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徳川劇場:教えて数正先生!徳川最強伝説④~長親・信忠編~親子戦争勃発!

親子戦争は良くない!


数正先生「またもや逆説的な見方になりますが…長親公の活躍は、どこまでなのか?信忠公の活躍は何だったのか?という問題が昔から議論の的になっています。」


忠勝「凄い活躍した!でいいのでは><」

正信「長親様のせいで松平家が大混乱して家康ちゃんの頃まで不安定><」

康政「功罪がハッキリしてないのはモヤモヤだな!」


数正先生「長親公の活躍ですが…先の大活躍の後直ぐに隠居しています!」


忠勝「兄者が二年で征夷大将軍辞めたみたいな?」

正信「確かに似てますね!」

康政「後継者に直ぐに継がせることで安定化を図る!」


数正先生「はい、よく似ています。これは宗家乗っ取り後、宗家が安祥松平家になったことを周囲に認めさせた上で後継者に相続させ安祥松平家が宗家であることを永続化させるのが目的だったと解釈することが出来ます。これは家康の関ケ原後の行動と類似しており、家康の行動の原点と見ることが出来ます。」


忠勝「兄者は歴史から学ぶ!さすが兄者賢い!!」

正信「家康ちゃんとお勉強したのは良い想い出です!」

康政「歴史から学んで粛清!みんな尽くしたのに…仲良くなれんのか…」


数正先生「それと三つ葉葵の使用も恐らく長親公の頃からだと思います。親氏系列の分家?のような譜代の家臣である酒井氏から譲り受けたのが長親公だという資料があります。それ以前から論の方が私としては喜ばしいのですが…逆説的に考えると長親公が安祥松平家の地位向上と中央集権の為に行ったと考えた方が現実的だと思います。」


忠勝「派閥争いは良くないのだー」

正信「酒井家を貶めずにはいられない数正先生」

康政「腸が腐った奴よりはマシ」


数正先生「恐らく長親公の功績は今川家との戦いに協力してくれた家臣及び一門の結束を固め、それを次の世代に継承させたことです。この時に次の世代である信忠様に忠誠を尽くすことになる者達が後の徳川家の重臣達の家系となったのです!」


忠勝「もちろん我の家系も入ってるぞ!」

正信「酒井家、石川家、安部家、青山家、植村家なども、この頃からですね!」

康政「榊原家は酒井家の家臣だからセーフ!それと大久保家を忘れるな!!」


数正先生「ここからが重要になってきます!というのも長親公の功罪の罪の部分が噴き出てくるからです!」


忠勝「悪いことしたらダメなのだー」

正信「後継者争いの始まりハジマリ」

康政「後継者問題はコリゴリだ…」


数正先生「次の世代の信忠公は大変評判の悪い方ですが…悪評の大半は安祥松平家の力の増大を警戒した松平一門の抵抗に端を発しています。というのも元松平宗家だった岩津松平家の領地を正当な松平宗家である安祥松平家が接収するのを他の松平一門が阻止しようとしたからです!」


忠勝「宗家の物は宗家の物!!」

正信「嫉妬は良くない!」

康政「抵抗するな!我らの領地だぞ!」


数正先生「はい、まさにその通りですね!!なんと不忠で醜い連中なのでしょうか!当然怒った信忠公は抵抗勢力と激しく対立します!」


三人「抵抗を許すな!倒せ!倒せ!」


数正先生「両者一触即発の状態と言うか…実際衝突したようです!そんな戦いの中で突然裏切ったのは何を隠そう長親公だったというのは皮肉を通り越して酷いの一言でしょう…」


忠勝「まさかの裏切り!」

正信「冷水どころか氷が降ってきました!」

康政「まさに腸が腐った所業!」


数正先生「何故長親公が裏切ったと言えるか?という疑問があると思いますが…理由は矛盾です!これは極めて逆説的な見方にもなりますが…長親公は信忠公を失脚させ、弟の信定を次期当主に据えようとしたことだけでは無く、この後、清康公を後継者として認めないどころか広忠公の息子である家康が生まれるまで和解しないという徹底した対立ぶりから予測出来ることなのです。」


忠勝「長親は敵ということだな!」

正信「強すぎる敵で困ります!」

康政「隠居の癖に強すぎる!」


数正先生「このような裏切りがあったのにも関わらず、この後清康公は当時は西郷家と名乗っていた後の岡崎松平家に養子縁組して岡崎松平家を相続しています。これを主導したのは、誰なのか?という問題が発生します。」


