徳川劇場:教えてサドの神!本多正信と結城秀康の関係及び世界史の『なろう主人公達が裸足で逃げ出すリアルなろう主人公達』
遅くなってすみません
人物会話の練習も兼ねています。なので正信を軸に秀康達が会話する形式に変えてみました。そして書きたいことを後半書きまくっています。
正信先生「さあ皆さま!始まりました、皆様に愛されし、私こと本多正信のための徳川劇場が!!」
秀康「なんで正座させられているんだ?」
富正「わかりませぬ」
成重「気に入らん!」
正信先生「何を言ってるんですか?ここは史実準拠空間なので本編の架空設定は通用しません!私たちの関係は史実準拠なのです!!(大事なことなので…)」
秀康「父上の家臣だろ?」
富正「はい…」
成重「そうだ!そうだ!」
正信先生「36歳差で私は家康ちゃんのマブダチで江戸幕府老中であり、秀康様に対しては海よりも深く、山よりも高い恩を売っていますので!貴方達に拒否権は無いのです!!」
秀康「…」
富正「確かに?」
成重「ぐぬぬ」
正信先生「誰のせいで正純が滅んだと思っているのですか?」
秀康「知らん!」
富正「よく分かりません!」
成重「そうだ!そうだ!」
正信先生「あのですねぇ、私は秀康様が後継者に相応しいと主張していましたし、秀忠様が失敗するように手引きしたり、加賀の前田家に自分の息子を送り込んでいたり、秀康様に敦賀を与えたりしてるんですよ!!」
秀康「すみませんですた!」
富正「平伏します!」
成重「だからなんだ…」
正信先生「ということで!貴方がたは私を称賛する義務があるのです!!」
秀康「そんなに称賛されたいのか!」
富正「目立ちたいのですね!」
成重「叩かれるぞ!」
正信先生「だって!策士だからという理由で死後もイジメられているし!wikiでは記事の内容が薄い上に字数が少ない!!こんなの許せない!!という思いなのです。」
秀康「気持ちは分かる」
富正「…」
成重「ふむ」
正信先生「戦国時代の話も良いのですが…戦国時代の話を書いた書籍を読んでいたりすると世界史の常識とは違うことを堂々と主張している方々が多いので(笑)今回は、そんなトンデモ日本史を否定する世界史の常識を幾つかご紹介したいと思います!」
秀康「世界史とな」
富正「面白そうですね」
成重「世界史が何だ!日本は日本だ!」
正信先生「はい、まず初めに語らせていただくのはハンニバルvsローマの剣ことマルケッルスのお話です!」
秀康「ローマの剣?」
富正「ハンニバルは知っています!」
成重「カンネーの戦いだろ!」
正信先生「ハンニバルの凄さを簡単に説明するとイスカンダルことアレクサンドロス大王の後継者と言われたピュロスをして「恐ろしい物量!」と言わしめて撤退させたのを切っ掛けに地中海最強の海軍国だったカルタゴをボコボコにする海軍をカップ麺の如く簡単に作ってしまった国であるローマを崩壊寸前にまで追い込んだ人になります。彼の戦術と戦略は後の大スキピオやナポレオンなどが学びました。」
秀康「よく分からん」
富正「どこの『なろう小説』ですか?」
成重「非現実的だ!」
正信先生「対するローマの剣ことマルケッルスとは当時最強クラスの化け物集団だったガリア人と一騎打ちして勝利した猛将でハンニバルと互角に渡り合う存在だったのでハンニバルから宿敵扱いを受けた人でした。」
秀康「こっちも凄いな!」
富正「フムフム(メモを取る)」
成重「強いんだな…」
正信先生「当時連戦連勝だったハンニバルでしたが…唯一戦いを避けて逃げていた相手がマルッケルスだったことからも凄い人だったのですが…この二人の決着はハンニバルですら悲しむほど呆気ないものになりました。」
秀康「なんだ?」
富正「どうしたのですか?」
成重「何があった?」
正信先生「ある時、二人が相対した時のことでした。両陣営の真ん中に小高い丘があったのですが…この丘にハンニバルが自ら物見に出かけると後ろからローマ兵の集団が来たので隠れて奇襲して倒したところ…その中にマルッケルスが含まれているのをハンニバルが見つけたのです!ハンニバルは喜ぶどころか『ライバルの突然の死に驚き泣いた』と言われています。」
