時に分寺フランチャイズ契約をしたのは増上寺になります。これは徳川家康が生まれる前であり、江戸入府の115年前になります!!ちなみに大樹寺の名前の由来は征夷大将軍の唐名からきており、意味は『松平家から征夷大将軍を出す!!』です。」


三人「ええ…」


正信先生「増上寺の創健者は新田義貞の息子と言われる聖聡です。浄土宗のトップには後に松平親忠の第四子『存牛』がいます。」


秀康「言われてみればそうだな…」

富正「なるほど…」

成重「徳川家と浄土宗の繋がりは強固だな!」


正信先生「先ほどから、増上寺が大樹寺の元締めであることを強調してきましたが…読者の中には「だから何だ?」という人もいると思います。でも、よく考えてください。増上寺は、どこにある寺かを…」


秀康「江戸」

富正「現在の東京のど真ん中というか江戸城が出来る前からあった。」

成重「江戸と徳川家の関係は115年前からなのか…」


正信先生「そうなんです!これを調べていくと、いろいろと歴史には隠された真実があります。徳川家は明らかに浄土宗を贔屓してきました。天下統一後は浄土真宗や天台宗も手厚く保護していますが…これらは前者(浄土真宗)が浄土宗の分派で浄土宗開祖の法然の弟子の宗派、後者が法然の修行先で元所属宗派になります!つまり、いずれも身内なのです!!」


秀康「依怙贔屓しているんだな!」

富正「仕方がないかと…」

成重「浄土宗は戦国時代までパッとしなかったのにな!」


正信先生「そもそも、浄土宗と浄土真宗の違いは殆どありません。浄土真宗が大きくなるまでは、ほとんど両者は同じ味方同士だったのです!でも?」


秀康「もしかして…」

富正「三河一向一揆…」

成重「なるほど…」


正信先生「面白くなってきましたね!(笑)」


秀康「怖いぞ…」

富正「宗教怖いです。」

成重「ゾクゾクするぞ…」


正信先生「この浄土宗と徳川家の関係を見ていくと…『徳川家って家康以前から影響力強くね?』と思い始めませんか?野心に満ち溢れていた。とも読み取れます。清康の頃になってから『新田の子孫』と言い始めたように見えて…実は、それ以前から匂わせている雰囲気が出ています。これは確信犯ですね。」


秀康「父上が野心家だったのでは無く、徳川家そのものだった?」

富正「執念を感じますね!」

成重「大分前から天下統一を狙っていた気配があるな…」


正信先生「宗教の話は日本ではタブーです。新興宗教で見ていけば創価学会とか真如苑とか有名ですが…前者が法華経、後者が真言宗系になります。いずれも古くからの宗教の分派であって…厳密な意味での新興宗教では無いのです。こういう話はなかなか歴史の本でも触れる機会は無いですね…ここに切り込んで行くのが、今回のお話の本当の目的です。」


秀康「それよりも浄土宗の話しようぜ!」

富正「続きをお願いします。」

成重「そうだぞ!」


正信先生「例えば、織田信長野郎は本能寺で死にましたが…本能寺は法華経の寺であり、織田信長野郎は法華経の寺に泊まることが昔からあるなど…実は法華経を依怙贔屓していた疑惑があります。」


秀康「宗教論争で法華経は信長に弾圧されて無かったけ?」

富正「そういえば、そうですね!」

成重「でも、法華経は活動禁止にされたり、信長に攻撃を仕掛けたこと無いぞ!」


正信先生「そうですね!そこが重要なポイントなんです。信長野郎は法華経を攻撃したように見えて実は一貫して法華経との深刻な対立は避けていました。さらには法華経の宗教活動を制限はしても阻止はしておりません。それどころか信長野郎は結構な頻度で法華経系列の寺に泊まり込んでいました。(対立したように見えた時期であっても…)」


秀康「うあぁ…」

富正「言われてみれば…」

成重「あの当時にネットがあったら…」


正信先生「ね?怖くなってきませんか?そして今まで見えていなかった真実が見えてきた気がしませんか?><」


三人「…」


正信先生「法華経は法華一揆というのを京都で信長上洛前の時代に行ったことがり、一度は京都を支配したことがありました。この時の傍若無人な振る舞いと比叡山も顔真っ青な宗教弾圧をしまくった前科があったので世間の目は厳しかったのです。なので依怙贔屓がバレるとマズいので度々否定するようなエピソードを流していたとも考えられるのです。」


三人「|壁|ll(´Д`)))ぶるぶる」


正信先生「このように宗教は日本史に絶大な影響を与えているのです!」

どうでしたか?宗教と戦国時代…これは切っても切り離せませんねぇ…

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