忠勝「我ら忠実なる家臣達に違いない!」

正信「私たちの忠義は揺るがない!」

康政「そうだ!そうだ!」


数正先生「はい、それは確かにそうですね!実際に資料などでも松平家の譜代の家臣達が清康公を後継者に据えようと働きかけた!と書かれています。しかし、それだけでは無く、信忠公の長親公への逆襲という見方も出来ます。」


忠勝「ただでは終わらないのだ!」

正信「許すまじ!絶対復讐してやる!」

康政「反撃するのか…」


数正先生「岡崎松平家というのが非常に複雑な存在です。講義①で源流松平家の分家として登場しますたね、その後何があったのかはよく分かりませんが…足利氏の超名門二木氏の分家の西郷氏が岡崎城を作った?あとに今度は信光の子供が婿入りして西郷氏を乗っ取り、それを清康公が乗っ取るという流れになります。岡崎城にいた西郷一門は岡崎松平家と名前を変え、これが大草松平家だと言われています。」


忠勝「!?複雑過ぎてよく分からないのだー」

正信「西郷氏は松平家だった?!」

康政「謎が深まるな!」


数正先生「はい、複雑です。この辺の事情は難しいのですが…足利氏の分家で超名門の二木氏の分家の西郷家に婿入りしている松平家の家格の高さ、その西郷家に再度乗っ取りを仕掛け見事息子の清康公を養子に仕立てた信忠公、そして名門の西郷家に改名を要求して周囲の他の名門から文句を言われずに西郷家を従わせる松平家…」


忠勝「足利家の分家より偉い!」

正信「松平家の家格が想像以上に高い件について!」

康政「新田氏の末裔説が真実味を帯びているだと!」


数正先生「松平家が新田氏の世良田家の末裔を名乗るのは清康公になってからなのですが…もし本当に新田氏の末裔説が本当だとすれば…家格は足利将軍家の分家筋である細川家や斯波家と並ぶことになり、足利家の分家の分家である西郷家を屈服させるのも説明がついてしまうのです!」


忠勝「兄者の一族は凄いのだー」

正信「まさかの展開!」

康政「力づくだけでは難しいというか無理だからな…」


数正先生「現代の学者が『徳川家の祖先が新田氏なのは嘘!』と言っていますが…『徳川家の祖先が新田氏説』を否定する同時代の資料も他家からの批判もありません。まして後に足利将軍家も朝廷も文句一つ言わずにあっさり簡単に認めています。ぶっちゃけ徳川幕府を打倒して徳川幕府の正当性を否定して農民上がりのザ・サルの豊臣家の後継を主張する明治政府の御用学者どもの言うことですからね!信用できないと言えるでしょう!」


忠勝「皮肉たっぷり!メタメタなのだ!」

正信「清康公の時代は、斯波家、吉良家、今川家が力を持っていたしね。」

康政「清康公の後見人は吉良家の当主だったと聞いているぞ!」


数正先生「話が清康公の功績にまで入り込んでいますが…信忠公が死ぬのは清康公が死ぬ前ですが…清康公が20歳の頃までは生存していました。ちなみに長親公は家康が生まれた後も生きていたくらいなので信忠公は若死にということになります。」


忠勝「自分の息子が成功したのを見て死んだのか…」

正信「ある意味幸せな死に方だね…」

康政「うむ」


数正先生「話を本題に戻すと…長親公の功績は非常に大きい一方で巻き起こした問題は息子どころか玄孫(家康)まで続く争いの種となりました。このような問題行動から考えると後の清康公の擁立と清康公の多大な功績の一部というか大部分に相当する分は実は信忠公の功績だったのでは無いか?という憶測は正しいのではないでしょうか!」


忠勝「親子同士仲良くしようなのだー」

正信「息子は可愛いもの!だけど心配だ…」

康政「息子よ幸せでいてくれよ…」


数正先生「話が長くなりましたので、ここで講義は一旦終了です!親子で争うのは辞めましょう!これに尽きますね!では次回で合いましょう。」


忠勝「まだ続く><」

正信「長いよー」

康政「徳川最強伝説は長い!」


次回に続く


物凄い複雑な徳川家の歴史、『足利尊氏の宿敵!新田義貞の末裔!』と足利一門の本拠地で叫ぶ松平清康公の男気が凄い!

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