秀康「仁義だな!」
富正「悲しきライバルの死」
成重「悲劇だな!」
正信先生「ところで、何で死んだ兵士がマルッケルスだと分かったかと言うと兵士の一人がローマ執政官のマントを羽織っていたからです!つまりマルッケルスは当時のローマの最高指導者だったのです!!」
三人「!?」
正信先生「この話で何が言いたかったのかと言うとですね。川中島の戦いなどで、よく総大将同士が対決するなど、あり得ない!と主張する人達に対してのアンチテーゼとして話しました。まぁ現代でも、そうですが…総大将が後方で何の危険も無く命令だけをしている状況にいられるのは余程の力差が、ある時だけなのです!!」
秀康「総大将が前線に出るのは当たり前だろ!」
富正「そうです!」
成重「後方にいるような腰抜けがいるもんか!」
正信先生「その後、ハンニバルは自らが打ち立てた伝説の戦い『カンネーの戦い』で敗軍の中にいた若き青年将校の大スキピオと対決することになります。大スキピオは「俺ならハンニバルを倒せる!」と豪語してローマ元老院から軍勢を借り受けるとハンニバルの本拠地があるスペインへ遠征しスペインを征服した後にハンニバルが来る前にアルジェリアの騎馬民族を軽くボコボコにした後に騎馬民族と友情を結んで共に現在のチュニジアにあったカルタゴ本国に攻め入り、ハンニバルをイタリア半島から撤退させて『ザマの戦い』で戦史に残る鮮やかな戦術で大勝利を挙げてしまいました。つまりハンニバルは若き青年に敗れたのです。」
秀康「( ゜Д゜)ハァ?」
富正「俺TUEEE系の小説ですか?」
成重「なんじゃそりゃー」
正信先生「この程度で驚かないでください!(笑)その大スキピオの子孫は、ローマ史に残る伝説的な英雄達なのですが…その中に大スキピオの甥にあたる小スキピオという人物がいました。彼もアフリカヌス(アフリカを征服せし者)という称号を若くして与えられたほど活躍をしたのですが…彼の晩年の時にスペイン征服戦争中のことです。突然、ローマ史上最高の大英雄こと大マリウスが登場します!」
秀康「カエサルじゃなくて?」
富正「そんなに有名な方なのですか?」
成重「漫画やアニメで例えると?」
正信先生「ベルセルクという漫画は知っていますか?その漫画の主人公であるガッツとグリフィスを+して十倍にした人と言えば分かりますか?もしくは『キングダム』で言うところの李信・李広・李淵を+したレベルより上ですね(笑)」
※李信:キングダムの主人公、李広『飛将軍』の元ネタ、李淵:唐王朝の初代皇帝
三人「( ゜Д゜)ハァ?」
正信先生「大マリウスは純粋な『ローマ市民』では無く、二等階級の『ラテン市民』でした。彼はスペイン征服戦争が始まると剣一本を持って遠征に加わり、数々の一騎打ちで無双しまくり、小スキピオから「次の時代はお前だ!」と言わしめました。その言葉の通り、『ローマ市民権』を獲得後、ローマの最高指導者である『執政官』に就任し、アフリカで起きた大反乱時も一騎打ちで大活躍して敵をボコボコにし、イタリアに攻め込んできたガリア人の大軍勢を十分の一以下の兵力でボコボコにし、遂にはローマ史上最多の『七回執政官』を達成した人です。」
三人「意味わかんね…」
正信先生「これだけでも凄すぎなのですが(笑)彼が大将旗として使っていた旗は後の『ローマ帝国』の国旗として採用され、ローマと言えば!の象徴となりました。彼最大の功績と言えば『軍制改革』と言えるでしょう!この軍制改革は優れていたのは勿論ですが…後のユリウス・カエサルの台頭を許す原因にもなった改革になります。」
秀康「カエサル台頭させたのか!」
富正「それは良いことなのですか?」
成重「ダメじゃね?」
正信先生「彼の奥さんはユリウス家の出でして・・・カエサルは彼の甥にあたります。」
三人「( ゜Д゜)ハァ?」
正信先生「大マリウスは偉大でしたが…彼の部下のスッラという参謀が反旗を翻すと『保守派』の激しい抵抗を受けて失脚し、逃亡生活に追われます。」
秀康「それはまた落差激しいな!」
富正「栄枯盛衰ですね!」
成重「こまったもんだ!」
正信先生「しかし、スッラが攻め込んできた外敵を討伐しようと遠征に出かけると大マリウスは隙をついてローマに戻り、クーデターを成功させて再び政権を掌握します!」
秀康「さすが大英雄!」
富正「仲間がいたのですね!」
成重「やったぜ!」
正信先生「ええ…確かに仲間がいました。ですが…彼は苦しい逃亡生活で人間不信に陥り、ダークサイドに落ちてしまっていました。」
三人「ええっ!」
正信先生「政権掌握後、大マリウスは大規模な粛清に取り掛かり、あろうことかカエサルの叔父を含む身内まで処刑するという人間不信ぶりを露わにし、晩年の行いが彼の英雄的側面を汚したとも言えます。」
秀康「養父みたいだな!」
富正「マシかと…」
成重「秀吉は外道の権化!」
正信先生「とは言え、大マリウスは一兵卒から将軍へ駆けあがり、末端の兵士達と食事を共にするなど貧民や弱者に優しい指導者でした。それ故に彼はグラックス兄弟の意思を引き継ぎ庶民派のリーダーとして非常に人気が高く、その人気がユリウス・カエサルを支えたのは確実なので偉大な人であることは間違いないでしょう!」
※グラックス兄弟とは大スキピオの血縁者で『貧民を救うべく!』若くして大改革に乗り出すも保守派から激しい抵抗を受けて志半ばで兄弟二人とも暗殺されるという悲運で死んだ英雄のことです。
秀康「なんか凄すぎて笑えん!」
富正「圧倒的勝ち組なのに庶民派!」
成重「そりゃー保守派から嫌われるわな…」
正信先生「さぁ、どうでしたか?世界史の『なろう主人公』達の話は(笑)」
秀康「そうなりたいものだな!」
富正「なってますよ!」
成重「そうか?」
正信先生「話が長くなったので終わりたいのですが!ですがですが!最後に、もう一つだけ言わせてもらうと!!」
三人「なに?」
正信先生「よく戦国時代で『なんで無駄な突撃したの?』という疑問を偉そうに批判している学者がいますが!!戦国時代よりも500年ほど後の第一次世界大戦で『史上最大の無駄突撃をしていたり!』だけでは無く、現代でも無駄な突撃が繰り返されているのに歴史家達は、さも「現代ではあり得ない!」とかテキトーなことを書いているのか!本当に許せない行為としか思えません!!」
三人「せやな!」
正信先生「長篠の戦いは、どう考えても酒井忠次殿が頑張ったから武田軍が正面突破しか活路を見出せなくなったのだし、その後の乱戦も織田家の先兵たる徳川家の奮戦があったから勝利出来たのです!!」
秀康「パシリだがな!」
富正「織田家は何かしたのですか?」
成重「銃の配達だろw」
四人「( ´∀` )」
正信先生「ということで今回は講義を終わらせていただきます!」
秀康「徳川最強ということだな!」
富正「まさに!」
成重「ハッハッ当たり前のことだ!」
第一次大戦は開戦から最初の半年が最も犠牲者が多かったが…主な理由として『ヘルメットが無かった!』『機関銃に正面から特攻!』が原因だった。両方ともシャレにならないレベルの酷さだが!前者のヘルメットはドイツ軍が最初に装備したが…圧倒いう間に世界が真似するレベルの大発明(笑)だった。実際に開戦初期の死傷者の大半がヘルメットがあれば防げたのである!!
戦車が初めて実戦配備された!で有名な『ソンムの戦い』では実際の映像がバッチリ残っており、そこではイギリス兵が塹壕からノロノロ出てきて歩いて突撃する姿が写っていたりと…マジ吐き気がするレベルのアホな理由で殺されまくっている人たちが見れます。
それが戦争だ!
もちろん、どんなに効率的だろうが合理的だろうが…犠牲者は付いて回るもので…負けた側の犠牲者が多いのは当然と言えるでしょう!
歴史家は、もう少し戦史を研究してほしいものです。




